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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
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差別

 物資の補給と部隊の再編を終えた連隊は一路、西方を目指す事になった。

 野戦猟兵連隊として部隊を編成しているが、内実は総勢六百名ほどの大隊規模しかいない。

 二個連隊を西方戦役に投じる案も出たが、それだと西方まで兵站が持たないため却下された。

 兵站の都合と兵員の補充状況を見てこれが連隊の出せる最大の人員といえる。


 対してケヒス姫様率いる東方辺境騎士団は一千の兵を出した。

 四千ほどまで回復してきた騎士団もラートニルをめぐる戦いで消耗し、その回復を図るために一千と決まったようだ。


 タウキナで再編を終えた西方派遣部隊はノルトランドを目指し、そこから前線基地となっている西方辺境領総督府のある辺境都ガザにてケプカルト諸侯国連合王国を構成する諸候軍と合流する事になっている。

 なっているのだが。



「待たれよ」



 西方辺境領の領都ガザにて俺たちは思いがけない出迎えを受けた。

 隊伍を組んだ東方辺境騎士団がまずガザに入城し、それに続くように猟兵連隊カサドールが城門をくぐろうとして門番に呼び止められたのだ。

 行進中の部隊を止めるのはよろしくないどころか、渋滞が発生してしまうだろうが、門番を無視する事も出来ない。



「全体止まれ」



 二つほどの呼吸をおいて停止させた部隊をマジマジと観察する門番。

 確かに『亜人』というものは珍しいだろうけど、門で止めないでほしい物だ。



「亜人の入城は禁じられている。お引き取りを」

「……はい?」



 え? わざわざ東方辺境領から来たのに入城を断られるの?



「何をしておる」

「ケヒス姫様! 実は――」

「東方辺境姫殿下! 現在、ガザには亜人の出入りを禁じるようにノルトランド大公閣下から申しつけられております」



 頭を下げる門番に理由を尋ねると『亜人』が利敵行為を行う可能性があるからとの事だった。



「余の兵が間諜の真似ごとをすると言うか? この無礼者」

「も、申し訳ございません。しかし我等は大公閣下のご命令で――」

「話にならん。うぬよ。兵を門の外に並べておけ。兄上にかけあう」



 散々な歓迎。

 そりゃ、道中に石を投げられたり住民とトラブルを起こしたりと問題が無かったわけではないが街への入城を断られたのは初めてだ。



「なんだよ。兵を出せって言ったのは王国なんだろ」

「東方からはせ参じたってのにおれたちは奴隷と同じと思われてたんじゃ、やってらんねぇよ」

「王国のためにって命賭けて東方を出たんだぞ。ふざけているのか」



 次々に湧き起こる兵達の不満の声に門番も顔を強張らせていく。

 そろそろ不満を切り上げさせて兵達を門から出さねば大渋滞が起こると思い、口を開こうとしたらそれは一人――いや一頭の声でかき消えた。

 コレット・コレットクレマガリー大尉だ。



「口開いてないでさっさと道をあけろ。後ろもつっかえているんだからさっさと静かにしな!」



 戦時昇進して大尉となった彼女は前足を掲げて伸びあがり、一段と高い場所から不満を両断してくれた。



「ほら! 反転、反転!! お外で日向ぼっこするぞ」



 コレット大尉の一声で毒気を抜かれた兵達はそれぞれの中隊長の号令と共に反転、門の外に動き出した。



「連隊の問題児が見違えるようですね」



 コレット大尉の姿に感嘆の声を上げる副官に俺は同意した。

 今回の遠征に彼女をケンタウロスで編成した騎兵中隊の中隊長に任じて良かったと思う。

 だが、大隊の総数は六百人ほど。それが反転するというのだからより混雑が起こる。

 いくらコレット大尉が反転を呼び掛けてくれたとはいえ歩兵や騎兵ならまだしも砲兵はこの方向転換に一苦労するだろう。

 特に自重三トン強もある野戦重砲を装備する独立砲兵中隊の苦労は計り知れない。



「第一中隊は砲兵を手伝え。ユッタは門の外に出た兵達の指揮を頼む」

「わかりました」



 幸いに城門の中に入っていた砲は第一中隊付きの砲兵だけであったおかげで大砲を旋回させるのは容易だったが、問題はやはり野戦重砲だった。

 ドワーフとケンタウロスの力を合わせてそれの向きを変える作業をし終える頃に辺境総督府からの使者という者が現れた。もちろん彼が来てくれるまでガザを訪れる商人や傭兵に文句を言われた。



