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銃火のオシナー  作者: べりや
第四章 タウキナ継承戦争
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ケンタウロス



 重苦しい空気の馬車の中で俺はため息をついた。

 また、戦争が始まる。



「何を辛気臭い顔をしておる。王の前でため息をつくなど従者にあるまじき行為だぞ」

「それは、すいませんでした。しかし――」

「皆まで言うな。こうも矢継ぎ早に戦になるとは思っておらなんだ。それより三兵戦術を机上理論だけでも組み立てねばならん。クワヴァラードに帰り次第、軍議を行う。これは騎士団と連隊の歩調あわせが大事だからな」

「はい」



 頷くのは良いが、騎士団と連携が取れるのだろうか?

 ケヒス姫様お率いる東方辺境騎士団の多くは『亜人』に恨みを抱いている。


 だが、ケヒス姫様を恨まないのだろうか?

 騎士団の損害はケヒス姫様がクワヴァラードを撤退しなかったからだ。

 ならばその指揮官を恨むべきじゃないか?

 それとも封建的主従関係が敵を内に、ではく外に作った結果、東方諸族を恨むようになったのだろうか。


 わからない。


 この世はわからない事が多すぎる。

 特にケヒス姫様の心象と政治はわからない。



「アレはなんだ?」



 ケヒス姫様が馬車の外を指す。その指先を追うと草原を駆ける馬の集団がこちらに近づきつつあった。

 騎士団の演習だろうか、と思っていると様子が違う。



「白い軍服――連隊のケンタウロスのようです」



 先のタウキナ動乱でアーニル・タウキナ様率いるタウキナ騎士団の奇襲を受けたときに騎士団から救援が来なかった事に危機感を覚えた事からケンタウロスの志願兵を高給で雇う事をふれたせいか、三百人(頭?)――三個中隊ほどの戦力が集まった。



「一個小隊ほどだと思われます。出迎えでしょうか?」



 今回もヨスズンさんが有事を知らせに早馬として東方に向かったので俺たちを迎えに来たのかもしれない。

 馬車を操る御者も小隊に気がついたのか、馬車を止めてくれた。

 そのせいで馬の蹄の音が聞こえてきた。その腹の奥底をえぐるような音に奇襲を受けたあの日のことがフラッシュバックする。



「おい。顔が青いぞ」

「い、いえ。大丈夫です」



 脂汗を拭って窓の外を見ると小隊の速度が増しているように思えた。

 あれ? アイツ等、なんでスピード上げているんだ?



「突撃ッ!!」



 小隊の先頭を走るケンタウロスの叫びが聞こえた。


 え?



「戦闘用意!!」



 ケヒス姫様が馬車の中から後方に控えていた護衛の騎士団に向けて叫んだ。

 騎士達はその命令に慌てながらも馬車の壁になるように馬を進めて長槍を構える。

 だが、ケンタウロス達は銃身を切り詰めた小銃を胸元に駆け寄ってきた。



「伏せろッ!!」



 長槍ではリーチが短すぎる。この距離では銃撃を避けることは――。



「ばんッ!!」



 迫力のある、怒声の篭った、間抜けな声が聞こえた。


 ケンタウロス達は口々に発砲音を真似た声を上げて馬車と騎士団を避けるように二股に避けていく。

 それにすれ違っていくケンタウロスたちが手にしているのは小銃に形を似せた教練用の木銃だった。


 完全に騙された。



「うぬの部下は愉快な事をやってくれるのだな」

「す、すいません。すいません」



 ケヒス姫様が戦闘用意の命令を出して各員小休止をとるように命令された。

 もちろんその工程の前に「帰還したら覚えて置け」と死刑宣告を出している。



「おい! 小隊指揮官は誰だ!?」

「アタシです」



 額に薄っすらと汗を浮かべたケンタウロスが満足げな表情で近づいてきた。

 コレット・クレマガリー少尉だ。

 以前、徴兵反対一揆を起こしたケンタウロスを率いていたカーリッシュの妹。



「オシナー少将並びに東方辺境姫殿下のお迎えに上がりました!!」



「迎えに来たのに突撃する馬鹿がどこに居る!?」

「襲撃行動の研究のため演習を実施する必要があると思い、この場でためさせていただきました! 軽率な行動なのは重々承知しておりますが近々、戦があると聞き及び、部隊の練成のためにも――」

