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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
34/126

観測射撃

ラートニル周辺図

挿絵(By みてみん)



「本作戦の鍵は諸君等に攻略してもらう二〇二、一〇四高地にある。諸君等がこの二つの高地を攻略することにより砲兵は丘の影からラートニルを一方的に攻撃できるようになるのだ。さすれば関所での敗勢を覆し、戦争の帰趨をひっくり返すことが出来る!」



 俺の訓示を真剣に聞く兵士達の全ての顔を見るように視線を動かす。

 俺の命令で相手を殺し、相手に殺されるかもしれない彼等の顔を出来るだけ覚えるように視線を動かす。

 死地に赴かせるかもしれない規模で言えば二個大体。第一連隊第四大隊と第二連隊第二大隊の面々に向かって視線を動かす。



「諸君等は戦の帰趨を左右する重要な任務についてもらう。詳細については各大隊長より説明があるので割愛するが総員、命を無駄に散らすことを禁じる。戦はまだ始まったばかりであり、ラートニル攻略の後にベスウスの関所、そして敵の国土を攻めねばならない。東方には余るほどの戦力が無い事を自覚し、己にしかまっとうできない任務に励んでくれ。以上」

「気をつけ! 旅団長殿に対し敬礼。かしらぁ! なか!」



 それに答礼すると副旅団長であるユッタ(連隊副官だったが、俺が第一連隊長兼旅団長をしているため昇格した)が「旅団長訓示終わり。旅団長退場」の声と共に俺は二個大隊の脇に移動する。


 最初は――それこそアムニスの時は緊張したものだが、もう物怖じすることなく訓示が行える自分が居ることに気がついた。

 これを成長と言うべきか、慣れと言うべきか。



「以後、部隊は大隊長の指揮の下、作戦に当たるように。以上別れ!」



 「別れます」の唱和を響かせた彼らの前からユッタが戻ってきた。

 それと入れ替わるように大隊長達が前に出て作戦を伝えるのを確認してから俺たちは司令部に戻る事にした。



「丘を取って塹壕陣地を築くのは良いのですが砲兵とどのように連絡を取るつもりですか?」

「旗を振ってもらおうと思っている。砲兵指揮官が持っている赤い旗があるだろ? それを大隊に貸して頭上に掲げれば遠弾、下なら近弾っていう風に合図してもらう」



 もっと複雑な手旗信号を用いて着弾観測を行う手もあると言えばあるが、短時間でそれを修得できる見込みがなかった上に俺も手旗信号なんて知らない。

 前世で呼んだ『米海兵隊が教えるタリバンから命を守る二百のテクニック』にも載っていなかった。

 そのため大雑把な通信しか行えないが、仕方ない。

 一番良いのはタイムラグがほとんどない無線機を用いた双方向通信だが、そんなものを作る知識も技術もない。魔法でそういう技術は無いのだろうか?



「敵は打って出てきますか?」

「たぶん来るだろうな」



 猟兵の軍服は目立つから丘に塹壕を掘っていれば敵も気がつくだろうし、砲撃が始まれば目として機能している高地を奪いに来るかもしれない。

 だから敵の襲撃を防ぐために塹壕を掘らねばならないのだが、それをすると軍服が目立って敵に露見する。

 なんだか救いの無いループだ。やっぱり軍服は地味な色合いが一番だ。冬服を着る前にケヒス姫様に上奏してやる。



「もし敵が攻めてきた場合は?」

「敵の数にもよるな。時と場合によっては予備戦力の投入もありえるな」



 その予備戦力を率いらせてくださいと言わんばかりにユッタの目に力が篭る。

 だが連隊や旅団の指揮を考えるなら前線に出て戦死するリスクを減らすべきだと思う。

 幕僚の誰かが戦死すればそれだけ指揮が滞って戦況が停滞してしまい、敵に隙を見せることになる。

 それに彼女がアムニスの時のように傷つく事も恐ろしい。

 出来るだけ彼女には危険な任務を避けて欲しいのに。



「とりあえず砲兵陣地に行こう。一通り視察を終えたらラートニル攻略について意見をヨスズンさんに出しに行こう」



 とりあえずユッタと別の任務を遂行することで彼女を忙殺させて変な事を考える時間を奪うしか俺には出来ない。

 早足で俺たちは砲兵陣地に向かう。

 司令部前に設置された砲兵陣地はすでに大砲の展開が終わって観測所の設営を待っているだけのようだった。

 そこで陣頭指揮を執るローカニルを見つけた。



「おーい。首尾はどうだ?」

「おや? これはこれは」



 意味深な視線を無視して俺は砲兵陣地の築城状況を聞く。



「昨日の内に陣地の選定をした甲斐がありました。整地も終わりましたし、弾薬の集積所の設営も直に終わりそうですな」

「一〇四高地の方は?」

「夜明けと共に設営隊を派遣しました。昼過ぎには設営できるんでは有りませんかね?」



 ただ――。


 ローカニルは先ほどのニヤついた顔から困惑を隠せない顔で俺に聞いた。



「ラートニルの街を砲撃するので?」

「……そうだ」



 城門を砲撃で撃ち破り、部隊を前進させる案もあったがケヒス姫様が朝になって却下したのだ。



「街を占領したとして敵の魔法攻撃を受ければ痛み分けになるだけだ。すでにラートニルの結界は無い物と同然だからな」



 こちらに防御手段が無いのだからわざわざラートニルを占領しても魔法攻撃で被害が出るだけ。だから街を占領するのではなく、街を占領している敵兵を攻撃するために街ごと砲撃するよう俺は命令を受けた。



