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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
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過去

 日は既に没し、本営の天幕の中は蝋燭のわずかな明かりだけがゆらゆらと揺れていた。

 何分、何時間そこで黙しているのかすでにわからなくなりつつある

 その時、天幕の外からザクザクと乱暴に草を踏む音が聞こえてきた。



「アンブロジオ・スピノラ入ります」



 天幕に入ってきたその姿は泥と硝煙の黒にまみれ、頭には血が滲んだ包帯をまいていた。

 そして億劫そうに下座の椅子に座って辺りを見渡す。



「改めて報告致します。装甲擲弾兵総勢六百名は本日の朝方より攻撃を開始。昼前までには所定の作戦目標である一〇三高地を旅団側の戦力が占領に成功し、塹壕を含めた築城を開始しました。これと時を同じくしてネイマーン子爵率いる騎士団側の擲弾兵と合流できました。

 しかし敵の熾烈な法撃で身動きが取れなくなり、これと呼応したベスウス重装歩兵の逆襲を受けネイマーン子爵が戦死され、以後指揮を引き継ぎましたが法撃と重装歩兵の前に混乱が広がり、収拾がつかなくなりました。

 東方辺境姫殿下からの攻勢中止命令もくまなく伝わったのかはなはだ疑問です。

 現在の戦線は一〇三高地のふもとに張り巡らせた急増の塹壕線で安定し始めました。

 なお、命令伝達の不備により少数の部隊が高地に取り残されて包囲されている可能性がありますが、解囲部隊を送る余裕はありません。

 現在、擲弾兵の損害をまとめておりますが、死傷者合わせて二百名以上で、攻撃に参加した旅団所属していた第一連隊第三大隊は壊滅的打撃を受け、再編を必要とします。

 騎士団側も同様に損害が――」

「二百の兵を無駄にして丘が取れない。スピノラ殿もご冗談が上手い」



 声を発したのはヘイムリヤ・バアルだ。

 彼は憮然とした顔でさらに「この敗北の責任はいかが取られるおつもりか?」と言った。



「おっしゃる通りです。このスピノラ、連隊長の職を辞する覚悟で罰を受けるつもりです。ただ――」

「ただ?」

「騎士団も同じく罰を受けていただきたい」



 頭に巻かれた包帯のおかげで隻眼になっているスピノラさんの瞳が鋭さを増す。



「俺の作戦は完璧でした。予定通り敵の防御線を突破して高地の制圧に成功したんです。しかし騎士団との合流後に奴らが――」

「口を慎め!」



 ヨスズンさんの言葉に場が静寂を取り戻す。

 それを見渡したヨスズンさんがため息をついた。



「此度の作戦は、確かに良かったのであろう。だが、互いに連携が取れないことこそ、そして我らの足並みがそろっていない事を敵に露見させてしまった。

 はっきり言おう。最悪だ。

 我らはこれ以上に無い失態を犯した。

 それは皆、知っておろう」



 ヨスズンさんの言葉にスピノラさんが力なく椅子に座り込んだ。



