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銃火のオシナー  作者: べりや
第一章 アムニス事変
3/126

価値

「数だけは集まったようだな」

「ヨスズンさん!」



 俺が買ったエルフ――正確にはケヒス姫様のお金で買ってしまったエルフたちは俺の指揮下の部隊に置かれていた。

 その時は三十人ほどの部隊だったが、周辺の村々から兵を募ったために百人ほどに膨れ上がった。内訳としてはドワーフ六、エルフ四という感じかな。

 他の諸族にも布告は出されたはずだが、応じてくれたのがドワーフだけというのも考え物だ。



「で、今は何をしているのだ?」



 ヨスズンさんの疑問ももっともだが、今は部隊事に行進の練習をしていた。

 歩調のあった軍靴の音が心地よく響く中、肩に担いだ手銃がキラリと陽光に反射した。

 だがその反射した元は手銃の銃身では無く、細く尖ったスパイク式の銃剣だ。

 実はケヒス姫様から長い柄を槍として使えないかと提案を受けたため、急遽作られたのだ。

 しかし、最初は銃身に銃剣を取り付けられるようにしようとしたのだが、重心が前に行き過ぎて逆に扱いにくくなってしまったため、銃剣と銃身は反対方向になってしまった。

だがこれで遠距離だけではなく、近距離の格闘戦もこなせるようになったおかげで装填中の隙を埋めることが出来た。



「アレで戦えるのか?」

「戦えるように訓練しないとケヒス姫様に首をきられるので」



 むしろ首を刎ねられる。



「傭兵の事で、ケヒス姫様は怒っているんでしょうね」



 アレから一週間。未だに謁見さえ出来ない。



「本当に怒っているならとうの昔に首と胴体が永遠の別れをしていたはずだ」



 ははは。ヨスズンさんは冗談が上手い。

 冗談だよね。



「だが、こんな歩かせる事だけで良いのか?」

「手銃は命中を喫する兵器ではありません。集団で運用する事で命中率を底上げする運用をするので、まずはこういった集団を形作る事から始めました。

 歩調を合わせて行軍するのはその集団を運用する上での基礎になります」

「なるほどな……」



 部隊分けをするだけでも苦労したものだ。一糸乱れぬとは言わないまでもまとまった行軍が出来るようになっただけでも進歩していると思う。

 部隊規模としては種族ごとに十人で一斑を作って三班(三十人)で一個小隊。それが三つで中隊をなる。

 最初はエルフやドワーフの連合班を作ったりしたが、上手くいかなかった。(そりゃ、エルフは信用ならんとか語り継がれてたしな)