「黙れッ!! いくら手にしているのが教練用の木銃であっても友軍に誤解を生むような真似はするな! 反乱が起こったのかと思ったぞ」



 俺の説教にコレットはニヤニヤと笑いながら「ケンタウロスは裏切りません」と小隊の連中にも声をかけた。彼らも一様に頷いてこの襲撃を楽しんでいる。



「お前たちの軽率な行動が反乱と誤認されて戦闘になっていた可能性もあるんだ。

 それにケヒス姫様に『亜人』には叛意があると思われたら連隊は解体だ。そうなれば今まで東方辺境領のために殉じて行った奴らの犠牲を無駄にするんだぞ。また俺たちは奴隷商の影におびえるようになるんだ。

 それもケンタウロスのせいでだ。

 お前たちの軽はずみが東方に暮らす諸族の安寧を奪うのだ」



 俺たちが築いてきた物を崩されそうになった。その想いは怒りとなって俺の身体を駆け巡る。



「お前たちの所属は?」



 俺の怒声に誰も声を発しない。誰もが押し黙っている。



「カーリッシュだったら、名乗っただろうに」



 あのケンタウロスという一族の事を想い、決起した潔い男を思い出した。

 その妹を見るとその顔にカーリッシュの面影があるような気がする。



「……クワヴァラード第一連隊騎兵第一中隊第一小隊であります」

「わかった。騎兵第一中隊全員に謹慎処分を与える。コレット少尉は営倉送りだ」

「中隊全員ですか!? 此度の罰を受けるべきでは我々第一小隊のみです。他の者は関係有りません!」

「連帯責任だ少尉。お前たちの勝手な行動が東方の安寧を脅かすと言っただろう。部隊を指揮する士官の勝手が関係の無い仲間を巻き込むこともあるんだ。それを忘れないためにも、中隊全員は謹慎処分とする。詳しい事は追って沙汰を出す。以上、わかれ」



 俺の号令でケンタウロス達は背筋を正して反射的に敬礼をした。それに答えて馬車に戻る。



「正にじゃじゃ馬だな」

「申し訳ありません。部下の責任は取ります」

「フン。お前が責任を取るといっても高が知れてるわ。それに罰を与えている暇もない。直ぐに出兵だからな」



 ケヒス姫様はそう言うと小休止をやめさせて再びクワヴァラードに向かうよう命令した。

 一向は騎士団が馬車を上下にはさむように進みだした。その脇を固めるようにケンタウロスの小隊がついている。

 出迎えなんて言い訳を出された時は呆れたが、これで一応の体裁は整えたというところだろうか。

 しかし騎士団がケンタウロスをみる表情は厳しい。

 襲撃行動を取られたのはもとより『亜人』に憎しみを持つ彼らはケンタウロスに不信感を抱いているのかもしれない。

 タウキナ動乱の時の奇襲で連隊にある騎士団への不信感(俺も持っている)と合わせてより溝が深まらなければ良いのだが。

 そんな釈然としない気持ちもまま俺はクワヴァラードの郊外に設けられた連隊の駐屯地前でケヒス姫様と別れた。



「お帰りをお待ちしておりました」



 駐屯地の前でユッタが出迎えてくれた。

 アムニスの戦いから付き従ってくれている副官のエルフの顔を久しぶりに見れてホッとしている俺が居る。

 だがユッタの顔は少し疲労の色が見えていた。そしてその顔は共に駐屯地に帰還を果たしたコレットの顔を見るとより一層、色濃く見えた。



「すでに第二連隊のスピノラ大佐も来られています」

「わかった。司令部に急ごう。あ、衛兵。コレット少尉を営倉に連れて行け。騎兵第一小隊の者は第一中隊の連中に兵舎での謹慎を言い渡して来い」



 キビキビとした所作でコレットの先頭を行くドワーフの青年を見送っていたらコレットがふと立ち止まった。



「オシナー少将。話し忘れていましたが、アタシはすでに中尉に昇進しています。呼ぶ時はお気をつけください」



 そう言えば袖口の階級章が変わっていた。袖口をよくよく見ないといけないデザインは変えたほうが良いかもしれない。



「それは悪かった中尉」

「それと――」

「何か?」

「あの昇進試験は頭の良い奴が一人でも居ればみんな合格できますよ」



 そんな捨て台詞まがいの事を言ってコレット少尉は歩き出した。

 それを聞いたユッタが頭を抱えながら「今度は何をしたんです?」と聞いてきた。

 今度は――って今までにも何かやらかしていたのか?