「亜人が悪い、騎士団が悪いというのは容易い。だがそんな無益な討論をしていられるほど我等に余裕はあるのか?」



 一人一人の顔を確認するように、一人一人を見据えるようにヨスズンさんは怒っていた。



「此度の敗北の理由は敵の熾烈な法撃ではない。それを肝に銘じて――」



 その時、野外からけたたましいラッパが鳴り響いた。



「敵襲!! 敵襲!!」



 悲鳴に似た叫びと共に空を裂く鋭い音が迫ってくる。



「伏せろッ!!」



 と、叫ぶものの俺が地面に頭をつける前に着弾音が響く。

 大地が揺れ、本営の天幕が不気味な軋みを上げ、ついに天幕が倒壊した。

 悲鳴と共に天井が頭上に落ちてきて視界がふさがる。



「かがり火が燃え移るぞ!!」



 誰かの言葉に暗闇の中を手さぐりでさ迷い、少しでも熱気を感じれば反転して動いていると、何か、柔らかく、温かいものに触れた。

 こ、これはまさか。



「えぇい! 誰だ! 余に触れておるのは!?」

「け、ケヒス姫様!?」



 瞬間的に血の気が引いた。あ、殺される。

 そう思った時、ケヒス姫様の手が俺の胸に触れた。

 その手は優しく胸から腹へ、そして腰を舐めるように這っていく。



「け、ケヒス姫様!?」



 同じ問いを俺はしたが、意味がいが違う。

 ケヒス姫様の息遣いが、周囲の湿度のある熱気を感じる。

 そして優しく這っていた指が俺の腰にまわされた時、ケヒス姫様が小さく呟いた。



「借りるぞ」

「へ?」



 ケヒス姫様の指先が腰から離れ、腰に吊っている軍刀の柄に触れたのを感じた。

 寝転がっている態勢ながら一気に軍刀を抜き放ち、それが天に向かって突きつけられるのを感じると布を引き裂く鈍い音が聞こえた。そして赤々ときらめく夜空が覗く。



「皆の者!! 剣で天幕を裂け! そこから脱出しろ」



 言うが早いか、ケヒス姫様は破いた穴をさらに広げ始めた。



「はようどけ。起き上がれぬ」

「も、申し訳ありません」



 拡張されたその穴から外を見渡すと穴ぼこだらけの世界に兵士や騎士たちが走り回っていた。

 そしてまた空を裂く法撃の音が――。



「伏せろ!!」



 着弾。もうもうと土煙りが立ち上り、それと同時にいくつかの天幕が押しつぶされた。



「ベスウスめ。それよりこれを返す。下敷きになっている者を助けるぞ」

「わかりました」



 ケヒス姫様から返却された軍刀を手に天幕の下でもぞもぞしている塊に近づいてその周囲を斬る。



「ぷは。オシナーさん? ありがとうございます」

「ユッタも無事か?」



 すりむいた程度です、と答えるとユッタは周囲を見渡して情報をかき集める。

 俺はその間に下敷きになった人の救出を始めた。



「水を持ってきて! 本営の消火を急いで!!」



 ユッタの号令に数名の猟兵が走りより、また倒壊した本営の救助に来た騎士団の人に指示を出す。

 だがその間にも敵の法撃が降り注ぐ。

 幸い、敵の攻撃は氷の塊だから弾薬集積所に着弾しても誘爆するような――。


 閃光、そして爆発。


 火薬を爆発させたような衝撃と共に衝撃波が起こって倒れてしまった。

 な、なんだ?