 だが今はこれが正解だと思う。

 頑強なドワーフと軽量なエルフを分ける事で部隊運用がしやすくなった。



「全隊止まれ!」



 綺麗な声が響いた。とても涼やかな澄んだ声だ。ケヒス姫様だったら凍えるような声で命じたんだろうなと想像してしまう。



「全隊大休止。昼食の後に午後の状況を開始せよ! 別れ!」



 号令をかけていたエルフが走ってきた。

 動きやすそうな黒いパンツを履き、赤い詰襟軍服を着た彼女は俺とヨスズンさんの目の前で立ち止まると右手を上げて敬礼をした。

 黒字に黄色い線の入ったピケ帽の下から尖った耳とくすんだ金髪が見える。



「報告します中隊長! 午前の訓練状況終了しました」

「ご苦労さま。ユッタも休んで。あぁ。この方は騎士団副団長のヨスズンさん」

「そうでしたか! わたしは第一猟兵中隊副官のユッタ・モニカ大尉であります!」



 ユッタはヨスズンさんに敬礼をして答える。

 ヨスズンさんはその姿に首を傾げてしまった。



「これはエルフ族の礼を意味するポーズです。元々、エルフが主隊だったので上官への礼はこれにしたんです」

「クワヴァラード掃討戦の時に見たことがあったが、そういう意味だったのか」



 ヨスズンさんは右手で甲冑の胸板を叩いて頭を軽く下げた。こうも堂々していると何気ない仕草が絵になってしまう。



「騎士団副団長にしてケプカルト諸侯国連合王国第三王姫ケヒス様の補佐官をしているヨスズンだ」

「きょ、恐縮です!」



 自尊心が高く、他種を見下すのがエルフだと聞いていたが、ユッタはそういう事は無く、礼儀正しく接してくれる。なんだか違和感を感じてしまう。肩透かしと言うか。

 まあエルフも十人十色ということだろう。



「それでは午後の教練が有りますので失礼します!」



 ハキハキとしたエルフは再び敬礼をすると俺達に背を向けて去って行った。



「……ヨスズンさん。よく礼を返しましたね」



 以前の親方とヨスズンさんのやり取りを聞いていた身としては声もかけないのではと思った。



「あの亜人は戦士なのだろ。ならば名乗られたからには名乗りかえすのが騎士だ」



 以外と割り切る所は割り切れる人なのかもしれない。それでも胸の内では憎しみの炎が燻っているのだろうか。



「だが、亜人でもあれは女だろ? それを戦場に立たせるのは解せないな」

「ヨスズンさんは、本当に騎士なんですね」



 極限の戦場の中でも規律を守る。いや守れるというのより己を律することが出来る。数々の戦に行ったからこそ、その重要さを知っているのだろう。

 俺も、そうできるのだろうか。いや、そもそも戦場に出て冷静な指揮が出来るのか。

 コロシアムの時は無我夢中で弾丸を放ったが、戦場にそれが移ったとき、俺はそれが出来るのだろうか。



「そう思いつめるな」



 ヨスズンさんは腕を組んで苦い顔をした。



「お前は工商なんだ。騎士は鉄を打てないが、戦は出来る」



 本来なら戦は騎士たちの戦いだ。俺のような者が口を挟める余地などない。それこそ騎士たちにしか分かり合えない世界。

 だが俺とケヒス姫様はそれを壊そうとしている。

 これからはプライドとプライドがぶつかる神聖な戦いから血で血を洗う凄惨な戦争が起こるだろう。

 それは俺の前世が証明している。俺は本当に、手銃を発明して良かったのか。俺にはわからない。



「俺は、彼女たちを兵士にして良かったのか、分かりません」



 何よりもユッタたちは奴隷としてあのまま売られていれば戦争なんかに巻き込まれる事は――むしろ兵士になることは無かったろうに。

 あの時、売られようとしていたエルフたちはケヒス姫様の命令で自由に城砦から出ることが出来ない。

 俺がいくら奴隷制度に異を唱えてもエルフたちは俺のものではなく、ケヒス姫様の奴隷なのだ。

 逃がそうとすれば厳罰も有りうるだろう。

 俺が出来るのは彼女たちを練兵して手銃を扱う軍隊にしなければならない。前世の記憶を総動員して彼女たちが生き残れるようにしなくてはならない。


 それが、俺の責任だから。



「それよりも亜人共の服はどうしたのだ? 見た所、革鎧もつけていないではないか。それに『たいい』とはなんだ?」



 そして「お前の服もな」と言われた。

 俺もユッタと同じく黒いパンツに赤い詰襟の軍服にピケ帽をかぶっている。と、言うか俺に預けられた部隊一同、同じ衣装を着ている。

 確か、前世では己の戦果を誇示するために色とりどりの飾りを騎士は施したと言う。

 確かに俺達の服は目立つが、誰しもが同じ服を着ているのだから、ヨスズンさんには奇異に映るのかもしれない。



「服についてはケヒス姫様から頂きました。鎧はつけると機動力が下がりますし、慣れない物を身に着けさせるより、出来るだけ身軽にした方が集団運用において有利かと」



 謁見こそ出来なかったが、軍服の案をしたためた書類が認可された。

 それに軍として言うなら最低でも鎧などのユニフォームが必要になる。故に認められたのだろう。

 だが、鎧に関してはそこまでこの部隊に金を掛けなくないのか、なんの音沙汰もない。そんな金があれば騎士団再建のために使われるだろうし、前世の知識から鎧が廃れた事を思うと、これで十分な気がした。



