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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
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捕虜

 ただただ偵察に向かわせた騎兵中隊の長――コレット・クレマガリー大尉がまさかの手土産を持って帰って来た。


 捕虜だ。


 捕虜を捕らえたというだけでも驚きだが、その捕虜の見た目にも驚かされた。

 司令部に連れてこられたその捕虜を一目見て俺は絶句し、ユッタはポカンと擬音が聞こえてきそうな顔をしている。



「報告します。まず敵の陣地は――」

「いや、普通に報告を始めるな」

「は? 偵察から帰還したら結果を報告するよう命令したのは少将じゃないですか。アタシは命令に従っているだけです」

「いやいやいや。百歩譲ってお前の言うとおり俺の命令に従うべきだと思うが――ん? 俺の命令に従うのは普通か? あれ?」



 相当混乱しているようだ。

 自分で何を言っているのかわからない。



「なんすか? 捕虜の事を先に言えば良いんですか?」

「なんでそんなに反抗的なんだよ」



 部下からの扱いがひどい。本当に軍隊組織なのか?



「とりあえず捕虜を捕まえた過程、それから偵察結果を頼む」

「わかりました。まあ、偵察していたら敵の少数部隊と戦闘状態に入って、そこでこの偽エルフを捕まえました」



 端的すぎるだろ。後で報告書をしたためさせよう。


 それにしても偽エルフ、か。

 コレットの言うとおり俺の知っているエルフとはまた違った見た目をしている。

 改めてコレットの連れてきた捕虜――縄で縛られている――を見ると、月のような銀髪。大地のような褐色の肌。

 そして尖った耳。

 尖った耳だけ見ればユッタの仲間かなと思えなくもないその姿にまじまじと彼女を見つめてしまう。



「この――。捕虜の名前は?」

「さぁ? 何を聞いてもちっとも訳のわからない事ばかり言うんで……」



 困ったように肩をすくめるコレットを見て、もしかしたら言語が違うのかと異文化コミュニケーションをとる必要性を感じる。

 通訳できる人はいるのか?



「とりあえず移送中は大暴れして今は疲れてぐったりしているようですんで、放っておいてもいいんじゃないんですか?」

「いや、暴れられるのはまずいな」



 ふと司令部前の歩哨をしているのがエルフの青年である事に気が付き、彼に見張りをさせる事にした。

 同じ(?)エルフ同士ならそんなに暴れないかもしれない。エルフはプライドの高い一族で、他の種族を見下す事があるから同族(?)なら問題も少ないと判断した。



「ユッタとしてはどう思う?」

「どう、と言われましても……。銀髪のエルフなんてお伽話で聞いたくらいですし……。レギオーの山中ならいるかもしれませんがとても同族とはとても思えません」



 お伽話ね。

 あまり信用できる情報では無さそうだ。



「まあ捕虜の処遇に関しては後だ。コレット、偵察の状況を」

「了解しました」



 コレットが雑納からしわくちゃになった地図を広げてそれを元に司令部に置かれた地図に敵兵を表す駒を並べて行く。



「ここと、ここ。あと、ここです。中隊全体の偵察結果をまとめるなら聖都は完全に包囲されています。

 聖都周辺には敵の簡易的な支城というか、砦というか……こちらの一夜城のような簡易築城を中心塹壕がくまなく掘られており、友軍はおろかネズミ一匹外に出られないようになっています。

 また聖都から離れたこの丘で偵察していたのですが、敵に気がつかれました。

 籠城する敵と相対しつつ、周囲も警戒できる余裕があったのでおそらく敵は長期戦を覚悟して包囲しているようです。

 あと、敵も連隊と同じく火器を使用しているようでした。

 聖都めがけて大砲のような物で攻撃しているのを確認したので間違いありません。

 なお、偵察に同行したコニー――コニラー・ガイソス殿も火器の存在を確認しています」



 淡々と置かれる赤い駒達を眺めながらほぞを噛んだ。

 完全に敵は包囲網を敷いている。これを解囲するのか?