「特別に大公閣下から許可がおりましたので入城をお願いします」

「…………」



 なんだろう。この、自分が掘った穴を埋め直すような徒労感。

 もはや怒りより呆れの感情が勝ってしまう。

 しかし、せっかく門を出た所を再び門に入れさせるのは不憫だし、それにまだ日が高い。

 俺は兵達に大休止を命じ、連隊の幕僚と共にガザに入城することにした。



「なんだか、タウキナ継承戦争の時とはまた違う空気ですね」



 ユッタの感想通りガザの街には戦時のピリピリした空気が漂っているが、何よりも肌を刺すような敵意を向けられているのを感じる。

 特に鎧を着こんでいる騎士や傭兵からそういう視線を向けられているようだ。

 こんなに殺気だっていると言う事は最前線ではどんな激戦が起こっているのだろう。



「……わたしを見る目が厳しくないですか?」

「エルフは珍しいんじゃないのか?」



 木で組まれた露天を抜けると石造りの庁舎とも砦とも付かない堀に囲まれた建物を見つけた。

 クワヴァラードとは趣きが違うが、あれが総督府であろう。

 総督府の周辺にはまさに司令部といったように大勢の騎士達が忙しそうに動き回り、喧騒が聞こえる。

 掘りを覗きこむとそこは空堀となっており、天を睨むように鋭い杭が打ちこまれていた。



「あ、殿下です」



 ユッタの指示した先には簡易的に作られた厩舎があり、そこで馬を預けている東方辺境騎士団がいた。

 その中に赤いマントを羽織った金髪頭を見つけた。ケヒス姫様だ。

 銀色の鎧が陽の光でキラキラと輝きまぶしい。



「ようやく来たな。うぬらも馬を御すようにしろ」

「いや、馬は苦手で」



 だってめっちゃ睨んでくるんだぞ。ケヒス姫様ほどではないが、馬の眼光も怖い。



「わたしも馬は……」

「だらしない。まあ良い。ゆくぞ。兄上のつらを拝みにな」



 一応、王位継承者としてエイウェル様のほうが位の高いと思うのだが、ケヒス姫様は恐れを知らないのだろうか。

 ケヒス姫様、そしてケヒス姫様の筆頭従者であるヨスズンさんに続いて総督府に入る。

 その時、「待たれよ」と静止が入った。またかよ。

 声をかけた歩哨にうんざりさせられた。



「見たところ亜人のようだが」

「はい。わたしは東方辺境領姫殿下に仕えるエルフで――」

「連れて行け! 亜人だ! それもエルフだぞ」

「ま、待ってください! ちょっと! 触らないでくださいッ!!」

「お、おい! 何をするんだ!」



 なんだこの扱い。いくらなんでも横柄すぎないか?

 確かに『亜人』と言われる人たちは奴隷として売りに出されるような身だが、本人が王族の従者を名乗っているのに連行しようとするとは。



「ちょっと良いか」



 表情を消したヨスズンさんが歩哨に近づき、その耳元で何かを喋る。

 何を喋っているのか気になるが、聞いたら発狂するかもしれないから俺は好奇心を殺す。

 あ、歩哨の顔色が――。かわいそうに。



「お、おおお通りくだくださささい。東方辺境姫殿下万歳」

「任務御苦労。しっかり励め」



 もう励めないよ、あの人。

 歩哨に深い同情をしつつ、俺たちは総督府の奥――円卓と呼ばれる会議室に向かった。



「東方辺境領姫殿下一向、御来入!!」



 木の大扉が開かれるとそこは喧騒に包まれていて、おそらく俺たちの存在に誰一人気が付いていないだろう。



「それでも侯爵家の人間か!!」

「生き恥だ!!」

「殿下を置いて撤退するなど言語道断。この責はどう取られるつもりか!?」



 円卓という名が示す通り、そこに置かれた丸テーブルを中心に大勢の騎士達が叫び、鎧の金属の音がそれをはやし立てる。

 この騒がしさに呆然としていると、ケヒス姫様が腰から何かを抜くのが見えた。

 それは連隊が採用する小銃を極限まで短く切り詰めた拳銃ピストーラであり、ケヒス姫様はためらいを見せる間もなく撃鉄を起こして天井めがけて撃ちはなつ。

 轟音が室内に反響して耳鳴りが起こり、発砲の銃火で目がくらむ。



「地獄の亡者どものように騒ぎおって。余の到着である。全員起立せよ」



 発砲と共にピタリとやんだざわめきの中で鋭く響くケヒス姫様の名乗りに新しいざわめきが生まれるが、すぐに沈静化して椅子の音を立てて皆が起立した。



「フン。兄上はどこだ? まず挨拶をしたい」

「それが……」



 近くに居た老年の騎士が顔を青くして答えに窮する。ケヒス姫様の悪名故だろうか。



「第三王姫殿下。はるばる西方の地においでいただき、恐悦至極」

「そちは?」

「ノルトランド大公国大公が子。カンオン・ノルトランドにございます」



 三十半ばほどのガッシリとした男――おそらくヘルスト様の兄君――が頭を垂れる。

 ヘルスト様と同じような深緑色のフロッグコートに赤い乗馬ズボンをはいているのを見ると、この人もドラゴンに乗るのだろうか。



「第三王姫殿下の兄君――西部戦線総大将エイウェル様はガザには居られません」

「あの病身でどこに行ったというのだ?」

「西方蛮族共が聖都と呼ぶカナンに居られます。ただ――」



 ただ――



「カナンは敵に包囲されております」



 カンオン様の話を聞く限り、当初ケプカルト軍は大規模な部隊で国境線を奇襲突破して敵の聖都カナンを攻略し、ケプカルト・エルファイエル王国(カンオン様は西方蛮族と呼んでいる)雑居の地であるピション河流域を制圧したという。