「軽歩兵――猟兵か。ケヒス姫様は赤を好むからな」

「目立って仕方ないですけどね」

「目立つのは悪いのか?」



 やはりこの目立つ軍服についてヨスズンさんはそれが悪い事だと認識していないようだ。

 どうも美的感覚というか、そういう物が前世の影響を受けた俺とこの世界とでミスマッチする。



「『たいい』と言うのは? その、細やかに決めた階級の一つか?」

「そうです。大きく分けて兵と下士官。そして士官です。

 大尉は士官に属して、俺より二つ下です」



 命令を下す士官。その命令を受けて兵を統率する下士官。最後に実働部隊となる兵。

 大きくわけるとその三つ。その中にも細やかに階級を作って命令が上位下達されるシステムを作ったが、この階級を作るのには苦労した。(みんな上になりたいと言い出していたから、仕方なく籤で決めた)

 特にエルフはドワーフに指図されたくないと言い、ドワーフはエルフに命令されたくないと言い……。

 故に種族ごとに部隊を分けた。



「ユッタはエルフ族の長の娘だそうで、エルフたちをよくまとめています。

 その種族ごとに分かれた小隊が三つで、規模としては一個中隊となっています」



 逆に――故に、か?――ドワーフからの支持率は低い。

 しかし俺は人間だけどドワーフたちと共に育ったせいか、ユッタとは逆の現象が起きている。

 おかげでようやくバランスが取れた。



「なるほど。つまり『猟兵中隊』という事か。よく考えられているな」



 ヨスズンさんの言葉は『新しい兵器に新しい戦場が来る』と宣言したケヒス姫様の言葉をかみ締めているのだろう。



「そうだ。新しい兵器を作ったんです」

「新しい?」



 親方の知り合いたちに頼んで作ってもらった(これで新しい借金が増えた)新しい兵器だ。

ちょうど午後の教練で使うためか、赤い軍服を着たドワーフたちがそれを運んでいた。



「なんだあの筒は? バリスタの一種か? 台車がついているのを見ると馬にでも引かせるのか?」

「アレは大砲モォータァルです。手銃を大型にした物で、原理は変わりません」



 大きく開いた砲口に寸同の砲身。外見としては榴弾砲と言うより臼砲に近いのかもしれない。

 だがどっちにしろ大砲だ。砲弾は円形の鉄球だが、その威力には信頼が置けるだろう。



「おーい! 大砲を撃ってくれ!」



 俺の言葉にドワーフたちは手を上げて答えてくれた。

 彼らは大砲を射撃場に運び込み、班長の命令の元、火薬の入った袋を砲口から薬室に入れる。

 それから丸い砲弾を装填し、次に砲の後端にある小さな穴に串のように大きな針で火薬の入った袋に傷をつけた。そしてその穴にさらに火薬を入れれば装填完了。

 班長が赤い旗を掲げる。射撃準備完了の合図だ。



「砲撃始め!」



 班長が赤旗を振り下ろす。射手が手銃でも使っていたカルカに火縄をつけて、点火させる。

 稲妻のような肌が震えるような音と霧のように濃密な煙が砲口から吐き出された。

 その衝撃で砲が勢い良く後退する。

 砲弾ははるか前方の地面をえぐっていた。




『砲兵は戦場の女神』




 『米海兵隊が教えるタリバンから命を守る二百のテクニック』にそんな一節があったが、どう見ても女神というよりごっついおっさんが咆哮したような気がする。

 操砲しているのがドワーフのせいか?