「コレット大尉。敵の火砲の射程はわかるか?」

「え? いや。わかりかねます。目測で敵陣は聖都の城門からおよそ一キロ以内から撃っているようでしたから大砲と変わらないと思います。

 ただ、敵の大砲は形状が違うようでしたからなんとも」



 もし、敵がエルフで構成される軍隊であった場合、連隊と同等の火器を有する事が出来るだろうか?

 冶金技術に関してはドワーフのノウハウを使っているのだからエルフはおろか人間よりも純粋な金属を精製する事が出来る。

 ならば同じ大砲を作ったとて敵の大砲の方が低性能の可能性が高い。



「敵の総数はどれくらいだ?」

「二万五千から三万くらいかと。ただ、アタシ達の主観である事は否定しません。複数方面から敵を偵察した結果をまとめたので重複もあるかもしれません」



 大軍だな。

 こちらの戦力はどれくらいだったか。



「確か、東方辺境騎士団と連隊を合わせて千六百ほどです。ケプカルト諸侯軍全体となるとおよそ三万を行くかと。あ、聖都に籠城しているノルトランド騎士団が六千と聞いています」



 優秀な副官の報告に俺は改めて地図を見る。


 数は互角。


 いや、武器の性能差があるか。

 火器を導入している敵軍に対し、こちらも火器を装備しているが、全体からみれば少数すぎる。

 だが敵にはないアドバンテージがこちらにはある。


 航空戦力だ。


 前世の記憶だと空を制する事で陸上を――海上を制する事に同義となる。

 空の上から敵の様子を逐一監視できるし、空から魔法攻撃とかドラゴンの炎攻撃(出来るか知らないが)などを行えれば数以上に優位になれるはずだ。



「まずはヘルスト様に連絡を取ろう。どれだけドラゴンがいるかが分かれば作戦の細部を詰められる」

「わかりました。では総督府に?」

「そうだな」



 だがガザに来て一度もヘルスト様とは会っていない。

 ラートニルを出発するときに別れて以来だから二カ月ぶりの再会か。



「それで、少将? 捕虜はどうするんで?」



 コレット大尉の疑問により、俺は再び捕虜に意識を戻した。

 尋問をするにしても言葉が通じないし、そもそも拷問のイロハを俺は知らない。

 いや、拷問のイロハなんて知っているのは俺の知る限りヨスズンさんだけだろうが。

 かと言って騎士団に捕虜の身柄を渡した場合の処遇を考えるとそれも気が進まない。

 そもそも捕虜の身柄を大事にするような人たちが居ない。


 強いて言うならあの捕虜が身分的に高貴な人で、人質として価値があれば別問題だが、コレットの話だと敵の作戦に関する重要な書類等を保持していなかったというし、装飾もはっきりいって地味だ。

