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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
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タウキナ近衛騎士団 【リベク・イサク】

「リベク・イサク。入ります」



 私は鎧の擦れる音を響かせながらシブイヤの謁見の間に入った。

 頭を下げ、謁見の間の所定の位置で膝を付き、胸に籠手を打ちつける。



「此度は謁見をお許しいただき恐悦至極に存じます」

「面を上げて、イサク近衛騎士団長」



 東方辺境姫殿下が王城の警備とタウキナ大公家の私兵として組織させた近衛騎士団の長を拝命してすでに三ヶ月は経とうとしている。

 東方辺境領に輸出される最新鋭兵器である小銃を装備した実験部隊として此度の戦の先鋒を願いに私は来ていた。



「イサク。タウキナ諸侯の様子はどう?」



 アウレーネ様の帰還直前に布告されたタウキナ王位継承を端にした戦についてタウキナは再び分裂を起こそうとしていた。



「シブイヤ周辺のタウキナ分家の方々はすでに動員を始めているようですが、中には事態の推移を眺めている不貞の輩も……」

「そう。ベスウスと接しているタウキナ家の方々は?」

「現在、檄文を送っておりますが、芳しいとは言えません」



 タウキナ動乱後の混乱を収拾するために東方辺境騎士団が国内の不穏分子を力で黙らせたとは言え、自領が戦禍に巻き込まれることを恐れる諸侯は多い。特にベスウスと国境を接する連中にはその傾向が強い。

 元々、タウキナ内の経済低迷もあり、国境に近い貴族達はベスウス側に擦り寄っていたのかもしれない。



「現在召集出来る兵力は我々、近衛騎士団三千、出兵を決めている貴族私兵が総勢二千になります。傭兵隊にも呼集をかけており三千は集まりました」

「総勢八千。大軍になりましたね」



 不安そうな表情で呟く主に私は頷いた。

 これだけの兵力があればベスウスと言えど決戦を渋るかもしれない。

 だが大量の兵が集まれば指揮権の問題も出てくる。

 近衛騎士団の指揮権は完全に掌握しているが、貴族個人に仕える私兵や金のために戦をしている傭兵隊は私の指揮権が及ばない。



「これにお姉さまとオシナー殿の騎士団と連隊が合わさるのですね」

「その通りです。おそらく我が軍は一万を越す大軍となりましょう。これでベスウスも鎧袖一触。大公様に勝利を献上できるものと思います。そして何卒、我ら近衛騎士団を先鋒に遣わしていただきたい」

「ベスウスの戦力は未知数です。油断はいけません。先鋒は危険が伴いますよ」



 確かにベスウスの戦力は未知数だ。


 前々タウキナ大公がご存命であったときはタウキナ騎士団と合同の演習や武術大会を行って交流を重ねていたが、前タウキナ公であるアーニル・タウキナ様の代でそれは打ち切られてしまった。