「すごい音でしたね」

「…………」

「あれ? ヨスズンさん?」



 ヨスズンさんは目を見開いて固まっていた。



   ◇ ◇ ◇



 さらに一週間がたった。

 やっとの事で俺はケヒス姫様に謁見を許された。だが、俺が願い出たものでは無く、ケヒス姫様からの呼び出しとあれば、暗雲が心に垂れ込んでしまう。



「あの冷血姫がよく許しましたね」



 謁見が許されたのは俺だけではなくユッタもそうだった。

 空は俺の心から漏れた雲が垂れ込んでいるんじゃないかと思うほど暗く、今にも雨が降ってきそうだ。

 地上では騎士団の方々が武具の点検をしたりと忙しそうにしている。俺たちはその間を縫うように謁見の間に向かっていた。

 その騎士団の方々が向けてくる敵意に満ちた視線に帰りたくなってくる。



「ユッタもケヒス姫様の話しは知っているのか?」

「えぇ。有名ですから……」



 ユッタは確か北レギオ出身のはずだからケヒス姫様の悪名は東方辺境領内全土に轟いていると考えていいだろう。



「よくその悪名高い姫様に仕えてられるな……」

「仕えるしかありませんし……」



 忠を尽くすために生きるしか今のユッタたちは選べない。そうしてしまったのは他でもない俺なのだ。



「そんな顔しないでくださいよ。あのまま『出荷』されていれば今頃、貴族の玩具になっていたでしょうから」



 『貴族の玩具』。ケヒス姫様やヨスズンさんの言葉を思い返せば彼女たちがどのような運命を辿るのかを創造しやすい。



「きっと辱められていたと思います。捕らえられた時に自害すればよかったと後悔もしました。だからオシナーさんには感謝しているんですよ」



 それがドワーフでも、と彼女は言った。



「俺は人間だ――」



 ドンと俺は鎧を着込んだ騎士の人とぶつかった。



「あぁ、すいません」

「…………」



 騎士は俺を無視して行ってしまった。失礼だとかは思わないでもないが、そもそも一介の工商だった俺が騎士様とぶつかったのだから本来なら首を落とされても仕方の無いことだ。



「なんだか殺気だってますね。戦でもあるんでしょうか」

「戦って、どこと戦うつもりなんだよ?」



 謁見の間の扉に立つ。帽子を脱いで身だしなみを整える。



「オシナー様! ユッタ・モニカ様! 御入室!!」



 衛兵の言葉と共に重い扉が開く。



「『余の金で買った亜人共』は使えるのか?」



 許してもらったと勘違いしていた。金色の髪は心なしか逆立っているような気がする。

 急いで頭を下げたが、怒りが燃える赤い瞳を見てしまった。殺意がにじみ出てるよ。



「余の金で買う予定だった傭兵と比肩するほどか?」



 あからさまに怒ってらっしゃる。よく謁見する気が起きたものだ。



「傭兵の錬度によるとしか……」



 そもそも傭兵と戦ったことが無いのだ。こちらがいくら新兵器を持っていると言っても本格的な戦闘をしたことがないのだから、そこはまさにやってみなければ分からない。



「フン……。まぁよい。そこの亜人」



 俺の後に控えていたユッタが「はい」と言って顔を上げた。



「貴様から見てはどうだ?」

「恐れながら申し上げます。同数の人間が相手であれば『猟兵中隊』は勝つことが出来ると思います」



 相手が悪名高い冷血姫と分かって居ながら物怖じせずに答える姿に、俺は彼女を副官にして良かったと思った。

 それにしても『猟兵中隊』か。ヨスズンさんが言い始めた事だが、部隊でも結構、浸透しているようだ。



「貴様らは手銃を担いで歩いたり、隊伍を組むだけではないか。それで勝てると申すのか? その理由は?」

「はい。兵器の違いによる勝機も有るとは存じますが、殿下のおっしゃる『亜人』たちは人間に比べて胆力があります。同数の兵がぶつかれば胆力が勝敗を分けましょう。それに『亜人』の胆力については身をもって知っているはずです」



