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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
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兵権


 久しぶりに訪れたシブイヤの街はすでに戦時下とあってどこかピリピリした雰囲気であふれていた。

 いや、戦時下という事もあるだろうが、俺たち猟兵連隊を見て攻撃的な雰囲気が生まれたのかもしれない。



「東方に亜人を締め出して早百年は経つ。いくらアウレーネが亜人宥和政策を取ろうと自分たちとはまったく異なる種族であり、習慣であり、宗教を持つ亜人が公都に来たのだ。殺気立ちもする」

「それに先のタウキナ動乱の時の我々は正に侵略者でありましたし、アーニル・タウキナ様を自害に追い込んだと思われているのかもしれません」



 ケヒス姫様とヨスズンさんの説明に俺は小さく頷いた。

 連隊には宿営地と定めたシブイヤの王城前から動かないように命令を出しておいて良かった。



「姫様。タウキナ側の知らせではすでにタウキナ近衛騎士団並びに貴族私兵、傭兵共にベスウス国境の街であるラートニルに出発したそうです。完全に出遅れました」

「仕方なかろう。商会が馬車の徴発を拒んだのだ。これからも商会を使うとなれば無理強いは出来ぬ」



 俺たちがシブイヤに入城したときにはすでにタウキナ近衛騎士団の姿は無かった。

 城に詰めている騎士達もいることはいるが、以前この城を訪れた時より格段に人数が減っている。

 その静かなシブイヤの王城の会議室に向かう。出遅れたぶん、予備兵力としてタウキナ騎士団を支えなければならないからその打ち合わせだ。



「東方辺境姫殿下。御入室」



 会議室の扉の前につめていた衛兵が声を上げた。その声を受けて扉が開かれる。

 長方形のテーブルが置かれた会議室では無骨な甲冑姿のアウレーネ様がすでに地図を心配そうに見ていた。



「戦況は?」



 ケヒス姫様はガシャガシャと金属同士のこすれる音を響かせながらその地図に歩み寄った。

 俺とヨスズンさんもその後を追い、地図に置かれた駒を見る。



「二時間ほど前に来た早馬によりますとベスウス側の関所には四千の兵がつめているそうです。近衛騎士団は明朝攻撃を仕掛けるという話でしたが、戦況を知らせる兵が来ないので今なんとも」



 ケヒス姫様はタウキナ側の戦力を確認し、椅子に腰を下ろした。帯剣が大理石の床を叩き、その音が会議室に響いた。



「どう思うヨスズン。兵を進めるべきか?」

「いずれ合流を果たさねばなりますまい。しかし、戦況がわかりません。近衛騎士団は小銃を装備しているとはいえベスウス大公家は高名な魔法使いを輩出している貴族です。戦況を知らせる早馬を待ってから行動しても遅くはないかと」