「今の爆発はなんだ!? 確認して来い」



 消火に当たっていた猟兵を一人走らせる。



「オシナー。本営を司令部に移す。指揮系統の復旧と最優先事項とするぞ」

「了解です!」



 すでに本営の救出作業と消火作業には十分な人が集まった。

 俺は消火に駆け付けた猟兵の士官を見つけ、消火活動と救助活動の指揮を執る様に命じて司令部に向かう。



「ベスウスめ。派手にやりおって」

「昼間の報復攻撃でしょうか?」



 「恐らく、な」とケヒス姫様が呟いて、歩みを止めた。



「ん? どうしました?」



 硬直したケヒス姫様の眼前に広がるのは、戦傷者の群れだった。

 司令部の近くに設けられた野戦病院(負傷者の集合地と言ったほうが正しいか)に目を奪われているようだ。

 最初は彼ら専用の天幕を用意していたのだが、ベスウスへの攻勢で収容人数を大幅に上回る負傷者が出てしまったせいで野外に毛布を敷いてそこに横たえらせているのだ。



「おい、負傷者を森の中に非難させろ! 動けるものは自分で動け!」

「わたしがその指揮を執りましょうか?」

「いや、ユッタは混乱している部隊の収拾をつけるほうを頼む。各指揮官に連絡して損害の状況と負傷者の収容を行え」

「わかりました」



 闇夜に駆け出していくユッタの背中を少し追い、そして俺は司令部に向かおうとしてケヒス姫様に声をかけると、ケヒス姫様は少し呆けたように頷いた。



「ケヒス姫様、参りましょう」

「う、む」



 心なしか顔色が悪い気がする。

 司令部に入ると煌々とランプが灯っていてその『文明的』な光に安堵感を覚えた。

 だが感傷に浸っている時間などない。

 ケヒス姫様に椅子を勧めて、俺は驚いた。

 先ほど顔色が悪い気がしていたが、光に照らされたその顔はどこか青ざめている。



「大丈夫ですか?」

「あ? あぁ」



 ため息をついて椅子に座るその姿に違和感のようなものを感じてしまう。

 司令部の外は喧騒が激しいが、部隊の取りまとめはユッタに任せてあるせいか司令部の中はどこか静けさに満ちていた。

 その静寂もあり、やはりケヒス姫様の違和感のような物を感じてしまう。



「なんだ?」

「いえ、なんだか心ここにあらずって感じですよ」



 ケヒス姫様はガシガシと金色の髪をかき上げ、ため息をついた。



「ふと、思い出したんだ」

「何をですか?」

「クワヴァラード掃討戦を、だ」



 その名前がケヒス姫様の口から出てきて驚いた。

 それはケヒス姫様にとって深く刻まれた傷であろう。その名前に俺は、驚いた。



「あの時も、大勢の負傷者が怨嗟の声を上げていた……。火災の煙。突如にわきあがる悲鳴。

 混沌とした鍋のような戦争だった。父上から頂いた大勢の部下が死んだ」



 ま、大勢亜人も死んだがな、とケヒス姫様が呟いた。


 俺は風の噂で掃討戦を知っていたが、詳しい戦闘については知らない。かろうじてヨスズンさんからその激戦の一端を聞いたくらいだ。



「勇敢な騎士達が本営の近くで血を流していた。今でもその光景を思い出せる」

「……後悔されているのですか?」

「何を後悔すると言うのだ?」

「それは……。部下を、犠牲にした事です」



 言葉を選ぶ瞬間、犠牲と言ってしまって良かったのだろうか。



「後悔していないと言えば嘘になるが、だが余は悔いてはおらぬ」

「それでも二万の騎士団をすりつぶしても後悔は無いというのですか?」



 やばい。言いすぎた。


 だが、王都で同じ転生者であるヘルスト・ノルトランド様から聞いた話を――ケヒス姫様が愚将であると聞いたあの話を思い出してしまったせいか、ケヒス姫様の逆鱗に触れそうな事を言ってしまった。



