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銃火のオシナー  作者: べりや
第一章 アムニス事変
4/126

出師

「持ち物は軽量にしろ! 食料は二日程度の携帯食料を持て! 弾薬はたっぷりとだ!!」



 俺の号令に荷造りを進めている猟兵中隊に声をかける。

 大急ぎで火薬を精製させ、各工房から届けられた弾丸と火薬で早合カートリッジを作らせているが、気ばかり急いてしまうような気がする。

 その焦りは初めての遠征という事もあるが、止む気配の無い雨にもあるだろう。

 一応、火薬を入れた袋を油紙で覆って防水対策を行っているが、雨の中の戦闘となれば火器の威力は大幅に減じてしまう。最悪使い物にならないかもしれない。

 せめて雨さえ止んでくれればな……。



「オシナーさん! 各小隊長集まりました!」

「ありがとうユッタ」



 足早に会議室――は取れなかったので俺に与えられた私室に向かう。

 華美な装飾の施されたその扉を開けるとドワーフが二人とエルフの小隊長が咄嗟に敬礼をしてくれた。



「集まってくれてありがとう。早速始めよう。ユッタ、地図を」



クワヴァラード周辺図

挿絵(By みてみん)



 ユッタがテーブルの上に地図を広げる。騎士団から支給された地図は二種類。クワヴァラード周辺の図とこれから決戦を行うアムニス大橋周辺の地図だ。

 そこに指を這わせながら小隊長に事の詳細を告げる。



「アムニス大橋を守備するヘーベワシ駐屯地がゴブリンの攻撃を受けたのか二日前。そこから伝令が来たのが今朝だ。今のところゴブリンたちがヘーベワシ駐屯地に留まっているようだが、いずれアムニス大橋を超えることが予想されている」



 ヨスズンさんの話しだと年に一度程度は起こるゴブリンの襲撃らしい。

 ゴブリンたちはその旺盛な繁殖力で軍を組織するとクワヴァラードを目指すらしい。どうもクワヴァラードには金銀財宝が眠っているからというのが理由のようだ。



「本来ならヘーベワシで食い止められるようだが、今回は戦力差が有りすぎたためにヘーベワシは陥落したと聞いている」

「敵は何人いるんです?」



 エルフの小隊長――確かヘーメルと言ったか――が聞いてきた。



「五千……」



 ヘーベワシに駐屯していた部隊は二百程度だという話しだった。

 前世の記憶を持たなくても物量の差で駐屯地を攻略できたのだろう。どうせ奴らはがめついだけで碌な装備をしているはずがない。

 ゴブリンというのはそういう奴らだ。



「我々、猟兵中隊総数が百人程度ですが、騎士団の兵力は?」



 そう訪ねたのは砲兵を指揮するローカニルがそう聞いた。彼の話を聞くと、どうやら隣村に住んでいるドワーフとの事だ。その村とは交流があまりないせいか、互いの事はよく知らないのだが、どこか親近感が湧く。