 ケヒス姫様は「そうか……」と呟くと目を閉じて腕を組んだ。この場で待つつもりらしい。

 この待機という時間はなんともじれったい。焦燥は募るが動けない感覚にもどかしさを覚える。



「うぬよ。少しは落ち着け。部隊を束ねるものなら岩のように動じるな。その焦りは兵に伝染して戦線の崩壊に繋がるぞ」

「すいません。気をつけます」



 確かに上がふらついていたら下もふらついてしまう。

 セイケウで奇襲を受けたときにスピノラさんに殴られたのにまったく成長してないなんて。

 だが、待つという行為はそれだけでしんどいものがある。

 そんな俺の内心を読み取ったのかアウレーネ様が口を開いた。



「オシナー殿。タウキナで作られた小銃はどうですか?」

「はい。おかげで連隊のほとんどが手銃から小銃に更新することが出来ました」



 いや。嘘だ。


 いくらタウキナ産の小銃がドワーフ謹製の小銃より安いとは言え限度がある。

 第一連隊に所属するケンタウロスと言った騎兵達は全員が短小化した小銃が配備されているが、一般の猟兵たちは半分ほどしか配備されていない。

 特に砲兵はその存在からまだ手銃を使わせている。

 第二連隊はより深刻で一個大隊ほどしか小銃の配備が進んでいない。


 連隊の真の敵は陰謀を張り巡らせる宰相閣下ではなく予算なのかもしれないと思う。



「そうですか。しかし、生産量が増えれば価格も落ちますよね?」

「か、顔に出ていましたか?」

「いえ。悪癖で……。ですが、小銃をオシナー殿が買い上げてくれるおかげでタウキナの工商たちも生活が落ち着いてきたと思います。彼らに代わり謝意を表します」

「いえ、大したことはしていません。あぁ。そう言えば今後の戦闘で消費されるであろう弾薬や砲弾をタウキナの工房で補給したいのですが……」

「近衛騎士団でも小銃を採用しているので小銃の弾なら可能でしょうが、砲弾になると……」



 無いだろうがタウキナが大砲を装備して東方辺境領に牙を向けたときを考えて小銃の設計図しか渡していなかったのが裏目に出たか。

 いや、大砲の方が大きくて構造が単純な分、こちらが技術提供する事も無く作れるだろう。

 ドワーフに劣るとは言えタウキナの鍛冶師も腕が良い。砲弾の輸送が間に合わないようであればタウキナの工房に外注するしかないか。



「他に必要な事はありますか?」

「では恐れながら一つだけ。これから行く先々の村や町の長宛に連隊の駐屯を認める勅令をだしていただきたいのです」

「そうですね。タウキナ西方に住む人々は亜人の方々に慣れていないでしょうから驚くかもしれませんね。わかりました。ただ、勅令を書いても貴方方へ向けられる目が変わらない事もあると思います。石を投げられるかもしれません。ですが、どうか民にご温情を」

「出来るだけ配慮いたします」



 石を投げられたらそれは怒る。タウキナのために出兵したのにそのような仕打ちを受けるいわれは無いだろうに。



「もし、そのような事が起これば私にお伝えください。しかるべき処置を行います」

「え?」



 思わず驚きの声を上げてしまった。



「亜人の方々が手を上げればそれこそ互いに禍根を残してしまうでしょう。ですからその場はどうか矛を納めて私に遠慮なく報告してください」



 罪には罰を。


 ただ優しいがけの姫君だと思っていたが、自分で変わろうとされているのかもしれない。

 姫から王になるようにアウレーネ様は変わろうとしている。



「伝令! 伝令!! 姫殿下にお目通りを!」



 扉の外から響くその声に会議室に居た面々が腰を上げた。

 勢いよく開け放たれた扉から泥まみれの騎士が倒れこむように入室する。



「ほ、報告します! 近衛騎士団より伝令! 近衛騎士団はラートニル、ケプラト間の関所付近にて戦闘を開始、ベスウスの重装歩兵隊並びに弓兵隊合わせて四千の軍を打ち破るも敵の魔法攻撃により近衛騎士団は大きな被害を受けてラートニルまで後退しました!」

まことですか!?」

「ハッ。間違いは有りません」

「イサクは!? 近衛騎士団のイサク団長は?」

「魔法攻撃で負傷されましたが壊走する部隊を取りまとめてラートニルに後退する指揮を執られておりました」



 伝令はそこで力尽きたように倒れこんだ。

 会戦が始まったのが明朝とのことだったからシブイヤまで半日は走り続けて来たて疲労困憊であろう伝令はついに疲労に負けた。



「姫様。ここは至急、ラートニルに兵を進めて近衛騎士団の壊走を止めねばなりませぬ。騎士団だけでも先行させましょう」

「うむ。うぬよ。連隊はどれくらいでラートニルに到着する?」

「猟兵であれば二日ほどかかると思いますが、砲兵隊が随伴しているので行軍速度は落ちます。三日ほどあれば部隊を展開できるかと」

「遅いな。うぬのケンタウロスを貸せ。余の騎士団と共に先行してイサクの救援に行くぞ」



 俺は即答しそうになってそれを辞めた。


 もし、ケンタウロス達を捨て駒のように扱われたら――。

 そう思ってしまう自分が居る。騎士団の指揮系統に騎兵が組み込まれて無謀な作戦に投入されたらと思う自分が居る。



「ええい。時間が惜しい。ケンタウロスを貸す条件を言え」

「では、指揮権はあくまで連隊長である自分にいただけませんか?」

「軍を割る気か?」



 用兵上好ましいとは言えないが、騎士団に全幅の信頼を置くことができないのもまた事実だ。

 前世でも確か、軍を割ってまで権力争いに執着する将軍が居た。後世に名が残るのなら俺もそう見られるのかもしれない。


 だが、これだけは譲りたくは無い。


 連隊にいる者を――俺の亜人政策を変更して欲しいというエゴで戦場に立たせる者を無駄死にさせるわけには行かない。



「ならば好きにしろ。その代わり騎士団はケンタウロスの支援を一切行はないぞ。良いな?」

「わかりました。しかし、戦力が三個中隊――三百騎ほどの軽騎兵で、単独で戦闘を行う事は出来ません」

「そうか」



 ケヒス姫様は地図を見下ろして腕を組んだ。その瞳が小刻みに動いて地図をくまなく言ったりきたりしている。



「軽騎兵で騎士と正面戦闘をさせるわけにはいかない、か。わかった。ケンタウロスには周辺偵察を命じる。敵を発見しだい騎士団に報告せよ。騎士団とケンタウロスが先行し、連隊の残りの戦力は速やかにラートニルを目指せ。ケンタウロスは二時間後にシブイヤとラートニルをつなぐ大街道に集結させよ」

