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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
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戦後処理

「第一連隊九大隊ただいま着任いたしました」

「ご苦労」


 俺は司令部のテントで連隊の補充に追われていた。

 国境の街ラートニルの周囲を囲う様な高地を巡る戦闘で損耗した部隊を再編するために東方辺境領まで後退させ、東方で新編された部隊を招くことで戦力の回復を図っている。

 第一連隊で言えば第二次総攻撃に参加した第三大隊が壊滅的被害を受けたために後送し、第九大隊を迎え入れた形だ。



「第九大隊は宿営地を設営後、ラートニルの瓦礫撤去作業に従事するように。その際は第一大隊のヘルム少佐と協議して作業にあたってくれ」

「了解しました。それでは失礼します」



 会釈をして大隊長を見送って書類に視線を戻す。

 連隊の消耗品――弾薬や被服に食料品に嗜好品の受領状況からラートニル復興における部隊ごとの報告書に今回の戦争に関する意見書。

 様々な書類が氾濫して机の上に堆積している。


 補給品については輜重参謀をしているホビットのヨルン・メルク大尉(中尉相当官だったが、正式に大尉として任官してもらった)に任せているが、最終的な確認は俺が行わなければならない。

 まさかただの工商がこんな事をするなんて誰が思っただろうか。

 俺でさえ思っていなかった。



「失礼します。オシナーさん」



 その声に視線を向けると赤い冬季用軍服をまとったエルフ――ユッタ・モニカ少佐と目があった。

 そういえば朝と夕は冷えるようになってきたから徐々に赤い軍服を配り始めたのだったな。俺もそろそろヨルンに頼んで冬季用軍服をもらおうかな(今はケヒス姫様から下賜された肋骨服を着ている)。



「会食の時間です」

「わかった」



 タウキナ継承戦争の終結から十日。俺たちは停戦の証としてベスウス側と食事を共にする事になった。

 なんでもノルトランド大公第二公姫ヘルスト様のはからいとか。

 これから西方戦役を迎えるのなら軍の足並みをそろえなくてはならないから食事で親睦を深めようと考えているらしい。


 まあ無理だな。


 戦争はスポーツや喧嘩じゃないんだ。食事をしたくらいで互いの溝を埋めることなんて土台無理と言うもの。

 しかし、ベスウス側はすでに承諾しているとの事だから断ることはできなかった。

 われ等がケヒス姫様も渋っていたが、第二王子であるシブウス様が参加するからか、機嫌を悪くしながらも承諾したようだ。



「この会食、わたしも参加して本当にいいんですか?」

「ケヒス姫様からの指名だからな……。きっとベスウスに嫌がらせをしたいんだろう」



 ユッタは気まずそうに欠けた左耳を触りながら俺の後についてきてくれた。

 傷自体はタウキナの魔法使いに治してもらったのだが、失った耳は戻っていない。

 魔法とて万能では無いのか思ったが、よくよく考えてみれば魔法でなんでも出来たら神様なんて要らないか。

 そう思いながら会場であるラートニルに足を向け、その間に兵達の様子を横目にしながら目的地を目指す。

 倒木でふさがれた街道はすでに開通され、交易を再開しだした商人達がチラホラ見られるようになった。

 だが誰もラートニルで身体を休めようとはしない。

 未だに瓦礫が転がり、その瓦礫をどかすと死体が出てくる。そんな街で夜を明かしたくないのか、猟兵の宿営地かベスウスの宿営地の近くで野営しているのを見かける。

 もちろん、機密保持の目的もあるから一定上の距離は取らせているが。



「いつになったら東方に帰れるんでしょうね」

「どうだろうな。西方戦役に出兵しなきゃならない雰囲気もあるし……。あ……」



 ちょうど目に入ってしまった光景に俺は足を止めた。

 俺の視界に入ったもの。それは大きな穴を掘る猟兵達だ。

 墓穴を掘るというが、他人の墓穴を掘る彼らは皆、肩を落として粛々と穴を掘っている。



「まだ出てくるようです。猟兵や騎士以外にも――。ローカニルさんも、だいぶ気に病んでいるようです」

「そうか……」



 ローカニルは街への砲撃を反対していた。だからより気にしているのだろう。


 だが俺は?


 砲撃を命令したのはケヒス姫様だが、その命令を下達したのは俺だ。

 確かに罪悪感はあるがあの場合、ラートニルを砲撃するのは戦略上、有効だった。


 だから――。

 認めたのか?