「騎士団は二千人と、傭兵を五百人は抱え込んでいるそうだ。これらの戦力は今、クワヴァラードに集結して明日の正午に出陣するとの事だ」



 総勢二千六百人。

 いくらヘーベワシ駐屯の兵たちがゴブリンの戦力をそいだといってもたかが知れるから敵の数はあまり減っていないと考えるべきだ。

 二倍の兵力に打ち勝つためには互いに緊密な連携と綿密な野戦築城を施して迎え撃たねばならないだろう。



「それだけ兵力があれば、大丈夫なのでは?」

「ユッタ。相手は二倍なんだぞ」

「いえ、相手はゴブリンですし、殿下率いる騎士団の強さは我々『亜人』がよく知っています」



 それもそうか。この東方を征した騎士団の生き残りとなれば精兵が残るのだろう。

 それに親方が金を借りたあの胡散臭いゴブリンの小さな体躯を思えば二倍の兵力差も覆せるような気がしてきた。

 何より奴らはがめついが、それも命あっての物種と考えるだろうし、いざとなれば逃散する事もあり得る。



「だが、油断はしないように。俺達にとっては初陣だ。不測の事態が起こる可能性だって十分ある。

 で、作戦の方なんだけど……」



 アムニス大橋周辺の地図に目を向けると橋の脇に監視塔跡地と書かれたスペースがあり、それらを睥睨できるようにタウンベルクという丘があった。

 このクワヴァラードに通じる街道はその丘を通り、アムニス大橋へと続いている。



「この戦は猟兵中隊の力をケヒス姫様に見せる事にある。だから先鋒は俺達の任務だ。

 その上、この地域での防衛戦となればおのずと戦場が限られる」

「つまり、わたし達はアムニス大橋の周辺で戦う、という事ですか?」



 察しの良い副官で助かる。

 それに数の不利を考えれば平原での会戦は無貌だ。出来るだけ数の利を使われないようにするために戦闘域を出来るだけ小さくしなければならない。




アムニス大橋布陣図

挿絵(By みてみん)




