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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
51/126

西方都ガザ

挿絵(By みてみん)


 西方辺境領ガザ。


 元々は西方のエルファイエル王国とケプカルトをつなぐ国境の都だったそうだ。

国交の無かった両国の中間地点に商人が交易拠点として簡単なキャンプ地を築き、それが町へ。そして街へと発展したらしい。

 元々何もない草原だったそこをここまで発展させるのにかかった途方もない労力を計り知ることはできない。


 だが、その「こんな所に休める街があったらいい」という欲望がただのキャンプ地を街へと変え、そして戦略拠点までにその重要さを増してしまった。

 商人の通行に使われた街道は軍の進軍路としても使われ、互いに街を奪い合うようになったのだ。

その騒乱の初めを俺はよく知らない。いつから、どちらが街を奪う戦いを始めたのかを俺はよく知らない。

 しかしガザを巡る戦いは前王であるクワバトラ三世の親征を受けて終わりを迎えた。

 彼の王がこの地を征服し、西方辺境領として統治したためにガザは最西端の城塞都市となり、国境紛争は領土のフラテス大河流域の領有権問題と形を変える。

 ケプカルト側は文官の交渉と西方辺境領主を兼ねるノルトランド家による防衛戦が行われていたのだが、会議の場では交渉はまとまらず、ケプカルト諸侯国連合王国は西方問題の最終的解決を図ることにした。


 それが西方戦役。



「我が軍は最初期の目標であるチグリス大河並びにピション川流域の制圧に成功しましたが、秋の終わりにエルファイエル王国が反攻に転じ、我らの防衛戦は崩壊。現在は攻撃発起点であるフラテス大河を背に防衛戦を行っております。戦線を維持しているのはガザより北の地しかありません」



 ノルトランド大公家の子息――カンオン・ノルトランド様の疲れ切った説明に俺たちは改めて会議室の地図を見る。

 カンオン様がそこで言葉を区切り、俺に視線を向けて「敵情については東方辺境領のオシナー殿より報告を」と言われた。



「では、報告します。連隊の偵察結果によりますと敵はチグリス大河を渡河し、三方から聖都カナンを包囲しています。カナン包囲軍はおよそ二万五千から三万。

 塹壕を伴った簡易築城がなされ、それぞれの塹壕が連絡壕によって相互に連携が取れるようになっているようです。

 また、敵は本格的な攻城を開始した模様です」



 俺の報告に会議実にざわめきが起こった。その中で調度のいい鎧をつけた老騎士が立ち上がって言った。



「バカな。敵はまともな攻城兵器など持っていないのだぞ」

「しかし、俺の部下は城攻めする敵を確認しています」

「東方の亜人共の報告だろう。信用ならん!」



 俺はケヒス姫様をチラリとうかがうと、冷血なその人は冷血そうな目で地図を睨んでいた。



「うぬよ。敵は投石器を持ち出したか?」

「いえ、報告によると連隊が採用する大砲のようなもので聖都を砲撃しているようです」

「なるほどな。で、捕虜からの尋問はどうした?」

「え?」



 捕虜!?


 連隊が捕虜をとったなんてヘルスト様にしか話していないぞ。

 どうして知っているんだ? そもそもそうやって知ったんだ?


