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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
32/126

失陥 【リベク・イサク】

 人々の喧騒が響く街の頭上に空気を切り裂くような氷塊たちが降り注いだ。

 ラートニル中心に建つ教会の窓(ステンドグラスがはめられていたが、割った)から先ほど着弾した氷塊の煙が見えた。



「一粒の氷塊から無数の氷塊まで何でもござれ、か」



 思わず悪態をついてしまった。


 だが複数人の魔法使いが交互に攻撃を行っているのか、氷塊の降り注ぐ頻度が上がっている。

 その分、攻撃の量が減ったように思う。

 だが一粒の氷塊と比べて被害の受ける範囲が格段に広くなっている。

 例えるなら一粒の氷塊は連隊の使う大砲と同じで、一点を攻撃するものだろうが、対して無数の氷塊は面を攻撃するためだろう。

 連隊の火器を見て戦争は変わると思ったが、まだまだ戦争は変わって進化していくというのか。



「そろそろ来ますかね」



 私の背後に控える部下が熱気の篭る教会の中で呟いた。

 セイケウの時から付き従ってくれる十名の部下達。

 今回の殿しんがりを勤める私の部下達。

 彼らにも私の責任の一端を担わせてしまったことに罪悪感がわいてしまう。



「何度も言うが、キリの良い所で貴様らは降伏しろ。良いな」



 私の命令に部下達は頷いてくれるが、その命令を遵守しようとは思っていないようだ。

 なんとまあ。莫迦な部下を持ったものだ。

 その莫迦さに感謝を捧げていると、城門から盛大な轟音が響いた。



「城門が破れたか」



 すでに城門の防備は放棄している。現有戦力はここの十名だけなのだからそもそも守れるはずが無いが。



「近衛騎士団は上手く脱出できたでしょうか?」



 心配そうに呟く部下に自分の心配をしたらどうだ? と言葉をかけようと思ったが、辞めた。

 この場に居るだけでその質問はただの愚問になる。



「シブイヤ側の城門を開け放っているが、ラートニルを逃げ出す市民も居るだろう。おそらく混雑して撤退もままならないかもしれない」



 それに撤退する近衛騎士団をベスウスが見逃すとは思えない。

 しかし私達がここで敵を撹乱できれば友軍が逃れるチャンスが生まれるかもしれない。



「団長! 敵です。正面!」



 薄暗い教会の中からはまだ日のあるラートニルの大路がよく見える。だが逆に影に隠れる私達を敵が見つけるのは至難だろう。



「三十ほどか」



 大路を一列の横隊に並んだ重装歩兵が鎧を響かせて行進してきた。

 その手には長槍が握られ、傾きだした日差しが彼らを茜色に染めている。



「射撃用意」



 なけなしの小銃に火薬と弾丸を装填する。

 教会に待ち伏せして敵が接近すれば小銃の射撃を喰らわせる単純な作戦だが、建物に篭って小銃を発射される恐ろしさを私は知っている。

 セイケウの一夜城ではないが、この教会を防衛拠点に定めて敵に抵抗すれば敵の騎馬突撃を受けずに敵と交戦でいる。



「構え!」



 窓や開け放たれた扉に小銃を構える。日差しに小銃が触れないように注意しつつ敵に狙いを定める。

 距離は百メートルくらいか?