「しかしですな。民間人はどうするおつもりで?」

「疎開している事を信じるしかないな」



 感情を押し殺した声で俺はローカニルに言う。

 頭の中ではケヒス姫様の作戦がもっとも効率的なのは分かっている。

 前世でも大砲の進化が城壁を陳腐化させたのだ。

 ならば敵に損害――出血を強いるなら丘の影から敵陣であるラートニルを攻撃するのが良い。



「どうしても撃たねばなりませんか?」

「どうしてもだ」



 人としてローカニルは正しい。だが戦争として考えれば間違っている。

 どちらが悪で正義が見るまでもない。


 だが正しいだけでは戦に勝てない。

 俺たちは東方諸族を守るために――東方の自由を得るために勝たねばならない。

 例え体の良い言い訳だとしても勝ちさえすれば犠牲は報われる。

 ならば勝つための最善を尽くさなければならないだろう。



「砲撃は観測陣地の築城後に行う。砲兵は所定の作戦を遂行した後、別命あるまで待機せよ」



 ローカニルの言葉を待つことなく俺たちはきびすを返して一〇四高地付近に築城中の砲兵陣地に向かう。

 街道をまたいだ先にある一〇四高地付近の砲兵陣地に行く途中、街道から来るであろう敵兵を迎え撃つための一夜城の築城も行われており、人通りの途絶えた街道とは思えない喧騒が聞こえる。



「あれは……騎士団の方でしょうか?」



 ユッタの指し示した方角には街道を哨戒していると思われる騎士団が見えた。

 昨日の作戦会議の時にケヒス姫様は騎士団が砲兵陣地の守備に力を貸すよう言っていたが、本当に力を貸してくれるのか?