 いや、そうだ。

 騎士団から偵察に向かった騎兵中隊に何名かの監視役の騎士がついていたのだ。そこから連隊が捕虜を得たことを知ったのか。



「言葉が通じないので尋問はまだです。この後にヘルスト様に通訳を頼んで尋問を行います」



 下手に書くにしてもどうしようもない。それにヘルスト様の名前を出さないとヨスズンさんあたりから『会話術』を強制的に受けさせられる可能性がある。

 連隊で事を運ぶという風に伝えねばならない。



「そうか。まあいい。敵は冬の初めに聖都を取り戻したいのであろう。そして雪解けと共にフラテス大河を越えるやもしれぬ。そうなる前に手を打つぞ」

「殿下! どうか待たれよ」

「ん? 貴様は、クレム公か。どうした?」

「確かに我らは三万の大軍。しかし聖都の南――ピション河流域に展開する騎士団は敵の攻撃に押されて西方辺境領を脅かそうとしています。その数およそ一万。

 そしてガザの北――チグリス大河を防衛戦とする騎士団は五千の大軍と対峙しております。

 我らが三万の大軍と言えど敵は隙あらばガザを狙ってくるでしょう」

「つまり、何が言いたい?」

「攻勢は行うべきですが、今はその時では……。せめてベスウス大公国やタウキナ大公国からの援軍を加えてから攻勢に出るべきかと」

「すでに攻城が始まっておるのだ。悠長に構えていたら兄上が捕虜になってしまうぞ」

「しかし、下手をすれば我らは西方辺境領失陥となるやも……」



 確かに数的優位を確立してから攻勢に出たいと思う気持ちもわかる。

 だが、先ほどまで主戦論が出ていた会議室で攻勢を躊躇するような発言が出たのであろうか?



「フン。なんだ。やはり余の指揮下に入るのは嫌か?」

「で、殿下? 何を仰せで――」

「とぼけるな。貴様らタウキナ周辺国は一致してタウキナに経済的な封鎖を行った一国であろう。つまり、現王派だ」


挿絵(By みてみん)

 そうか。クレム公国と言えばペルやアマルスといった公国と合同してタウキナの輸出品の不買運動に参加していた国だ。

 王都でケヒス姫様に脅迫染みた外交交渉を受けたとか……。

 それで現王派の息がかかっているから前王派のケヒス姫様の指揮下に入りたくないのか?



「大方、待っているのだろ? ベスウスを治めているシブウス兄上を。もしくはシューアハの方か?」

「…………」

「フン。沈黙もまた、答えだ。だがこの場で最高位の者は余である。

 ここはケプカルトのため、そしてケプカルトの中核を担う諸侯のため余の旗の下に集ってほしい」



 椅子から立ち上がり、そこで頭を下げるケヒス姫様に俺は素で驚いた。

 意識はしていなかったが、声をあげてしまったかもしれない。



「でで、殿下!! 頭をあげてください!! そこまでケプカルトを思われているのであれば、我らは殿下の下、死力を賭して戦いましょう!!」

「誠か!! そうであれば早速、作戦を練るぞ」

「え?」



 殊勝に頭を下げていたかと思うとバネのように起き上がり、ニヤリとした笑顔を浮かべたケヒス姫様が椅子にふんぞり返った。

 あれは演技だったのか。

 いや、演技でも自分から引くような姿勢を見せるなんてあったか?

 さっきの演説もそうだが、団結とか一番似合わない言葉を使っていたな。



「うぬはどう思う? どう攻めるか?」

「え? そうですね……」



 急に指名されてもなぁ。

 これほどの大軍の運用なんて正直、どうすれば良いのかわからないぞ。

 指定された場所に部隊を移動させるだけでも兵糧や弓矢などの消耗品、軍馬の替え馬。

 様々な要素が連隊などの規模をしのぐスピードで消費されていくのだ。それらを計算して大軍を指揮するなんて俺は無理だ。



「あの……。まずは何をすべきですか?」

「オシナー? 何を言っているんだい? 敵を攻撃しなきゃならないだろ?」



 ヘルスト様はさも当然のように答えてくれたが、俺としては疑問が絶えない。

 だがその疑問に答えるどころか「これだから……」と言った溜息が聞こえてきた。失礼な。



「そもそもどこの敵を攻撃するんですか? 敵はおよそ三つの軍集団を形成しています。一つは聖都を包囲するカナン包囲軍。西方辺境領南方に攻め寄せようとする南方軍。そしてチグリス大河でにらみ合う北方軍。

 この三つのどれを攻撃するのですか?」



 俺の疑問には先ほど攻勢に消極的な意見を出したクレム様が答えてくれた。



「そりゃ、第一王子殿下のおられる聖都解放は必須であろう。しかし聖都を攻めている最中に敵の南方軍が北上してきたら解囲軍は包囲殲滅される恐れがあるぞ」

「つまり、注意すべきは南方軍だけで、北方軍は無視して良いんですね?」

「そ、それは……」



 そりゃ無視して良いはずはないが、優先度は低いだろう。

 それに川を挟んで対峙しているのだから敵は攻めるに難しいはずだ。

 この季節に水浴びしたい兵も居ないだろうし。



「南方に展開している騎士団の兵数は?」

「……六千と言ったところだ。三千の騎士と三千の傭兵が守りに転じている」



 忌々しげにはかれた言葉に俺は質問をやめることにした。

 おおよその状況は掴めた。



「それでどうするのだ?」

「今、考えます」



 掴めたけど、どうすれば良いんだ?

