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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
55/126

変化

カナン解囲戦状況図

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)



 司令部と砲兵陣地を兼ねる一〇一高地から戦況を観察していると、急に空が曇った。

 一雨きたらまずいな、と思いながら遠眼鏡から目を離すと、ちょうど頭上をドラゴンが飛び去るところだった。

 ドラゴンはその大きな翼を振るって制動すると、緩やかに降下する。



「作戦の第一段階が終わったよ」



 騎上の声に俺はその人がヘルスト様だと知り、安堵した。

 降下龍兵による降下作戦は成功したようだ。



「それではヘルスト様。第二弾作戦に移行を」

「わかったよ。あ、そうだ。オシナー。この作戦が終わったら一緒に一杯やろ――」

「それフラグ!」



 溜息をついていると砲弾の着弾観測に当たっていた兵達がヘルスト様の元に投擲爆弾を運んできた。

 どの兵達もドラゴン――タンニンに恐れてビクビクと手にした投擲爆弾をヘルスト様に渡すと一目散に別の部署に向かって走っていく。

 教育がなっていないかな。



「着火して十秒ほどで起爆します! 火を移したらすぐに放り投げてください」

「はいはい。さっき聞いたよ。ってオシナー。君はどうして二、三歩ほど下がっているの? タンニンが怖い?」



 ニヤニヤ笑うヘルスト様の言葉を否定しようにも俺も内心ビビっているのは否定できない。

 いや、トカゲの化け物のような――それもワニなどを連想させるナイフのような歯並びをしたそれを直視するのは難しい。それに檻もないのに、だ。

 肉食動物が目の前に迫られたら、いくら飼われているものだとしてもこの緊張を消すことはできないだろう。



「あ、そういえば火種とか持ってます? そもそもですが、空飛びながら着火って出来るんですか?」

「ん? これでも貴族だよ。魔法を使って火をつけることくらい簡単にできるさ」



 そうなのか。

 魔法も貴族の教養の一つとは。

 まあ力があるから支配する側にまわれるのかもしれない。



「それじゃ行ってくるよ」

「お気をつけて!」



 タンニンが震えるように翼を振るい、土埃が視界を奪う。

 その暴風に耐えると、すぐに風が弱まった。すでにヘルスト様は空の人となり、敵陣に向かって風を切るタンニンの後姿だけしか確認できない。



「伝令! 伝令! オシナー将軍!」

「どうした?」



 血相を変えた伝令の声色に悪寒を感じつつ問えば「タウキナ猟兵が壊走を始めました」と告げられた。



「状況は?」

「前線を張るタウキナ猟兵は敵の火矢に前面から攻撃されて壊走、後続の傭兵団や騎士団の歩兵部隊もそれに引きずられるように壊走を始めようとしています!」



 遠眼鏡で前線を確認すると発砲煙の隙間から青い軍用の外套の群れが隊伍を崩して後方に逃げ出そうとしているのが見えた。どうやら連隊の猟兵はまだ戦場に立ち止まって攻撃をしているようだが、このままでは壊滅も時間の問題だろう。