 アーニル様の失策により両国の関係が悪化したのだろうと思っていたが、前王クワバトラ派のタウキナ家の力を削ぐために王宮が行った諸政策のためらしい。

 そのためタウキナ本家とベスウス家のつながりは前々タウキナ大公の妹君がベスウス家に嫁いだくらいのものになっている。



「されど、我々近衛騎士団が範を示す必要があります」



 東方辺境姫殿下によって創設された近衛騎士団はタウキナ家お抱えのタウキナ騎士団とセイケウ防衛軍などの反アーニル派が合わさった部隊だ。

 旧来のタウキナ派と反アーニル派の派閥が少なからず残っているタウキナに両派閥が結託して有事に当たることでタウキナを一枚岩に戻そうと言う狙いもある。

 だが、タウキナ諸侯にとって私はアーニル様を裏切った逆賊だ。

 その私が近衛騎士団の団長をしていることに反感を抱いている連中も居るという。



「しかし、無理は禁物です。くれぐれも各軍と歩調を合わせてください。蛮勇も禁じます」

「御意にございます」



 深々と頭を下げながら思った。

 この人はお優しいお方だ。アーニル様が心酔するのも頷ける。

 だが優しいだけでは戦場を生きられない。

 無謀な蛮勇の先に勝利が存在するのだ。対価無しにそれを得られる物ではない。



「後は……お姉さまたちはいつ頃タウキナに来られるのかしら?」

「軍の規模にもよりますが、二週間以内にはシブイヤに入城されると思います」

「開戦の期日ギリギリですね。イサクはどの地で決戦を行うつもりなの?」

「ラートニル周辺かと。かの地の周辺は丘陵地帯ですから地の利を生かした戦が出来ると思われます。それにシブイヤまで大街道が通っておりますので進軍も容易かと」

「出来るだけ街での戦闘は避けてください。いざとなればラートニル周辺は放棄してかまいません」



 くれぐれも民が戦に巻き込まれないように取り計らってください――。



「恐れながら大公様。歴代のケプカルト王から賜った国土を失陥させるなど言語道断。このタウキナの地を切り開いた先人たちに申し訳が立ちませぬ。タウキナ人ではない貴女様にはわかりかねる事だと思いまするが、言わせていただきます。

