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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
54/126

遊撃 【コレット・クレマガリー】【ユッタ・モニカ】

挿絵(By みてみん)

カナン解囲戦作戦図



「降車! 降車! 急げ! 急げ!」



 下士官の怒鳴り声と共に砲兵のドワーフ達が次々と馬車から飛び降りていく。その間にも馬車の御者たちは馬車をゆっくり動かして一列の城壁を作り出した。



「砲撃用意! 目標、敵塹壕線!」



 アタシの命令でドワーフ達はテキパキと大砲を牽引していた馬から大砲を離し、整地作業を始める。



「総員下馬して四列横隊をなせ!」



 そして随伴してきている東方辺境騎士団のヘイムリヤ・バアル殿が騎士団に命令を出している。

 一応、この支隊の総指揮官はアタシで、副官がバアルなんだけど、連隊と騎士団とでは命令系統が別になってしまった。

 これ、敵に勝てるのか?



「騎兵中隊は二列横隊をなして敵を待ちかまえろ! 騎士団とで二辺の方陣を組むんだ!」



 敵陣に対して四角の角を向けるように兵を動かし、その中に砲兵を包むように陣形を整える。



「砲撃準備よし!」

「撃て!」



 連隊――と、言っても大隊規模だが――主力から拝借した一個砲兵小隊――大砲を二門装備した砲兵隊とアタシ達騎兵中隊、そして東方辺境騎士団五百の計六百五十人ほどの部隊の目的は解囲軍本隊の側面を狙う敵の増援阻止だ。

 つまり敵と戦闘するというより敵の侵攻を妨害するのが主任務と言える。

 だから――。



「撤収! 撤収! これより第二砲撃陣地に移動!」



 大砲で一撃をお見舞いしたらスタコラ逃げるのだ。



「急げ! 急げ! 敵は待っちゃくれないよ!」



 先ほど馬から切り離した大砲をつなぎ直し、潮が引くように砲兵達が馬車に乗り込んでいく。



「敵襲! 十時方向! 敵、騎士!」



 騎士の叫び声にそちらに視線を向けると立ち上がる砂煙が見えた。



「砲兵は撤収を急げ! 撤収出来次第、離脱! 騎兵第三小隊は砲兵の護衛につけ。他の隊はこの場に残り敵を迎撃するぞ! 騎士団も射撃用意!」

「亜人が偉そうに命令をするな」



 その声に敵から振り向けば憎々しげにアタシを睨むバアルがいた。



「一応、この支隊の総指揮官はアタシなんですけど」

「亜人ごときに指図される言われはない。 皆の者! 攻撃用意! 西方蛮族に一撃を加えるぞ!」



 なんか、やりにくいな。


 数と貴族という身分が少数の『亜人』に指図されたくない理由なんだろうが、この作戦に必要不可欠なのは砲兵小隊による奇襲砲撃だ。

 アタシは騎兵畑だから砲兵の運用は専門外だが、騎士団のお偉方より砲術というものを理解しているから部隊運用についてはアタシに利がある。

 と、いうのが少将の考え方だ(砲兵運用なんて専門教育は受けてないから威張れた事は言えないのは秘密だ)。

 無理やり兵権を奪ったような形で、騎士団と中隊とで軋轢があるのは中隊長としていただけない。

 一個の軍を割るように二個の軍があるのはその分、数的に不利になるのは目に見えている。

 アタシのようなバカにでもわかることを平然とやってのけるから節目節目で少将は負けるんだ。



「あの、バアル殿? よかったらアタシの中隊をあなたの指揮下に置きたいのですが……」

「なに?」

「少数の部隊が敵中に突出しようとしているんで、このまま中隊と騎士団とで不和があるのはまずいっすよ。

 だから、あなたを指揮官に、アタシが副官をします。

 いいですか?」

「フン。何をいまさら。お前ら亜人の指図など受けぬと――」

「あんた戦争する気あるのか!? クソ。敵が近い。撃鉄起こせ! 引きつけて撃て! ビビんじゃねーぞ!」



 もう討論している時間は無い。

 敵との距離はおおよそ三百メートルを切った。

 すぐに短小銃の射程に入るだろう。



「構え! 撃て――!」

「う、撃てー!」



 アタシの号令をかき消すようにバアルが叫んだ。それと同時に撃鉄が落とされて銃弾が瞬時に人を肉へと変えていく。



「第二射用意! 撃て!」



 前列が装填を行っている間に後列がすかさず射撃を加える。

 白煙のせいで戦果確認はできないが、少しはやったか?