 ジリジリとその時を待つ。

 窓を割ったとはいえ、教会の中に篭った熱気に汗が流れ落ちる。

 敵との距離は五十メートルくらいか? 敵はまだこちらに気が付かずに行進している。


 今だ。



「撃て!」



 引き金を引くと撃鉄というものが勢い良く火蓋に叩きつけられてその衝撃で銃口が天を向いてしまった。

 だが部下の撃った何発かは敵に命中したらしく、血しぶきを上げて倒れる者や、悲鳴を上げてもがく者が出た。特に悲鳴を上げる兵士は良い。

 その悲鳴が部隊に恐怖を撒き散らして士気が下がる。



「行くぞッ!」



 私は小銃を教会の床において抜剣した。



「今こそ我らの忠義をタウキナに知らしめる時! 吶喊とっかん!!」



 教会の中から素早く重装歩兵のもとに距離をつめる。

 幸いに敵はまだ奇襲を受けた混乱を脱し切れていない。好機だ。

 あの長槍が構えられてしまえば剣だけでは太刀打ちできない。

 だから敵が体勢を整える間に飛び込む。


 剣を一閃、振るう。


 小銃の射撃で片腕から血を流していた兵を袈裟懸けに斬りつけ、返す剣で隣の兵士に切り込む。

 接近戦となれば長槍など取り回しの聞かないただの棒だ。



「団長に続けッ!!」



 遅れて駆けつけた部下達も剣戟に加わる。



「敵は少数だ! 臆するな! 槍を捨て――」

「はあああッ!!」



 敵の指揮官の顔面に拳を叩きつけて黙らせてから首を断ち斬った。

 指揮官を斬った勢いを殺さないようにふり抜いた剣を逆手に持って柄頭を敵兵の鳩尾に叩きつける。

 呼吸が乱れたその兵士に剣を突き刺して息の根を止め、蹴り倒すように剣を引き抜く。



「団長! 重騎士です!」



 部下が指し示した先には十騎ほどの騎士達が見えた。



「槍を拾え! 近づかせるな!」



 敵兵が落とした血に濡れた槍を拾う。前の持ち主はもう振るえないのだから彼らには必要ないだろう。



「構えろ!」



 重装歩兵との戦闘で生き残った部下は六人か。それぞれが長槍を構えて方陣を組もうとするが、隙間だらけのそれを方陣と言っていいのか疑問だ。

 このまま突撃されれば瞬く間に騎士に蹂躙されるだろう。


 そろそろ潮時か? 部下達を降伏させるべきか?


 そう思案していると、銃声が響いた。



「え?」



 大路の脇道からケンタウロス達が飛び出してきて喊声を上げながら重騎士に斬りこんで行く。


 先ほどのケンタウロス達か!?


 銃撃で混乱した敵の重騎士達はあっけなくケンタウロス達に討ち取られていく。

 人馬一体――この言葉が文字通りの意味をしているケンタウロスにとって重い甲冑を着込んだ騎士では相手にならないようだ。



「大丈夫ですか?」

「助太刀感謝する!」



 それにしてもケンタウロスの隊はすでにラートニルを脱出したものだと思っていたのだが……。



「実は門が混んでいて脱出が難しそうだったのでね。それに――」

「それに?」

「アイツの意見具申があったので」



 隊長のケンタウロスが顎で指した方向には女性のケンタウロスが小銃に弾をこめていた。

 そのケンタウロスが私の視線に気がついたのか、弾込めを終わらせると右手を上げる礼をしてくれた。



「コレット・クレマガリー中尉です」

「私はイサク。リベク・イサクだ。助力に感謝する」



 亜人に助けられたのは少し癪だと思う自分が憎らしい。

 この窮地を救ってくれた相手をそんな風に思ってしまう自分が嫌になる。



「危険を冒してまで、どうして助けてくれたのだ?」

「それは……」



 どこか気恥ずかしそうにケンタウロス――クレマガリーが呟いた。



「中隊長が言っていたように城門が混雑していて脱出に時間が掛かりそうでしたし、それに、アタシ達にはあんたらを助ける力があったから」



 見殺しに出来なかった。


 彼女はそう言ってくれた。



「確かに、徒歩の人間より強そうだ」

「ははッ。乗馬している人間よりも強いですよ」



 快活に笑う彼女に毒気が抜かれた思いだった。



「団長! 新手です!!」



 部下の報告に大路の先を見れば再び敵の重騎士が迫ってくる所だった。



「槍を構えろ!!」

「射撃用意!!」



 槍兵である私達の後方にケンタウロス達が横隊を組んだ。背の高い彼らなら背後にいながら銃撃が出来る。



「構えッ!」



 ケンタウロスの隊長の掛け声が掛かった。敵の突撃を警戒しようとしたが、敵の馬脚が止まった。

 数は二十騎ほどか。

 その中の一人が前に出てきて兜を脱いだ。



「死兵か。タウキナ騎士の働き、誠に見事なり!」



 以前、まだベスウスと交流があった時に見た顔だ。


 確か――。



「べ、ベスウス大公!」



 ベスウス大公国を納めるシューアハ・ベスウス侯爵だ。



「大公の任は既に息子に譲ってあり、今はただの従者だ」



 白くなった眉の下の目が優しげに笑った。

 だが、優しげな表情をしているが、奴は敵の大将格。それにベスウス家は多くの魔法使いを輩出している名家。ここで討つべきだ。



「敵将だ! 討ちとって名を上げろ!!」



 ここまでタウキナ近衛騎士団がやられたのだ。敵将を討ち取らねば死んでいった同胞に示しが付かない。

 私の叫びに隊長が口を開いた。それと同じタイミングでベスウス大公が細長い棒――杖を構えて何か言った。



「撃てッ!!」



 その号令と共に小銃が火を吹いた。

 だがその弾丸は突然現れた氷の壁によって敵に届くことは無かった。



「ふむ。火矢を操る亜人の戦士。噂の連隊、か。」



 氷が目に見える速度で融解していく。魔法の類か。

 だが、小銃の一撃を受け止める氷壁を一瞬で作り出すだと!? ありえない。

 そんな夢物語のような魔法をこの老人は使ったのか?

