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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
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別杯


 まだ太陽の昇りきらない薄闇の中。静かに、それでいてざわついた空気の中。

 司令部の中で俺は手持無沙汰に地図を眺めていた。

 どこか研ぎ澄まされた空気が胸を刺す。それが緊張によるものなのか、それとも恐怖によるものなのか判断出来ない。

 いや、そもそも俺が前線に出るわけではないのに。何を怯えているのだ。



「ローカニルです。失礼します」



 司令部に顔を出したのは昨日の真夜中に到着した我らが砲兵参謀のローカニルだ。

 シブイヤに出向いておよそ一月と少し。無事に土産も持ってラートニルに戻って来た彼は眼の下に黒々としたクマを作っていた。

 泥と油で汚れたあごひげをさすりながら「設営完了しました」と短く報告してくれた。



「ご命令とあらばいつでも撃てます」

「わかった。野戦重砲中隊は別名あるまで待機せよ」

「了解しました……」



 だがローカニルは命令を伝えるでもなく、何かを逡巡するようにそこにいる。

 ローカニルの事だからすでに待機命令くらい出している気もするが、どうして司令部にとどまっているのだろう。



「昨日ここ来た時、今日の作戦についてもう少し反対しておけば良かったですな」

「……すでに検討に検討を重ねている。ローカニルがあと一月早く戻ってきていれば変えられたかもな」



 そう、既に作戦は決定してしまった。

 ならいつまでも作戦に反対しているわけにもいかない。

 作戦を部下に押し付けるのが上官の責務なら、それを全うしなければならない。

 例えどれだけ忌むような作戦でも優柔な態度で部下に混乱を与えないようにするために、そして作戦に従事する彼らを見送る者として振る舞わなければならない。



「失礼します」

「お? 少佐……ですかい?」



 司令部に顔を出したユッタにローカニルが驚きの声を上げる。正直、俺も驚いた。

 ユッタのエルフ特有の白い肌は墨で線が引かれ、白い夏季用軍服は泥で茶色く染まってその上に墨で幾何学模様が描かれていた。

 背中に背負った網には草木が取り付けられていて冬眠するミノムシを連想させる。

 よくよく手にした軍帽を見れば軍帽にも網がかけられて草木がはやされていた。



「準備出来ました。訓示をお願いします」

「……わかった」



 椅子から立ち上がるのがこんなに億劫だった時があるだろうか。

 司令部の外に出るとさわやかというより肌寒い風が吹いてきた。すでに夏が終わり、秋か。



「旅団長殿に敬礼。かしらなか!」



 司令部の前に集結した五人のエルフは皆、ユッタのように軍服を汚し、そして擬装用の網を背負っていた。

 俺は答礼を返して口を開こうとし、止まってしまった。

 これから最も危険な任務に就く彼らになんと言葉を投げかければ良いのだろう。

 この恐怖に似た寒気に思考が鈍くなる。


 そうか。そうだったのか。


 俺は、俺の部下を失う事に怯えている。

 セイケウで奇襲を受けた時、部下を死地に置いてきた恐ろしさに俺は怯えている。

 何を今さら臆病風に吹かれているのだ。いや、臆病風に吹かれている暇などあったものだ。



「モニカ支隊集結完了いたしました。モニカ支隊現在総員五名、番号!」



 素早い呼びかけで点呼が行われ、次々に番号が叫ばれていく。

 よく訓練された物だ。

 そういえば猟兵として部隊を作り上げてもう半年になるか。

 これだけ統制の取れた兵を――死地に自ら飛び込むような純粋な兵を部下にする日が来たのか。

 しかしその瞳にはもちろん恐怖がかすかに見え隠れしている。

 これがどれほど危険な任務なのか理解している。


 だが、それを押し隠してここに立っている。

 己にしか全うし得ない任務なのだと胸を張って立っている。



「モニカ支隊総員五名、以上ありません。部隊長訓示!」

「諸君。忠勇なる諸君」



 ならば俺もここで立ち止まるわけには行かない。

 死地に送る側として恥じない態度で送り出さねばならない。



「決別の時だ。だが俺は諸君等が任務を全うし、再びあいまみえる時が来る事を信ずるものなり。

 誇り高き血族の諸君。

 健闘を祈る。以上!」

「旅団長殿に対し敬礼。かしらぁ! なか! なおれ」



 ユッタの号令の後に数人のエルフが手に小さな陶器製のコップを乗せた盆を持って現れた。

 一人一人、それを受け取っていき、そして俺にも渡された。

 目を白黒させていると「エルフの戦士の出陣の習わしです」とユッタが教えてくれた。そういう事なら最初に教えておいて欲しかったなぁ、と思いつつそれを受け取る。

 そしてユッタがコップを捧げる。



「万難を排し、われらは死力を尽くして戦う事をここに誓います!」



 ユッタの掛け声と共にコップの中身を一気に飲み干す。俺もそれに続いてコップの中身を飲む。どうやらワインのようだ。

 そして飲み終わったコップをユッタ達は地面に叩きつけ、それを踏みつぶした。



「オシナーさんも」



 その言葉に俺は逡巡した。それはまるで二度と帰ってこないという意思表示のようだった。



「わたしたちは帰ってきます。ですが、この作戦は二度ありません。一度きりの奇襲です。



 この一度きりの作戦にわたしたちは全ての力を尽くします。

 ですからこの戦で二度、このような出陣式は行わないのですから、コップは不要になります」

