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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
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強さ 【コレット・クレマガリー】



「いいのかコレット? 独断で城門を出て」



 副小隊長を務める幼馴染のヤニックが不安げな表情で聞いてきた。



「別に小隊長を変わってもらっただけだから大丈夫だって」



 アタシは第一中隊の第一小隊長だが、今回は第二中隊の第一小隊長だった奴に無理を言って代わってもらった。

 隊が変わったとはいえ皆顔馴染みだ。連携が取れないことは無いだろう。


 それにしてもだいぶ長距離を走った。

 背中に背負った背嚢や小銃などの重さをかみ締めながら長い道を走るのは気持ちが良い。

 全身を駆け巡る血流の心地よさに笑みが浮かぶ。



「なんか、余裕だな」



 ヤニックが呆れを現した顔で聞いてきた。

 階級的にはアタシが上だが、幼馴染に敬語で話しかけられるほど気持ちの悪いものは無い。

 『です』『ます』で話しかけられたときは鳥肌が立った。



「これから戦なんだ。血が滾るだろ?」

「そりゃ、そうだが……」



 どこか釈然としないヤニックに首をかしげていると、「不安じゃないのかよ」と問われた。


 はて。

 何を不安に思う?



「お前、軍規違反だぞ? また営倉にぶち込まれても知らないからな」

「はいはい。まあ営倉に入ったら渋柿親父ローカニルの小言を聞かなくて助かる」

「何かと砲兵参謀殿とコレットはぶつかるが、なんでだ?」

「あのドワーフは一々考えながら戦えっていうのが気に食わないんだ。戦ってのはもっとこう、本能的だと思うわけよ。鍛錬した己の身一つで相手と競い合う。これが戦ってものじゃない?」



 そうかもしれないが――。


 ヤニックはまだグチグチ言っているが、連隊ここの連中は戦を難しく考えすぎていると思う。

 そもそも闘争自体が生き物の本能のようなものなのだからもっと単純に考えるべきだ。



「中隊止まれ!! 第一小隊以外は小休止! 第一小隊は警戒陣を敷け」



 中隊長の号令で仲間たちが停止して行く中、アタシの部隊は小隊よりさらに小さい班にわかれて周囲の警戒に付く。

 背中に回していた短小銃をいつでも撃てるように胸の前で保持して周囲の気配を探る。

 すでに小銃には弾丸を装填してあるから扱いには気をつけなければならない。



「コレット。確かに俺たちは一対一の戦いを美徳だと思っているが、オシナー将軍の話しを聞いたろ? この小銃が普及すれば正面突撃なんて愚の骨頂だぜ。蜂の巣だ」

「ヤニック副官。お前は別方向の警戒だろ? 軍規を守れ」



 顔をしかめたヤニックの尻を叩いて自身の警戒すべき方向に向かう。


 ラートニルまであと二時間ほどの距離だからまだ会敵はしないだろうが、うずうずする。

 こんな所で道草を食っているならさっさとラートニルに行って戦いたい。

 そんなそわそわしたアタシに気を使ってか同じ班員が距離を置いてアタシについてくる。それこそ気を紛らわせるものが無くなって余計焦燥に焦がれるだけなのに。


 ガサリ。


 反射的に小銃を音のした方向に構える。

 会敵はまだ先じゃないのか!?