 ベスウス家の元当主の力に背筋が震えた。

 だが震えているだけでは何にもならない。



「中隊長……」

「なんです……?」



 氷壁の魔法に驚いているのか、若干声が震える隊長に私は言った。



「引いてくれ」

「ケンタウロスに逃げろと!?」



 隊長の部下の一人が叫んだ。ケンタウロスは戦好きの勇ましい一族と聞いていたが、本当のようだ。



「『貴公』の任務は偵察だったな。この事態を姫殿下にお伝えして欲しい。我らと共に逝くことは無い」



 その言葉に隊長は逡巡していた。

 せっかく彼らに助けてもらった命だが、どの道ラートニルで果てるつもりだったのだ。

 時間が早まったか、遅まったかの違いだ。



「共に逃げる道はないんですか?」



 クレマガリーの声に私は微笑んだ。



「生憎、ケンタウロスに乗馬する趣味は無い。出来ることなら貴公達とくつわを並べたかった」

「……アタシ達はくつわはいりせんよ」



 それもそうか。


 だが、どちらにしろかなわぬ夢だ。いや、彼ら彼女らが戦いに身を投じていればそのうちあの世で会えるかもしれない。

 その時こそ共に戦野を駆けたい。



「……中隊長」

「分かった。反転! 本隊と合流を果たすぞ!!」



 勇ましい蹄の音と共に彼らが反転する。



「行け!! 戦友」



 彼らの馬脚が遠ざかる。

 出来るだけ遠く。東方辺境騎士団のもとに帰り着くだけの時間を我々が稼がねばならない。



「亜人との友情か? 面白いものを見せてもらった。騎士の情けをかけて貴様らを打ち破ってからケンタウロスを追うとしよう」



 ベスウス大公はそう言って一歩下がり、周りの騎士達が前進してきた。

 すでに勝った気でいるのか。

 確かに情勢は絶望的だ。だが、この場に敵の大将の一人がいる。

 それも強大な力を秘めた大将が。

 そしてその大将を打てるのは我々しかない。


 これが、天命なのかもしれない。

 セイケウの会戦で敗走し、裏切り者として生き残った理由。

 それが、今なのかもしれない。

 今、ベスウス大公を討つことこそ、私が生きている理由。



「我が名はタウキナ近衛騎士団団長リベク・イサク。いざ、参る!!」



 槍を低く構えて私は走り出した。部下も喊声を上げて走り出す。

 その叫びに騎士達が歩みを止めて受けに回った。



「邪魔だ!」



 一人の騎士が馬上から槍を突いてきた。

 それを自身の槍で跳ね上げてかわし、懐に飛び込む。槍を手放して地面に落ちていた重装歩兵の剣を拾って騎士の脇に突き立てる。

 脇の下には太い血管が通っているからこれだけでも致命傷のはずだ。



「つ、強い……」



 落馬してきた騎士の手から槍を奪い、馬の影に隠れて槍を地面に突き刺して立ち止まった馬の鼻っ面から迂回して槍を構えていた重騎士の側面をつく。


 これで二人目。



「ああッ!!」



 悲鳴と共に騎士の身体が傾く。だがその悲鳴と重なるように部下の悲鳴が聞こえた。

 私はその声がした方向に一瞬視線を走らせてしまい、その一瞬の内に重騎士の凶刃が私を襲う。


 いつの間に抜剣したんだ?