「騎兵部隊に伝令。ケプカルト王国軍の全騎兵部隊は攻撃正面の塹壕戦に突撃。戦線に穴を穿て。以上」

「ハッ! 繰り返します! ケプカルト王国軍は――」



 タウキナ猟兵も損害を受けたが、敵の歩兵部隊にも被害を与えられただろう。

 ならばこの機に騎兵の突破力を生かした騎兵突撃ランス・チャージで戦線を突破し、カナンとの連絡線を回復させられる。



「伝令来い! 予備兵力のワイルドギース傭兵団とクレム公国騎士団宛てだ! 各部隊は援軍として前進。歩兵を援護せよ。以上」



 新しく呼んだ伝令も俺の言葉を反復して去っていく。

 よし。

 タウキナ猟兵が壊走を始めたというアクシデントもあったが、それも含めて作戦は順調だ。

 そもそも職業軍人ではない民を集めたタウキナ猟兵の壊走自体は時間の問題であり、機を見て騎兵や予備戦力の投入でその穴を埋める算段は考えられている。壊走も作戦の内だ。



「オシナー殿! タウキナ猟兵が――」

「大丈夫です。アウレーネ様。作戦通り、騎士団と予備兵力を前進させるよう命令を出しました」



 ケプカルト王国軍総司令部となっている天幕から鉄砲玉のように飛び出してきたアウレーネ様に遠眼鏡を渡しながら状況を報告すると、アウレーネ様は口元をきつく噛んで遠眼鏡を戦場に向けた。



「私の民が……」

「アウレーネ様?」

「いえ。大丈夫です。そうですか。オシナー殿。我が兵の失態をどうかお許しくださ」

「許すも何も……。この状況も織り込み済みですし……。逆によくここまで戦線を維持できたと思っております。徴兵は士気が低くなりがちで、攻撃の矢面に立たされれば瓦解は時間の問題ですよ」

「オシナー殿が率いる連隊も徴兵なのに……。申し訳ございません」



 それは人間と東方諸族の胆力の違いだと思う。

 人間のそれに比べて『亜人』と呼ばれる人々の方が強いから東方全土をケプカルトは支配しきれていないのだろうし。

 そして連隊の兵員は入営する意識が違う。

 連隊の兵士となることで自らの独立と東方の解放を信じて来るのだからその熱意が最初から人間とは違うのだ。



「ですが……」



 申し訳なさそうに頭を下げるアウレーネ様が言葉を濁すと居心地の悪い間が生まれてしまった。

 ここはなんとしても話題をひねり出さねば。



「そ、そういえばよく四千もの兵を集めましたね。ここまで来るのはさぞ大変だったのでは?」

「え? えぇ。確かにあれだけの兵を受け入れてくれる村々も多くありませんでした」



 軍を進軍させるということはその軍の野営地の確保も重要な課題になってくる。

 それに冬の初めとなれば暖を取るために露営だけでは進軍できないし、それを強行してしまうと戦場に到着するまでに兵士が疲弊してしまう。

 つまり冬の進軍は金がかかる。それに雪が降れば補給線として使われる街道が雪で封鎖されてしまう可能性だってある。

 だから普通は冬に攻勢作戦なんて考えない。



「それでも敵は進軍してきたって言うんですからね」

「え? 何かおっしゃいました?」

「いえいえ。独り言です。冬が始まるのに敵は万の軍勢を送り込んできた事にあきれていて」

「それを言うのでしたら我らも万の軍勢を繰り出して敵を退けようとしているのでは?」

「確かに……」



 だが敵が本格的な攻城を始めているのだからこちらも待っていられない。

 それも敵は火砲による攻城を行っているのだ。

 火砲の攻撃力は少なくてもその砲声は守備側に心理的なプレッシャーになる。火器の発達が遅れているケプカルト軍がそのプレッシャーに耐えきれるかはなはだ疑問だ。



「ここは時間との勝負です。本格的に雪が降る前に敵を追い出さねばなりませんし、敵も待ってはくれません」

「お姉さまと同じことをおっしゃるのですね。でも、確かに時間との勝負です。

 他の諸侯軍より早く聖都に入城できれば――」

「入城できれば、なんです?」

「あ、いえ、その……。父上も、お喜びになるのでは、と」



 急に言葉を濁すその言葉尻を濁すその姿に違和感が鎌首を持ち上げた。

 カナン解囲の先方になることを承諾し、カナンへの入城を焦る必要があるのだろうか?

 まあ武功をあげるという意味であればその通りだが、そもそも民が戦争に巻き込まれることを嫌っていたこの人が戦功をあげるために民を最前線に投入するだろうか?



