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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
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カナン解放


「オシナー少将! ワイルドギース傭兵団団長のアレン・フォークナー殿が面会を希望しておられます」

「え? 通してくれ」



 俺はテーブルに広げられた地図から顔をあげて来客を迎えた。

 周りをせわしくなく兵士達が行き来する司令部の中ははっきり言って手狭で来客を迎えるどころではないのだけど……。



「あんたがオシナーかい?」



 掠れた渋い声の主を探すと、入り口の近くに泥まみれの革鎧を来た四十なかばの男が立っていた。



「見りゃわかる。他の連中と違ってあんまり動かないからな。動かない奴が指揮官だって相場は決まっている」



 ぼさぼさの頭。髭面の頬。

 スピノラさんとは違う歴戦の傭兵という感じだ。

 彼は確かタウキナ猟兵の穴を埋めるための予備兵力として戦線に投入されたワイルドギース傭兵団の頭目。その泥も先ほどの戦闘の名残だろう。



「東方辺境領、野戦猟兵連隊、連隊長のオシナーです」

「改めて名乗ろう。ワイルドギース傭兵団の団長をしているアレン・フォークナーだ。確か、あんたの所にアンビーがいるだろ? あいつとは浅くない縁があってね」

「アンビー?」

「アンブロジオだよ。アンブロジオ・スピノラ。タボール傭兵団の」

「あぁ! スピノラさんのお知り合いですか?」



 アレンさんは「そんな親しい仲じゃねぇ」と首を横に振るが、だが明らかに嬉しそうな顔をしている。

 旧知の仲なのだろうか。



「今、スピノラさんは東方で連隊の再編と新編を行っていて西方には当分来れないかと」

「なに。奴は傭兵をやめても兵士なのだろ? ならばいずれ戦場で会いまみえるだろう。



 まあ、なんだ。出来れば敵じゃないことを祈るよ。

 あんな火矢を操る連中とはもう戦いたくない」



「して、状況は?」

「あんたの所にも伝令が何匹(・・)が来て状況を伝えていたはずだが?」



 アレンさんの『何匹』という言葉に嫌悪感が無いといえば嘘だ。



「そう睨みなさんな。そうさな。大勢は決したよ。

 俺たちの大攻勢で混乱した敵陣が本陣に指示を仰ごうにも肝心の敵本陣にケプカルト王国旗が立てられてんだ。

 俺の部隊が敵の穴に突っ込んだ時点で敵は壊走を始めていたよ」



 戦況はこれでゼロに戻ったと言えるか。

 すでにカナン包囲軍の包囲は食い破られ、カナンとの後方連絡線が復活したと考えていい。



「そんで一番驚いたのがあんたの所の冷血姫だ」

「なんかやらかしたんですか?」



 勝利の安堵もつかの間、か。儚いものだ。



「カナンに閉じ込められていたノルトランド騎士団主力とエイウェル様がカナンから出てきたら冷血姫が馬に乗って颯爽と登場したんだ」

「まさか啖呵をきったんじゃ……」

「逆だよ。馬から下りてな、膝をついて言ったんだ。『お迎えに上がりました』とな」



 アレンさんの目には信じられない物を見たとでも言いたげに――確かに嘘だよと言われた方が納得できる事を言った。

 え? 本当なの? 本当に膝をついたの? タウキナ動乱の時だったらそんな事しなかったろう。

 もしかして明日にでも敵の反転攻勢が起こるんじゃないか。



「明日は血の雨が降るぞ」

「……ちなみにケヒス姫様は? カナンでしょうか。作戦ではそろそろ司令部に戻ってきてもらう時間なんですが……」

「それがノルトランド騎士団の一部とカナン解囲軍の騎士団を引き連れて追撃に出ちまった」

「はぁ?」



 この人は何を言っているのだろう。



「ノルトランド家の方々もドラゴンに乗って追撃に加わっているし、有力な諸侯もそれに追随しちまって本陣に残る有力者はあんたか、元第四王姫様か、ベスウス大公殿くらいみたいなんだ」



 え? 従来の作戦と違うんですが……。

 本来であればカナン解囲後、敵を逆包囲するために騎兵はチグリス大河にかかる橋を壊して回って敵の後方連絡線を断つ予定だったのに諸侯が追撃に出てしまった?



「つまり、敵は退却を?」

「鈍いな。本当に噂のオシナー殿か? まあいい。その通りだ。敵は包囲を解いて総退却の構えだ。

 いくら信仰があろうと冬場の無理な攻勢に辟易していたんだろうな。

 で、みんなその追撃さ」

「いやいや、もし敵が撤退の構えを出した場合でも諸侯全てが追撃に加わるんじゃなくて、一部の部隊に追撃させるんじゃありませんでした? 命令違反ですよ」

「そんなこと言われてもな。戦場に出て名を挙げるのに一番簡単なのが追撃戦に参加することだし、ほとんどの諸侯がカナンを捨てた――第一王子殿下を見捨てたような形だから少しでも武功をあげておきたいんだろ」