 俺が事の顛末を話すとユッタは大きくため息をついた。



「実は昨日までコレット中尉は営倉に居たんです」

「なんで?」

「それが、騎士団の人とトラブルを起こしまして……」



 コレット中尉は戦技向上のために小隊を率いて騎士団と模擬戦を行ったらしい。

 その模擬戦で勝利したコレット中尉達にいちゃもんをつけた騎士団員と暴力沙汰があったと言う。

 その時はユッタが駆けつけて場を修めたが、騎士団から連隊に謝罪とコレット中尉に対する処罰を求められたという。



「騎士団からはコレット中尉の身柄を渡すように言われたのですが、互いに波風立たないような解決をしようとわたしが処罰処を与えることにしたのですが……」



 ケヒス姫様やヨスズンさんと言ったストッパーが居ないからコレット中尉の身柄を渡していたら彼女はきっと殺されていただろう。



「それで営倉に入れていたのか?」

「いえ。減俸と謹慎と騎士団に対する謝罪を命じたのですが、騎士団への謝罪はしないって聞かないのでローカニル少佐が説得をしていたら『誰があんな奴らに頭を下げるかこの渋柿親父!』って……」

「……上官反逆罪じゃないか」

「ですから、営倉に入れて騎士団への謝罪文をわたしが捏造して――」



 有能な副官はその才をありったけ使って事態を収拾してくれたようだ。

 しかし、これはコレット中尉を本格的な軍法会議にかけて階級剥奪を行うべきか?


 連隊でも上官に反するな、任務を無断で放棄するな、敵に利する事をするな、と軍法は定めているが、これから起こる戦の事を考えると時間も人員も余裕が無い。

 ケヒス姫様の言葉じゃないが罰を与える時間も惜しい。

 部下を処罰しなければならない上に戦争指導をしなければならないと思うと軽くめまいがする。

 いや、その処罰を俺に代わって下してくれていたユッタの前で言うことではないか。



「長旅でしたし、少し休まれてから軍議にしますか?」

「いや。直ぐに始めよう。連隊としての方針を決めてケヒス姫様に早く奏上しないと何をやらされるかわからない」



 砲声と銃声が響く射撃場を尻目に天幕で囲まれた連隊司令部に入るとすでに見知った顔が勢ぞろいしていたが、初顔の連中も居た。第二連隊の人達か?

 その中で縄煙草をふかしていたスピノラさんが煙草をもみ消して立ち上がり、敬礼した。



「お待ちしておりました。オシナー連隊長閣下」



 答礼で答えて全員を席に座らせる。



「長旅ご苦労様ですな。猟兵第二連隊二千名はホルーマの駐屯地で動員をかけておりまさ。タウキナに行くにはあと一週間はかかるでしょう」

「第一連隊はすでに動員をかけておりますので四日ほどで出撃できます」



 スピノラさんとユッタの報告に頷いてテーブルに敷かれた地図に視線を落とす。

 そこにはタウキナを中心として西にベスウス大公国、東に東方辺境領が描かれており、タウキナと東方には赤い駒が置かれていた。



「騎士団からの情報ですとタウキナ騎士団の配備状況は地図の通りのようです。一部の部隊はタウキナ産の小銃で武装をした部隊を持っているようです。ただ、扱い方は知っているとは思いますが小銃を用いた戦闘教義ドクトリンが確立されているか怪しいです」