「別に他意はございません」

「あ、また顔に出ていました?」

「いえ、その、いつもの悪癖で……」



 このやり取りももう何回目だろうか。

 いや、まだ数える程度か? どうも記憶がおぼろげでいけない。



「ただ、そうですね。時がくればわかるかと……」

「時、ですか?」

「フン。つまり密約が果たされるその時を待っているのか」



 急に声がした方向を振り向くと白銀の鎧の上に真紅のマントを羽織ったケヒス姫様が居た。

 いつの間に……。



「大方、また宰相とでも組んだか?」

「どういう事ですか!?」



 タウキナ大公国と東方辺境領を戦争に駆りたて、タウキナに経済封鎖で孤立させた張本人。

 そして前タウキナ大公のアーニル・タウキナ様に呪いをかけて殺した敵。

 その宰相と、アウレーネ様が手を組んだ?



「金か? あれだけの兵隊を、それも火器を装備させた軍をここまで連れてきたのだ。莫大な軍資金を得たのであろう?

 それに先のタウキナ継承戦争の際には連隊と騎士団から新型の大砲――野戦重砲の発注や小銃や手銃、その弾薬。そして兵糧といった消耗品をタウキナで買ったからな。

 お前の資産はどれほどある? ん?」



 いやらしくにじり寄るケヒス姫様にアウレーネ様は唇をかみしめて黙秘を貫く。



「アーニルの――忠臣の敵にまで媚びを売るとは厭らしい妹を持ったものだ」

「アーニルは関係ありません!」

「なら言い方を変えよう。お前はアーニルを裏切ろうとしている」

「私はそんな――」

「いや、そうだ。タウキナを陥れた張本人にお前はたぶらかされようとしているのだ」



 歩み寄ったケヒス姫様が鎧越しにアウレーネ様の体を抱き寄せ、耳元で「そんなお前が心配だ」とつぶやいた。

 白い百合の花が咲いているようで目のやり場に困る。



「姉としてお前があの宰相ごみの甘言に騙されないか心配なのだ。

 あやつも魔法を使えるのだぞ。それも魂を縛る魔法を、だ。

 魂を縛られた人間がどうなるか、知らない訳ではないだろう? アーニルがそうだった。

 あれほど立派な家臣が卑劣な宰相に殺されたのだぞ?

 その宰相に近づくという意味がわかっておるのか?

