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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
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攻勢

 装甲擲弾兵の募集をかけたのは昨日。

 俺としては命の危険が多すぎて志願者がでるのか危ぶんでいたが、どこかからか耳聡い連中が昨日のうちから司令部を訪れ、志願の旨を伝えていく。


 そして今日。


 すでに旅団の予備兵力となっている兵達のほとんどが装甲擲弾兵に志願するような状況になってしまい、前線に出ている部隊からも後送して擲弾兵に志願したいと言い出す始末になってしまった。

 もちろん全員を参加させる事は出来ないから改めて募集規定を設け、なおかつ原隊の戦力を損ねないように擲弾兵を選出する事なり、旅団幕僚の頭を悩ませる事になる。



「第一連隊第四大隊司令部より伝令! 我、各中隊長と協議の上、大隊として総攻撃への参加を希望する。連隊長の慈悲を乞う。以上」

「はー。大四大隊に伝えろ。第四大隊は一〇四高地守備を厳となせ。以上」



 伝令の複昌を聞いて俺は再びため息をついた。

 部下の手前、関心出来る行為でないのはわかるが、これで三度目の志願者ならぬ志願大隊だ。

 おまけに大隊長を通り越して中隊からも志願の声が上がっている。そして志願しに来るのはエルフの中隊長が多い気がする。



「とりあえず新しい募集要項ではドワーフのみということで良いですかね?」

「良いも悪いも、作戦立案者のスピノラさんが求める人材の方がいいですから反対派しませんよ」

「おや? だいぶご機嫌斜めですね、旅団長。そんなにこの作戦が気に入りませんか?」



 スピノラさんのからかう様な声にムッと声を上げそうになった時、再び司令部に誰かが現れた。

 猟兵のようだ。袖の階級章から二等兵であることが分かる。今度はどこの部隊の伝令だ。



「失礼いたします。第一連隊、第一大隊大隊長より伝令――」



 またか、と内心辟易しながら伝令の声を聞いていると、その雰囲気が伝わったのか伝令が身を固くしてしまった。

 伝令に罪が無い事は百も承知だが、この思わず顔に内心がでる癖は直そう。



「騎士団と問題発生。連隊長の指示を乞う。以上」

「問題? どういった問題だ?」



 ふと第一大隊にはコレット中尉が所属している騎兵中隊が付属する事を思い出した。

 以前にも騎士団とトラブルを起こしたと聞いていたから、またかという想いが浮上してくる。



「わかった。第一大隊司令部に行こう。ユッタ、旅団の指揮を頼む」

「わかりました」



 ユッタもコレット中尉の事を思い出しているのか、苦い顔で俺を見送ってくれた。

 それにしても擲弾兵を募っている時にトラブルを起こすなんて、本当に共同作戦が行えるのか?