 嘘だろ。


 一部の騎兵戦力はエイウェル様の護衛兼、敵本陣強襲にあたったヨスズン支隊への増援として向かうはずだったのに。



「アレンさん。ワイルドギース傭兵団に騎馬戦力って……」

「ねーよ。あったら此処には居ないね」



 手持ちの騎兵戦力は全て出払っているし……。

 仕方ない。



「エイウェル様指揮下の騎士団の一部はまだいるんですよね――?」

「王族の騎士団を平民(おれたち)が指揮できるか」



 そうですよね。



「仕方ないか。アレンさん。仮称二〇三高地に増援として部隊を動かしてください」

「捕虜と戦利品はもらっていいか? それくらいのお目こぼしが無くちゃ、やってられん」

「……それは俺の一存では決められませんよ」

「まあ、冷血姫に便宜を図ってくれ。今はそれでいい。あと、俺の顔とワイルドギース傭兵団の事、忘れないでくれよな。あんた、多分出世するだろうし」



 アレンさんは片手をあげて出ていってしまった。

 便宜って……。

 それにまた無責任な事を……。


 だが、きっと彼は小銃について興味があるから俺と接触しようとしたのだろう。

 言い方を変えれば俺に投資しようとしている。

 ケプカルト諸侯の眼前で猟兵連隊は火器の力を示した。それを見た諸侯は、自分の騎士団にもアレが欲しいと思うはず。あのような部隊が欲しいと思うはず。

 小銃事態は構造が簡単だから諸侯でも劣化コピーは作れるだろう。もしくはこの戦争で敵の小銃を鹵獲して研究するのかもしれない。


 だがその運用技術――用兵となると話が別だ。

 一からそれを模索するという手もあるが、いかんせん時間がかかる。

 なら、教えを乞うまでだ。

 つまり、俺に接触して生来的に小銃を導入するための伝手を創ろうとしている。


 まあどっちにしろ戦後の話だ。

 今は今、考えなくてはならない事を考えよう。



「なら、残存兵力をまとめ上げてしまうか。砲兵の撤収を急がせろ。天幕も片づけていい。あと各部隊に伝令を。損害状況を報告せよ、と」



 カナンを解囲したからと言って作戦が終了したわけではない。

 カナン付近には孤立した敵部隊がまだいるだろうからその掃討を行いつつ、占領地の安定化、損害の出た部隊の再編、負傷者の後送、消耗品の補給。やることは山のようにある。



「その上でさらなる攻勢だからな……」



 一時的な事後処理が終わると今度は解囲軍を南下させて西方辺境領南部を脅かそうとする敵の南方軍集団を包囲しなくてはいけない。

 そうすればケプカルト諸侯国連合王国の初期作戦目標をクリアすることができる。

 冬のうちの攻勢となればこれくらいが精々だろう。

 チグリス大河を渡河してさらなる戦線の拡大は無理でも補給線を断ち切った軍の包囲くらいならやれる。

 そのためにも騎兵戦力を集中してチグリス大河にかかる橋という橋を落とす事にもなっていたが、それにケヒス姫様が参加されるとは思わなんだ。



「連隊長! クレマガリー支隊が帰還しました!」

「本当か!?」



 司令部に飛び込んできた兵の言葉に俺はその兵と入れ違いになるように外に出ると、歓声に包まれた兵達を見ることができた。

 誰も彼もが泥まみれ、硝煙まみれのケンタウロスや騎士達が騎乗から手を振っている。

 それを取り囲む連中も猟兵から騎士、傭兵と様々だ。



「やっぱり、あんた良い人間だな」

「亜人が馴れ馴れしいと――」



 その一団の先頭を歩む二人(一人と一頭か?)が和やかな口喧嘩をしていた。



「お疲れ様です。バアル殿」

「オシナー。見事やってのけたぞ」



 快活に笑うその姿に、この人はこんな風に笑うのだなと場違いな感想を抱いているとコレットが「クレマガリー支隊、帰還しました」と敬礼をしてくれたので、俺は「ご苦労様」と答礼を返す。

 コレットもコレットでタウキナ継承戦争の時から大きく変わったなと思う。



「コレット・クレマガリー大尉以下、三百九十二名が帰還しましたが、撤退の途上、大砲並びに砲弾多数を放棄してしまいました。これも、支隊長たるアタシの不徳です。どうかお許しを――」

「何を言っている。大砲を放棄するよう命令したのはわしだぞ!」

「あんたの代わりに泥をかぶってやるんだから黙っていてくれよ」

「貴様に貸す借りなどないわい」



 お前ら、そんなに仲良かったっけ? もっと殺伐としていなかったか?

 よく見ると彼らの後ろに続く騎士や騎兵、砲兵が互いに肩を叩いて互いを賞賛している。


 変わったな。


 ギクシャクしていたタウキナ動乱やタウキナ継承戦争の時とは違う。

 あの頃に比べて共に危険を乗り越えた事で互いの溝が埋まったのかもしれない。

 あの、アムニス大橋の時のようにドワーフがエルフを、エルフがドワーフを仲間と思うようになったように、東方諸族と人間とか互いを仲間と思えるようになったのか。

 いつまでも騎士団に不安を寄せていては、いけないのではないか?



「報告、ご苦労様です。兵達に休息を。おい、誰か! 水を支隊に!」

「ところで姫殿下はどうされた?」

「ケヒス姫様なら本隊の騎士団を率いて敵の追撃ですよ。追いに行くんですか?」



 ここで行くと言われたら全力で阻止しなければならない。

 せっかく貴重な騎馬戦力が返ってきたのだ。それを手放す事はできない。



「いや、馬もわしらもクタクタだ。しばし休ませてもらう。ではこれにて」



 一礼して去るバアル――一礼!? 性格が丸くなったな。



「それじゃ、アタシも――」

「いや、お前は支隊長として報告しろ。お前の報告書って読みにくいんだ」



 コレットは顔をしかめて「バアルめ、逃げやがったな」と小さく呟いた。


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