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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
35/126

法撃 【シューアハ・ベスウス】

「いやはや参りましたな」

「参ったですむか! それで、損害は?」



 苛立たしげにフォークを肉に突き刺してシブウス様が怒鳴った。



「街に入っていた重装歩兵と重騎士の一部に被害が出ました。しかし、主隊は無事にラートニルから脱出できましたので問題ありますまい」



 だが騎士三千に歩兵が二千と大きく数を減らしてしまった。

 タウキナの強襲を受けた関所での損害が大きく響いている。

 関所を攻めてきたあの鬼神のような女騎士には敬服どころか畏怖さえ覚えてしまう。



「五千か。ケヒスの兵はどれほどだ?」

「落ち延びたタウキナの戦力をかき集めても四千弱かと。ただ、噂のオシナー殿率いる連隊という部隊が曲者かと」

「数は?」

「三千から四千と聞き及んでおります」

「敵は合計七千から八千か」



 シブウス様はふくよかな顎を撫でて思案しながらテーブルに広げられた地図を眺めだした。

 先ほどは怒りに染まっていた相貌がもう冷静さを取り戻している。



「タウキナの海軍は精兵と聞く。それらの転用も考えると数字の上では戦えないな」

「おっしゃる通りです。『数の上』では勝てますまい。また我らは西方地域の治安維持のためにこれ以上、兵を出すことも難しいです」



 その時、天幕の外から「宰相閣下御来入」と声が聞こえた。

 すぐに立ち上がり、方膝を付いた礼を取る。



「おやおや。なにやら良からぬお話が聞こえたのですが、戦況は大丈夫でしょうか?」



 薄く貼り付けただけの不気味な笑顔を称えた宰相が陣内を役者のように見渡す。

 今来たところなので詳しい話しを聞かせて欲しいというそぶりだが、外で聞き耳を立てていただろうに。わざとらしい。



「数ではベスウスの上を行くタウキナに勝つ話をしていただけだ」

「それはそれは。とても頼もしいと思います。はい」



 心にもない事を。



「シューアハ様はお顔色が優れないようですが? あ、さては私が来たからですか?」

「御戯れを閣下」

「私とシューアハ様の仲ではありませんか。この戦が終われば昔のように食事を一緒に取りませんか?」

「父上! 父上!!」



 ちょうど良く息子の声が宰相の言葉を遮った。

 我が息子ながら褒め称えたい。



「入れ」

「失礼いたします。これは宰相閣下!」



 天幕をくぐってきた息子は紺色のローブを纏い、手にはイチイの杖を持っていた。

 この謁見を終えれば攻撃に戻るのだろう。



「おぉ。ヘーパザラ様。ご立派になられて。以前は私が抱き上げて差し上げたほどですが、今は無理ですね。はい」

「いつの頃の話ですか? それがしはすでに十八、成人の儀も執り行いました。これからはベスウス、そしてケプカルトに忠を貫く一介の武人です」

「それは頼もしい限り。ご活躍を期待しております」



 息子よ、浮かれすぎだ。

 いや、それはまだ若さ故なのかもしれない。

 若い者には若い者の視点があり、年老いた者には年老いた者の視点がある。

 それに若ければ失敗を犯してもそれを取り戻す精力がある。だが歳をとって精力が失われれば失敗を恐れて保守的になる。

 今は息子の成長を願うばかりだ。



「あぁ。挨拶が遅れて申し訳ありませんシブウス様」

「良い。我とそちの仲であろう。此度の活躍は期待しておる」

「それより、まだ食べているのですか? それも肉を」



 よく宿営地でそこまでやらせますね、と関心したように呟く。

 まあ、その点に関しては同意だ。

 わざわざタウキナにまでシェフを呼んで料理させている辺り、その情熱に頭が痛くなる。



「何が悪い? 我が食べる事で我は生きていけるのだ。つまり生きるとは食べることなのだ。それは我だけではなく、国も同じだ。『何か』を食す事で我も国も生きていけるのだ。『何か』とはすなわち辺境領である。

