表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
36/126

総攻撃

挿絵(By みてみん)


「損害をまとめました」



 深夜の本営にユッタの疲れた声が響く。

 今まで部隊の損害状況の調査と部隊の再編作業を任せていたためだ。



「敵の攻撃を受けた一〇四高地に展開していた第一連隊、第四大隊に被害が出てその救助、並びに後送のため現有戦力は四百人ほどになります」

「ベスウスめ。やってくれたな」

「それで観測陣地からの報告では仮称一〇一高地方面から敵の攻撃を受けたと報告が有りました。恐らくベスウス側の『砲兵陣地』はこの周辺に秘匿されているものと思われます」



 ユッタが指した場所はラートニルとベスウスの関所に向かう街道の脇だった。



「昼間、ラートニルを攻撃した報復か。シューアハめ。ただの老いぼれだと思っていたが、中々やるではないか」

「シューアハ様は魔術研究の第一人者。やはり今までに無い画期的な魔法を実戦配備したようですな」



 ヨスズンさんの一言はこの場にいる全員の心中を代弁するものだ。

 これからは面で制圧を行ってくるベスウスの魔法を念頭に作戦を立てねばならない。

 つまり今まで考えられていた作戦は全て水の泡だ。



「敵の砲兵陣地を制圧ないし壊滅させる手立てのある者は挙手せよ」



 だが誰も手を上げない。


 敵の魔法攻撃を避けるために一〇一高地方面の敵を叩こうにも恐らく敵の重装歩兵や重騎士が守りを固めているはずだし、それに敵は魔法攻撃の支援を受けるのだ。

 悪戯に突っ込めば被害だけ出る可能性が高い。

 つまり打つ手なしだ。



「オシナー。大砲で攻撃できぬか?」

「さすがに射程外です。現在地なら一〇三高地付近までは砲撃できると思いますが、それ以上は射程不足です。

 砲兵で攻撃を行うならより砲兵を前進させなければなりませんが、一〇一高地から一〇四高地まで敵の射程圏内のようですからこれ以上、砲兵を前進させることは難しいです。下手すれば砲兵戦力を喪失する恐れも……」

「手札無し、か」



 いや、手札はある。だが一番危険で、それも連隊の被害が拡大する可能性が高い。



「待て。どうして敵は観測陣地を攻撃出来るのだ?」

「ケヒス姫様?」

「そうか。敵にも観測陣地があるとすれば納得できる、か。そうなると……」



 地図に身を乗り出すケヒス姫様に邪悪な笑顔が浮かんだ。



「なるほどな。何も敵の本陣を叩く必要は無いか。オシナーよ。この一〇三高地を砲撃できるか?」

「……ギリギリ届くかと」



 もしや俺が一番恐れている作戦をこの冷血姫は取ろうとしている。



「ならばこの一〇三高地を占領せよ。早急にな」

「姫様。どういう意図でこの丘を占領するのです?」

「簡単な話しだ。要は敵も丘が邪魔で目視で魔法を撃ち込む事は出来ない。だが連隊のように観測陣地を設営すれば話しは違う。

 どこぞの高地から着弾を観察して何らかの情報伝達を行っているのだろう。おそらく、一〇四高地を観察しやすいこの一〇三高地に陣取っている公算が高い。

 ならばこの観測陣地を占領してしまえば敵の攻撃を食い止めることが出来る」

「お待ちください!」



 やはり俺のもっとも恐れていた作戦を考えられてしまった。

 確かに敵の目を潰すことは戦略上、重要だ。

 それに一〇三高地を占領できればラートニルに繋がる街道を全て監視下に置く事が出来る。

 それだけでも一〇三高地を占領する意義は高い。

 だが――。



「すでに制圧されている敵陣地に――それも高所の敵を攻撃しては損害を出すだけです。確かに大砲は一〇三高地を砲撃できますが、それは最大射程であり、有効射程ではありません。旅団としてはこの作戦に責任を持てません!」