 だがその疑問も剣速に圧されてすぐに流れて行った。

 かろうじて剣で防ぐ。だが関所での会戦で受けた左肩の痛みで敵の剣を十分、受け止めることは出来なかった。

 バックステップで騎士と距離をとり、中段に剣を構える。



「中々やるようだな!」

「舐めるなよ!」



 腰を低く落として切り込む。敵は私の動きに合わせて剣を横なぎに振るった。それをしゃがみ――倒れるようにしてかわす。

 足から体勢を崩して地面をこすりながら騎士の馬の下を通る。馬に蹴られてお終いだと脳内で警告が出るが、一々敵を相手していてはベスウス大公にたどり着く前に私が倒れる。

 だから馬の下をくぐり抜けた。頭上から騎士の驚嘆の声を聞きながら素早く立ち上がって剣を構えてベスウス大公の元に走る。

 すでに護衛の騎士を振り切った。敵が浮き足建つのを感じる。もらった!



「『グラキエス』!!」



 その叫びと共に私の胸に何かが当たった。その物はタウキナ産の鎧を破り、私の胸を打ち抜いて背中から飛び出した。

 走りこんでいた勢いも、そこで止まった。ただ、私は立ち止まって胸に手を当てた。



「血?」



 何をされたのか分からなかった。

 だが籠手にこびりついた血は明らかに流れたばかりのもので、重装歩兵や重騎士のそれではない。

 急に意識に黒い靄が掛かってきた。思わず膝を付いて地面に刺した剣に押しかかってしまう。

 胸元からベスウス大公に視線を向ければ細長い杖を私に向けていた。



「やはりイチイの木から削りだした杖は魔力の伝動力が高いからより強力な魔法が『撃てる』か」



 気がつくと部下達の声が聞こえない。血が出すぎたせいかと振り返ると部下は重騎士達にすでに蹂躙されていた。


 どおりで静かなわけだ。

 すでに私しか居ないのか。

 だが、ここでベスウス大公を討たねばならない。こんな強力な魔法が使える敵将を放っておけば多大な犠牲がでる。


 だから膝を屈しているわけには行かない。



「まだ立つか」

「タウキナ騎士を舐めるなッ!!」



 すでに足に力が入らない。いや、足の感覚が無い。一歩踏み出すだけで身体が崩れ落ちそうだ。

 だが諦めるわけには行かない。

 裏切り者と謗られた私だが、私の愛するタウキナのために屈するわけには行かない。

 剣を構えて遮二無二走る。一歩、二歩と。



「無駄な足掻きをッ!!」



 背後から何かが打たれた。左の腕に激痛が走る。視線だけ向ければ投げナイフが刺さっていた。貫く余裕など今は無い。



「まだ走るか」



 ベスウス大公の顔がゆがむ。良い顔だ。



「くらえッ!!」



 ベスウス大公との距離はあと二十メートルほど。痛む腕を無視して剣を投擲した。



「――ッ! 『グラキエス』!!」



 氷の障壁と剣が激突して鈍い音を立てた。その瞬間胸に新しい痛みが生まれた。

 背後から刺された槍が見事に私を貫通している。

 これじゃ前に進めない。喉の奥から熱い液体がこみ上げてきて思わずむせてしまった。

 吐血か。意識を犯している靄もだんだん濃くなってきた。この分だと直にアーニル様の下に向かう事になりそうだ。

 あのお方は私の裏切りを許してくれるだろうか?



「勇戦天晴れだ」



 ベスウス大公が氷壁を溶かした。

 せめてアーニル様に手土産を持っていかねばなるまい。そして私の天命を果たさねばならない。


 左腕に刺さった投げナイフを抜き放つ。

 霞む視界にベスウス大公の驚愕した顔が見えた。どうやら魔法を使った直ぐ後は再び魔法を使えないようだ。



「お覚悟ッ!!」



 それを渾身の力で投擲する。



「小癪なッ!」



 ベスウス大公の悲鳴とも怒号ともつかぬ声に私は満面の笑みを浮かべた。

 投げナイフが鋭い弧を描いて飛翔する。見る見るベスウス大公の顔にそれが吸い込まれて――。



「――ッ! く。天運は我にあり、か」



 ベスウス大公の頬をかすって投げナイフが飛んでいった。


 あぁ。なんと無様な最期だ。


 敵将も討てず、守るべきラートニルも失陥した。

 私は無能な裏切り者だ。

 まぶたが重い……。残暑が残っているは……のに身体の芯……い。

 あぁ申し訳……りません、……ウレーネ様。どうかこ……甲斐ない家臣をお許……ださい。

 ……意識……。暗……。……聞こ……。


残酷な描写があります。お気をつけ下さい。


そう言えばなろうでは人名のついたキャラの戦死率が低い気がしますが、読者の皆様は人名のついたキャラが死ぬのは気が引けますか?


※小説に繁栄される訳では有りませんのであしからず。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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