 街道に出るとそこには大きな木が何本も倒されて街道を塞いでいた。敵の侵攻を遅らせるための処置だろう。

 それらを超えてようやくお目当ての陣地にたどり着く。

 そこに艶やかな金髪に銀色に輝く鎧を着込んだケヒス姫様とその従者であるヨスズンさんを見つけた。



「ケヒス姫様」



 俺が声をかけると機嫌のよさそうな赤い瞳が俺を見る。



「うぬらも視察か」



 どうやら今回のラートニル攻略に必要不可欠な大砲の設営を見守っていたらしい。

 だが兵達にとっては冷血姫に見守られると言うより監視される気持ちだったのだろう。

 砲兵達は自身の背後からの視線に緊張しているのが伝わってくる。


 その砲兵達はどうやら三手に分かれて行動しているようだ。

 一つは大砲を設置するために地面を整地している班、一つは砲弾や装薬を運搬する班、一つはロープで網を作っていた。



「どうして網を作っているんですか?」



 俺の疑問を代弁するようにユッタが呟いた。



「あの網に草木をつけて大砲の位置を隠匿するのだ。昔、盗賊狩をしている時に盗賊の連中がああして網に草木をつけて奇襲してきた事があったからな。効果は絶大だ」



 なるほど。偽装網という事か。


 と、言うか『効果は絶大』って盗賊から攻撃されているじゃないですか。



「誰にでも誤りはある。例え王であろうともな」



 現王の誤りは余を敵に回したことだと誰も聞いていない事をケヒス姫様が言った。

 よくもまあその憎しみを抱き続けられるものだと関心してしまう。



「いつ頃、攻撃できるのだ?」

「観測陣地と砲兵陣地の築城状況によりますが、概ね昼過ぎには砲撃出来るかと」

「待ち遠しいな」



 キラキラと輝く瞳はとても心揺れるが、やっている事がやっている事なので正直引いてしまう。



「しかし、今朝下されたラートニルの砲撃の件ですが……」

「街ごと吹き飛ばせと言ったろう」



 ダメだ。説得出来る気がしない。

 困ってヨスズンさんに助けを求めようかと思ったが、ヨスズンさんが力なく首を振った。

 ヨスズンさんもヨスズンさんで説得に当たっていたようだ。

 こうなるとラートニルを砲撃するより効率的に敵を倒せる作戦を考えなくてはならない。

 だがそんな名案が思い浮かぶ気はしなかった。



「よし。次の視察に行くぞ。ヨスズンは本営で待機せよ。うぬは付いてまいれ」



 俺とユッタは顔を見合わせてため息をついた。拒否権は無いからな。



「して、どちらに行かれるので?」

「とりあえず丘を登るぞ」



 ケヒス姫様が指し示した一〇四高地に自身の顔が引きつった。



「最前線ですよ。敵の攻撃を受けるかもしれないのでお勧めしません。それにまだ築城中でしょうし、将官が行けば兵達が気を使って作業の邪魔になるかもしれません」



 それに最前線の視察で敵の奇襲を受けるかもしれない恐怖心が無いと言えば嘘になる。

 今でもあの軍馬の轟きが耳の奥底に残っている気がしてしまう。



「奇襲をかけようにも丘の上に居れば麓の動きなど一望に収められるだろう。案ずる事は無い」



 考えてみれば確かに敵の動きを逐一観察できる高地ならば奇襲を受ける心配も無いし、飛び道具の射程も延びる。

 そして相手は丘を登らなくてはならない。これが相手には大きな負担になるはずだ。



「分かりました。しかし長居は禁物です」

「分かっておる。亜人に背中を刺されてはたまらんからな」



 「行くぞ」とズンズンと歩き出すケヒス姫様の後姿を慌て追う。

 緩やかな坂道(道は無いが)を上りながらユッタが口を開いた。



「殿下、アレは?」



 ユッタの指し示した先には街道を走る騎馬を差していた。数は四騎ほどか。

 軍服ではなく鎧を着ているのを見ると騎士団のようだ。



「威力偵察だ。敵戦力を確認せんとな。本来であればうぬのケンタウロスを使いたい所だったのだがな」



 そのような打診は受けていないが、たぶん打診されても断っていただろう。



「旅団の騎兵戦力は一個中隊分しかいませんので砲兵の護衛で手一杯ですよ」

「フン。一夜城を築いてなお戦力が足りぬか。なら余の騎士団とて戦力不足している」



 これ以上、この話題を続けていては火に油どころか火薬を投げ込むことになりかねない。

 そう思って口を閉ざすと木々のざわめきと築城を行う人工的な響きの二重奏が聞こえてきた。



「うぬは何に脅えているのだ?」



 振り返ったケヒス姫様は笑っていた。凄惨に嗤っていた。



「…………」



 俺は何も言えなかった。



   ◇ ◇ ◇



 ラートニルの街から黒煙が上がる。

 それに合わせて一騎のケンタウロスが丘の上に築城された塹壕陣地に向けて駆け上がってきた。

 コレット・クレマガリー中尉だ。

 先の単独行動の罰として今回は砲兵陣地と観測陣地の伝令を命じている。



「クレマガリー中尉、ただ今」

「砲兵参謀ローカニルに伝令。弾着よし。効力射始め。以上」

「復唱、します。弾着よし、効力射、始め」



 肩で息する彼女に同情の念が沸かないわけではないが、一応罰として伝令を行わせているのでここは良心に目をつぶってもらうしかない。

 まあ緩やかな坂道とはいえケンタウロスに丘を往復させるのは中々、酷だ。それに足腰が故障してしまえば戦線を離脱せざるを得ない。



「砲兵司令部に伝令後は任を解く。原隊に復帰してゆっくり休め」

「ありがとう、ございます」



 ふッと短く息を吐いてコレット中尉は駆け出した。

 さすがケンタウロス族。すごいスタミナだ。



「あれは王都から帰還したときに出迎えてくれた亜人か?」

「えぇ。そうです」

「よく手懐けたものだ。ケンタウロスも誇り高い一族と聞くが、違うのか?」



 同じ誇り高い一族であるエルフのユッタは小首をかしげて苦笑いした。

 そうしていると丘の麓から地を揺らすような砲声が響いた。

 今では弾着を調整するための修正射であったため一門づつ砲撃していたのが効力射となったために全門で斉射を行っている。

 頭上を黒い塊が空気を裂くような音を引いて飛び去り、それがラートニルの街中に着弾して黒煙を上げる。

 だがそれは着弾した範囲に限られて街全体を攻撃しているとは言えない。

 ここで球形弾の弱点が露呈したと言って良い。

 榴弾のように細やかな鉄片が広範囲に降り注げばそれだけ効果範囲は広がる。だが球形弾では着弾した周辺しか被害を与えられない。

 まあ無い物は仕方が無い。



「あぁ実に、実に良い」



 ほんのりと頬を上気させ、艶かしい声がケヒス姫様の口から漏れる。

 蕩けそうなその瞳はいつもの嫌悪さを微塵も感じさせないばかりか、その赤目に吸い込まれそうになる魅惑があった。。



「噴煙を上げる大地の荒涼たる景色こそ余の心を癒してくれる。実に……。実に美しい」



 凄く、凄く悪役ですケヒス姫様。


ぶっちゃけますと、悪逆非道なケヒス姫様を書くのが楽しいです。


い、いや、感想でケヒス姫様の正確を矯正――もとい成長させたいとはかねがね思っております。


ただプロットの関係でもう少し先か、次の章には成長させたいと考えています。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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