「余の命令を拒める立場か?」

「――ッ!」



 首筋に刃物を突きつけられたかのような緊張が走った。

 確かに俺がこの命令を断れば旅団の運命が――東方辺境領がどうなるか分からない。

 強いて言うなら別の作戦を上奏できればこの作戦を回避できるかもしれないが、そんな妙案があればとっくに言っている。



「明朝より総攻撃を行う。参加兵力は連隊から一部隊、騎士団からもだ。総指揮はヨスズンに一任する」

「姫様お待ちを」

「なんだヨスズン?」

「いえ、オシナーに聞きたい事が」

「許す。この場で問え」

「ありがたき幸せ。オシナー。もし、塹壕を掘り進んで丘に接近する事は可能か?」

「ッ! えぇ! 出来ると思います!」



 ヨスズンさんの助け船に新しい作戦の形が脳内で急速に形を成していく。

 細部の検討は後で良い。概略だけでもケヒス姫様に伝えられれば総攻撃を中止できるかもしれない。



「確かに塹壕を掘り進めて一〇三高地まで接近する事は可能と思われます。また、塹壕をジグザグに掘削し、横穴を掘れば敵の魔法攻撃を避ける事もできるかもしれません」



 火器の威力が増大して行った時代に防御側からの一方的な砲撃を避けるために掘られたのが塹壕だ。

 ならば敵の魔法攻撃という法撃を避けうる手段としてこれほど適した手段は無いかもしれない。



「姫様。強攻は避けて塹壕で出来るだけ敵陣に接近すべきでは?」

「うーむ。だがそれだと時間が掛かる」

「致し方ない事かと」

「……。いや、ダメだ。敵の体勢が整えばそれだけ丘を占領するのが難しくなる。敵の主隊が丘に上がる前に丘を取らねばならない以上、時間はかけられない。それにゆっくり穴掘りをしていれば敵に丘を攻撃する意図が伝わってしまう。故にその案は却下だ。

 攻撃は明朝と共に行え。作戦の仔細についてはオシナーとヨスズンで話し合え。以上だ」

 その有無を言わせない声に俺たちは口を閉じた。



   ◇ ◇ ◇



 派手な準備砲撃を受けた一〇三高地からもうもうと土煙が上がる。

 その様子を見守るクワヴァラード第一連隊第三大隊と騎士達の後姿を見ていると今からでもこの作戦が中止しないか祈りたくなる。

 そして今の立場が恨めしい。

 旅団の総指揮官である俺は戦死して指揮が乱れてはならぬと前線に出ることが禁じられている。

 俺は彼らを死地に送るだけでただ見守ることしか出来ない。

 自分の立場ももちろん理解しているが、あまりにも歯がゆい。



「伝令!砲兵陣地より伝令! 準備砲撃完了。前進されたし。以上!」

「ご苦労」



 ヨスズンさんが立ち上がり、腰に吊っていた剣を抜き放つ。



「そでは始めよう。我等にとってこの戦は始まりにすぎん。蛮勇、深追い全て禁ずる。生きて姫様のお役に立て。行くぞ!!」



 その掛け声と共に軍勢が動き出した。



   ◇ ◇ ◇



「それで、結果は?」



 不機嫌そうな――むしろ怒りで冷たい声が本営に響く。

 その周りの騎士達も肩を震わせてその怒りの矛先が自分に向かないように戦々恐々としているのが感じられる。

 もちろん俺も例外ではない。



「全線に渡り攻勢は、頓挫しました」



 泥まみれのヨスズンさんは落ち着いた声でケヒス姫様に答える。

 報告では攻撃に参加した第三大隊五百名と騎士三百名はこの攻撃で戦死者約百六十人。負傷者を合わせるとさらに数字が膨らむだろう。

 つまり攻勢に出た部隊の二割が損耗した事になる。



「これ以上の攻勢を行った場合、丘を占領できてもその後の戦闘に支障をきたすようになります。ラートニルで勝利を収めてベスウスに攻め入るのならこれ以上の損害は無視できません」