「このアムニス大橋の手前に陣取ろう。ここを抑えられれば敵はこの橋を迂回するか、河を泳がないと渡河できなくなる。

 体躯の小さいゴブリンなら泳ぐ事は無いだろうし、泳ぎ切った後なら体力も削れていて俺達が優位だ。

 だから猟兵をこの橋の手前に布陣させる。砲兵はこの監視塔跡地から猟兵を援護してくれ」

「了解しました。中隊長殿。で、東方辺境姫殿下はどこに布陣されるのですかい?」

「ヨスズンさんから聞いた所によると、タウンベルク丘陵に陣取ると言っていたから、騎士団は俺たちの後方と考えるべきだろうな」



 騎士団の武器はその機動力だ。敵を包囲する事から突撃による奇襲、崩壊しそうな戦線への救援と取るべき手段は非常に多い。

 つまり戦場の花形だ。



「我が中隊の作戦は決まった。各小隊長は作戦概要を部下に伝達すること。各自準備を整えておけ。何か質問は?」



 では、とローカニルが手を挙げた。



「砲と砲弾を牽引する馬はどうなっているんですかいの? いくら頑健な我が一族でもあの重量の物を背負っていくことは出来ませんぞ」

「そこはケヒス姫様に聞いてみよう。ダメだったら徴発も考えなくちゃな……。他に質問は? ないな。では解散」



 各々が敬礼をして退室していく。

 さて、馬の調達か。

 我が中隊にある大砲は全部で二門。

 一門の砲を砲兵一個班(十人)で操砲する事になっている班が二個と弾薬の補充や着弾観測をする班が一個。この三つの班を合わせて一個砲兵小隊編成だ。

 つまり大砲を牽かせる馬が二頭と弾薬を牽かせる馬が一頭――計三頭の馬が必要になる。



「オシナーさん、わたしが馬の手配をしましょうか?」

「あー。ユッタは兵たちのほうを頼む。馬は俺が手配する」



 エルフであるユッタが騎士団のほうに行けばどうなるかは想像しやすい。それに比べれば俺の方がまだマシだろう。

 俺たちは自室を後にしてそれぞれの場所に向かった。 俺はヨスズンさんのもとだ。

 殺気だった総督府内を進むうちに緊張がこみ上げて来る。


 俺の判断で誰かが死ぬかもしれない。もしくは俺が死ぬのかもしれない。

 そう思うと緊張で吐きそうになる。

 記憶が混乱する以外にこうも吐きそうになるのは初めてだ。


 窓の外をうかがえばまだ雨が降っている。それどころか雷さえ鳴り出した。大荒れだ。

 これじゃ、川が氾濫するかもしれないな。

 そんな事を考えながらヨスズンさんを探しているとケヒス姫様の下に居ることがわかった。

 今、非常に会いたくない存在だが仕方がない。先ほど訪れた謁見の間に再び入る。



「どうした、うぬよ。何用だ?」

「いえ、ヨスズンさんにお話が……」



 やはり忙しいようだし、後にしてもらおうかと思ったが、「よい。このまま話せ」とケヒス姫様が言ってくれた。



「実は、大砲モォータァルを運搬するために馬が必要なのですが……」

「馬か? 悪いが、騎士団も馬は不足している。商会長あたりに頼んでみたほうが良いだろうな」



 やはり厳しいか。馬は乗馬するだけではなく荷物の運搬にも重宝する。特に糧秣なんかを輸送するには必要だ。

 引く手あまたの馬を俺達のような『亜人』の部隊へは送れないという事か。



「そうですか。それでは商会長に当たってみます」

「他に必要なものは?」

「いえ、特には……。そう言えばケヒス姫様たちはどのように布陣されるのですか?

 詳しく教えて頂きたいのですが」



 持ってきた地図を広げて、まずは猟兵中隊の布陣を伝えた。

 「良い判断だ」とはヨスズンさんの言だ。良かった。本職の人に言ってもらえるとは安心だ。



「余はタウンベルク丘陵に布陣する」

「して、騎士団の本隊は? そのふもとに陣をしく感じでしょうか?」

「本隊もタウンベルクだ」

「え?」



 タウンベルク丘陵はアムニス大橋一体を眼下に納められる要所だ。司令部を置くならそこが適するだろう。

 だが、騎士団もそんな後方で良いのか?

 と言うか、そんなに離れていては猟兵中隊の戦線が崩壊しそうな時の救援に間に合うのか?