 音がした茂みに小銃を構えつつ撃鉄を起こす。



「ォィ! オイ!  オイッ!!」



 小声で仲間を呼ぶつもりがいつか大きな声になってしまった。

 これじゃ仲間だけじゃなくて敵にも聞こえている気がする。

 急に心臓の鼓動が激しくなる。この鼓動の音も敵に聞こえているかもしれない。

 いや、そもそも鼓動と呼吸に合わせて照準がぶれる。これじゃ狙っても当たらないぞ。しっかりしろアタシ。



「どうしたんです? 小隊長?」

「バカ! 早く来い。何か居るッ!!」



 その声に部下にも緊張が走る。

 班員のうち三人が近寄ってきて、残りの班員がアタシたちの外周を警戒しだす。

 再びガサリと茂みが動いた。思わず発砲しそうになったが、指が凍ったように動かなかった。


 生唾を、飲み下す。



「だ、誰だ!? 敵か!?」

「それじゃ答えませんよ!」



 近寄ってきた部下がそんな事を言うが、それじゃなんて言えば良いんだチキチョウー。



「誰だって聞いているんだ! 答えなければ撃つぞ!!」



 だが答えは無い。本当に撃つか? だがまだ指が凍っている。

 またガサリと茂みが震えて黒い影が飛び出してきた。



「うあッ。あ?」



 出てきた黒い影は、ただのウサギだった。

 思わず大きなため息がもれる。



「これじゃ、誰か答えられませんよ」



 薄ら笑いを浮かべる部下の頭を引っぱたいて再び警戒に戻る。

 撃鉄に指を添えてから引き金を引いて着火しないように慎重に撃鉄を落とす。

 それを半分ほど引き起こし、火蓋を閉じる。


 それにしてもなんて赤っ恥をかいてしまったんだ。

 処女のように(処女だけど)大いに焦ってしまった。


 なんともみっともない。


 力で一族の信望を集めていた兄さんが見たら大いに笑われたに違いない。恥ずかしい。



「初陣なのに……。これじゃせっかく小隊長を変わってもらったのに……」



 早く戦場に出たいと思ったのに。兄さんを超えるために戦場で武功を立てたかったのに。

 これじゃただの笑いものじゃないか。


 ガサリ。


 またウサギか。

 そう思って振り向くと鎧を着た人間が倒れていた。



「だ、誰だ!? お、おい! 誰か来てくれ!!」



 今度の叫びを部下は聞いていただろうが、駆けつけてくれなかった。



   ◇ ◇ ◇



「先ほどコレット中尉が保護した騎士はタウキナ近衛騎士団の敗残兵であることがわかった」



 中隊長に独断で小隊長を交代したことを咎められたが、敵情を知る友軍を保護したことで大目に見てもらった。

 どうやら友軍は壊走中のようだ。



「ベスウスは重騎士を主力にした反攻部隊がラートニルを攻撃しつつあり、近衛騎士団はラートニルからの撤退を決めたそうだ。

 東方辺境騎士団と協議した結果、我々は撤退する近衛騎士団を援護するため敵を遊撃する。だが我々の本来の目的は偵察であり、無闇な戦闘を禁じる。攻撃しても一太刀あびせて敵を翻弄せよ。我が一族の機動力を人間共に思い知らせてやれ」



 ニヤリと笑った中隊長に『応』の鬨があがる。



「なおこれより各小隊ごとに分かれて戦闘に従事してもらう。各小隊長は任務を全うするように。解散」



 中隊長に敬礼をしてわかれる。自分の小隊に戻ろうとしたとき、肩をつかまれた。

 中隊長だ。



「貴様の小隊は俺の指揮下に入ってもらう」

「え? そりゃないですよ!」

「友軍にびびる様な奴に小隊を任せられん。それにお前は正式な小隊長じゃないんだ。帰ったら連隊長に報告するからな。覚悟しとけよ」



 余計な事をしてしまったか。あのまま騎士を見捨てれば良かった。

 だがおかげで敵情を探る前にラートニルの情報が得られたのだからよくよく考えればアタシのした行為に間違いは無い。

 まあ小隊長を無断で交代したことと相殺できるかもしれない。



「よし。お前ら行くぞ。俺たちは街道を騎士団に先んじて進んで安全の確保ならびに索敵を行う。コレット。良く聞けよ。俺たちの仕事は偵察だ。無闇な戦闘はご法度だ。良いな!?」