「攻勢が頓挫した理由は?」

「敵は丘の稜線に隠れて石弓で攻撃を行ってきました。身体のほとんどが稜線に隠れているためにこちらの小銃が当たらず、遮蔽物の無い我々は良い的でした。

 また、丘を上がる負担が兵達にあったことも付け加えます。

 言わば、セイケウ会戦のタウキナ側になったようなものです」



 丘――高地からの攻撃には利点が多い。

 まず、視界が開けているから敵の動向をつかみやすい。だから奇襲作戦は行おうにも敵にすぐに感ずかれてしまう。

 その上こちらは丘を上がりながら戦闘をしなくてはならないので守備側に比べて余計に労力を使う。



「それに敵の魔法攻撃の洗礼を受けて二割の損害ですんだのです。これは奇跡としか言えません」



 一番の敗因はこれだ。


 こちらは誤射を恐れて砲撃を行えなかったのに対して敵は魔法の雹を降らせてきた。

 魔法の支援を受けた丘という天然の要害に守られた『城』に歩兵が攻め入るのだからセイケウ会戦のタウキナ側と同じ事をしてしまったと言って良い。



「第二次総攻撃を行ったとして敵陣を占領する事は可能か?」

「可能ですが、敵もより警戒していることでしょうからより損害が出ると思われます」



 ケヒス姫様の籠手がテーブルを叩いた。

 口が小さく動いてベスウスへの呪詛を吐く。



「敵が侵攻を再開する可能性はあるか?」

「敵もこちらの大砲を警戒しているはずです。しばらくはにらみ合いが続くかと。故にあせらずじっくり攻めるのが良策でしょう」

「……致し方ない、か。オシナーよ。今後の策を述べよ」

「分かりました。旅団としては一〇三高地付近まで幾重にも塹壕陣地を構築して前進し、敵に肉薄して一〇三高地を落とすべきだと考えます」



 これまた城攻めだ。ならば塹壕を掘って丘に接近するしかない。



「本当に大砲で敵を叩けないのか?」

「射程不足です。それを補うために前進しようものなら魔法攻撃を受けるでしょう」

「なんとかして射程を延ばせないのか?」

「無い事は無いんですが……」



 この方法もお勧めしないどころか危険すぎて絶対に推奨できない。



「なんだ? 言え」



 不機嫌さを一変させたケヒス姫様にこれから言うことが心苦しい。だがこの提言が成功すればこの難局を打開できるかもしれない



「火薬の量を増やせば射程は延びます」

「む? 考えてみればそうか。火薬の力で砲弾を飛ばしているのだから単純に火薬の量を増やせば良いのか。なら早速――」

「いえ、それが、出来ないんです」

「何故だ?」



 背筋が凍りそうな声に目線が下を向いてしまう。



「薬室内の腔圧が高くなりすぎて破裂する可能性が高いです。また高い腔圧のせいで尾栓が吹き飛んだり、熱膨張した金属が砲身を曲げしまう恐れも――」

「分かりやすく言え」

「火薬が多いと大砲自体が破裂して砲兵を殺傷する恐れがあります。下手すれば近くの装薬に引火して大爆発も起こりえます」



 つまり砲弾を撃ち出す火薬の力が強すぎて大砲が負けてしまうのだ。



「現在の大砲では無理ですが、大量の火薬を撃てる新型の大砲を製作すれば問題は解消されます。新型と言っても基本設計は変わりませんので一月ほどあれば試作品を作れると思います」

「一月か……」

「姫様。いずれにしろ攻勢には出れません。塹壕を掘り進みながら新型の大砲の完成を待つより他ありません」

「……。わかった。ではシブイヤの工房に早馬を送って作らせろ」

「いや、シブイヤの職人では無理です」



 確かにシブイヤは良質な鉄が取れるタウキナで有数の工房が軒先を連ねているが、人間の冶金技術で新型の大砲を作らせるとなると絶対失敗するだろう。



「シブイヤの職人が作った場合、戦場まで持ち運べない大きさになるかと」

「何故だ?」

「剣に例えて言いますが、肉厚の剣が作られる理由はご存知ですよね?」

「敵をひき肉に変えるためではないのか?」



 もっとまともな回答は無かったのか。



「いえ。剣に強度を持たせるためです。脆い金属を使っていれば必要な強度を得るために太くせざるを得ません。大砲でも同じです。必要な強度を得るに大型化させる必要が出てきます。

 しかし大型化すると重量も増えますので運用に問題が生じます。

 重量などの試算はまだしていないのでなんとも言えませんが、あまり重過ぎるとシブイヤから運搬できなくなります」

「本末転倒だな。だがタウキナはケプカルト王国有数の工房都市だぞ。これ以上腕の良い職人が居るとなると王都くらいだ」

「いえ、王都の職人より腕の良い職人なら居ます」



 ヨスズンさんが「ドワーフか」と合点がいったようにつぶやいた。

 そう。鉄と土の神様に愛されたドワーフなら良質な鉄を作ることが出来る。

 つまり砲身を薄くしながらも強度を保った大砲を製造できるのだ。

 それに徴兵を行ったおかげで実家が工房を営んでいるドワーフを大勢抱え込んでいる。

 彼らに場所と道具を与えれば一月くらいで試作品を作り上げるだろう。



「良かろう。人選は任せる。必要なものがあれば申せ」

「では工房を借用できるよう勅令を」

「あい、分かった。では作戦方針としてはこの場で持久しながら大砲の完成を待つ。その間に連隊は穴掘りだ。騎士団は引き続き敵陣への威力偵察を行え。皆、今以上の働きを期待する」

ご意見、ご感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