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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
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出立

「まったく。あの冷血姫ったら――」

「落ち着いてくださいヘルスト様」



 ベスウス側とタウキナ側の間を取り持とうとするヘルスト様にとって会食は面白くなかったのだろう。

 まあ西方戦役の主力はノルトランドの騎士団になるそうだから対立する大公国と東方辺境領が脚を引っ張る可能性を潰したいのはわかるが。



「せっかくコレクションの一品を出したと言うのに」

「コレクションって、もしかしてあの食前酒ですか? 明らかに食前酒じゃないですよね」

「いやいや。あのさわやかな飲み口はどんな食事に絶対あうんだって」



 確かに飲み口はよかったけど……。

 だが一名だけその美味しさを理解していないであろう人が居たことを伝えねばならない。



「ユッタ、大丈夫か? なんか、赤じゃなくて青になっているぞ」



 エルフのユッタは食前酒に手をつけると白い磁器のような肌が赤く染まり、今は青くなっている。



「エルフに効く毒とか入れてませんよね?」



 ヘルスト様は反ケヒス姫様派というか、現王派のノルトランド家の人間だから同じ現王派のベスウス家に肩入れしていてもおかしくない。

 ベスウスに恨まれるような事は散々したのだから可能性を捨てきれないでいた。



「失礼な。酒に毒を入れるなんてこのヘルスト・ノルトランドを侮辱しているのか!?