 ケヒス姫様の頬が痙攣したようにピクと動いた。



「貴様は余を恨んでおるか?」

「……お答えできませぬ」



 もし答えていたらきっと首を刎ねていたに違いない。さりとて嘘をいう事はエルフのプライドが許さないに違いない。

 聞いている俺が冷や汗をかいてしまう。

 姫様はユッタの答えに納得したようにうなづいて「オシナーよ」と言った。



「余の危惧は一つ。手銃を持った亜人共の反乱だ」

「恐れながら殿下!! わたし達猟兵中隊にそのような――」

「黙れ。余はオシナーに聞いておる。どうなのだオシナー。練兵した亜人共は反乱を起こす可能性は無いのか?」

「それは……」



 反論しにくい。


 そもそもケヒス姫様の言う『亜人』たちで姫様を支持する奴なんているのか?

 クワヴァラードで行った大量殺戮のおかげで支持率はきっとマイナスに違いない。

 つまり反乱が起こっても仕方が無いんじゃないのか?



「言葉が出ぬか。つまり反乱の可能性があるのだな?」

「今の状態では、その可能性も……」

「今の状態?」



 俺の首が跳ぶかもしれない。そんな予感がした。きっと俺の言葉はケヒス姫様の逆鱗に触れる。

 だが、言わなくてはならない。

 俺は、隣人を助けたい。



「ケヒス姫様の政策ではいずれ反乱が起こりましょう」



 ケヒス姫様のこめかみに青い筋が見えた、ような気がした。怒っている。それもかなり。ユッタ達を買ったあの日とは比べようもないほど完璧に怒っている。

 ヨスズンさんが言った通り、あの時はそれほど怒っていなかったのだ。

 ケヒス姫様が口を開きそうになった。未来を知らなくても分かる。『コイツを斬り捨てよ』と言うに違いない。

 俺はその言葉が発せられる前に口を開いた。



「ケヒス姫様が奴隷商への保護政策を行っていれば『我々』は不満を募らせます! それがいずれ積み重なって反乱となりましょう!!」

「……オシナー。うぬは『人間』であろう。うぬはなぜ亜人の肩を持つ? うぬは、ドワーフではないのだぞ?」



 そうだ。俺は人間だ。


 だけど、俺はドワーフと供に育った。俺は自分が支配する側の存在で無い事を知っている。

 だから辞めさせなくてはならない。

 ドワーフともエルフとも上手く付き合える事を俺は知っている。だから変えさせなくてはならない。



「俺はドワーフでも、亜人でもないです。でも、俺はドワーフの心意気を知っています。いい奴もいます。嫌いな奴もいます。エルフは、少し信用に置けないと思っていました。でも、ユッタは信頼できます。人間と何が違うんですか!? 人間でも好きな人や、信頼できる人や、そりゃ、憎んでも憎みきれない人だっていましょう!」



 何が、何が違うと言うのだ。

 家族でもない、ましてや種族も違うのに親方は俺を十年も育ててくれた。

 面白い事があれば互いに笑った。悪戯をすればしかられた。

 親方は自分の持っている知識を俺に分けてくれた。鍛冶の手ほどきもしてくれた。

 人間の生活と何が違うと言うのか。

 『亜人』と蔑まれる連中と人間は何が違うと言うのだ。



「俺はわかりました。奴隷制度に問題もありましょう。でも、一番の問題は『亜人を奴隷にして良い』という亜人差別に俺は耐えられません! この不満がいずれ王国を脅かす禍根となる前に解消する必要があります!」



 ケヒス姫様が立ち上がった。



「よくもぬけぬけと余にそのような事が言えたな」



 ありふれた例えだが、蛇の前に置かれた蛙の如く俺は喋れなくなった。

 眼光だけで人を石に出来る。むしろその石を睨んだだけで破壊できそうだ。



「余の騎士団が何故壊滅したのか、貴様にも話したであろう。忘れたか!? そこの亜人共のせいだ。一体どれだけの部隊が全滅させられたと思っている!? あの戦で二万いた我が精兵の騎士団は今や二千とおらん!!」



