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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
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散兵

「第一射、遠弾! 第二射用意!!」



 砲兵士官の号令の下、仰角を調整した大木のような肉厚の砲身が宙を睨む。



「第二射用意よし!!」

「撃て!!」



 その号令を受けた射手が拉縄りゅうじょうを引くと鼓膜を破らんばかりの轟音と共に反動で三トンもある重野戦砲カノーネが後退する。

 その轟音に耳を押さえているとローカニルがなにか呟いたようだが、うまく聞き取れなかった。

 一時的な難聴になっているのかもしれない。

 ローカニルに袖を掴まれて砲兵陣地から遠ざかる事で彼の豪快な笑い声が聞こえだした。



「どうですか? がっははは!」

「よくもまあ作ったと感心するよ」



 ローカニル達ドワーフとタウキナの職人が作り上げた重野戦砲はまさに重とつけて恥ずかしくない外見をしていた。

 神殿の柱を彷彿させる砲身もさることながら火縄を使わずに小銃と同じく火打石で装薬に点火させる方式を選んだのはローカニルの慧眼だろう。



「最初はもうちと軽く出来ないかと思いましたが、とりあえず、これですな。時間と材料が許すのならもう少し試作を作りたかったのですがね」



 ローカニルがシブイヤから持ってきた重野戦砲は全部で二門。

 その二つとも試作品で、射撃テストが終わってすぐに輸送してきたものだからここでも実践テストという感がぬぐい切れない。



「今のところ、三門目の制作中ですが、この戦に間に合うか……」

「いや、二門も完成させただけでもありがたい」

「砲兵参謀!! 砲兵参謀!!」



 「なんだ?」と返すローカニルにドワーフの青年が駆け寄ってきた。

 大量の装薬を使用する重野戦砲から噴出した硝煙で煤けた白い軍服に煤けた顔の彼は慌てて上司に報告をする。



「重野戦砲なのですが装薬の量が多いせいで砲身が過熱して次弾を装填出来ません」

「火口を濡らさないように濡れた布を砲身に巻いて冷却しろ」

「はッ」



 下手に熱い砲身に火薬を装填して暴発を起こされても困る。それに今のところ替えが効かないものだから大事に――。



「砲兵参謀!! 第二門が発射の衝撃で撃鉄が壊れました!! 応急修理の許可を!!」

「火縄をつけた点火棒でも撃てるように作ってある。修理は日が暮れてからにしろ」



 か、替えが効かないものなのに……。



「まあとにかく派手に行きましょう。大砲もバカスカ撃たせます」

「そうだな。出し惜しみはするな。第三次総攻撃でラートニルを巡る戦を終わりにしよう」

「そうですな。それにしてもラートニルに帰ってきたと思えばまさか重野戦砲を『陽動』に使うとは」



 そう。あくまで重野戦砲での砲撃や塹壕陣地への兵力集中は陽動だ。全てはユッタ達の攻撃を相手に悟らせないための攻撃に過ぎない。

 わざわざ一月もの時間をかけて作り上げられた敵陣突破用の新型大砲の最初の役割が陽動任務であるというのはいささか皮肉だろう。



「少佐は大丈夫ですかね……」

「ドワーフの口からユッタの心配事を聞けるなんて珍しいな」

「旅団長もドワーフ側だと信じておりましたが?」



 ま、この調子なら大丈夫なんでしょうな、とローカニルが言った。そう。俺達は信じるしかない。



「凄い音だな」

「ケヒス姫様……」



 ヨスズンさんを連れたケヒス姫様が顔をホクホクさせて歩いてきた。

 新兵器に目を輝かすその様はまさに新しい玩具を与えられた子供だ。



「長く待ったかいがあるというの物だ」

「おほめにあずかり光栄ですな」

「アレは一分間に何発撃てる?」

「そうですな。一分では一発も撃てません」



 砲身の冷却と砲身内の清掃を行う事を考えると二十分から三十分は再装填に時間がかかるだろう。

 それに大型化したために砲弾も大きくなった。

 大きくなったという事は重くなったという事だ。

 つまり重い砲弾を装填するのにさらに時間がかかる。



「連射については試験を行っていないのでいつになるやら。まあ実地試験のようなものですわい」



 撃てるだけ撃てる物を作って運んできたと言っても過言ではないという事か。

 まあさすがに一月と少しで試作品を作り上げるあたりがやはりドワーフだ。



「第三射用意!!」



 臨時に編成した重野戦砲中隊の中隊長の掛け声とともに俺は耳を手で覆って来るべく轟音に備える。

 轟音。そして白煙。

 耳を塞いでも響くその衝撃に耳鳴りが聞こえた。

 だが重野戦砲にとりついている中隊員は間近であの轟音を聞いているのだから耳の調子が心配になってくる。



「あの亜人は行ったのか」

「ユッタの事ですか? 今朝方、出発しました。本人からは半日もあれば目的地にたどり着くと」

「そうか」



 一言だけそう呟くと重野戦砲に巨大な砲弾を押し込む砲兵に視線を向ける。

 重野戦砲の周囲は衝撃波を緩和するために土壁で覆われ、その周囲に砲弾を装填するための梯子はしごが設置されていた。

 乾いた布でしっかり砲弾の湿り気を砲兵達が拭いながら梯子の先端に取り付けられた滑車によって砲弾が持ち上げられて砲口に運ばれる。



「うぬは不安ではないのか?」

「……不安ですよ。アムニスの動乱の時、オークが振り回す大木をユッタに庇ってもらった時と同じ不安を持っています。しかし――」

「信じておるのだな」



 その言葉に俺は自信を持って頷く。

 俺はユッタ達の成功を信じている。



「あの亜人は、そんなに信用できるのだな」

「『亜人』だからとか、そういった物を抜きに、俺はユッタを信じられます」

「良い部下を持ったようだな」

「…………」

「どうした? 何をそんな阿呆みたいな顔をしておる」



 そりゃ、ケヒス姫様が亜人ユッタの事を良い部下なんて。なんだか寒気がする。

 だが、ここ数日、ケヒス姫様は少し丸くなったような気がした。

 もしかするとケヒス姫様も人間と『亜人』なんてたいして変わらないと思ってくれているのだろうか?