 ちなみに自分は酒を水で割ることも許せない人間だ。そもそも酒に不純物を入れること事態神をも恐れぬ諸行。

 命の源たるアルコールを侮辱する行為だ。

 次に酒に毒を入れるなどと言えばオシナーといえど容赦しないよ。

 良くて打ち首だ」



 何故かめっちゃ怒られた。

 ここまで怒られるとは思っていなかったから結構、傷ついたぞ。



「だ、大丈夫です。気持ち悪いだけですから」

「自分のコレクションが気持ち悪いだと!? オシナーの部下とは言え――」

「誰もそんな事は言ってませんよ」



 こんな事ならヘルスト様を連隊の司令部に招くのはやめておけばよかった。



「いえ、元々、エルフは飲酒の習慣が無いので」

「え? でも出陣式の時は飲んでいただろ?」

「お祭りとか、大事な儀式の時に口をつけるだけですから」



 ふーん。酒が飲めないのは辛いな、とドワーフのような感想を抱いてしまうが種族が違うから仕方がない。

 そういう折り合いをつけないと他種族混成の連隊が連隊として機能しなくなる。



「そういえばなんだか、賑やかな声が聞こえない?」



 ヘルスト様の言葉に耳を澄ますと、兵達のざわめきに交じって陽気な声が聞こえだした。



「戦勝祝い?」

「いや、そんな予定は……」



 首をひねりつつ音源である司令部に向かうと、鼻を突く臭いが漂っていた。



「なんだ? 酒臭いぞ」

「ぅッ。気分が……し、失礼します」



 ユッタが森の端に全力疾走していくのを見届け、司令部に入ると司令部の中はお祭り騒ぎだった。



「お前らなにやっているんだ。まだ軍務中だろ」

「いやぁ。こりゃ、連隊長殿。連隊長殿も一杯どうですかい」

「スピノラさん――。ってクサッ。酒クサッ。何やってんですか?」



 司令部を見渡すと既に出来上がっているスピノラさんに瓶をあおっているローカニル。そしてタウキナの職人達が居た。



「おぉ。やってるぞ」



 そう声をかけたのはシブイヤで鍛冶師を取りまとめているヘーパイ・ストスさんだった。

 野戦重砲の制作において彼の協力なしに野戦重砲は完成出来なかったであろう人物。



「なんで。あんなに一生懸命に作ったのに陽動にしたんだって? 鉄が泣いているぞ!! だから憂さ晴らしに飲んでやる!!」



 おう、アルコールの力で自制心が失われているぞ。これはもうだめかもしれん。



「あー。その。ストスさん。その節は――」

「良いからお前も飲め! な!」

「いやまだ軍務があるので――」

「飲む! 飲ませていただきます!」

「お? なんだい譲ちゃん。飲めるのか? ならジャンジャン飲め」



 ストスさんがヘルスト様に小さい樽のような器を渡し、ヘルスト様はすぐに口をつける。

 と、いうかどれだけ酒に飢えた生活をすれば見ず知らずの人が差し出した酒を警戒せずに呑めるのだろう。

 むしろ大公家の娘なのだからもっと気を使って欲しい。

 なんだかまだ見ぬノルトランド家の将来を心配してしまう。



「このまろやかな口当たり。今まで飲んだ事のない味……。いったいどこの物ですか!?」

「良い飲みっぷりだな! これはドワーフが作ったっていう大麦の蒸留酒の一種らしい」

「大麦を? なるほど。麦焼酎か」



 場の空気に飲まれたヘルスト様をどうしようかと思ったが、このまま飲まさせて酔い潰させる方が平和的かもしれないと思い、そっとしておく事にした。

 とりあえずこの状況を知りたい。司令部の隅で手酌をしているローカニルを見つけ(ドワーフなら酒に耐性があるから大丈夫だよね?)近寄ると、すでに五、六ほど子樽を開けているのがわかった。



「ローカニル。状況を教えてくれ。そもそも司令部は一般人立ち入り禁止だろ」



 戦争が終わったとはいえ作戦計画や連隊の補給計画などの重要な書類が置かれている司令部に野戦重砲を作った職人とはいえ一般人を入れさせるのは問題だろう。



「ストス殿達が陣中見舞いって事で来たんでさぁ。あと、野戦重砲の調子と小銃の様子を見に」

「小銃?」

「タウキナ産の小銃には稚拙な冶金技術のせいで不良が出ていたんでその改修のためにもここに来たんで、その改修計画を練るためにも司令部に入れて――」

「宴会になったと?」



 まあ酒盛りは嫌いではないというドワーフのさががあるから妥協したくなるが、せめてスピノラさんは止めてほしかった。



「ぐび、ぐび」

「おいローカニル。飲みすぎじゃないのか?」



 ヘルスト様がこの酒の事を麦焼酎と言っていた。アレは俺も飲んだ事があるが、かなり度が高いはずだ。

 いくらドワーフとは言え飲みすぎだ。



「飲んで忘れたい事があるんですよぉ」

「それを人は酒に飲まれるって言うんだ」



 大丈夫か?