「後悔が無いと言えば、嘘になるだろうな」

「それならどうして――?」



 どうして兵を退かなかったのか。



「一人死ねばその犠牲が無駄にならぬように亜人を殺し、亜人が一人殺されれば奴らは騎士を一人殺す。

 気がつけば終わりのない復讐劇だ。

 余はそれを止められなかった。止めどきが分からなかった」



 相手を憎めば相手も恨んでくる。

 その連鎖は終わらずに、今も続いているのだろう。

 未だに騎士団に『亜人』を憎む気持ちがあるのと同じく、東方諸族も騎士団を恨んでいる。



「部下が、仲間が殺されていて、奴らを許す事など出来なかった。奴らを許してしまうと、今までの犠牲が全て無駄になってしまうように思えた」

「ケヒス姫様……」

「犠牲の上につかみえた今を否定する事を、余は恐れた」



 今までの犠牲を無駄にしないように戦ってきた。闘い続けてきた。

 だから戦闘を止める事ができなかった。

 それはドミノのように一つが倒れ、続いて一つがまた倒れてしまう。止めどない連鎖となり、そしてクワヴァラードから全ての『亜人』を追い出すその日まで倒れ続けた。

 いや、もしかすると今もその連鎖のドミノは終わっていないのかもしれない。



「フン。どうだ? 余はただの愚か者だ」



 自嘲するように呟かれた声に俺は、その痛みがわかるような気がした。

 犠牲の上に立つ今を、俺は体感している。

 あの時、アムニスでヘーメル少尉が身を挺した攻撃をしてくれたから橋を守れた。

 あの時、セイケウでサラ・ラケル中尉が踏みとどまってくれたから俺達は生き残る事が出来た。

 それ以上に多くの将兵が命をかけて戦ってくれるからこそ今がある。

 彼ら、彼女らの犠牲があるからこそ、俺達に今がある。



「時々だがな、亡霊が見える。あの街で、あの戦線で死んでいった部下達が見える。

 生きたかった、死にたくなかったと呪詛を吐きにな。

 その姿が、負傷した亜人共と被ったのだ」



 あの時のクワヴァラードは、ああいう者が多くいた――。



「亜人も、人間となんらかわらないのかもしれない。大義のために戦争に刈り出され、怨嗟の悲鳴を上げる。そう、思えた」

「ケヒス姫様は今でも『亜人』を恨んでいるのですか?」

「わからぬ。今は全ての物事が混ざり合って判然としない。父上を廃した現王への憎しみも、部下を殺した亜人への怒りも混ざり合って、ただただ復讐がしたいと思うだけだ」

「それを捨てることは出来ないのですか?」

「フン。笑わせる。復讐を捨てて、何が残る? 余が空っぽになってしまう」



 憎む事を糧に生きてきたのだから、それ以外の生き方などとうに忘れた――。

 どこか悲しげな、切ない響きの声が静かに司令部に響いた。



「余を満たしてくれるのならなんでも良い。そしてそのために余は生きる」

「生きる?」

「余が生み出した犠牲に――あの亡霊共と再び地獄でまみえた時に胸を張っていられるように生きねばならん」



 ただ、寝て起きて食事をとるだけでは生きているとは言わん――。



「故に余は剣を持つのだ。己の生きた道をこの手で切り取るために戦うのだ。

 どうだ? 余の高説は? 亜人にはもったいないだろう」



 その言葉と共に司令部の入り口がザワリと動く。そこから申し訳なさそうにユッタが顔をだした。



「立ち聞きするつもりは……」

「現にしておろう」



 あはは、と小さく笑うユッタにどこか張りつめた空気が抜かれるのを感じる。

 人は張りつめていてばかりではいけない、と前世の本で読んだ気がする。なんの本だったか?



「ユッタ。状況は?」

「敵の法撃が落ち着いてきたので部隊の混乱は沈静化しつつあります。

 被害状況としては法撃の直撃を受けた天幕が本営を合わせて二つ、弾薬集積所付近の松明が倒れて火薬に引火し、爆発しました。ただ、昼間に準備砲撃を行ったおかげで貯蔵してあった装薬の数が少ないせいか、火災の勢いも少なく、森に延焼する恐れはありません。

 死傷者は現在集計中であります」



 まさか弾薬集積所付近に松明を設置していたとは。

 まあ警備の観点から言えば集積所は旅団の最高機密である火薬を保存しているから厳重に行うべきだというのはわかるが、少しの火が誘爆を誘う可能性がある。

 これからは管理状況もより厳しくしないといけないかもしれない。



「先ほどの殿下のお話ですが……」

「なんだ?」



 やはりケヒス姫様にとって昔話は好きではないのか、不満そうな雰囲気が噴出している。



「殿下は、その亡霊のために戦っておられるのですか?」

「そう、だな。奴らのために、死んでいった者のために、余のために命を投げ出してくれた部下のために、奴らに報いるために余は戦う。戦い続けよう」

「ならば、わたしも戦わしてください」



 ユッタの言葉に俺とケヒス姫様は顔を見合った。どういう意味合いで、戦わしてほしいのだろう、と互いに疑問に思った。



「敵の法撃陣地を攻撃する作戦があります」

「嘘を言うな。大砲は射程外、一〇一高地付近に進出しようにも敵の重装歩兵や重騎兵が手ぐすね引いて待っておるぞ。それに進軍経路であるラートニルを通らねばならん。

 ラートニルは一〇三高地から丸見えだ。敵の法撃を受け、そして敵軍に攻め入るなど愚の骨頂だ」

「ラートニルは通りません」

「なに?」



 ラートニルを通らずに一〇一高地付近の敵陣に攻撃を仕掛けるなんて事は出来るのか?