「ハッ」



 敬礼をして俺は会議室を後にした。

 それにしても斥候に出す三個中隊の騎兵を動員して良いのか? 予備戦力を考慮すれば出せて二個中隊か。

 人選はどうする? 第二、第三騎兵中隊にするか?

 第一中隊には問題児であるコレット・クレマガリー中尉がいるから外すべきだ。

 王城の門が見えてきた。その外からは夏の燦々とした日差しと大勢に人が生み出すざわめきが聞こえてきた。


 門を出る。


 大隊ごとに分かれて談笑をしている連隊の傍らを通りながら近くに居た兵に各騎兵中隊長を臨時旅団司令部に呼ぶよう命じた。

 そして俺はいつぞや訪れたシブイヤの庭園に向かう。その庭園の一角を占拠した臨時の旅団司令部に向かう。

 天幕をくぐると地図と向き合う第一、第二連隊の幕僚たちが一斉に俺を見た。

 俺は会議室に駆け込んで来た伝令の話しをかいつまんでみんなに話し、騎兵中隊を使った斥候を出すことを知らせた。

 そのタイミングでケンタウロス達が司令部を訪れる。



「今朝のラートニル付近の会戦でタウキナ近衛騎士団はベスウスの重装歩兵隊に損害を与えるも敵の魔法兵の攻撃を受けてラートニルまで撤退したそうだ。我々の任務はラートニルまで後退した近衛騎士団の救援と支援である。騎兵中隊より二個中隊を抽出して斥候として東方辺境騎士団と共に先行させ、残りの連隊戦力は速やかにラートニルまで前進する。質問は?」

「抽出する騎兵中隊はどこの隊ですか?」



 ケンタウロスの青年が手を上げて聞いてきた。

 ケンタウロスの性なのかもしれないが、少し楽しそうな表情をしている。彼は確か第一中隊の中隊長をしていたはずだ。



「第二、第三中隊を先行させる。第一中隊は予備戦力として連隊と共にラートニルを目指す」

「それは、うちにコレット中尉がいるから不安で前線に出せないということでしょうか?」

「様々な事案を考慮して第一中隊が予備戦力になるほうが良いと判断しただけだ」



 出来るだけ表情を読まれないように地図に目を落として答えた。

 だが彼はそれだけでは納得してくれない。せっかく戦というのに前線に立てないことに苛立っている。



「でしたらコレット中尉を置いていきます。どうか我々も戦陣に加えてください! 一揆を起こした不貞の一族という汚名をそそがせて下さい」

「いや、第一中隊は予備戦力だ。いいな?」



 念を押すが、悔しそうに俺を睨む中隊長に負けそうになるが、それでも危険な斥候任務に問題児のいる部隊を出すわけには行かない。



「各部隊に速やかに出撃を伝えろ。騎兵隊はラートニルとシブイヤをつなぐ大街道で東方辺境騎士団と合流して進軍を開始せよ。なお騎兵隊は騎士団の指揮下に入ることなく各中隊長の指揮で動くように」

「騎士団の指揮下に入らないんですか?」



 ユッタの怪訝そうな問いに俺は頷いた。



「そうだ。騎士団の命令に従うことは無いが、騎士団から騎兵隊に対する支援は一切行わない事になった。だから各中隊長は独自の判断で動いて欲しい。だがあくまで騎兵の任務は斥候任務であり、敵と戦闘することではない。騎士団の指揮下には無いとは言え、敵情を掴んだ場合は速やかに騎士団に報告するように」



 ケンタウロスたちの顔を確認しながら下達された命令に彼らは頷いてくれた。



「斥候に関する詳細なルートなどは騎士団と作戦会議を行って決めてくれ。他の連隊も速やかに出撃の準備を整えて王城前に集結させるように。それが整い次第コッチも出るぞ。質問は?」



 俺は辺りを見渡してから解散させた。

 兵たちがあわただしく動き出してテーブルに広がっていた地図などを片しだす。

 ギラリとした暑さに空を一度仰いでから、俺もその作業に加わった。



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