 そう言えばラートニルを砲撃した事をローカニルは悔やんでいたが、それで酒に溺れるのはまずいだろう。

 その時、ローカニルの身体がグラリと崩れるように倒れた。どうやら睡魔に勝てなかったようだ。

 このまま放置して吐しゃ物が喉を塞いでは危険だから起こそうとしたが、その手をストスさんに止められた。



「面倒はこっちの若い奴に見させるからあんたも飲め!」

「だから俺は軍務中なんで飲めませんよ。それにそっちの若い奴も相当、飲んでるじゃないですか」



 前世でもそうだったが、アルコールの入っている人の言う事を信じるのはやめた方が良い。



「ほら。ローカニル。起きてくれ。とりあえず水を飲んでアルコールを抜こう」

「まあまあ。ローカニルも、忘れたい事ってのがあるんだ。そっとしといてやってもらえねぇだろうか?」

「ストスさん?」

「今回の戦、つれぇ事もあったろ?」



 その言葉には同意だ。

 ラートニルの市民が居るかもしれないのに敵を撃退するために砲撃を加え、高地を奪う戦いで大勢の戦死者が出た。



「忘れるってのは罪じゃよ。死者を、それも犠牲者を忘れるのはやっちゃいけねぇ。

 でもよ――」



 痛ましい事を忘れないってのは辛いよ。



「人って奴が何事も忘れない生き物だったら、つれぇよ。

 悲しみを忘れられなければそれは生きていけねぇよ。

 怒りを忘れられなければそれは悲しいよ」



 もっとも、怒りを忘れない悪鬼のようなお人もいるようだが、とストスさんは言って手にした酒をあおった。



「どんなにつれぇ事があってもわしらは酒飲んで、飯を食って寝て。日々を忘れながら生きるんだ。

 忘れる事は罪だが、忘れる事全てが罪じゃねぇ。

 忘れる事で生きられるのならそうすりゃ、良い。

 わしらはそうやって生きていく生き物なんだ」



 辛い事も、悲しい事も過去になれば思い出だ。

 悲しみに暮れて生きるのではなく、思い出を秘めて生きていかなくてはならない。



「何故なら、わしらは生きてるからな。生きているのなら、生きて行かなきゃならない。

 まあこれは師匠の受け売りなのだがな。はッはは!」



 快活に笑うストスさんに毒気が抜かれるような思いがした。

 俺も、悲しみに沈んでいるだけではなく、生きて行こう。それが思い出になるように。生きて行こう。



「お、オシナー。吐きそう」

「ヘルスト様!?」

「おぇ……」

「うわ! 吐いた! 吐いたぞこの譲ちゃん。あはは!!」

「スピノラさん!? 何笑っているんですか!! あ! ヘルスト様テーブルに向かって吐かないでください!! 書類が!」



 早く、今日が思い出になりますように。



   ◇ ◇ ◇



「捧げぇつつ



 俺の号令とともに一個班の部隊が身体の正面に小銃を掲げる。

 その先にはラートニルの戦いで散っていった戦友に向けられた。

 明日、西方戦役に旅立つためにこの街の復興を見届けることなく俺たちはこの地を出ることになっている。

 その前にラートニルの戦死者達を埋葬できたのは幸いだった。

 ベスウス、タウキナ、東方辺境騎士団、旅団のわけ隔てなく、合同の墓地がラートニルの郊外に出来上がり、それぞれの集団がそれぞれの見送りを行う。

 その最後の番が旅団だ。

 第一連隊と第二連隊のそれぞれこの戦役に参加した大隊のほとんどがこの場に居る。



「なおれ! 右向け右!!」



 俺が直接、号令をかけるのは珍しいなと思いつつ、小銃を持った班を指揮しているユッタに視線を向けた。

 合同墓地に向き合った最前列に居るユッタ達エルフの散兵が一列縦隊に並ぶ。



「弔銃用意。発射用意」



 立て銃をしていたユッタ達がその号令で小銃を胸元に構えて撃鉄を押し上げ、そして天に向かってそれを構えた。



「撃てッ」



 何度と繰り返してきた命令を口に出し、甲高い音が青い空に響きわたった。それと同時に葬送のラッパが吹かれ、それが風にのって流れて行く。

 どこからともなく嗚咽が漏れる。

 出来れば彼ら、彼女らを東方に連れて帰りたい。だが、いくら夏が終わったとはいえ無理な話だ。

 それにもう眠りについた人達の墓を暴く事もない。

 俺たちはこの悲しさを、苦しさを忘れながら生きて行く。

 俺たちが生きるために、俺たちが前に進めるように忘れながら生きて行くのだろう。


 悲しい。


 忘れる事は確かに悲しい。

 だが、この想いもいずれ思い出となり、生きて行く糧になるのだろう。

 これから向かう――それこそどのような土地なのかもわからない未知の土地の戦場で俺たちはこの地で戦死した人々を想いながら戦うのだろう。

 東方のために、東方に暮らす諸族のために戦い、そこで力尽きるその時、思い出そう。棺桶に入るその瞬間に思い出そう。


 今、会いに行くぞ、と。


この話を四章の終わりとしようかと思いましたが、文字数の関係で五章の頭に。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。


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