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銃火のオシナー  作者: べりや
第三章 パックス
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幕間 連隊副官 【ユッタ・モニカ】

今回は視点変更してユッタ・モニカ少佐視点。

 夢を見ている。


 暗く、鈍った意識の先に白い軍服と包帯を赤で染めたサラ・ラケルが虚ろな瞳でわたしを見ている。



「ユッタ。そこに居るの? もう、何も、見えない……」



 軍服の裾をつかむ幼馴染になげかける言葉が見つからない。

 いや、口が動いてくれない。口だけではなく身体も動けなくなっている。

 ただただ冷たくなりつつある戦友を見ているしかなかった。



「ねぇ。寒いよ。ユッタ? ユッタ? 家に帰りたいよ。故郷に帰りたいよ」



 裾が力強く引っ張られた。それに驚いてサラの顔を見ると彼女の精気の無い瞳が見開かれてわたしを見つめている。

 思わず悲鳴があげそうになったが、口は相変わらず動いてくれない。身体も、だ。



「死にたくないよ」



 悲痛に満ちた声と共にサラは消えた。

 だが身体は相変わらず動けないし、思考もまとまる気配が無い。

 何かを考えようとしては霧散していく。



「ユッタ大尉」



 声のした方角に視線だけ動かすと背中に矢が刺さったヘーメル少尉がわたしを冷たく見つめていた。



「妻に……娘に、会いたい。あぁ。愛しの家族に歌を歌ってあげたい」



 冷たく、掠れた声に耳を塞ぎたくなるが、やはりわたしの体は動かない。



「もう誰のためにも歌うことが出来ない。生きていさえいれば……。生きてさえいれば……」



 ヘーメルさんの闇をたたえる瞳から冷たいものが流れ落ちる。

 そういえばヘーメルさんの奥さんに夫の戦死を告げる手紙を書いたっけ。

 その手紙の返事は未だに来ない。

 いや、返事を末だなんておこがましいことだ。


 奴隷という身分から解放されたいの一心で戦ったアムニス大橋。

 東方に暮らす諸族を助けるために必死に戦ったタウキナ。

 どの戦も仲間が――友が一人、二人と消えていく。

 あの奴隷馬車の中にいた同郷の仲間はもう片手で数えられるほどしか生きていない。

 涙があふれてきた。夢だというのにわたしは泣いてしまった。

 ふと、急速に意識が暗黒の世界から光の世界に浮上を始める。

 闇の冷たさも、戦死した仲間の怨念も置き去りにして暖かい光の世界に向かう。


 気がつくと木陰の下に居た。

 クワヴァラード第一連隊――旧称野戦猟兵連隊の駐屯地の端に生えている一本の大木の根元。

 その木陰でわたしはいつしか眠ってしまっていたようだ。

 手元にはタウキナの王城で侍女をしている友人に宛てる書きかけの手紙が握られていた。汗で皺が出来ている。

 書き直そうか思案していると午後の課業を始めるラッパが聞こえてきた。

 もう少し休んでいたい気もするが、オシナーさんから任された連隊をないがしろにすることは出来ない。

 背伸びをしてわたしは射撃場に向かった。






 甲高い銃声の響く射撃場。


 その一角では試作小銃を手にしたエルフたちがすでに長距離射撃訓練を始めていた。

 この小銃は元来の手銃やこの前正式採用された小銃と比べて長距離での命中率が高い。

 その運用研究のため射撃に秀でたエルフたちで集めた班をわたしは任されている。



「連隊副官殿!」



 わたしに気がついた兵が敬礼をしてくれるが、それに「気にせず続けて」と答える。

 その班員から一丁の試作小銃を受け取ってまずは動作確認を行う。

 連隊副官として不在の連隊長の変わりに書類仕事もするが、この時間があるからこそそれを乗り越えられる。

 最近はスピノラさんがスカウトした元文官のホビットに補給関連の仕事の決済を任せたのでだいぶ楽にはなったが、これを一人で黙々とこなしていたオシナーさんには尊敬の念を抱かざるを得ない。



「射座入ります」



 安全確保のため言葉に出して射撃位置に移動する。射座と言っても距離を測るために設置されたロープの手前に立つだけだが。

 そこで従兵に早合を渡された。



「これがタウキナの時にあればな……」



 今まで射座に入っていたエルフの一人が呟いた。

 その言葉は同感だ。

 人間ほどの大きさであれば二百五十メートルほどで必中できる自身がある。

 銃剣の取り回しも改善されてより槍としても扱いやすくなった。

 これがタウキナ動乱の時に――。

 サラの部隊にこれが配備されていたら彼女は――。


 いや、考えても無駄だ。


 サラたちの犠牲があったからこそ手銃を改良した小銃が作られたのだ。

 彼女たちだけではない。

 アムニスで、タウキナで散った仲間のおかげで今という物があるのだ。



「それを言っても仕方ありません。戦死したみんなが居たからこそわたし達はここに居られます。こうして小銃を手にすることが出来ます」



 そう。ヘーメルさんを始めに大勢の仲間がその身を賭して勝利と自由を求めてきた。

 奴隷という身分を廃し、植民地となっている東方辺境領の自治権を得るためにその身を捧げてきたのだ。

 そのおかげでわたし達は暮らしていけるのだ。


 だから――。



「だから、次はわたし達が東方に殉じる時です」



 ヘーメルさんに――サラに遅れをとるわけには行かない。

 わたし達は誇り高いエルフなのだ。

 その身を捧げてまで戦ってくれた仲間に遅れをとるわけには、行かない。



「少佐! モニカ少佐はおられますか!?」



 射撃場にケンタウロスが駆け込んできて私の姿を確認すると立ち止まって敬礼をしてくれた。



「なんですか?」



 それに答礼しつつ、なんだか嫌な予感を覚えた。



「それが、騎士団と実技演習中だった我が小隊が騎士団に難癖付けられてそれが喧嘩に発展してしまって……」



 頭痛がして来た。



「小隊長は?」

「ハッ。コレット――。クレマガリー小隊長であります」



 以前から連隊の問題児だと警戒していたケンタウロスのコレットがついにやってしまった。

 彼女のせいで騎士団と連隊の間に横たわる不信の溝を埋めるために合同演習でさらに溝が深まりそうだ。



「わかりました。仲裁に向かいます……」



 だがそれより騎士団との演習を企画して、その調整に当たったわたしの時間が無駄になったことのほうがショックで仕方ない。

 オシナーさん。早く帰ってきてください。

 王都にいるであろう彼を――まるで恋しい人に思いを馳せる乙女のようにため息をついてしまった。


 そんなわたしを見ていた班員がニヤついていたのでムッと睨んでから、わたしは射撃場を後にした。



み、短いけどゆるしてヒヤシンス。


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