 他国に自領を辱められても良いなどと努々口にしないで頂きたい」



 アウレーネ・タウキナ様に対して言う言葉ではないことくらい分かる。

 軍司令官解任などを言われても文句は言えまい。


 しかし、この程度で怒るのであればその程度の人だ。

 大公国の長が自国を侵略されても良いなどと言って良いはずが無い。

 それを咎めた家臣を罰するのなら、この人は正に偽の王だ。



「……そうですね。口が過ぎました。忘れてください」

「ハッ。私も大公様にご無礼な物言いをしてしまいました。どうかお許しを」

「かまいません。イサクの言うとおり私は余所者です。王としても未熟です。ですから私が間違っていれば私を立ち止まらせてください。そして考える時間を下さい」



 家臣に考えを丸投げするのではなく、あくまで王である自分が判断を下す。

 前タウキナ大公アーニル様には無い王としての有り方。


 その有り方を守りたい。



「ではラートニルを中心に軍を進めてください。私はラートニルの領主に住民を疎開させるように勅令を出します」



 だが大公様の顔には民の暮らす街での戦闘を避けて欲しいと描いてある。

 出来るだけその意向には従いたい。

 そうなるとラートニルから先に騎士団を進ませなくてはならない。



「ラートニルを後方基地にして打って出るしかない、か」



 今後の作戦方針を呟くとアウレーネ様は心配げな顔で頷いてくれた。

 だが、攻勢に出るというのなら敵より先に動かなければならない。

 兵糧や弓などの消耗品の事を考えるなら到着が開戦に間に合うかわからない東方辺境騎士団を待っている余裕は無いだろう。

 ここはタウキナのもてる現有戦力でベスウスに挑むしかない。

 精強を謳う東方辺境騎士団と新兵器を装備している連隊が居ないのは心もとないが、我らタウキナ騎士団も先の動乱以来、練成に事欠かないし小銃も装備し始めている。

 東方辺境姫殿下の部隊に引けを取らない自負もある。



「重ねて言いますが、無理はしないで下さい。生きてタウキナに尽くしてください。そして私に勝利を」

「御意に」



 より深く頭を下げて私は謁見の間を後にした。

 その足で王宮を出てシブイヤ郊外に設けられた射撃場に向かう。

 元々は馬術の訓練場所兼騎士団の演習場だったそこには小銃の流れ矢が出ないように土壁が作られたりして無骨さが際立っている。

 その手前では弓兵達が小銃を的に向けて射撃をしている。

 その弓兵たちを指揮していた男が私を発見して近寄ってきた。



「騎士団長お疲れ様です」

「あぁ。訓練は滞りないか?」



 射撃場を改めてみると二十人の射手が座った姿勢で小銃を撃ち、その後方で小銃の装填を行っている者が居る。



「東方辺境領の連隊から派遣された元傭兵の指導で形だけはまともになりました」



 自分の兵の指揮権を獲られたのであろう弓兵隊長は苦虫を潰したような顔で言った。

 たかが傭兵如きに騎士団の兵の練兵を行わせるのは私にも抵抗があったが、そうでもしなければこの武器を扱いこなせない事もまた事実だった。

 苦渋の決断だったが、おかげで百人ほどの銃兵が育ったが、その動きはまだギクシャクしている。



「鎧をも貫く威力は凄まじいですが、鎧くらい弓でも貫けます。射程も長弓のほうが長いです。今からでも遅くはないので彼らを弓兵に戻していただけませんか?」



 弓兵から引き抜いた彼らも新式の武器に戸惑いがあるのだろう。そりゃ、耳元でアレだけ大きな音を響かせているのだから戸惑うはずだ。



「いや。あの小銃は敵の馬脚を乱す効果がある。おかげでセイケウ会戦では敗退したのだ。それに新しい武器を戦に投入すればベスウスも戸惑うであろう」



 だが弓兵隊長の言うとおり小銃は射程や命中精度に威力などが長弓に負けている。

 小銃で驚かせて長弓を打ち込む。

 これこそ効果的な戦術では無いだろうか。



「前王クワバトラ様がおっしゃっていたであろう」



 戦とは戦うまでにどれだけ準備できたかで勝敗が分かれる――。



「数も集まった。錬度も向上している。そして新しい武器がある。備えられるだけ備えたのだ。後は勝利を得るだけだ」



 私の呟きに弓兵隊長が力強く頷いた。



   ◇ ◇ ◇



「弓兵隊打て!!」



 馬上で剣を放って号令をかける。

 その声に極限まで引き絞られた長弓が弧を描いて敵陣に飛んでいく。



「ベスウスは斥候の報告どおり四千はいますな」



 私の傍らに立つ副官が確認するように言った。

 国境の関所から出てきたベスウスの歩兵はおよそ四千。騎士がいないのが不安要素であったが、関所の守備隊に騎士がいても少数の可能性が高い。

 それに丘陵地である国境を避けて平野の広がるベスウスの公都ザビグル周辺で起こるであろう会戦に備えているのかもしれない。



「東方騎士団の到着が間に合わなかったのは手痛いと思っておりましたが、敵の弓兵はほとんどが高価な弩で助かりました」

「そうだな。あれは近距離ならタウキナ産の鎧も貫通するが、如何せん射程が足りん」



 ベスウスは人魚の出る海域から離れている沿岸国家のため交易で莫大な富を得ているという。

 それは軍備にも現れており、高価な弩をはじめ、大鎧を着込んだ重装歩兵の戦列が隊伍を組んでいる。羨ましい限りだ。


 この様子だと重騎士も相当数確保していることだろう。

 対してタウキナ側は機動力で勝る軽歩兵が主力だから敵の重装歩兵と正面から戦闘を行うのは厳しいが、こちらの弓兵隊は長弓を装備しており射程の面でベスウスを凌駕している。