 つまり高貴な身分である――人質の価値が低いと言わざるを得ない。

 そんな捕虜を――それも『亜人』である捕虜を騎士団に渡した場合どうなるかは火を見るより明らかだ。



「オシナーさん。あの……」



 ユッタもそれを察したのか、欠けた左耳を触りながら懇願するように俺を見た。

 同族として放っておけないのだろうか。



「一応、アタシの部下が捕まえた捕虜なんでアタシ達に一任しても構いませんが……」

「うーん」



 前世の記憶がある俺としての意見なら捕虜は保護するべきだ。

 後々の戦後を見据えた行動をとるのであれば捕虜を厚遇してやるのが一番だが、この世界ではどうだろう。

 捕虜の扱いを指定したジュネーブ条約がこの世界にあるとは思いにくい。

そうだ。

 迷える前世のバイブルとして買った『米海兵隊が教えるタリバンから命を守る二百のテクニック』では確か、『郷に入ったら郷に従え』と書いていた。

 この世界の慣わしに従うべきだろう。



「ちなみにコレット大尉。捕虜の扱いはどうするつもりか?」

「一族の掟に従よるなら捕虜は引き回して殺しますが――」

「こえーよ! 粗暴すぎるだろ」



 ケンタウロス怖いぞ。粗暴で短気と聞くが、怖いぞ。それに最終的に殺すって発想がけヒス姫様を連想させる。



「うちの一族に文句言わないで下さいよ。いくら少将でも許せませんよ」

「なんでそんな軽蔑した目で見ているんだ!?」



 いや、一族のしきたりとかに文句を言っていては多種族混成部隊である野戦猟兵連隊が立ち行かなくなる。

 だが、引き回しって……。



「ちなみにユッタ。エルフなら捕虜はどうするんだ?」



 優秀な副官の提案であれば両案を出してくれるだろう。それに同じ(?)エルフだ。

 故郷は違えどエルフ同士のしきたりなら両案かもしれない。



「わたしの所ですと矢を射掛けて森の肥やしに――」

「こえーよ! 肥やしとか残虐だろ!!」



 そういや親方に聞かせてもらった寝物語でエルフは狩が好きでドワーフのある一族を狩りつくした忌むべき一族と聞いていたが、あれはフィクションだったのだろうか。



「あ、エルフにはしませんよ」

「他の種族にはするのか!?」



 あ、じゃねーよ。弁解しているようでそれは墓穴を掘っているぞ。



「それじゃ、エルフ同士はどうするんだよ」

「エルフは争いを好まないのでそういう掟はありません」



 それは遠回しに除隊願いを出しているのだろうか。

 てか、ケンタウロスにしろエルフにしろ生かしておかないのか。

 ケヒス姫様が東方蛮族と呼ぶのはある意味であっているのかもしれない。


 ちなみにドワーフは捕虜をとると炭鉱労働を科せられる。

 生きているし、人道的だと思う。思、う?

 あれ? 人道的ってなんだっけ?



「それで少将。捕虜の扱いは? ケンタウロスがやるんで? それともエルフ?」

「いや、どっちもやめよう。とりあえず連隊で引き取ることにしよう。扱いは俺が決める」

「オシナーさん。東方辺境騎士団には報告しますか?」

「駄目だ。ケヒス姫様に渡したらどうなるかわからない」



 少なくとも引き回したり、肥やしになったり、炭鉱労働などはしないだろうがヨスズンさんの『会話術』を受けることになるだろう。

 それはあまりにも不憫だ。

 いや、捕虜がうら若き乙女だから同情したのではない。

 例え捕虜が大柄のオークだとしても俺は庇っただろう。

 ヨスズンさんの『会話術』を受けさせず、平和裏に情報を得るのが一番だ。



「ある程度、連隊で情報を捕虜から聞き出してから騎士団に報告しよう。できるだけ穏便に事を進めたい」



 まずは通訳が必要だな。

 捕虜の尋問を行うにはまず言葉が通じなくてはならない。

 ヘルスト様あたりに通訳を紹介してもらおうか?



「それじゃ、アタシはもう良いですか?」

「ご苦労。下がってくれ」

「失礼します」



 司令部を出ていったコレットに代わって俺は司令部前で歩哨に当たっている兵を呼んで一夜城を形成するため持ってきた馬車に捕虜を収監するよう命令した。

 あの馬車は元々、奴隷貿易の際に奴隷を収監するための物を改造して使っているから、ある意味で本来の用途に戻った事になる。



「それじゃ俺は総督府に行ってくる。コレット大尉の持ち帰った情報を騎士団に伝えてくるから」

「お供はいかがしますか?」

「いや、いい。ガザの連中の目が厳しい理由もわかったしな」



 今までユッタや連隊に殺気を出していた連中はうちにいるエルフを敵視していたのだろう。

 敵国と同じ耳――種族に敵意を向けているだ。ならその敵意が渦まく総督府にユッタを連れていくのはまずい。

 そのせいで諸侯が偵察結果に文句を言ったり、作戦への参加を拒否してきたら目も当てられない。

少なくとも火種はつぶしておきたい所だ。



「それじゃ行ってくる」

「お気をつけて」



 俺は机に広げられた地図を折りたたみながら司令部を後にした。


トールキンのエルフは暇潰しにドワーフを狩ったりする残酷な趣味があるとかなんとか。



捕虜の扱いは大事ですよね。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。




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