 なんでアタシだけ……。



「よし。二列縦隊!!」



 中隊長が右手を上げ、その脇にアタシが立つ。小隊が縦に二列に並ぶ。殿しんがりは中隊と小隊の副官が勤める。

 もし先頭の指揮官が敵の攻撃を受けて戦死しても最後尾の副官が小隊の指揮を執れるようにする為だ。



「担え銃!!」



 背負っていた短小銃のストックを右手で握り、銃身を肩に当てる。

 ドワーフやエルフと言った身長の低い一族は下げ銃だのの動作があるようだが、アタシたちにとっては小銃が短すぎて出来ない。



「着け剣!!」



 本来であれば担え銃で行う動作だが、もちろん無理。



「控え銃! 小隊我に続けッ」



 前足を高らかに上げてから中隊長が走り出した。

 それに続いて二つ縦列で駆けて行く。互いが左右を警戒しながら街道を進む。

 街道は石畳ではなく、旅人や商人の足で整地された土の道路はとても走りやすい。

 容赦なく降り注ぐ夏の日差しをさわやかな風が癒してくれるが、速歩で走るアタシたちの熱を奪ってくれるだけの力は無いのが悔やまれる。

 しばらく走るうちに熱の篭った軍服が邪魔に思えた。その上いつ敵と出会うのかわからない緊張が余計に疲労を誘う。

 その時、前方に土煙の塊が見てきた。

 とっさに親指を下に突き出した右手を横に掲げる――敵発見の合図だ。



「戦闘用意!!」



 後続がそれをさらに後続に伝えていく。小隊全員が同じ言葉をつむぐことで闘争の空気が、戦闘に挑むという空気が満ちる。

 中隊長が首を回して大声を上げる。それから中隊長が何かを問いかけるようにアタシに振り向いたが、中隊長はすぐに顔を戻してしまった。何を言いかけたのだろうか?


 だがそれより戦闘だ。

 それぞれが小銃の点検を行って問題が無いかを確かめた。

 土煙の下に黒い影が見えてきた。この方面まで前進している部隊はない筈。つまり敵だ。

 急に喉の渇きを覚える。だが喉が渇くのに冷たい汗が脇から流れる。

 いよいよだ。



「射撃用意!!」



 中隊長の言葉を復唱しながら小銃の半分ほど起こされていた撃鉄を完全に引き上げる。

 敵の姿も良く見えようになってきた。

 敵もアタシたちと同じ偵察を任務とした十人ほどの軽騎士のようだ。



「横隊を成せッ!」



 不用意な戦闘は避けると言っていたが、相手が同数の軽騎兵なら十分に勝算がある。

 それに相手は馬に乗った人間だ。対してアタシたちは自身が騎馬だ。騎乗戦闘で遅れをとるわけがない。

 よく見ると敵もアタシたちを発見したのか、足を止めて横隊を作り始めていた。

 だがアタシたちは走りながらそれが出来る。子供でも出来るような単純な陣形の変化に戸惑う連中など相手ではない。


 距離は百メートルを切った。

 横隊を作り上げた敵も遅れを取り戻すように走り出す。

 互いに風のように駆けているため直ぐに距離が詰まる。

 相手が短弓を打ちかけてきた。だがそれは命中を必するものではない。あくまで牽制だ。


 そう。牽制だ。


 自分にそう言い聞かせながら速度を落とさないように駆ける。

 だがその牽制がもし当たったら?

 あの弓に身体を射抜かれたら?

 騎馬戦闘において負ける気は一切無い。だがこの吐き気のするほどの震えは何なのだ?

 恐怖が身体の奥から這い上がってくる。冷たい手が心臓をつかむような気がする。

 戦闘とは――。戦とは――。殺し合いとはこんなに恐ろしいものだったのか。



「射撃用意!!」



 待ちわびた号令を叫び、小銃を構える。走りながらの射撃のため大いにゆれる。

 だが、こちらも射撃は牽制だ。



「撃てッ!!」



 引き金を力強く引き、暑い空に甲高い音が響いていった。命中したかは分からない。

 だが小隊の弾幕に絡めとられた騎士や馬が倒れ、その音に驚いた馬が暴れだした。



「突撃ッ!!」



 速度を限界まで引き上げて一気に距離をつめる。

 馬を御するので精一杯の騎士に鋭い突きを放つ。思った以上にあっさりとアタシの突きがプレートメイルの隙間となっていた肩の関節に突き刺さる。



「ぐッ」



 それを引き抜こうとして、引き抜けなかった。

 そうだ。刺される事で肉が締まるから抜けないのだ。

 むりやりぬこうと小銃を動かすと肉を介した不気味な感覚が伝わってきた。



「うぇ……」



 それでも上手くいかずに酸っぱいものが喉から這い上がりそうになる。てこずっていると突きを受けた騎士が無事な手で腰から剣を抜き放った。

 脂汗にまみれたその顔と視線が交わる。


 斬られる。


 そう思ったとき、騎士の後頭部に小銃のストックが叩きつけられた。



「ボウっとしてんなコレット!!」



 幼馴染のヤニックがひきつった表情で言った。

 彼も怖いのか。この戦闘が恐ろしいのか。



「助かった。これは借りだ」

「早く返してくれ――」



 その時ヤニックの胸元から剣は生えてきた。ヤニックの背後からその剣の持ち主が反転して走り去ろうとしている。



「ヤニック!!」



 胸元の剣から流れ鮮血が白い夏季軍服を染めていく。だがそれに反比例して顔色が青くなっていく。

 ヤニックが崩れ落ちた。



「ヤニックッ!!」



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