 だから――。



「成功を信じて割ってください」



 俺は、コップを地面に叩きつけた。そしてそれを踏みつぶして言った。



「信じよう」



 自然とユッタが敬礼をしてくれた。

 軍規からではなく、互いの別れを惜しむような、そんな決別の意を含んだ敬礼。

 だがこれが最後にならないと信じよう。また彼女と再開出来る事を信じよう。

 だから俺は、それに答礼した。



   ◇ ◇ ◇



「なに? 水が無い!?」



 遅めの朝食をとっている最中なら我が主の怒りの度合いを抑えられるかと期待したのだが、そんな事は無かった。

 今にもナイフを投げ出さんばかりの勢いは止まらず、むしろ食事中であるが故に身の危険を感じてしまう。



「ここ数日、雨水もありません。麦の刈り取りには適した天気ではありますが、我らにとっては芳しくありません」



 そもそも水というのは生命を支えるうえでもっとも重要な物だ。

 一説によると水無しの場合、もって一週間ほどらしい。

 その補給は死活問題であり、軍の維持には欠かせない。

 しかしその水を氷に変えて投射しているのだからどれだけ水の備蓄があろうと足りなくなってしまう。

 それに昨今は敵陣に圧力を加えるために敵陣があると思わしき地点にめくら撃ちをしているせいで余計に水の消費が激しい。

 本来であれば占領したラートニルの井戸水を調達する予定だったが、ラートニルに入ると鉄球の洗礼を受けてしまう。



「ベスウスから水を届けるよう文を出しましたが、到着にはしばらくかかるかと」

「くぅ。兵から水を奪うわけにも行かぬか」



 強いて言うのであればシブウス様の食事に使われている水を節水していただければ助かると言うものだが、王族たるものが我らと同じ兵糧を口にするのはいかがなものかと思われる。



「おやおや? お困りのようですね」



 天幕の入り口に視線を向けると仰々しく頭を下げる宰相が居た。

 その一々演劇のような態度に神経が逆撫でられる。



「いえ、大した事ではありませぬ」

「そう畏まらないでください。なるほど。水は確かに重要な物資です。私も便宜を図りたい所ですが、生憎そろそろ王都に帰らねばなりませぬ」

「おい、我の勝利を見届けないのか? もうすぐベスウスから水が届く。それを合図に一気呵成に攻勢に出る予定なのだが」

「それはそれは。殿下のご勇姿を目にする事が叶わないのは残念極まりないのですが、これでも一国の宰相。現王様のために、そして私の愛する国のために仕事をこなさねばなりませぬ。どうかお許しを」



 さっさと消えてくれるのならこちらとしてもありがたい。

 ベスウスの力を示す分には良いが、こちらの手の内をさらけ出しすぎるのもまた危険だ。



「それではシブウス様、そしてシューアハ様。いずれ西方戦役の折に再びまみえる事でしょう。ではその時までおさらば」



 再び仰々しく頭を下げる宰相に苛立ちが募るが、これでこの男と別れるのなら笑顔で送り出してやろう。

 それにいつ起こるか分からない西方戦役まで会う機会が無いと本人が言うのだ。今日は吉日かもしれない。



「それではお見送りを――」



 言葉を紡ぐ直前、遠雷を想わせる音が聞こえてきた。



「ケヒスめ。懲りないな」



 呆れを通り越して耳に馴染みだしたその音にため息が漏れた。

 ここ一月の戦闘で敵の鉄球はどうやら魔法より射程が短い事がわかっている。

 こちらの観測陣の手前に落ちる鉄球に嘲りを覚えてしまう。

 だが、この時は違った。



「なんだ!? 本当に落雷か!?」



 そう、落雷のような衝撃が足元から這い上がってきた。今まで遠くに感じていた鉄球の落下とは比べものにならない衝撃だ。



「失礼いたします」



 天幕の外に出ると兵達が右往左往して騒ぎたてている。



「父上! 父上! 大変です!! 一大事――」



 その兵に交じって叫びながら息子――ヘーパザラが走って来た。

 ため息をついてから、手にしているイチイの杖で息子の胸を突く。



「愚か者。大公家の跡取りともあろう者が兵に交じって騒いでどうする。事が重大であればあるだけ石のように動じてはならぬと教えたはずだ」

「も、申し訳ありません……」



 まだ青臭い息子の顔を見ていると昔父に同じ言葉を言われたな、と懐かしい思い出が蘇った。

 父も、今の私のように息子の青さに眉を寄せていたのだろう。そして息子の成長を願ったのだろう。



「落ち着いたら報告をしなさい」

「は、はい。先程は取り乱して申し訳ありません。

 報告させていただきます。

 先ほどの轟音についてですが観測陣を飛び越えてラルス樹海に噴煙が上がったそうです」

「なるほどな。敵の動きは?」

「観測陣からは三度攻勢の準備を整えつつあるとの事です」



 射程外だと思われていた観測陣をはるかに超えた攻撃。敵に新しい魔法使いを雇う余裕は無いはずだ。

 それに魔法使いの多くは魔法研究の進んでいるベスウスに修行にくるからどの貴族がどの魔法使いを雇うかなどの情報も来る。

 タウキナにも一人魔法使いがいたが、あれは確か医術の魔法しか扱えないはず。

 ならばあの攻撃は噂の連隊か。



「敵との本格的な決戦が近いな。兵を観測陣に集結させよ。我等は攻撃陣にて歓迎の準備だ」

「ハッ!!」



 ここで決戦が起こるとすれば守る側である我等が有利。敵の戦力をすり潰してラートニルに入れば水の確保も出来よう。

 出し惜しみは無しだ。



「それでは、参ろうか」


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