 まだ猟兵達が中隊であった頃、ドワーフもエルフも人間も違いは無いと思えたあの時のように、ケヒス姫様もそう思われているのだろうか。



「では観測陣地に行くぞ。ついて参れ」

「ハッ」



 どう思われているのかわからないが、戦が終わったら聞いてみよう。



   ◇ ◇ ◇



 薄暗い森林の中。樹海と名を呈するだけあって複雑に絡み合った古木達の間を風に乗ったように駆ける。

 この気持ちはいつ以来だろう。

 そうか。奴隷として売られて以来だ。

 久しく森の中をかけていない自分に苦笑いが浮かぶ。だが久しぶりに入った森でも身体がその歩き方を覚えていた。

 こういう癖は忘れない物なのか。

 だがそろそろ足腰が悲鳴を上げている。だんだん歩みを遅くしていき、止まる。



「各員小休止。クフリート曹長とパウラ一等兵は歩哨を」



 二人の「了解」の声を聞き、手にしていた試作小銃を木の根っこに優しく置いて複雑に絡んだ枝に手をかけて、一息で登る。

 本当は休みたいところだが、指揮官が腰を地面につけては士気にかかわる。

 わたしがまだ立っていられるのだから自分達も立ち続けようと思わせなくてはならない。

 なんだか損な役割。

 そう思いながら木の天辺を目指し、生い茂った木の葉の影から目線だけ出す。

 先ほどから聞こえていた重野戦砲の着弾音を頼りに一〇三高地を探し出し、その位置から自分達の位置を推測する。

 どうやら一〇三高地の裏に出たようだ。右手に見えるのが仮称一〇一高地だとすれば行程の半分程度まで進んだ事になる。

 出来るだけ木の葉を揺らさないように木から下りて休息中の部下達に現在位置を知らせた。



「あと少しですねモニカ少佐」

「でも気をぬかないで。これからが正念場です」



 それに今は完全に旅団との連携が取れない状況になっている。

 人間がこの樹海に足を踏み入れるかはわからないが、危険な状況に変わりは無い。

 そう思うと指先が小さく震えてきた。

 それを誤魔化すように地面に置いた試作小銃を手にする。しかし手にした小銃も震えてくる。

 オシナーさんの前ではあんな啖呵を切ったというのに。情けない。自分の情けなさに苦笑するしかない。



「少佐が笑っておられる……」

「さすがアムニスからの歴戦のエルフだ」

「レギオ山脈に住むエルフの族長の娘と聞きましたが、なるほど。肝が据わっておられる」



 なんだか部下がいらぬ勘違いをしているようだが、今はそれで良いだろう。

 自身の恐怖さえ士気向上につながるのなら、それを利用しよう。



「小休止終了。行軍を再開します。支隊集合」



 わたしの呼びかけに歩哨に出ていた二人が戻ってくる。この場に全員が居る事を確認して進軍の再開を命じた。

 わたしを先頭に木々を避けながら走る。木の枝の下をくぐり、根っこを飛び越え、クモの巣を破りながら走る。

 それでも頭の中に書いた地図と自身の歩幅、そして直感を信じて目的の場所を目指す。


 だが頭の片隅にもし、敵と不期遭遇してしまったら? という疑問が離れない。

 そして薄暗かった森の奥がだんだん明るくなってきた。森の切れ目だ。

 速度を殺し、腰を下げる。

 森の外からだとこちら側は暗くて視認しづらいはずだ。おそらくまだ見つかっていない。はず。



「各自装填」



 腰の弾薬盒から早合を取り出そうとして、落としそうになる。


 …………。


 焦って早合を落とそうとしたところを見られただろうか?


 一つ深呼吸をついてそれを口で切り、中の火薬を銃口と火口に入れ、残った弾丸とそれを覆っていた油紙ごと銃口に詰める。

 そしてカルカで二、三突き固めた。