「バアル殿! どこです? そろそろ引きましょう」

「ここだ! それより引くだと? これだから戦を知らない蛮族は――。ここで敵を殲滅する――」

「アタシ達の任務は敵の拘引だ。いや、拘引です。敵の足を止めて本隊の聖都突入を手助けするんですからここで敵と正面切ってやりあう必要なんてありませんよ」



 もし、ここでこの案をけったらアタシは中隊をまとめて帰るぞ。

 もしくは不慮の戦死にしてやる。



「……そうだったな。それが姫様のご意向であるなら従うまでだ。皆の者! 引くぞ! 騎乗せよ!」



 ふー。

 作戦を思い出してくれて助かった。

 もっと柔軟に動いてくれればもっと楽なんだけどな。



「アタシたちは騎士団の転進支援だ! 装填を急げ!!」



 騎乗しなければならない人間はまず馬に乗り、そして隊列を整えなければいけない。

 その時間を稼がねば。



「構え! 目標、敵騎兵!」



 一陣の風が発砲煙を吹き飛ばし、色とりどりの鎧を着た兵士たちが迫るのが見えた。近い。すでに百メートル切っている。

 何人くらい来ているんだ!? 百人はいるのか?



「撃て!」



 白煙が視界を覆うが、その向こうから響く喊声かんせいは相変わらず威勢が良い。

 そして白煙を飛び越えて敵の矢が飛翔して来た。そろそろ潮時かな。

 そして視界を回して騎士団の様子をうかがうとようやく隊列を組んだところのようだ。



「もう装填する必要はない。撤収するぞ! すでに装填している者は各個に撃て!」



 革製の負革スリングを肩にかける。



「撤収! 撤収!」



 駆け出した騎士団を確認してからアタシは号令をかけた。

 横隊に並んでいた部下たちは命令を受けるや、アタシを先頭にバラバラに走り出す。

 だが走りながらアタシ達は縦隊を構成していく。

 どうやら人間はこんな簡単な陣形移動もできないらしいが……。

 敵も偽エルフとはいえ、わざわざ乗馬しなければならない奴らだ。

 アタシ達が隊列を整える隙を狙って攻撃してきたのなら、一瞬早くこちらが離脱することになる。

 それに敵が追撃してきても追い返せるだけの実力はあるだろう。

 なんたってこっちは騎馬戦で負けるわけのないケンタウロスだぞ。

 来るなら来いって言うんだ。



「コレット! ケールが敵の矢を受けてたわ!」



 悲鳴の主を探すと親友のシャルレット軍曹が青い顔をしているのが見えた。

 そのまま視線をめぐらしてケール伍長を探すが、自分たちがまき上げる砂煙のせいで確認できない。



「走れそうか?」

「落伍していくのが見えたの! 救援を――」

「駄目だ……」



 今、足を止めたら敵の騎兵とがっぷり組み合う事になる。

 いくら騎馬戦で負ける気はしなくてもケール伍長を助けるために兵を割く余裕はないし、それに助けた所でその後はどうなる?

 走れないのなら中隊――いや、支隊としても作戦に支障を来す。それにこんな戦場で倒れられても後方の安全地帯まで運ぶことなんて無理だ。



「ケールは、弱かったんだ。それで、ケール伍長を助ける力が、アタシ達にはない」



 守り切れなかった。

 だが、仲間を助けたいというシャルの気持ちも分かる。分かるのだが――。



「助ける力が無いのに戻る事は、出来ない」



 ケール伍長を助ける事で逆に多くの仲間を危険にさらすことになりかねない。



「なに、アイツもケンタウロスの戦士だ。覚悟はできているだろう」



 手傷を負ったケンタウロスがどうなるか、それがわからない訳ではない。

 体が大きいから後送するのも難しいアタシたちが戦場で倒れる事はすなわち――。



「ケール伍長も心配だが、今は敵から引くことを優先させろ。砲兵陣地の近くまでいければ一夜城を使った防御を行える。

 それまで走れ!!」



   ◇ ◇ ◇



 風が強い。


 もう目がしょぼしょぼする。頑張ってまぶたを開けて外を見れば、いつも使っている一夜城を作るための装甲馬車の壁、そしてその壁に背中を預ける十人のエルフたちが目に入った。