 ラートニルの城壁を迂回して進軍しようにも一〇三高地から丸見えだ。

 丘という要害を利用した利点を敵は最大限発揮して俺達を攻撃できる。



「街道も通りません。一〇四高地の裏から進軍し、クヌアンに至る街道を渡ってラルス樹海に入ります」

「莫迦も休み休み言え。樹海に入っては軍の行動が取れぬ。それに下手に森に入って遭難しては目も当てられない。却下だ」

「確かに、俺たちは森に精通してないし、樹海を通るのも部隊の進軍に負担をかける。やはり新型の大砲が出来るまで持久した方が――」



 森に精通した――。

 自身の言った言葉に悪寒が走った。まさか――。



「エルフであれば森の中でも方向感覚を失わずに進む事が出来ます。それに大部隊ではなく、五人程度の少数部隊であれば問題ないと思います」

「五人でどうやって法撃陣地を攻撃すると言うのだ。手銃より小銃は命中率が向上したようだが、狙い撃てるほどの精度があるのか?」

「試作小銃を使った長距離射撃訓練を受けた兵を使えば森の中から一方的に狙い撃ちに出来ます。わたしたちはそういう訓練をしてきました」



 目の前が真っ暗になりそうだった。


 確かに螺旋を刻んだ試作小銃なら敵を狙撃できるだろう。それに森に熟知したエルフなら散兵としての――それも猟兵本来の仕事をこなせるだろう。

 だが――。



「危険すぎる」

「危険は承知です――」

「いや! わかっていない!」



 わかっていないのは俺だ。


 少数の散兵を用いた攻撃。確かにリスクは高いが、大規模な攻勢を行って失敗するよりリスクは少ない。

 冷静な頭がそう囁く。だが、俺の頭の半分は冷静ではない。

 そんな危険な任務にユッタ達を――ユッタを参加させなくない。

 それにユッタは死ぬ気なのかもしれない。

 美学に引きずられようとしているのかもしれない。



「死ぬ気なんて、ありませんよ」

「ユッタ!?」

「殿下のお話を聞く前までは刺し違えても、なんて思いましたわたしも生きます。

 身を挺して守ってくれた仲間のためにも、わたしは生きます。

 ですがただ生きるのは嫌です!! 今、わたしが出来ることをしたいのです。

 お願いします。

 わたしが法撃陣地狙うる距離に近付ければこの状況を打開できます」



 生きるために死地に向かう。

 そんな矛盾のような答えに俺は言葉を失った。

 ケヒス姫様を見ると目をつぶってユッタの作戦を検討しているようだ。



「良い手かもしれない」

「ケヒス姫様!!」

「短期的にこの状況を打開するには法撃陣地の攻撃こそ最優先だ。理にかなっていよう」

「今日の攻撃もそうでしたけど、どうしてそこまで短期決戦にこだわるのですか!? ケヒス姫様の戦い方なら持久戦になってからこそ力を発揮するのでは無いのですか!? 何を、恐れているのですか?」



 俺の言葉と共にケヒス姫様が立ち上がり、白い夏季軍服の襟元を掴まれた。

 反応する暇がない速度で首を絞められ、俺はケヒス姫様の手を引き剥がそうとその手を掴む。

 冷血姫と言われるだけあって、冷たい手たく、スルリとした触り心地の良い手だった。

 だがその手はすぐに力が抜けてしまい、スルリと俺の手から離れる。



「く、フフフ。うぬの言うとおりだな。確かに余は長期戦を恐れておる」



 力なく椅子に腰かけるケヒス姫様が小さく、「クワヴァラード掃討戦でそうだったからな」と言った。

 ケヒス姫様が全てを失った戦い。

 それはケヒス姫様にとってトラウマとなって心の奥底に凝り固まっているのだろう。

 また連鎖のドミノを倒したくないのかもしれない。

 だが――。



「しかし! 事をせいでは余計に事態が悪化します! ここは耐える時です。また、犠牲を作らないためにも、どうか!」



 静かな沈黙。間延びしたような時間。外の喧騒だけが時の流れを教えれくれる。

 長い、そして短いような沈黙の後にケヒス姫様が言った。



「大砲の到着を待とう。だが、亜人の作戦を採用しよう。大砲の到着後に攻勢が行えるよう作戦を練るのだ」

「しかしユッタの作戦は――」

「戦況を動かすのに手札はあるだけ良い」



 そしてケヒス姫様は顔をうつむけて、小さい声で囁いた。

 それは本当にケヒス姫様の口から洩れたのか耳を疑う言葉。だが、ケヒス姫様自ら言った言葉だ。



「頼むぞ」



挿絵(By みてみん)

ユッタ・モニカ少佐の意見案

申し訳程度の冷血姫デレ回。


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