 王国は東西の辺境領から奴隷を得ることで生命をつないでいるのだ。それが断たれることは即ち餓死するという事だ。

 弱った王国は他国から美味い料理に過ぎない。故に食うのだ。他者を喰うために我らは食うのだ。生きるために、な?」

「な、なるほど!」



 勢いに押されて息子共々、引いてしまった。

 だが、この貪欲さは王として必要だろう。

 全てを欲するその欲を源に王国は発展していくだろう。だがその欲も過ぎればただの毒でしかない。

 難しい匙加減だが、逆に匙加減さえ覚えてしまえば強力な武器となる。



「それでは皆様もそろいましたので、どうかこの私に戦況を伝えていただけませんか? はい」

「ヘーパザラ。教えて差し上げなさい」

「はい、父上!」



 息子はテーブルの地図に指を這わせながら戦況を語りだした。

 初戦となる関所での会戦、次いでラートニルの攻略。

 そしてラートニルからの撤退。



「敵はラートニルに鉄の『球』をどこかからか投射し、街に損害を与えました。おそらく、投石器のような物の攻撃かと」

「それだけで撤退したのですか?」



 薄い笑顔をそのままに呆れた声で宰相閣下が聞いてきた。

 私は息子の言葉を拾って補足する。



「敵の攻撃は絶え間無く、また敵は雷鳴の如く響く轟音と共に鉄球が降り注ぐのです。兵達の物的と心的損耗を考えると、撤退せざるを得ません。それに我らはこれからシブイヤを攻略しなければなりませぬ。ここで悪戯に兵を失うのは得策とは思えませぬ」

「なるほど。なるほど。さすがはシューアハ様。ではどう攻めるつもりで?」

「まずはこの丘に攻撃をかけます」



 ラートニルの南東に位置する丘に指を置く。



「理由は?」

「ラートニルから引く兵の報告でこの丘に『白い軍衣』を見たと言う者がございました。おそらく敵の『観測陣』でしょう」

「『観測陣』?」



 耳慣れない言葉に宰相閣下の顔に始めて疑問の色が浮かんだ。

 作り笑いを崩せたことはそれだけで心地良い。



「敵はこの丘の向こうに陣取って鉄球を投射していると思われます。ただ、常識的に考えれば丘が遮蔽となって鉄球がどこに落ちるか分かりません。そのため丘の上からそれを観測して鉄球の落下地点を修正し、ラートニルを攻撃しているのでしょう」

「ほほー。まるで敵軍になって見てきたような物言い。さすがは魔術研究の第一人者ですな」

「いや、なに。私達も『同じ事』をしているので」



 その言葉に今度こそ宰相閣下の笑顔が凍りついた。今日は久しぶりに一等上等な酒を飲もう。



「伝令! 伝令!」

「通せ」



 ガシャガシャと鎧を響かせた兵が天幕の入り口で膝を付く。



「『通信陣』より伝令。『観測陣』の準備よし。攻撃可能なり。以上」

「うむ。ご苦労」



 最近、痛くなり出した腰を持ち上げて地面に寝せていたイチイの杖を持ち上げる。

 ここで一枚、ベスウスの力を宰相閣下に切るべきか。



「まだ日があります。逆襲は無理でも敵に心的圧力をかけに行って参ります」

「うむ。ケヒスの亜人共にやられっぱなしと言うの面白くない。精々、派手にやれ」

「王子の御心のままに。そうだ。私の半生の研究を宰相閣にお見せしたいのですが」

「そうだな。見せてやれ」



 一礼して私は宰相閣下を連れて本陣を後にした。

 向うさきは森が開かれた草原だ。

 そこには魔法陣に描かれた大型船の帆ほどの布地が敷かれ、その各点に幾人かの兵達が杖を持ち瞑想していた。その傍では草原に座る兵達――五人ほどが彼らを眺めている。

 そしてその周辺には蓋の開けられた樽達が山積みになっていた。



「彼らは?」

「アレが『通信陣』です」

「通信?」



 その時、『通信陣』で瞑想する一人の兵――甥が口をあける。



「観測陣より通信。観測準備よし」

「よろしい。それでは観測陣へ伝達。これより攻撃を開始する。観測攻撃用意!」

「攻撃陣より観測陣へ。これより攻撃を開始する。観測攻撃用意。繰り返す。攻撃陣より――」



 私の言葉を甥がぶつぶつと呟く。



「ま、まさか遠距離通信魔法?」

「私の代で完成できたのは奇跡でした。ですが、まだ通信の精度は悪いです。空中の魔力や術者の体調。様々な影響で通信が断絶する事もざらです。それに通信距離は四キロ弱ですし、これほど大きな魔法陣を描く手間もあります。ですが、戦場で遠距離通信を行う意義は高いです」