 そう思案しながら第一大隊司令部に赴くと旅団司令部とはまた別の喧騒が聞こえてきた。

 互いに怒鳴りあっている調子から殴り合いの喧嘩に発展しているわけでは無そうだが、一触即発の空気がある。


 あれ? 喧嘩の仲裁ってデジャブを感じる。



「おい! 何をしているんだ!!」



 現場に到着すると例のコレット中尉が騎士から詰問されていた。



「コレット中尉またお前か」

「あ、オシナー少将! 今回は違いますよ!!」



 困った顔で両手を上げる彼女の顔を一瞥して騎士の下に歩み寄る。

 憤怒に染まったその顔に少し、時間をおいてから話した方が良さそうだと判断してとりあえず大隊司令部に騎士を招き入れる。



「亜人の天幕などに入るものか。この無礼者!」



 い、一応俺はケヒス姫様の従者をしていたり、四千の兵を率いる将軍をしているのにこの態度はあんまりじゃなかろうか。

 いくら俺が工商とは言え、横暴すぎる。

 だが今、ここで火に油を注いでも仕方がない。



「とりあえず落ち着きましょう。椅子を出してくれ」

「いらぬ! この私に泥を塗りおって! この事は上に報告させてもらうぞ。貴様の首が跳ぶのも近いだろう!」



 ダメだ。完全に逆上している。

 こういう手合いはほっておくのが一番だと前世からの感が告げているが、上に問題が伝えられては必ずケヒス姫様が激怒すること間違いなしだ。

 それも戦時に仲間割れをしていることに対して騎士団、旅団の区別なく起こるはずだ。

 ヨスズンさんの心労を減らすためにもここで思いとどまらせなくては。



「まぁまぁ。そんなこと言わず。おい水を出せ」



 これも断るかと思ったが、どうにか水は飲んでくれた。

 補給線がしっかりしているおかげで飲食物をふるまう余裕があるからできる事だ。



「それで、何が起こったのですか?」



 騎士は再び苛立たしげにコレット中尉――の脇に居るエルフの少尉を指した。



「アレが騎士団を侮辱したのだ!」

「違う! 最初はそっちが言いがかりをつけてきたのであろう!!」



 二人の話がかみ合わないのを観てコレット中尉が事情を説明してくれた。



「いやー。どうも最初は騎士さんに『亜人は臆病だから装甲擲弾兵に志願するものは居ない』と侮辱されたようで、それで少尉が怒って」

「それじゃなんでお前がここにいるんだ?」

「アタシはたまたま大隊司令部に補給品の申請に来ていて」



 困ったものですね、と他人よろしくため息をついた。

 困っているのはコッチだよ。

 怒りが再燃した二人をどうなだめようか悩んでいると、ちょうどヨスズンさんを見つけた。



「よ、ヨスズンさん!!」



 ヨスズンさんが俺を一瞥し、肩を怒らせている騎士を認め、盛大なため息をついた。



「おい貴様。何をしている」

「よ、ヨスズン殿! この亜人めが――」



 騎士の口が火を吹く前にヨスズンさんが騎士の耳元で何かささやいた。

 それと同時に騎士の顔色が悪くなり、終いには青から白くなる。

 何を話しているのだ。



「貴様の名前は聞かない。故に問題を起こした騎士団員は居ない。良いな?」



 騎士は顔を青くしたまますごすごと去っていった。



「クソ。威張るだけしか脳の無い人間め」

「お前も落ち着け」

「しかし少将閣下!!」

「エルフのプライドは騎士の挑発にのる程度のものなのか?」



 俺がドワーフよりの存在であることを知っている少尉はすぐに顔をしかめるが、俺の言葉を飲み下すように頷いてくれた。



「作戦前に軽率な行動を取ってしまい、申し訳ありません」

「これから注意するように。俺も貴官の名前はあえて聞かない。水に流せとは言わないが、指揮官たるべき行動を取ってくれ」



 要は騎士団の悪評を部下に吹聴するな、という事だ。合同作戦となるからには一兵にいたるまで騎士団を信頼しなくてはならないのだから。



「ヨスズンさん、いきなりすいません」

「いや良い。皆、作戦に殺気立っておるのだ。特に若い連中――さっきの騎士のようなクワヴァラード掃討戦を知らない世代はな」



 その点、ヨスズンさんは非情に落ち着いているようだった。

 これが歴戦の騎士なのだろう。



「スピノラの言った作戦だが、私も内心は反対だ」



 ケヒス姫様の従者として主の意向には逆らえない。苦悩を滲ませてヨスズンさんは言った。



「いくらタウキナ産の鎧とは言え石弓程度であれば鎧を貫く威力がある。それに重い鎧を着込んだ上で大盾を持って丘を攻略するなど、敵からしたらのろまな標的を狙うだけですむ。それにこういう戦に志願するような逸材こそ生きて明日を担う力になって欲しいのだがな」



 しみじみ呟いたあとに「邪魔をしたな」とヨスズンさんは颯爽と去っていった。

 血みどろのクワヴァラード掃討戦を経験したヨスズンさんはこの作戦に思う所があるのだろう。

 だから決死的な覚悟がいる作戦に異を唱えたいのだろう。

 だがすでに止められる一線を過ぎてしまっている。

 もうこの歯車は止まることなく進むのであろう。



   ◇ ◇ ◇


第二次総攻撃図

挿絵(By みてみん)



「オシナーさん! オシナーさん! 危ないですよ!!」



 副官であるユッタの悲鳴じみた声を無視して俺は一〇四高地の観測陣地に向けて走っていた。

 指揮官が走るのはよほどの大事と相場は決まっているが、それどころではない。



「りょ、旅団長閣下!!」



 観測陣地の守備につく衛兵が驚嘆の声を上げて敬礼をしてくれた。だがそれを返す暇さえ惜しい。

 砲兵陣地でも設置されている偽装網のかけられた観測陣地に入り、俺は遠眼鏡で一〇三高地の戦況を確認する。


 太陽の光に輝く鎧を身に着けた装甲擲弾兵達が丘を駆け上がり、手にした擲弾――装薬に鉄片や石ころなどを入れて殺傷能力を上げたもの――を投げつけて敵の弓兵を攻撃しようと肉薄するが、動きの遅い擲弾兵に矢が突き刺さり、氷の雨が彼らを襲う。