 二万の兵が、二千人に? その話しは初耳だった。

 だが、このクワヴァラードから全ての亜人を追い出し、さらに人間が安心して暮らせるほどまでに治安を回復させるのにどれだけの兵力がいるのかは、正直分からない。

 それに言うなればここは敵地だ。休まる事の無い敵地。そこに留め置かれた兵の疲労を思えばそのような結果になってしまうのかもしれない。



「余の同胞はらからが幾人と命を投げ捨てたと思っておる? 余は亜人を許さぬ」

「許さなくてはなりません!」



 ケヒス姫様は玉座から降りてきて、俺の胸倉をつか――く、苦しい。



「で、殿下! 落ち着きください!」

「黙れ! 亜人の分際で……」



 ケヒス姫様は女とは思えない力で俺を放り投げた。受身も取れずに惨めに床に転がる。

 これでケヒス姫様を説得しようとしたのだ。無様すぎるだろう。

 だが、無様でも引いてはならない。

 今、ここで辞めれば今後の亜人政策がどうなるか火を見るよりも明らかだ。

 ケヒス姫様の中で燃えている怒りがあふれ出すに違いない。



「亜人差別を、辞めなければいずれ反乱が起きます! 猟兵中隊でもそうです! 昨年の戦役で壊滅した騎士団では――」

「フン。所詮は百程度の雑兵だ。反乱を起こすというならやってみろ。我が騎士団が相手になろう。いや、それ以前に今、ここで粛清してしまえばよい」



 死人では剣は取れまい、とケヒス姫様は言った。違う。それでは逆効果だ。



「それこそ反乱の元です! 罪もない者を殺してしまえば東方辺境領の諸族は団結してケヒス姫様を討ちに来るでしょう!! 二千の兵士で東方辺境領すべでの者を殺しつくせるのですか!?」

「――ッ!」



 ケヒス姫様も軍の指揮官として東方辺境領全てを敵に回すことが不可能だという事を分かっているのだろう。


 だから黙った。今後の次善策を練るために、黙った。

 ケヒス姫様がゆっくりと玉座に座る。



「亜人差別――奴隷商保護政策を撤回すれば反乱は起こらんのか?」

「いえ、さらに諸族に対する融和政策を採るべきです」



 ケヒス姫様が立ち上がった。その細い体躯に溜め込んだ怒りが許容量を越えようとしている。



「諸族への融和政策を採る見返りに兵役を申し渡せば騎士団再建は早急に成せるでしょう! なんの利点も成しに兵だけ取るというのも可笑しな話です!」

「く。フフフ」



 ……嘲笑された?



「確かに最優先課題としては騎士団再建だ。だがな、オシナー」



 ケヒス姫様が再び俺に詰め寄る。また胸倉を掴まれるのだろうか。もしくは殴るのか。

 思わず身を硬くして起こるであろうケヒス姫様の怒りを受けとめる心の準備をする。



「そもそも亜人の部隊に期待はしておらん」

「え?」



 ケヒス姫様は胸倉を掴むことは無かった。掴むだけではなく殴ることも無かった。

 視界にケヒス姫様の顔が広がって、何かの拍子にキスが出来るほどの距離まで近づいてきた。



「手銃の強さは認めよう。誰にでも簡単に操作できるという点も評価しよう」



 ケヒス姫様の白い肌が、よく見える。ケヒス姫様の深紅に燃える瞳が、よく見える。



「しかし、亜人が余の下で戦うのか?」

「しかるべき対応をして頂ければ……」



 しかるべきか、と言って笑いながら俺から離れた。

 その笑いは、『不敵』という言葉を連想させるような笑いだった。



「では聞こう。亜人を奴隷として売るのと兵士として雇うの。どちらが早く騎士団を再建できると思う?」

「早く……?」

「そうだ。それにこの総督府に居るのはおそらくあと二・三年程度であろう。それ以上、ここに留まればそれなりに力がつく。現王ならそうなる前に別の場所――おそらく西方あたりに飛ばすであろうな。故にその二・三年でもっとも効率よく軍を整えられる方策を余は選ばなくてはならない」