「まずはうぬの部隊でゴブリンを攻撃せよ」

「それはもちろん」

「うぬの部隊は橋からゴブリンを通すな。良いな」

「あの、騎士団の支援は……」

「無い」

「無い!?」



 そんな莫迦な。ありえない。手銃と言ってもその性格は弓兵と変わらない。接近戦には弱い。

 一応、大砲にならぶ新兵器としてスパイク式銃剣の作成もしていたが、それは最後の最期の手段だ。

 そもそも新兵然としている中隊で白兵戦を行うのは自殺行為でしかない。



「余は言ったはずだ。『亜人どもの部隊に明らかな価値が在るのであれば、余は奴隷商保護政策を転換してやっても良い』とな」



 よもや忘れた訳ではあるまい、と。



「ならば純粋に価値を見出せるように騎士団は手を貸さん」

「いや、お互いに綿密に共同しなければ二倍の敵に敵うはずが……」



 最悪、各個撃破されてしまう。



「たかが五千のゴブリンに余の騎士団が負けると申すか?」



 それは慢心ではないか。いくら何でも二倍以上の兵力で攻められているのだ。



「自分の騎士団の実力は把握しておる。敵の実力も、な」



 その上で二倍以上の敵と当たっても勝てる見込みがあるのか。

 ゆるぎないケヒス姫様の瞳には素で自信が満ちているようだった。



「故にうぬを余は助けん。存分にやるが良い」

「存分も何も……。先ほども申し上げましたが、猟兵中隊は新兵ばかりですし、それに戦力差が有りすぎま――」

「つまり、余の騎士団が手を貸さねばならないほど、うぬの兵たちは弱いのか?」



 亜人に勝ちは無い。いや、価値は無いのかと言われている。

 価値を見出さなければ亜人政策への方向転換もありえ無い。



「無茶な戦と思っておろう。だが勘違いするな。この国のまつりごとを転換させるとはそれほどに難しいのだ。いや、難しいとは言葉が軽いな」



 そもそも政策の転換など今までしてきた事を全否定する行為だ。

 今までしてきた政策が無価値となるのだ。

 故に。

 故に俺にはこれほどの難題が突きつけられたのか。俺の言葉はそれほど重いことだったのか。



「直接戦闘に関わる様な支援はしないが、後方支援だけは約束しよう。物資も優先的に回させる。

ヨスズン。馬を手配してやれ。騎士団から貸与してやるのだ。これで負けましたと言ったら、うぬの首が跳ぶぞ。く、フフフ」


 凄惨な笑いだった。今までケヒス姫様を怖いと思った事はあったが、震えが来そうな恐怖は初めてだった。

 ケヒス姫様は、冗談ではなく、俺の首を斬ろうとしている。

 出るくいは打たれるどころではない。出ている杭を斬って調節しようとしている。



「まぁ、兵力差云々は分かる。相手がいくらゴブリンとはいえ、百の雑兵では橋を死守するのが不可能だ」



 分かっているのか!! 無理だと分かっていて俺にさせるのか!?



「ヘーベワシは二百の傭兵がつめていたが、見るも無残にやられてしまったが、それでも二日は敵の攻撃に耐えたと言う。そうだな。うぬは半日持ちこたえれば勝てたとしよう」

「半日……」

「そうだ。その代わり、半日も持ちこたえられずにゴブリンがアムニス大橋を渡った場合、うぬの首は跳び、亜人は奴隷として売りに出す」



 半日か。短いようで、長い。

 そもそもアムニス大橋付近にはもちろんの事ながら要塞のような永久築城なんてない。

 ヘーベワシは簡単な砦であったと聞いているが、永久築城も無しに五千という五十倍の戦力差を覆すのは、はっきり言って不可能な事だ。


 だが、それほどに亜人政策を転換するのが難しいのだろう。いや、『難しい』の話しではすまないはずだ。

 なら、まずは俺はやらなくてはならない。せっかくケヒス姫様がくれたチャンスなんだ。

 なら、やるしかない。



「わかりました。このオシナー。アムニス大橋を死守いたします!」

「よきにはからえ。そうだ。餞別としてうぬにコレをやろう」



 ケヒス姫様が手を叩けば控えていた従者が小さな木箱を持ってきた。両手で抱えられるサイズからすると中身はより小さいようだ。

 それよりも準備の良いものだ。俺が来る事が分かっていたのか?



「なんですか?」

「遠眼鏡だ」



 木箱を開けるように促され、蓋を開けると単眼式のそれが入っていた。



「指揮官たるもの、それが必要であろう」

「あ、ありがとうございます!!」



 ケヒス姫様は俺たちを勝たせたいのか? それとも一部の希望を見せて俺を翻弄したいのだろうか?

 分からなくなる。

 まぁ、どっちにしろ、勝たなくてはならない。それならコレは重要な品物だろう。それにケヒス姫様から下賜されたものだ。大事にしなくては。



「…………」

「うぬよ。どうした?」

「いえ、ふと思いついたのですが、橋を壊してしまえばゴブリンは河を渡れませんよね?」

「――ッ! このッ! たわけめッ!!」



 こんな頓知はダメでしたか。



   ◇ ◇ ◇




 赤い軍服は雨でぐっしょりと濡れてしまった。しかし春と夏の中間の季節のせいか、それほど寒いとは思わない。それよりも雨が小雨になって来た事に感謝したいくらいだ。天候のコンディションが良くなれば火器の力を存分に発揮できる。