 相手は火器を装備する部隊。対してこちらの火器は連隊(と、言っても大隊規模しかいない)と東方辺境騎士団のみ。

 もう少し火器があれば――特に砲兵戦力があればいくらでもやりようはあったんだけどなぁ。

 しかし無いものは仕方ない。



「正面から攻めましょう」



 策なんて無かった。無いものは仕方ないのだ。

 あ、ヘルスト様が絶望したような目で俺を見てくる。

 一度、空気を立て直すために咳払いをして俺は地図に指を指した。



「包囲軍三万は三方からカナンを包囲しています。我ら三万の軍は一方面に限り全兵力で強襲すれば単純計算――一万の兵しか相手取りません。

 全体で見れば数的優位の確立はできておりませんが、局所的に有利を作り出せます。この機にカナンに残存する部隊と合流して撤退し、戦線の立て直しを図るべきかと。

 カナン内との連絡はヘルスト様によるドラゴンを用いた空からの通信を行えば――」

「待たれよ!」



 暴論も甚だしい作戦を述べた俺を制止したのはカンオン様だった。



「つまり聖都から退却するのか?」

「退却ではなく転進です」



 こういう言葉は結構大事だ。

 魔法じゃないが、言葉は力を持つ。こういう言い回し一つで印象も変わるしな。



「しかし……」



 難色と言わんばかりにカンオン様が顔を歪めた。

 せっかく占領した都市をみすみす失うわけには行かないという事か。



「そもそもなんですが、カナンを再制圧する作戦になるのですか? それともカナンにおられるエイウェル様を救出する作戦なのですか?」



 なんだか、要領を得ないと思っていたが、そうか。

 作戦の本心が決まっていなかったのだ。



「聖都から兵を引くなどあり得ない」

「いや、第一王子殿下を助け出すことこそ――」

「貴公はそうやって点数を稼ぐのか?」

「何を!?」



 またまた騒然となる会議室に嫌気がさしてくる。

 功名心や出世欲で作戦が決まらない。って、ケヒス姫様が拳銃に火薬を詰めだした。



「あいやしばらくお待ちを!」



 ケヒス姫様の様子にカンオン様が何かを察したのか、席を立って議論の輪の中に消えていった。



「諸侯の忠誠心があるから。それと保身、かな」



 溜息をつくヘルスト様が俺にだけ聞こえるように言った。

 そうか。

 彼らの立場は王族を置いて兵を引いてきた身であるのだから王子を助け、なおかつカナンを征服したいのだろう。

 だがそんな兵力なんて無い。

 一番理想的なのは敵の包囲軍の一部を破り、その隙にカナンに残る部隊を引かせる事だ。



「どうやら話がまとまったみたいだね」



 ヘルスト様の言葉に思考の海から起き上がると、討論を終えたカンオン様が地図を指さした。



「確かに攻勢作戦は必要不可欠。しかし、兵力が心もとないのでベスウスの到着を――」

「シューアハ・ベスウス様、アウレーネ・タウキナ様、御来入!!」



 カノン様の言葉を遮り、歩哨の声が上がった。

 ケヒス姫様が「噂をすると――と、言うやつか」とニヤリと笑う。



「何やら、我が領の話声が聞こえたようだが?」

「シューアハ様!! あ、アウレーネ、様?」



 コツコツと杖をつくシューアハ様の後ろにアウレーネ様が続く。

 そのアウレーネ様は青い詰襟の外套に赤いズボンをはかれ、その出で立ちは騎士というより連隊の猟兵のようだった。



「お姉さま、まずは遅参をお許しください」

「フン。挨拶は良い。シューアハ。シブウス兄上はいずこか?」

「シブウス様はベスウスにおられます。雪解けを見計らい更なる援軍を連れて西方に向かう手筈です」



 シューアハ様は会議室を一望し、そしてテーブルに置かれた作戦地図に目を通す。



「聖都が包囲されているようですが?」

「見ての通りだ。兄上とノルトランド大公が聖都で包囲されておる。そのため余が臨時で全軍の指揮を執る。よいな?」

「御意に。我がベスウス騎士団は精兵六千を連れてきました。殿下の御心のままに」



 タウキナ継承戦争でベスウス側も大きな被害が出たと思っていたが、この短期間で六千もの大軍を再編したのか!?