 こちらが投入できた装甲擲弾兵は旅団から三百、騎士団から三百と合計六百名。

 その兵員達が二方向から丘を攻めているが、各個撃破されているようだ。



「オシナーさん、口元が」



 追いついたユッタが指摘して初めて分かったが、俺は唇を強く噛みすぎて出血しているらしい。

 だが今はそんなことにかまっている事は出来ない。

 こんな痛みは戦場に出ている装甲擲弾兵に比べれば何でもない。



「と、東方辺境姫殿下御来入!!」

「ケヒス姫様!」

「うぬよ。そいつをよこせ」



 ケヒス姫様は俺の返答を待たず遠眼鏡をむしり取る。

 それを敵陣に向け、舌打ちをした。



「莫迦どもめ。戦力を分けて突撃など突破力を下げるだけだとわからんのか」

「最後まで指揮権について揉めましたからね」



 どこか敵意を含んだユッタの言葉に俺はヒヤリとした。

 前日の作戦会議で旅団としては作戦の発起人であるスピノラさんが指揮を執るべきだと思ってその準備を進めていたのだが、そこに騎士団の横やりが入ったのだ。



「亜人を好かぬ輩が多いからな。そもそも我等は貴族ぞ。どうして傭兵の下で働かねばならん」



 支配者が命令に従う余地は無い――。

 それ故に双方が指揮権を欲したために二人の指揮官がこの作戦に投入されることになった。



「く、亜人に一番槍を奪われおって」



 俺は観測陣地に設置されている蟹の目のようにレンズ部分が上に伸びた専用の遠眼鏡にかじり付く。

 砲兵の着弾観測用であるため倍率は高くはないが、一〇三高地の頂部分に合わせられたそれで白地に赤十字が入った軍旗が振るわれているのを見る事が出来た。

 白煙赤十字旗――火薬の白煙にケヒス姫様の赤を意匠に取り込んだ旅団の旗だ。



「増援を前進させて一〇三高地を完全に奪います」

「いや、騎士団にやらせろ。この戦でめっきり活躍の場を奪われたからな。ここで戦線に投入して士気を上げさせる。後詰として小銃を装備した銃騎兵じゅうきへい部隊を前進させろ」

「了解しました。おい本営に伝令。銃騎士隊は一〇三高地に進出――」



 その時、ひと際大きな着弾音が響く。

 伝令への伝言を取りやめて一〇三高地に視線を向けると大きな噴煙がたなびいていた。



「準備砲撃は終わったのではないのか?」

「そもそもあそこまで我らの砲弾は飛びません!」



 ケヒス姫様に胸倉を掴まれた観測陣地の兵が顔を青くして答える。



「ベスウスの魔法攻撃か……」



 その呟きが終わると同じくして俺は一〇三高地に何かが飛来するのを見た。



「敵の法撃!!」



 それと同時に着弾の煙が上がる。

 今までは多数の氷雨による面制圧だったのが点による破壊に変わったようだ。



「ケヒス姫様! これでは持ちこたえられません! この法撃の中、塹壕を築城するのは不可能です。撤退命令を! 姫様!!」

「伝令! 伝令!!」



 その言葉に振り向くとケンタウロスの青年が身をかがめて観測陣地に入ってくる所だった。



「発、ヨスズン殿。宛、東方辺境姫殿下並びに旅団長閣下。擲弾兵指揮官、ネイマーン子爵、アンブロジオ・スピノラ少佐以下、擲弾兵本部要員ことごとく戦死無いし負傷。戦闘の継続不可能と見るものなり。後退命令を欲す。以上!」



 ケヒス姫様は観測陣地の中をぐるぐるとさ迷い、そして設置されていた机を蹴り飛ばした。



「本営ならびに擲弾兵に伝令を送れ。強襲を中止す。装甲擲弾兵は目下占領せる地を堅固に守備し後命を待つべし。以上」

「ハッ。複昌します。強襲を中止す――」



 俺達の作戦は失敗した。


 多大な血という授業料を払い苦肉の策はあくまで苦肉の策という事を、そして砲撃ないし法撃が及ぼす戦争を、学ぶ事が出来た。

詳細に語られた作戦って失敗するフラグですよね。


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