 余はただただお前が、心配なのだ」

「お姉さま――」



 アウレーネ様は静かに細いその両手でケヒス姫様を押しぬけ、距離を保つように後ずさる。

 そして白百合のような可憐な姫君は苦渋をにじませながら小さく、だがハッキリと言い放った。



「お気持ちは嬉しいです。でも――。お姉さまに依存する事はできません」

「何を言う。依存? フン。バカバカしい。我らは姉妹ぞ。助け合ってこそ――」

「違うのです! 今のやり方では私は、タウキナは立ち行かなくなります! タウキナはお姉さまの狩場ではないのです!」



 声を荒げたアウレーネ様にケヒス姫様は一瞬だけぽかんとしていたが、キッと目を細めた。



「アウレーネ……。貴様、変わったな。以前のお前であればそのような事を言わなかったぞ?」

「言われたままの貿易協定ではいずれタウキナは破滅します。私の使命はタウキナの民を守る事です」

「フン。それなのに徴兵された民を戦に向かわせるか。守るべき民を戦場に連れてきておいてその使命を語るか。笑わせる。」



 外交の事はよくわからないが、タウキナの経済は東方に依存していると聞いた事はある。

 宰相の策略でタウキナ大公国の力を落とすために周辺の公国に経済封鎖をおこなわせたあおりでまともに貿易を行える相手が東方辺境領のもだとか……。

 それでも王都にケヒス姫様と赴いた時に外交交渉という名の恫喝で貿易を見直させたと聞いたけど、どうなっているのだろう。



「貴様は変わった。これも宰相の魔法か?」

「これは、私の意志です。今の私は第四王姫ではなく、タウキナ公家の長です。それに変わったというなら、お姉さまこそ――」

「たわけ。余は余だ。変わることなど出来ぬ」

「そうでしょうか? 私はお姉さまの言う通り変わったのだと思います。

 いえ、変わらねばなりませんでした。アーニルの残したタウキナを守るためにも……。

 ですから、謝らせてください」

「アウレーネ?」

「申し訳ございません。お姉さま、オシナー殿。お二方を、東方を裏切るような真似をして、本当に申し訳ございません」



 ケヒス姫様はともかく、俺へも謝罪の言葉を口にし、深々と頭を下げる姿に俺の頭の中が白くなった。

 俺は、氏をも持たない下の下の身分だぞ。それにドワーフに育てられて――って生まれを悲観しすぎだ。

 親方に悪い。

 落ち着け。

 元王族が頭を下げただけだろ。

 とくにかく落ち――つけるわけないだろ。元とは言え王族だぞ。それも今はタウキナ公だぞ。

 なんで俺なんかにも頭を下げているんだ!?



「いったい何のつもり――」

「激論の最中に申し訳ございませぬ」



 振り向くと片膝をついた老騎士――確かクレム公国の――ってクレム公国騎士団はタウキナ猟兵の壊走に合わせて援軍として前線に送ったはずだ。

 なのにその指揮官がどうしてここにいるのだ!?



「どうしたクレム公」

「作戦に疑問があり、参上いたしました」

「疑問ってなんですか!? それより早く兵を進めてください! 前線が崩壊してしまう!」

「……。そのことでありますが、我らクレム騎士団はこの命令を受託できませぬ」

「なに?」



 真っ先に問い返したのはケヒス姫様だった。



「そもそもですが、確かに我らはケプカルト王の下に参集したしだいではありますが、あくまでも軍権は騎士団団長に付属するものと考えます」

「…………。待て、貴様はいったい何を言っているのだ?」

「ですから姫殿下! 我ら伝統ある騎士団がどこの馬の骨とも知らない若造の命に――」

「黙れ。作戦の全権はケプカルト諸侯国連合王国第三王姫たる余にあると確認したであろう。

 つまり余の部下たるオシナーが作戦指揮を執って何が悪い」

「では百歩譲ってそこの者に指揮権があるとしても誰が納得いたしますか? 皆、武勇の誉れ高い騎士号を王君より賜った精兵が身分も定かではない者の命を聞けるとお思いで!?」

「その命令を聞くようにと余は命じた――」

「お姉さま!? 歩兵が壊走を始めました! 騎士団の方々はまだですか!?」



 アウレーネ様の悲鳴染みた声に俺とケヒス姫様は議論をしていたクレム公を置きざりにして戦場を見渡せば、完全に壊走の体のタウキナ猟兵とそれに引きずられて隊列を乱す部隊が目に入った。

 バカな。

 騎兵に突撃を命じたのにまだ実行されていない!?



「お姉さま!このままではタウキナ猟兵が――」

「騒がずともわかっておる! うぬよ。策はあるか?」

「いえ、とりあえず伝令を出して騎士団を前進させましょう。それと砲兵隊にも支援砲撃を再開させます」

「よかろう。こうなっては余、自ら指揮を執る。馬の準備だ」

「な! ケヒス姫様は臨時とは言えケプカルト王国軍の最高司令官ですよ! それが前線に行くなんて――」

「ならば全権をシューアハに預ける。時間との勝負だ。一度、敗勢に回ると挽回が難しい。それも攻勢作戦となればなおさらだ。故に余が行くのだ。うぬは砲兵を取りまとめて支援を続行させよ。よいな!」



 その言葉を残してケヒス姫様はさっていかれた。


久しぶりの投稿です。

そしてミリタリー物によくある命令違反。


軍法会議はよ。

所で近代的な逃亡するな、とか敵に利する行為をするな等の軍規っていつぐらいに出来たのでしょうか?

御存じの方は感想ではなくメッセージをください。なんでもしますから。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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