 それが大公国の力なのだろうか?



「我が妹よ。貴様はタウキナからどれほどの兵を率いてきた? 二千ほどか?」

「ベスウスには劣りますが、四千の兵を連れてきました」



 四千。

 先の戦争でタウキナの主力騎士団であるタウキナ近衛騎士団は壊滅したはずじゃ……。



「ただ、新編されて間もない部隊です。それも民を徴兵した部隊で錬度もそれほど高いとは言えません」



 アウレーネ様の「民を徴兵した」という言葉に下卑た声が聞こえた。



「優しい姫君が民を戦に駆り立てたか? どんな心境の変化があったのだ?」

「それは……。すべてはタウキナのためです。私はそのために西方に来たのです」

「どこかと密約でも結んで軍資金を得たか? まあ良い。それよりも徴兵したタウキナ兵は戦えるのか? 農具や槌では敵を倒せんぞ」

「それぞれ小銃を装備させています。連隊のようにはいきませんが、お姉さまのお役には立てるでしょう」



 小銃を装備した徴兵部隊。

 俺が考える理想の部隊ではあるが、四千の兵に小銃をいきわたらせたのか? 単純計算で四千丁もの小銃がいるぞ。

 そんな金がタウキナにあったのか?

 そうか。それで密約か。

 出兵に際してどこかからか軍資金の出資があったのだろう。



「タウキナ猟兵に関してはオシナー殿に指揮を執っていただきたいのですが……」

「よかろう。良いなオシナー?」

「わかりました」



 これでケプカルト軍は総勢四万。カナン包囲軍に数で勝った。



「ちなみにタウキナ猟兵の装備は? 全ての兵員が小銃を装備しているわけではないのですよね?」

「えぇ。用意できたのは半数です。他は簡易製造の手銃を模したものになります」



 それでも二千丁の小銃を用意した方に驚く。

 結構、金を使っているはずだ。やはり資金の援助があったのだろう。



「ベスウスの魔法使いは何人いるのだ?」



 ケヒス姫様の問いかけにシューアハ様は軽く頭を下げて答えた。



「先の戦いで優秀な魔法使いの多くを失いました」



 そう言って俺を一瞥――睨んだ。



「攻撃魔法を使える者は私を含め二人だけです」

「例の遠距離通信魔法は?」

「はて? 何のことやら」

「とぼけるな。今は王国危急の時。貴様は父上の相談役でもあったろう。その情けで力を貸しくれまいか」



 再び頭を下げるケヒス姫様にシューアハ様が息をのんだ。

 その眼にはどこか哀愁のような、何か憐れむような色が浮かんでいた。



「……前王様とのお約束もあります。お力を貸しましょう。通信が行える魔法使いは十名です。もちろん私と、攻撃魔法が使える魔法使いを含めてです。

 二か所を通信させることができます」

「二か所か。案外少ないのだな」

「ですから、優秀な者は死にました」

「……そうか。どこも優秀な奴から死ぬものだな」



 溜息をついたケヒス姫様は改めてテーブルに置かれた青い駒に手をかける。



「数はそろった。新兵器も、ドラゴンも居る。『戦とは戦うまでにどれだけ準備できたかで勝敗が分かれる――』

 父上の言葉だ。ぐだぐだしてきたが、敵を屠る作戦を考えようではないか。く、フフフ」


おまたせ。


え? 待っていない? そんなことは言わないでください。なんでもしますから。




ちなまにアウーネ(タウキナ)の軍服のイメージはWW1のフランス軍です。

あの太股に巻き付けるような青い外套がセクシー……エロい。






それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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