 効率を――敵を殺す効率を考えた上で街を砲撃する事は正しかったはずだ。



「行こう。時間が押している」



 だが、人として正しくない。



「はい」



 俺はいったい、どれほどの咎を背負っているのだろう。

 そんな暗い気持ちのまま、半壊したラートニルの門をくぐって目的地である元教会に向かう。

 戦闘が終わり、街の復興が始まったおかげでむせ返るような臭いは無くなったがどこか腐敗した臭いが漂ってくるような感覚に襲われる。

 それは未だに瓦礫の下にいるモノの臭いなのか、それとも俺の記憶なのか定かではない。

 ユッタを見ると彼女の顔色もすぐれないようだ。

 おそらく俺たちは肉料理なんて喉を通らない。そんな予感が生まれるのは必然だろう。


 目当てのテーブルが見えた。

 青空の下に純白のテーブルクロスが敷かれた長方形のそれを囲むようにすでに東方辺境姫ケヒス姫様とタウキナ大公のアウレーネ様が着席されていた。



「遅くなりました」



 「うむ」とテーブルに頬杖しているケヒス姫様が答え、アウレーネ様が会釈してくれた。


 あれ?


 普段のケヒス姫様であれば恨みごとの一つや二つは言ってくるだろうに。体調でもすぐれないのだろうか? なんだか心配になってくる。



「つまり余に罵られたいと? フン。稀有な奴だ」

「いえ、そういう事じゃ……。あれ? そういう事なんですか?」



 おかしい。罵られたくはないが、罵られないとケヒス姫様を心配してしまう。つまり罵られたいのか?


 おかしい。


 俺はそんな人間じゃ――。あ、ユッタさん。そんな目で俺を見ないで。



「姫様。ベスウスの方々です」



 ケヒス姫様の筆頭従者を務めているヨスズンさんが来客を告げる。

 そちらを見るとふくよかな第二王子のシブウス・ゲオルグティーレと初老の――いや、ここ数日で一気に老けてしまったようなシューアハ・ベスウス様が見えた。

 その後ろにこの会食をセッティングした本人――ノルトランド大公国第二公姫のヘルスト・ノルトランド様が控えている。

 俺とユッタ、そしてヨスズンさんは背筋を正して王侯貴族の方々を出迎えた。と、言っても立っているだけだが。(今回も王都の時のように発言を禁じられている)



「もう来ておったか」

「兄上が遅いのです。まあそこまで身体が重いと、歩くのも大変そうですがね」



 相変わらず口が悪いケヒス姫様に胃が悲鳴を上げる。

 これは新手のダイエットなのだろうか。

 と、いうか上流階級の人と食事をしたくない。



「歩くのは家臣の務めだ。我が歩く必要などない。王とは支配し、貪るものだ。お前こそそんな従者のような身体をしおって。王族として恥を知れ」



 そもそも悪口を言わないと食事を始めてはいけない作法でもあるのだろうか。だったら出世欲なんて捨てようかな。



「ま、まあまあ。これでお揃いのようですし、食事を始めましょう」



 ヘルスト様の一声でどこからともなく食前酒を手にした従者が現れ、グラスに薄っすらとした琥珀色のそれを注いでくれた。



「それではベスウス、タウキナの平和を祈って――」

「ベスウスの安寧を」

「この地で倒れた戦士達に」



 ヘルスト様の言葉をさえぎり、王族の方々は各々でグラスを持ち上げて口をつけてしっ待った。

 やはり殺し、殺された仲ですぐに和解するなんて土台無理な話しだ。

 そう思ってため息をつくと、同じくため息をついたヘルスト様と目があった。苦笑いを浮かべて食前酒を一気にあおった彼女に同情しつつ、俺も食前酒に口をつけ――ってなんだこのワイン。思った以上に度が高い。

 本当に食前酒なのか!?