 だが、天候と反比例するように俺のコンディションは最悪だった。まぁ、昨日は眠れなかったからな。

そのため夜中に先遣隊でも出たのか、馬脚が遠ざかるまで耳を澄ましていた。



「それにしても、東方辺境姫殿下はどこに行かれたのでしょうね」



 小声でそうユッタに問いかけられて、俺もその通りだと思った。

 ヨスズンさんからは『騎士団主力は明日の正午に出陣する』と伝えられていたのに、肝心の東方辺境騎士団はすでに出発していると同行する傭兵隊に言われた。

 煙草の煙を吐き出しながら言う傭兵の言葉を借りると、突然の作戦転換が行われたとか。どういうこっちゃ。



「それでも、俺達のする事に変わりはないさ」



 心地の良い軍靴の音を聞きながら街道を外れ、眼前の丘を登ると一気に視界が開けた。

 うねるような街道。その先にある石造りの橋。そして濁流の暴れるアムニス大河。

 湿った泥の匂いと腹の底を揺さぶるように聞こえる濁流の叫び声。そして張りつめた戦場の空気。



「アレがアムニス大橋ですね」



 ユッタの指さした橋は茶色い水しぶきが橋げたを洗っていた。相当増水しているようだ。

 とりあえず、中隊には小休止を命じ、俺は雑納から地図を取り出した。



「あそこがアムニス大橋で、その隣にある出っ張りが監視塔跡地か。

 この雨で地盤が緩んでいると、大砲が流されるかもしれないな……。

 よし、小隊長集合!」



 その号令にすぐに小隊長達が集まってくれた。

 そこで俺は砲兵小隊の小隊長を務めるローカニルとユッタを連れて監視塔跡地が砲兵陣地の作成に適しているか確認しに行く事にした。



「一時的にヘーメル少尉に中隊の指揮権を譲渡する。何か、問題が起きたら伝令を送ってくれ。

 監視塔跡地に問題が無いようなら、合図を送るから、それを見て前進してくれ」

「了解しました」



 さて、当分の行動も決まった。

 泥でぬかるんだ丘を俺達は下り、そして監視塔跡地までやって来た。

 そこまで来ると暴れ狂うようなアムニス大河の様子がよく掴めた。



「これほど増水していますと、近辺の小さい橋は流されてしまった可能性もありますね。迂回するなら国分河の源流を越えないと無理かもしれません」



 つまり敵はこの橋を渡る以外、渡河する方法が無いと考えるべきか。

 アムニス大橋で陣を張ってもそれを迂回されてしまえば意味がなくなってしまう所だったが、その可能性はなくなったと思っていい。

 これで迂回されて敵に側面をつかれる事は無いだろう。まともに正面から戦える。

 いや、この数の劣勢だ。まとももへったくれもない。


 そう思うと苦笑いが浮かんでしまった。

 そうしていると、もう監視塔跡地にたどり着いた。そこで地面を蹴るようにしていたローカニルが呟くように言う。



「意外と足場がしっかりしてますな。大砲モォータァルを設置しても問題ないでしょう。ただ陣地を築く時間が有ればいいのですがね」

「それは問題ないと思う。さっき、偵察から帰って来た傭兵の話を小耳にはさんだんだが、まだ時間があるようだ」



 傭兵の行った偵察の結果を信じるならヘーベワシからゆっくりアムニス大橋を目指しているとの事で、おそらく半日はかかると言っていた。

 そりゃ、五千もの大軍となれば行軍速度は落ちるか。



「よし。砲兵陣地をここに付くっても大丈夫そうだな。ユッタ、合図を送ってくれ」

「わかりました」



 ユッタは背嚢からランプと火打石を取り出して火をつける。雨のせいで時間はかかったが、貴重な火だ。

 それで円を描くようにふるとタウンベルクから赤い軍服を着た集団が動き出すのが見えた。


やはり赤色は目立つな。

 出来ればもっと地味な色合いが望ましかったのだけど。しかし今言っても仕方ない。

 とりあえず歩調を合わせた行軍が出来ている事だけでも満足しておこう。

 歩兵を先頭に馬に牽引された大砲、そして弾薬を満載した馬車が続いて監視塔跡地の前で止まった。



「全隊止まれ! 四列縦隊!」



 ユッタの掛け声に猟兵中隊が四列に並びなおして行進を始めた。二週間と少しでここまで出来るようになったのかと思うと実に誇らしい。