「銃兵隊と歩兵隊を前進させろ!」



 攻城戦において騎士の突撃は意味を成さない。


 セイケウ会戦で実感した答えに歯噛みしながら前進を開始した方陣を見守る。

 長槍を装備した歩兵が四角い方陣を中心にその両端にハの字型に銃兵が展開してゆっくりと歩みだした。

 敵は散発的に長弓を応射してくるが、行軍を止めるほどの威力は無い。

 対して我が軍の長弓は歩兵達を支援するために次々と矢を放っていく。


 歩兵達が止まった。



「撃てッ!!」



 その命令が風に乗って聞こえたとき、雷鳴を思わせる轟音が戦場に響く。

 その音に驚いた愛馬をなだめつつ敵陣を確認すると長弓と小銃の攻撃で混乱の様相を呈し始めているのが見た。



「小銃の音はなんとかならない物ですかね」



 うるさくて敵わないと副官が愚痴を言うが、軽口はそこまでだった。



「そろそろ突撃を行い、敵の士気を砕きましょう」

「そうだな。破城槌隊も前進! 今こそ騎士団も敗戦の汚名をすすぐぞ。突撃ッ!!」



 徐々に騎士団は駆け足を早くして行き、人馬を合わせた巨大な質量が大地を震わす。

 次第に強くなる風に高揚を感じて喊声を上げる。

 長年の戦友である愛馬は私の命令を忠実に実行して方陣を迂回して敵の側面に迫る。



「我が名はリベク・イサク。タウキナ近衛騎士団団長。いざ尋常に勝負!!」



 馬上から剣を抜き放って速度を緩めずに吶喊する。下手に立ち止まってしまえば後続と衝突する恐れもあるし、何より騎馬の突撃力が鈍ってしまう。

 五百キロを超える巨体で蹂躙される歩兵にとっては地獄と同じような時間が始まった。

 小銃の射撃と長弓の矢を受けて混乱が起こり始めていた敵の重装歩兵は我々騎士達の騎馬突撃ランスチャージを受けて立ち直れないほどの混乱の真っ只中に追いやられた。



「突撃ッ!」



 その混乱を機敏に察知した歩兵隊長の命令が飛び、方陣を組んでいた軽歩兵たちも前進を始めた。



「破城槌隊が来るぞ! 道を開けろ!!」



 正面、側面の突撃を受けた重装歩兵が壊走を始める。

 前線を押し上げた歩兵達の後から弓兵隊と銃兵隊が前進してその狙いを歩兵から関所に向ける。

 弓兵達が関所を制圧するような矢の雨を降らせる中、ついに破城槌隊が関所の城門にたどり着いた。


 耳を裂く怒号と共にベスウスとの国境に設けられた関所の扉に破城槌が打ち付けられる。



「あと一息だ!」



 私の号令と共に再度は序宇津血が振るわれ、城門が打ち破られた。



「突撃!!」



 軍鼓の響きと吶喊を叫ぶ声が戦場に混ざり合う。

 私も愛馬から飛び降りて関所の中に飛び込む。

 関所と言っても外敵の侵入を阻むというより密輸や逃亡を阻止するための拠点と言った具合の砦には近衛騎士団の主力や傭兵達がすでに突入を始めている。


 情勢はすでに決まった。



「タウキナ騎士団リベク・イサク殿とお見受けいたす! お覚悟ッ!!」



 守備兵が気勢を上げて袈裟懸けに切りかかってきた。

 その一撃を半歩だけ身を引いてかわし、自身の剣を叩きつける。

 肉を切る不快な感触と血の匂いにわずかながら鼓動が早くなった。



「えええいッ!!」



 背後からの叫びに視線を向けると長槍を構えた兵士が走りよって来た。

 その槍頭の動きを見極めてその突きをいなして懐に飛び込む。



「はあああッ!」



 裂帛した気合と共に剣を心臓に突き刺し、その兵士が補助武器として吊っていた剣の柄を掴んで引き抜く。

 それを横合いにいた敵兵に投げつける。

 投げつけられた兵は致命傷とは言いがたいが、体勢を崩すにはちょうど良かった。

 剣を突き刺して絶命した兵が落とした長槍を拾い、それを倒れた兵士に突き刺す。



「武勇の大盤振る舞いだ! 遅れをとるな!!」



 友軍に叱咤を加えて死んだ兵士から鞘ごと剣を頂く。死んだ奴には必要の無い物だ。



「イサク騎士団長!」



 後を追ってきた副官が襲い掛かってくる敵を斬りながら近づいてきた。

 返り血まみれの私を見て「お怪我は!?」と言った。



「大丈夫だ。それより状況はどうだ?」

「関所内にも突入しております。陥落は時間の問題かと」



 その時、戦闘を行っていた守備隊員が次々に武器を手放して壊走を始めた。


 だがこの関所はすでに騎士隊によって包囲されている。逃げ場など無い。

 そしていつしか関所内は戦の始まる前の静けさを取り戻した。

 いや、そこには武勇に沸き返る戦士達がい詰めている。



「我々の勝利だッ!! 勝ち鬨をあげろ!!」



 歓声の響く関所に勝利を祝う響きが――。



 轟音によってかき消された。


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