「こふッ。こッ」



 ユッタなんかむせている。そういえばユッタが酒を飲む所を見たこと無かったな。



「し、失礼しました」



 いや、あった。あの第三次総攻撃の時の出陣式だ。

 あの時は式典というか、儀式のようなものだったから食事として酒を飲むのを見るのはどっちにしろ初めてか。

 それにしてもケヒス姫様もシブウス様も顔色一つ変えずにグラスを飲み干している。場馴れしているという感じだ。



「そ、それでは食事の方を」



 気まずそうに発言したヘルスト様に従って数々の料理が運ばれてくるが、味を感じる事が出来ない。

 空気的に味がしない。

 殺気の充満したテーブルと言う事もあるが、何よりも死の街と化したラートニルのど真ん中で食事をするというのも喉が細くなる理由だろう。

 そして、明らかに俺たちに殺気を飛ばしている人が居る。


 シブウス様の筆頭従者をしているシューアハ・ベスウス様だ。


 ベスウス側に行った奇襲攻撃のせいで息子を亡くされたと聞いたが、そのせいか――いや、そのせいで猟兵おれたちを見える目が殺気に満ちている。



「ところでベスウス、それにタウキナはいつごろ出兵なさるつもりで?」



 場を取り繕うように放たれたヘルスト様の言葉が悲しく響く。それほど黙々と食事をとる空気に耐えられなかったのだろう。

 それを悟ったのか、アウレーネ様が食事の手を止めてヘルスと様に聞いた。



「諸候はいつごろの出兵を検討されているのです? もうすぐ冬が来ますし、やはり春を目指して、でしょうか?」

「春まで待ってほしいというのはわかりますが、短期的に決着をつける必要がありますので秋の終わりまでには出兵をしていただきたいと思います」



 秋の終わりまでに出兵か。


 冬季に兵を出しても冬季戦の訓練も何も行っていないのだから無謀な気もする。

 だが短期決戦で本格的な冬が来る前に決着をつけたいという思惑もあるのかもしれない。

 それに西方の冬がそんなに厳しいものではない可能性もある。

 そういえばケヒス姫様は東方に来る前は西方で一暴れしたと言うし、西方事情を知っているだろうから聞いてみようか。



「余は、軍役負担金を出そうと思う」

「え? 出兵されないので!?」



 俺の発言にギロリと睨まれたが、驚いた。戦が好きなケヒス姫様が出兵を拒否するとは。

 いや、その戦好きも元をただせば戦死して行った部下のために泥沼のような戦争に自ら進んでいく姿がそう映ったにすぎない。

 それに猟兵はともかく騎士団は今回の戦で再び消耗した。その再編を考えるのなら出兵を渋るべきか。

 浅はかな問いをしてしまった。



「いえ、第三王姫殿下におかれては兵を出していただきたく」

「何故だ? 別に戦を拒否するわけではなかろう。金は出す。だが兵は出せん」

「西方での戦に参加されていた東方辺境騎士団の参加こそ西方戦役に必要不可欠。我が主、エイウェル様もそれをお望みです」

「貴様らが望んでいるのは余の騎士団を奪う事であろう」



 と、ケヒス姫様フォークとナイフを投げ出して言った。もう食事を終えるつもりのようだ。



「もう食えぬ。下がらせてもらおう」

「……此度の戦は前王クワバトラ様の失政の挽回のためにも行われるのです。仮にもその御子息が参加されずになんとされましょうか」

「ヘルスト。一つだけ訂正しろ。父上の失策? 笑わせるな。かの地は国境未定の地であったものを西方辺境領制定で平定したのだ。父上を侮辱する者は許さん」

「それが新たな火種となり、戦が始まったのではありませんか?」



 長い沈黙。


 ケヒス姫様にとって前王であり、父であるクワバトラ三世の政治を失政と言われたくないだろうし、だがヘルスト様のいう火種が生まれたというのもまた、正しいのだろう。

 そして再びケヒス姫様が口を開いた。



「出兵を拒否する最大の理由は――。金が無い」

「…………はい?」

「だから金が無いと言うておろう。そこの亜人共が新兵器を作るために余の金がもう底を尽きる。軍資金の捻出も一苦労だ。

 それにこの無法の地に留まるだけでも金を浪費しているのだ。

 直に余は兵を引く。だがその移動も金がかかる。兵の宿に飯、そして水。

 それらをまた捻出して、なおかつ西方まで兵を動かすとなれば湯水のような金が居る。

 それが余にはない」



 軍を動かすにはそれ相応の金がいる。

 小銃の買い付けや野戦重砲の購入の他にも火薬に被服に兵糧。

 数えればきりがない物品の買い付けが必要だ。



「金が無くて兵が出せぬ。あぁ金さえあれば。金さえあれば兄上のために西方だろうが東方だろうが馳せ参じるつもりなのだがな。実に――。実に悲しいことよ」



 嫌味のような言葉に俺はため息をついた。思わずヘルスト様に同情したくなる。



「……もしかしてお逃げになるつもりで?」

「なんだと?」

「西方を荒らしておいてその責にも取らずに――」



 ドンとテーブルが音を立てた。

 静かにヘルスト様を睨みつけるケヒス姫様に寒気を覚えたとき、ヨスズンさんが口を開いた。



「ヘルスト様の言、もっともかと。いずれ東方が落ち着けば西方での決着を付けるべきだと思っておりました」

「ヨスズン」

「かの地の安定は前王クワバトラ様のお望みであり、西方辺境領制定は西方安定のためでした。

 結果は裏目に出ましたが、父君のご意思を継ぐのであれば、出兵すべきかと」

「……金策はどうする?」

「ノルトランドには王から莫大な戦費を送られているはず。少し融通していただければ」

「それは……。父に聞かねば返答できません」

「それでは良き返答を」



 歴戦の騎士の仲裁に、殺気だった空気が薄まったように感じた。


あと一話ほどラートニルでのお話を書いてから西方編です。


ぶっちゃけ幕間でも良かったかなぁと思いますが、どうかご容赦を。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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