「二・三年……」



 確かに一箇所に長く留まれば勢力基盤が出来るだろう。

 島流しのように東方辺境領に飛ばされたケヒス姫様のことだ。きっと現王への反乱の噂が本人の耳に入ったからコッチに飛ばされたと考えるべきだ。

 だったら東方で力を得る前にまた別の場所に飛ばすことだろう。



「二、三年を奴隷商保護にあてて利益を出し、それを手元に騎士団を再建するか、亜人共を雇ったほうが良いのか」



 「どうなのだオシナー」と俺の眼前にゆがんだ笑顔が広がった。



「オシナーよ。亜人どもの部隊に明らかな価値が在るのであれば、余は奴隷商保護政策を転換してやっても良い。そうだな。特別に自治権を渡してやっても良い」



 大きく出てきた。それはつまり、奴隷を売った金で買える傭兵より強い『亜人』軍隊を作るのは不可能だと思われているに違いない。



「本当ですか?」

「なんなら証文を書いてやろう。今日はもう下がれ」



 俺とユッタは一礼して謁見の間を去る。

 今更ながらに膝が震えてきた。



「オシナーさん。よくもあんな事が言えましたね」



 ユッタの言葉は決して賛辞ではない。呆れだろう。我ながらになんて事をしてしまったのかと恐怖で首を吊りたくなる。(俺の人生プラン的に許可は出来ないが)



「でも価値を示せと殿下は仰せでしたが、それをどう証明すればいいんですかね?」

「そりゃ、軍隊なんだから、戦果を挙げればいいんじゃないのか?」



 だが、その戦が起こるのだろうか。

 すでにクワヴァラード掃討戦を受けて東方諸族と人間の戦闘は終わったと言っても良いだろう。

 だが、このままではいずれ奴隷に関する火種が元で反乱が起きるのは確かだ。


 それまで待つのか?


 あの言い分だと近々戦があるような物言いだった気がする。

 まさか、タウキナ大公国と戦争をするんじゃないよな。その時、ツカツカと大理石の床を足早に歩く音が耳に入った。



「おぉ! オシナー。ここに居たか」

「ヨスズンさん? どうしました?」



 俺を探していたらしいヨスズンさんはぬれた頭を籠手のついた手で払っている。

 どうやら外は雨のようだ。これでは射撃訓練に支障が出そうだな。



「ケヒス姫様と会われたか?」

「先ほど……」



 ものすごい啖呵を切りましたけどね、と言いたげなユッタを尻目に俺は言った。



「そうか。ならお前も早急に準備を整えろ」

「準備?」

「出陣だ」



 俺とユッタは顔を合わせて驚いた。ケヒス姫様と亜人部隊の価値について話した後に戦の話し。タイミング良すぎないか?

 同じ疑問を持ったユッタが口を開いた。



「失礼ながら閣下。よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「出陣とは、一体……」



 ヨスズンさんは「話されていなかったのか」と小さく呟いた。

 つまり、姫様としては亜人部隊についての話しは前菜――余興に過ぎなかったのだろう。

 それを俺が引っ掻き回して本題が摩り替わってしまったのか?



「ゴブリンの軍団が攻めてきた。クワヴァラードに向かっているようだから、迎撃にでる。だからすぐに出撃の準備をせよ。明日の正午に出陣する。必要な物資があるなら申し出てくれ。出来る限り手配する」



 俺も準備があるからな、とヨスズンさんは言って去っていった。



「ど、どうすれば!?」

「とりあえず、全隊に通達。明日の正午までに出陣できるように準備させろ。あと各小隊長を集めてくれ。作戦会議を行う」



 タイミングがよすぎる。まさかケヒス姫様に一杯食わされたか……?

 外の景色を伺えば墨をこぼしたような曇天から不吉そうに雨が降っていた。


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