 この馬車にいる全員がタウキナ継承戦争に参加した猛者たちであり、卓越した射撃技能を持っている精鋭の中の精鋭である事も、わたしは知っている。

 だがその精鋭は全員共、青い顔してうつむきながら何か、祈りをささげているようだった。

 わたしもそうだが、よくこんな作戦に志願したものだと後悔の念に駆られてしまう。



「も、モニカ、班長……。我々はあとどれだけ耐えればいいのでしょうか?」

「もう少しから――」



 突然、胃の腑から熱いものが喉を這い上がってきて言葉が途切れてしまった。

 急いで馬車の銃眼に顔を出そうとして立ち上がると、馬車の重心が変わってしまってグラリと揺れ、喉に差し掛かっていたそれが口まで到達してしまった。

 急いで銃眼から顔を出して下を向いたとき、砲煙の煙る聖都カナンが『眼下』に見え――。



「うぇ……」



 ぼどぼどと朝食を吐き出すと、少しだけ気分がよくなった。

 改めて銃眼からの景色を確認すると司令部に定めた一〇一高地ははるか後方に過ぎ去り、聖都カナンもこうして見るとおもちゃの積木のようにちょこんと鎮座しているにすぎないようだ。


 そして自身の真下。その付近には砂煙をあげる集団が見て取れる。

 おそらく、クレマガリー支隊だろう。そう観察していると急に吹いてきた横風に馬車が激しく揺れる。

 投げ出されないように手すりをつかむ手に力をこめてそれに耐え、そして馬車の中に視線を戻す。



「怪我をした人はいない? 大丈夫?」



 そう聞けばうめくような返事が返ってきてくるばかりだが、幸い、怪我人はいないようだ。

 だが一人、青い顔だったそが白いそれになり、口に手を当てたかと思ったらその隙間から朝食が顔を出してしまった。

 それを見た何人かもつられるように口に手を当てて嘔吐感と戦いだす。


 これ、そもそも戦場まで行けるのかしら。


 その時、またグラリと馬車が揺れた。一瞬だけ馬車が前方に傾斜し、今度は後方に傾斜する。

 なんだか船に乗っているようだ。

 そう思案していると、頭上から「――ッ! ――ッ!」と叫び声が聞こえたが、風の音と馬車の軋む音、そして兵たちのうめき声で中々、聞き取れない。

 そうしているうちにガツンと足元から衝撃が襲ってきて、思わず倒れてしまった。



「イタタ。こ、降車! 降車!」



 どうやら作戦地域に到達したようだ。

 馬車後端の昇降口にヨタヨタとと思つかない足取りで向かい、兵達が整列を始める。



「点呼!」



 馬車から下りて飛び込んできた世界はすでに林の中になっており、先ほどまで見えていた聖都カナンを見ることはできない。

 どうやら無事に作戦地域に到着したようだ。



「少佐! 点呼終了! 第二班、総勢十名、異常ありません」



 副班長に任命しているエルフの少尉の報告を聞き、「全周警戒を。第二班は別名あるまで待機」と命令してわたしは近くに『降下』したであろう第一班を探す。

 いや、その前に――。



「道中、ありがとうございました!」



 馬車の方向に振り返り、わたし達を運んでくれたドラゴンとそれに騎乗するヘルスト・ノルトランド様に挨拶をすると、ヘルスト様が片手をあげて挨拶を返してくれた。

そしてヘルスト様がドラゴンに結わえられたロープを短剣で切りはじめる。

 そのロープはドラゴンの体と今まで乗っていた馬車をつなぐための物であり、わたし達を運んだあとは切り離す手筈になっているのだ。


 まさか殿下が『身軽な猟兵と騎士団の精兵を馬車に乗せ、それを吊ったドラゴンが敵の司令部を強襲せよ』なんて作戦を考えるとは思わなかった。

 どこか常軌を逸しているとしか考えられない思考回路の持ち主は当初、この作戦について猛反発を受けていたらしいが、作戦への投入兵力が少数(二班――二十人しかない)という事もあり、承認されてしまったのには驚いた。


 オシナーさんも顔をこわばらせていたが、敵本陣を強襲する案には賛成だ。

 うまくすれば指揮系統を乱して敵を混乱に陥れることができるかもしれないし、そうなれば聖都の解囲作戦の成功率もあがる。

 それに少数であるが故に長距離で敵を攻撃してこちらの損害を減らす必要もあり、試作小銃――今は連隊に正式採用されて螺旋式小銃ライフルとも――を装備した狙撃兵を投入するのは理に適っていると言える。

 だからわたしはこの部隊に志願したのだが、非常に後悔している。

 人とは地に足をつけて生活する生き物なのだと改めて思い知った。もう、二度とやりたくない。



「ヨスズン殿! おられますか!?」



 お目当ての第一班はすぐに見つかった。まあ体の大きなドラゴンと馬車を目印にすればすぐにわかる。



「ここだ。こっちは全員無事だ。そっちはどうか?」

「わたしの所も無事です。指示をお願いします」

「うむ。それではヨスズン支隊、もとい『降下龍兵』の諸君。行くぞ」



 ヨスズン殿の号令と共にわたし達は本隊並びにクレマガリー支隊による聖都解囲作戦の仕上げとなる敵本陣攻略作戦を開始した。


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