「中隊! 左向け左!!」



 一斉に土を踏みつける音が心地よい合唱を作る。



「中隊長殿に、かしらぁ! なか!」



 俺に中隊全ての視線が集まる。前世ではこんなに注目を集めた事は無かったな、と場違いな感想が浮かんだ。

 俺は敬礼してその視線に応えた。



「休め」



 俺の命令を受けてユッタが「休め!」と復唱する。


「すでに皆、知っての通り我々はこれからこの橋を死守しなくてはならない! また、援軍が来ないことも知っているだろう」



 昨夜のうちにユッタから騎士団が援軍に来ないという噂が流れていると言われていた。出来れば隠しておきたい事実だった。

 これが知られれば士気が崩壊しかねない。

 だが、騎士団が来ないと言う噂には続きがあった。勝てば奴隷政策を辞めるという話しまで付いていた。

 この話しを知っているのはケヒス姫様とヨスズンさんと俺しか知らないはずだ。

 ケヒス姫様が噂を広めたとは考えにくいからヨスズンさんに違いない。

 その噂のおかげで兵たちの士気は、高い。


 諸族の命運が自分たちの双肩に掛かっている事に全員が興奮していた。

 プライドの高いエルフはその先兵になれることに喜んでいた。

 頑健な戦士であるドワーフはその役割に打ち震えていた。



「皆の間に流れている噂は本当だ! 騎士団からの援軍は、来ない」



 改めてその事実を告げると兵士達の顔色が急に悪くなった。

落胆。そんな単語が思い浮かんだ。思い浮かんだだけで胸の内に穴が空いているような心細さを憶える。

 もしかすると、この中隊の中で援軍が来ない事に一番落胆しているのは俺なのかもしれない。


 だったら、これから言う言葉は自分に言い聞かせる言葉にしよう。

 自分を奮い立たせる言葉にしよう。

 自分を励ます言葉にしよう。



「その噂どおり、我々が勝利を刻めばケヒス姫様は亜人政策を見直すと確約された!!

 俺は今までの亜人政策がどうしても許せない! それは俺達を人とは見ず、物として扱うからだ!

 俺達は物では無い。それなのに物同然の扱いを受ける事を、許せない。

 友が、隣人が連れ去られてケプカルト王国の誰とも知らない貴族の玩具にされるのを許せるか!? 否だ! 断じて否だ! 俺はそれが許せない。


 俺は人間だが、ドワーフと共に育った! いや、育ててくれた。

 俺を育ててくれるドワーフがいる。一緒に遊んだドワーフがいる。それと同じく嫌いな奴もいる。エルフには良い奴はいないと聞かされて育った。でも、俺と共に戦場に立ってくれるエルフたちがいる!

 良い奴もいれば、悪い奴もいる! 人間と何が違うと言うんだ!? 人間より何が劣っていると言うんだ!?


 だから俺たちは勝たねばならない。この地にいる全ての同胞のために勝たねばならない!

 この地を再び我々の地として取り戻せ! 鎖につながれた同胞を助けだせ! 今こそ銃を取れ! 俺たちがその先兵だ! 遅れを取るなッ!!」



 俺の言葉が終るや歓呼が湧き上がった。

 思わず肩で息をしている自分がいた。雨に打たれても顔が熱い。鏡があれば顔を真っ赤にしている俺がいるだろうな。



「以上。各小隊は小隊長の支持の下、野戦陣地構築を開始せよ!」



   ◇ ◇ ◇



「おい! 水平義が無いぞ!? 忘れて来たんじゃあるまいな」

「それよりそこに一番砲を設置したら二番砲と干渉するぞ! 距離を開けろ!!」

「砲弾の集積地はどこですか!?」



 初めての実戦ということで混乱はあるだろうと思ったが、案の定だった。

 ユッタを歩兵側に付けといてよかった。あっちもだいぶ混乱しているようだったが、ここより酷い事は無いだろう。



「すいませんね、中隊長殿」

「いや、大丈夫。なにぶん始めてだからな。それよりも慎重にやらせろ」



 監視塔跡はアムニス側に張り出すように造成された土地だ。元は人間の勢力圏の最東端としてこの橋を守っていたのだが、ヘーベワシ駐屯地が整備された事によってお役御免。今はその基礎しか残っていない。