 遠隔地の友軍とすぐさま連絡が取れればより連携が取れる。

 だからこのような魔法が『撃てる』。



「それでは宰相閣下に最新の技術発表会を行うとしよう」



 その言葉で座っていた兵達が立ち上がり、それぞれが折りたたまれた紙を広げていく。

 大きさは三メートル四方。そこにも魔法陣が描かれている。



「精巧な魔法陣が五枚も?」

「宰相閣下は印刷をご存知で?」

「いんさつ?」



 木の板を彫ってインクを流し込み、それを紙に転写する西方の技術だ。

 今までは手書きのため一枚、一枚に個体差が生まれ、強力な魔法が使えるものから力の弱いものまで力が安定しなかった。

 だが印刷することで精緻な魔法陣を大量に作れるようになったのだ。

 海洋貿易でこれが得られたおかげで魔法陣の量産が行えるようなったのは正に行幸と言えよう。



「そしてこの杖こそベスウスの切り札です」



 私達が持つイチイの杖は私が試行錯誤の末に見つけた理想の、そして至高の魔具だ。

 他のどの植物よりも魔力の伝導率が良いイチイの木を杖とし、その灰を溶かしたインクを使うことで魔力への抵抗を減らした魔法陣の作成にも成功した。

 つまり今までに無い強力な魔法を使えるようになったのだ。



「それでは諸君。誇らしき我が血族の諸君。我等の技術は正に革新的だ。この技術の革新こそがこれからの戦争の模様を塗り替えるであろう。

 新しい戦場が来る。新しい武器に新しい戦場。

 諸君等と共にその夜明けに立ち会えるのが非常に嬉しく思う。

 それでは諸君。親愛なる我が一族の諸君。

 始めよう」



 その言葉と共に一人の魔法使い――妹が杖を振りかぶった。



「水よ! 仇なすものに雹雨となりて降り注げ! 『グラキエス』!」



 その言葉と共に樽の中の水が宙に浮き、鋭い氷となって飛んでいった。

 そして通信陣から「遠弾、右五十、下げ九十修正射、続けて撃て」の報告があがる。

 その修正値を元に次の魔法使いが修正射を放つ。

 後はこの繰り返しだ。



「…………」



 チラリと宰相閣下を見ると今までの笑顔が嘘のような鋭いまなざしで我が一族の者達を凝視している。

 きっとどう使えば王国のためになるのか計算しているのだろう。

 益になればよし、だが害になれば――。



「いかがですかな閣下?」

「素晴らしいの一言です。はい。現王様もこの働きにお喜びすることでしょう!」



 一瞬で笑顔を取り戻した宰相に頭を下げる。

 それにしてもこの男は相変わらず表情を隠すのが上手い。こちらは舌を巻くばかりだ。



「我らの忠節は王国にあり。我らの血は最後の一滴まで王国に注ぐものであります。この血が王国の発展に寄与するために我らは修練を積んでおります」

「頼もしいかぎり。これで来る西方戦役も安心して迎えることが出来ます。はい」

「まだ戦になるとは限りませぬが、その時は第一王子であり、西方総大将のエイウェル様の下、微力ながら国のためにご奉仕いたします」



 あの病的に痩せた王子を思い出すと苦い味が口内に広がるようだった。

 当初はこのタウキナ攻めをベスウス、ノルトランドの両大公国で行うつもりであったが、まんまと嵌められた。

 宣戦布告の証文を自ら作るとエイウェル様が申した時点で警戒しておくべきだった。

 こんな事に気がつかないとは、私も歳を取った。

 だが、老兵には老兵でやることがある。

 まずは忌々しい敵の観測陣を粉砕する事だ。



作中に出てくるイチイの木というのは実在します。


イギリスだとロングボウの材料としても有名です。

北欧神話やヨーロッパの文学でもイチイと訳される樹木が出てきます。


またゲド戦記の大賢人ハイタカが持っている杖もイチイです。


あ、法撃は誤字では有りません。魔『法』攻『撃』です。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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