 こちらのもくろみとしては冬までにピション河の北東域からチグリス大河の南を占領して講和に持ち込んでピション河流域を併合しようと考えていたのだが、冬の直前に敵の大反攻が起こり、聖都を包囲されてしまったらしい。



「カナンは西方蛮族にとって宗教上の要地。ここを占領して和議を結ぶことで短期間に、それもケプカルトに優位な条件をつけて講和出来るものと考えられておりました。

 しかし――」

「敵はそれを許さなかったのか」

「その通りです。敵は秋の終わりに反攻に転じ、我が軍の戦線は敵の魔槍に喰い破られました」



 そう言ってカンオン様は円卓の中心に置かれた地図に視線を向けた。



西方戦役戦線地図

挿絵(By みてみん)



 そこには西方辺境領を中心に描かれた地図が置かれ、友軍あお敵軍あかの駒が置かれている。

 黒い点線が引かれているのはケプカルト軍の最大進出範囲であろう。

 だが青い駒は押し込められ、河を背に防戦しているようにしか見えない。

 そしてカナンと書かれた場所には青い駒が一つだけおかれ、その三方を赤い駒に囲まれていた。



「敵は聖都奪還のために兵を集め、包囲を固めております。しかし、奴らは自分の聖都を壊したくないのか投石機を有していないとの報告です。やはり敵はただの蛮族。城攻めのノウハウなどありはしません。

 西部戦線総大将エイウェル様と父はカナンの地に残って籠城の指揮をとりつつ我等の解囲作戦を兼ねた攻勢作戦を待って居ります。

 ただ、その攻勢作戦を考えている最中に――」



 軍の最高司令官にして第一王子を敵中に孤立させてしまった責任についてノルトランド家に非難がとんだというわけか。

 だが、敵は攻城戦に攻城兵器を準備しない愚か者なのか?


 いや、違うはずだ。


 何らかの理由で攻城兵器の到着が遅れていると考えるべきか。



「なるほどな。この場で最も爵位の高いものは貴様か?」

「はい。父から全権を託されております」

「よし。これから余が臨時に指揮を執る」

「そ、それは――」

「貴様らのような青二才に任せておけるか。早々に戦を納めて余は東方に帰りたいのだ。

 敵と我等の戦力を報告せい」



 有無を言わせない口調につられたのか、各騎士団が次々に戦力を口に出し、そして敵と相対した騎士団や傭兵から悲鳴のような敵情を聞かされた。



「雷のような轟音と閃光と共に味方が次々に倒れるのです」

「奴らは魔法を使うのです。それも敵兵全員がです!!」

「先ほど殿下が行った魔法のような音と白い煙が出るのです。おかげで馬は暴れ、御するだけで精一杯でした」



 ふむ、と顎に手を当てたケヒス姫様が俺を見た。

 大丈夫。まだ嫌な予感はしない。



「どう思う」

「以前――王都でヘルスト様から聞きましたが、西方に火矢を使う者がいるとか。おそらく俺たちが使う小銃のようなものを敵も装備しているのだと思います」

「良い話しだ。よくやった。うぬを王都につれて行った余をそう褒めたい」



 俺じゃなくて自分を褒めるのか。



「とりあえずこれででは現状がわからん。連隊から偵察隊を出せ」

「連隊からだけでしょうか?」

「不満そうな顔をするな。ラートニルでの時もうぬのケンタウロス――騎兵はよく働いた。特に装備の軽い騎兵は偵察向きだ。

 それにいざ、敵と遭遇して戦闘になった場合、あの音に対する耐性を持つのはケンタウロスだけだ。

 偵察隊を出して全滅させられては意味が無いからな。少しでも帰還の可能性の高い者を出したい。まあいい。騎士団からも人員を派遣しよう。合同して偵察に当たれ」

「わかりました。ただこれから部隊を編成いたしますので今日中に偵察は行えませんよ」

「では明日の日の出と共に兵をだせ。敵情が分かり次第、攻勢作戦の計画を立てる。

 ヨスズンはそれまでに補給物資の蓄積を行え。久々の戦争だ。楽しもうぞ」


久しぶりの投稿にドキドキしてます。



まだまだストックが少ないので不定期投稿になるかと思いますが、ご容赦ください。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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