 だが、その基礎が残っているおかげでこうして砲兵陣地として利用できるのだが、河に張り出している分、河に落ちる事を考えると背筋に冷たい物が走る。

 あり得ないとは思うが、大砲が河に落ちた場合は目も当てられない。

数の不利を埋めるための切り札である大砲が河に落ちた場合、それを引き揚げるのはおそらく無理だ。

大砲は重いし、何よりこの流れだ。回収は不可能だろう。

 まぁ、それは人にも同じ事が言えるのだが。



「なんにせよ、騎士団からタープを借りれて助かった」

「えぇ。雨を凌げなければ大砲はただの筒に過ぎませんからな!」



 ドワーフ独特の陽気な物言いに親方を思い出した。今頃、何をやっているのかな。



「小隊長! 水平儀がひとつ見つからないのですが……」

「だったら二番砲の物を使え! 他に足りない備品があれば早急に報告しろ! 良いな!」

「小隊長殿! 弾薬の運搬終了いたしました!!」



 幌のついた馬車の中には砲弾とそれを発射するための火薬がわんさかと詰まれているに違いない。



「誤っても火薬を濡らすな!! 油紙でくるんでいるとは言え、油断はするな!!」



 グダグダとはしてしまったが、砲兵陣地構築は上手くいっているようだ。



「いいかテメェ等!! 俺たちがいけ好かないゴブリン共を吹き飛ばしてやるんだ!! コレができなきゃ、俺たちは奴隷だ!! 俺たちだけじゃねぇ! ドワーフも、エルフもみんな奴隷にされちまう! 気合入れてけぇ!!」



 『応』と応えあうその姿に俺の中で熱いものがこみ上げてくる。

 俺は小隊長にその場を任せて歩兵たちが準備している陣地の方に向かう。


 援軍が来ないからより野戦陣地の重要性が高まる。これが突破されて白兵戦となれば新兵揃いの猟兵中隊では勝ち目がない。

 出来るだけ陣地で防御して手銃や大砲で敵を倒すしか勝機は見出せない。



「急いで!! いつゴブリンが来るか分からないわ!!」

「ユッタ。状況はどうだ?」

「あ、ハイ。第一小隊は二手に分かれて塹壕と堀を掘っています」

「堀?」



 俺は身を隠すための塹壕をクワヴァラード側に掘るよう伝えたのだが、堀を作るようには指示していなかったので、聞き返してしまった。



「勝手をしてしまい、申し訳ありません。ただ、橋の上に障害物を置くだけでは心もとないと思って……」

「なるほど。でも、そういう事は一応、中隊長の俺に許可を取ってくれ」

「申し訳ありません」



 だが彼女の言う通り、多くの障害を設けて敵の侵攻を遅らせたいというのが俺の本音でもあるし、怒りきれない所があるのは確かだ。



「塹壕の方はあらかた終わったようだな。その上で堀を作るなら良いよ。それで第二小隊は?」

「第二小隊は障害物を設置しています」



 橋をさえぎるようにタウンベルク丘陵から切り倒してきた丸太が寝かされており、それを挟むように柵や杭を設置されていた。

 障害物だけでゴブリンの進撃を止めるのは不可能だろうが、動きが鈍れば的撃ちに出来る。

 それに手銃は一発、一発の装填に時間が掛かかるから時間稼ぎにはこれでいいのかもしれない。

 だがこれらが五千のゴブリンにどれだけ通用するかは未知数だろう。


 しかし、川幅が思った以上に広い。橋の端から端まで六十メートルはあるんじゃないのか?