 ユッタが地図の方々を指し示しながら騎士団の配備状況と連隊の集結状況を説明してくれた。



「ローカニル。今回の戦では長距離遠征になるが、砲弾や銃弾の運搬は大丈夫そうか?」

「それはボクから報告します」



 ローカニルに向けた視線の先で赤毛の少年が手を上げた。

 いや、少年ではない。身長こそ少年のそれと変わりはしないが、その顔が抱える貫禄は大人のそれだった。



「ホビットのヨルン・メルク中尉相等官です。輜重中隊中隊長兼兵站参謀を仰せつかっております」



 ヨルンは元々、シブイヤのタウキナ家に仕えていたが、ケヒス姫様の亜人政策見直しの一環でクワヴァラードに引き抜かれた文官の一人だ。

 いずれ東方に自治権を渡すための準備として東方辺境領総督府に読み書きのできる『亜人』を欲したケヒス姫様はタウキナ家に仕えていたホビットに白羽の矢を立てた。

 元々平和を愛する農耕種族であるホビットを軍人にするより文官として雇ったようだが、スピノラさんが彼らの強靭な精神力に目をつけたのだ。



「いやぁ。ホビットと言えば精神の耐久力が人一倍ですからね。緻密な兵站計画を立たせるなら文官として雇っているホビットでも問題ないと思いまして勝手にやらせてもらいましたわ」

「先のタウキナ動乱におけるサラ・ラケル中尉の中隊は砲弾の補給が受けられなかったせいでタウキナ騎士団に蹂躙された教訓から補給を専門に行う部隊とその参謀が必要と思いましての」



 スピノラさんの説明にローカニルが続いた。

 タウキナ動乱のセイケウ会戦の後、武勇の誉れ高いアーニル・タウキナ様率いるタウキナ騎士団の奇襲を受けたサラ・ラケル中尉の中隊は補給の手違いで陣地に砲弾が無かった。

 そのせいで砲兵が猟兵を支援出来なかった。そして救援が遅れた中隊は全滅、中隊長のサラ・ラケル中尉は戦死した。



「連隊には元々輜重中隊がついていましたが、幕僚として輜重兵を迎えた事はありませんでした。オシナーさんの言う三兵戦術――諸兵科の統合運用を目指すのであれば補給を担当する兵を幕僚に加えるべきだと思ってメルク中尉相等官を呼びました」



 ユッタたちの説明を聞くまでも無く兵站を司る参謀を置くことの必要性は感じていたが、今まではそれに適任する人物が居なかった。

 それに輜重兵は基本的にケヒス姫様が贔屓にしている商会から得た軍属が行ってくれていたので無闇に連隊から人員を出すことに躊躇いを感じていた。



「商会の方は輜重参謀の指揮下に入ることに納得しているのか?」

「上手く交渉できましたので安心してくだせぇ」

「ならヨルン・メルク中尉相等官の着任を認める。これからよろしく頼む」

「は、はい!」



 まだぎこちない敬礼で答えてくれたヨルンに答礼を返して俺は連隊の兵站について聞いた。



「タウキナ内であれば問題ないはずです。しかし、ベスウスまでの出兵となると連隊の予算としても厳しいですし、それに――」

「それに?」



 俺の言葉に逡巡したヨルンは迷いながらも口を開いた。



「タウキナも亜人融和政策を採っておりますが、人間達が我々を見て驚かないはずが有りません。最悪、街道沿いの村や町に入れない可能性があります。先の動乱の報告書では野営が中心の短期戦でしたが、大公国同士の戦争となれば長期化する恐れも有ります。兵糧は現地調達でもかまわないと思いますが、弾薬の補給は難しいかもしれません」



 タウキナでも小銃の製作と同時に銃弾の製造も行っているが、それはタウキナ騎士団向けに作られているのであって連隊に売られるかという疑問もある。



「ここは一つ、冷血姫様か、新タウキナ大公殿に勅旨を出してもらうしかないですな」



 確かに王族から逆らえない命令を村々に出してくれれば連隊を受け入れてくれるだろう。



「それじゃ、その事も含めて奏上しよう」



 とりあえずは連隊の戦力、出撃日、兵站に関する問題を把握した。この後の軍議で騎士団の方針を確認して互いに戦略を組み立てなくてはならない。

 それに今回はタウキナ騎士団との合同作戦になる。

 連隊にはただでさえ騎士団に対する不信がある。その上タウキナ騎士団は再編を経たとしても仲間を殺した連中であることに代わりは無い。

 三つの軍が合同作戦を取らねばならないのだから、調整には大きな時間が掛かるであろう。

 そんな不安を抱えて俺はクワヴァラードの会議室に向かうことにした。



久しぶりの投稿に緊張しております。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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