 支隊の各員の装填が終わるのを確認して腰を低くしてゆっくり前進する。

 動くたびに落ち葉や枝を揺らしてしまい、その音で気がつかれないだろうかと不安になってくるが、それを押し殺して進む。

 森のふちまであと二十メートルといった所で停止して森の外をうかがう。

 風に乗って喧騒が聞こえてきた。敵がいるようだ。

 そう思って目を凝らしていると開けた野原のような場所に杖のような物を手にした人たち――五人くらいか――が等間隔にならんでいた。


 なんとなく、砲列を思い起こさせる。



『グラキエス』



 その叫びと共に杖を手にした人の眼前に透明な何かが浮き上がり、それがピキピキと固まって打ち出されるように飛んで行った。


 間違いない。

 敵の砲兵陣地だ。


 目配せで部下たちを集めて射撃目標を個々に決めて行く。



「エルフの力、魔法使いに思い知らせてやりましょう」



 私の言葉に力強くうなずいてくれた部下を頼もしく思い、そして彼らとなら生きて帰れるかもしれないと思った。

 各々がもっとも狙いやすい場所に陣取り、試作小銃を構える。

 わたしも人間の若者が狙える位置につき、片膝をついて身体を木に預けるように座り込んで試作小銃を構える。

 身体を木に預けているから余計なブレが減って狙いやすくなる。

 ゆっくりと呼吸を落ち着かせてサイトを覗く。

 銃口についたフロントサイトと手前のリアサイトの高さが同じになる様に覗きこみ、その二つのサイトの延長線上に人間の若者が来るように狙う。


 距離は百五十メートルほどか。

 一旦、サイトを覗きこむのをやめて銃を保持していない右手で軍帽を下げて左目を隠すようにかぶりなおしてサイトを覗く。

 唾を呑み下して引き金に指をかける。



(風と木の神様。どうかわたしに力を)



 撃鉄が火皿を叩き、その衝撃で試作小銃が動きそうになるが、今までの練習でその衝撃をいなすすべを身につけている。

 乾いた破裂音が響いて銃口から白煙が飛び出た。

 白煙が薄れると崩れゆく人の影。


 やった。


 大きなため息がもれるが、これから離脱しなければならない。



「撤収――」

『グラキエス!!』



 木々をなぎ倒す轟音と共に自分の脇を何かが通り抜けた。ひんやりとした冷気と共に枝などが身体にぶつかって身体が悲鳴を上げる。


 一体何が――。



「ひ、被害報告……」

「パウラです。大丈夫です」



 パウラ一等兵の声に続いて無事を知らせる声が聞こえるが、クフリート曹長の返事が無い。



「クフリート曹長は?」

「と、倒木の下敷きになっています!!」

『グラキエス!!』

「――ッ! 伏せて!」



 叫んだ瞬間にまた何かが跳んできた。

 急に左耳に熱した鉄片を押し当てられたような痛みが走る。



「痛ッ――。曹長の救助を! それが終わり次第に撤収!!」



 敵に感ずかれているせいで戦果確認など出来ないが、少なくとも一人撃ちもらしたようだ。


 それでも――。

 あの人間の若者は、助かるまい。



「敵集だ! 森に居るぞ! 兵を出せ」



 まずい。追っ手が掛かった。

 もし捕まってしまえばどうなるかわからない。もし捕まれば奴隷だ。いや、敵の魔法使いを殺しているだから生きていられるかも定かではない。

 少なくとも、二度と奴隷などになりたくない。



「曹長の救出を急いで!!」



 必ず、生きて帰らねば。


個人的に言えば膝射は好きではありません。


一番はプローンですね。


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