 手銃だとギリギリ射程が橋の端に届かない気がする。



「一番いいのは、橋を破壊することなんですがね……」

「それは俺もケヒス姫様に言ってみたけど、却下されたよ」



 それが出来れば苦労はしないが、現場を見て分かった。アムニス大橋は頑丈な石橋だ。これを破壊するほうが苦労するんじゃないのか?



「なんだか、可笑しな風景ですよね」

「なにが?」

「エルフが切り出した丸太をドワーフが運んで、共同でそれを組み立てて。一緒に堀を掘って。エルフとドワーフが協力しあうなんて、なんだか可笑しくありませんか?」



 御伽噺とはえらく違う、とユッタが笑った。

 その笑顔は花のように柔らかく、まぶしかった。

 ケヒス姫様とはえらい違いだ。



「エルフとドワーフさえ協力し合えるんだ。人間ともできると思うんだけどな」

「それなら出来てますよ」



 オシナーさんは人間ですから、と言われた。確かにそうだ。

 俺たちは互いに助けあえるんだ。なら、いずれケヒス姫様とも、そういう関係になれるのだろうか。



「そうだな。さぁ。それよりさっさと野戦築城を済まそう! 時期に日が暮れる!!」

「そう言えば、雨、やみましたね」



 ユッタの言葉で気がついたが、雨がやんでいた。空には相変わらず重い雲が垂れ込めてはいるが、すでに雷たちは遠ざかったようだ。



「前方に人影!! 多数!!」



 柵を設置していたエルフが大声を上げた。

 そのエルフの指し示した方角に確かに人影が見えた。一つや二つではない。もちろん十や二十でもない。


 大量。


 遠眼鏡で確認するまでも無い。

 五千のゴブリン達だ。



「戦闘用意!」



 ユッタが「戦闘用意!!」と復唱する。陣地製作をしていた兵たちが一斉に塹壕に戻る。

 砲兵陣地に向かって手を振る。砲兵陣地側でも敵を視認したのか、砲をそちらに旋回させていた。

 『攻撃準備中』を意味する赤旗を水平に掲げた姿勢を班長たちがとっている。



「距離は、三千メートルといったところでしょうか?」

「…………戦闘配置に皆はついたか?」

「え?」



 え? では無い。ユッタはすぐに塹壕に向かって部隊全員が持ち場についたか確認を始めた。

 ケヒス姫様から下賜された遠眼鏡でゴブリンたちを確認する。まだ、それぞれの顔は判別できないが、その中で一人、やけに大きな姿があった。

 アレは……。



「オシナーさん! 戦闘配置完了! 指示を待っています!」

「中隊そのまま別命あるまで待機。ユッタ。敵の中央にいる奴を見てくれ」



 遠眼鏡をユッタに渡して裸眼でそれを見つめる。

 まだ形までは判別できないが、その中で突出してでかい影があった。



「アレは……オーク!!」



 空にはドラゴンが飛び、海には人魚が泳ぎ、陸にはオークが闊歩する。

 そのオークがゴブリンの軍団の中に混じっていた。幸い、一人しかいない。



「どうしてオークが……。あ、停止しました」

「停止?」



 青ざめた声でユッタが言った。



「……オークが来ます」

「オークが!?」

「……オークだけ来るようです」



 どうしますか、と無言で問いかけるユッタの瞳に俺は砲兵陣地を確認する。未だに『攻撃準備中』だ。


「軍使か……」

「どうしますか? 行きますか?」



 いくらなんでも一人で攻撃を仕掛けてくるとは思えない。

 思案をしていると雷を彷彿させる銅鑼声が響いてきた。



「話しがある!! 大将をよこせ!!」



 軍使のようだ。



「俺が行く」

「き、危険ですよ。副官のわたしが行きます」

「いや、俺が行く。向こうは大将を指定しているんだ。俺に何かあれば、躊躇なく攻撃しろ。いいな」



 俺はユッタを押しぬけるように無理やり歩を進めた。

 まるで、死地に赴くようだ。


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