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銃火のオシナー  作者: べりや
第三章 パックス
21/126

図上演習

 迷った。


 厠の場所は通りかかった執事の人に聞いたから良かったが、どこかで帰り道を間違えたようだ。

 ここはどこだ? だいぶ歩いてしまったから厠に戻れと言われても戻れる気がしない。



「おい。もう直ぐ始まるぞ」

「急ごう」



 若い騎士達が俺を追い越していく。あっちに人が向かっていると言うことは何かあるのだろうか。

 人が多い方に行けば何とかなるかもしれなくも無いだろう。たぶん。


 騎士達が行った方向に歩いていると壁が途切れて広々とした中庭になっていた。

 よくよく見ると中には二種類の敷石が置かれていて白と黒のチェス盤のような形になっている。

 いや、それは実際にチェス盤なのかもしれない。盤の上には王冠や馬、城、そして歩兵を思わせる駒が並べられているようだ。


 だが俺の知っているチェス盤より目の数が多い。縦横に五十以上の升目がある。それに駒の数もそれに合わせて多い。

 見ていると三人程度のグループが審判と思わしき人と話し合っていた。

 そして審判が挙手をする。



「これより第六十四ターン目の結果を発表します。白軍の左翼歩兵部隊が黒軍の騎士部隊と交戦しました。これより交戦結果を出します」



 審判の合図で白軍と呼ばれたチームの一人がサイコロを盤上に投げた。続いて黒軍の一人も同じようにサイコロを投げる。


「白軍は三。黒軍四。状況想定表ルールブックに則り、この攻撃で白軍歩兵部隊は壊滅。しかし地形効果の補正を受けた白軍の逆襲で黒軍の騎士部隊の損害が大となり一ターンの行動不能とする。続いて――」



 どうやら図上演習を行っているようだ。


 周りの顔ぶれが皆そろって若いのを見ると騎士の見習いか、貴族の息子、娘といった生まれの良い人が戦場に想いを馳せて演習をしているのかもしれない。



「おい。そう言えば王都に冷血姫が来ているらしい。父上が言っていた」

「いやだ。あの野蛮な姫様?」



 このターンの状況が全て終了して両陣営が再び作戦会議を始めた幕切れのような時間にそんな雑談をしている人たちがいた。


 野蛮な姫様って……。否定はしないが。


「その家臣のオシナーという将軍がかなりの切れ者らしいな」



 ん?



「タウキナ騎士団を千の手勢で破ったとか五千のオークを百の寡兵で全滅させたとかか? どうせ噂だよ」



 すげー噂だ。そもそも常識的に考えて五千のオークに百の兵で勝てるわけ無いだろ。

 それにタウキナ動乱の時は確かに千ほどの部隊だったが、当方辺境騎士団も一緒に戦ったぞ。



「所詮は噂だろ? そんな将軍が居るなら冷血姫ではなく第一王子のエイウェル様に使えているんじゃないのか?」

「そう言えばエイウェル様の従者をしているノルトランド大公国のヘルスト様も武勇の誉れ高いよな」

「ノルトランドつながりの噂と言えば西方戦線だが、聞いたか? 西方蛮族の連中は火矢を使うそうだな」

「火矢?」

「あぁ。火炎と共に雷のような音を響かせる魔法を使うそうだ」

「それが珍しいのか? 火の魔法なんてさして珍しくないだろ。音は……知らないが」

「それがな、兵士一人一人が魔法を使えるらしい。それでノルトランドの騎士隊に損害が出たとか」

「その話を詳しく聞かせてくれますか?」

「は?」



 思わず食いついてしまった。ケヒス姫様からしゃべるなと厳命されていたが、魔法の火矢というのは気になって仕方が無い。

 それにばれなければ怒られる事もあるまい。



「火矢のことか? いや話した通りだ。西方帰りの傭兵の御伽噺だよ」



 真に受けるな、と言外に言われたが、それが本当ならその火矢の正体は銃ないし大砲だろう。

 性能はわからないが、この世界にも火器が存在するのか。



「そう言えば見慣れない顔だな。それにその服も珍しい。どこの家の者だ?」

「え、あ。その。お、オシナーと申します。オシナ――。いやオシナル。オシナル・タウキナと言います」

「タウキナ? ほう。では先の動乱に参加したのか?」

「い、いえ。タウキナと言っても大公家とは遠縁で戦には参加していません」



 ケヒス姫様の部下であると言ったらソレはそれで問題になりそうだ。

 ここでもし口を滑らしても偽名であればケヒス姫様に泥を塗るような事にはなるまい。

 とりあえずこの場はオシナルで通そう。



「火矢について知りたいのならあの、白軍の長に聞いてみろ」



 深緑色のフロッグコートと思わしき上着に赤地の乗馬ズボンを着ている姫騎士が居た

 アウレーネ様のような色白とは違って野外での活動を思わせる健康的な肌をしているし、活発さをアピールするようなポニーテールが眩しく感じる。

 無駄の無い絞られた肢体はタウキナのアーニル様を思い出させるが、武人として鍛え上げられたというより野外で活動するうちにそうなったような自然さを感じさせる。

 しかしアウレーネ様と決定的に違うのは彼女の顔にかけられた眼鏡だ。

 活発さの中に知性を感じさせる魔性のアイテム。それが眼鏡だ。

 そのせいか武人というより軍師と言うイメージがぴったり合う。



「あの人は?」

「ば、お前何言っているんだ!? あの方はノルトランド大公家の第二公姫であるヘルスト・ノルトランド様だぞ!?」

「え!? あぁ。な、なるほど。どこかで見た事あると思えばノルトランド公の……」



 そりゃ知ってますよ。ははは。という雰囲気を出したが後の祭りだ。

 コイツ、本当にタウキナ家の人間なのかと怪しまれている。



「もう数手で勝負が決まりそうだからその時に聞いてみたらどうだ?」

「そ、そうですね。あははは」



 勝負はすでに佳境なのか。

 盤上を覗き込むと黒軍の歩兵部隊が白軍の中央戦線を食い破って本陣に迫ろうとしているようだ。



「そうなんですか?」

「なんだ。オシナルは図上演習を始めて見るのか?」



 説明によると駒はチェスとは違って移動方向は自由だが、駒ごとに動かせるマスの数が決まっているそうだ。

 歩兵が一マス動けば騎士は三マス動けるということらしい。

 そして部隊同士が交戦すると互いにサイコロを振って出た目と交戦する部隊によって状況想定表ルールブックを元に損害を計算していく。

 その上で地形による補正で攻撃力や防御力が変わるらしい。


 面白そうだ。あの審判の人に状況想定表の写しをもらおう。連隊の士官同士でやらせたい。



「それじゃ、この試合は長引くんじゃないんですか? 泥仕合になると思うんですけど」

「何を言っているんだ? 黒軍は目前には敵の本陣があるのだ。白軍の負けだ」



 この人声が大きい。白軍の長――ヘルスト様に睨まれた。



「いや。黒軍の騎士は突出しすぎていて歩兵の支援が受けれません。それに他の騎士隊はさっきのターンで損害が大きくて行動不能になっているから応援に駆けつけられません。分散している白軍の騎士隊が集結して黒軍の騎士隊を包囲すれば前線が回復します。しかし一度戦線を食い破られているので互いに戦力を消耗するだけかと……」



 まあ実際の戦闘だったらそうなのだろうが、盤上のゲームだとわからない部分が多い。

 損害判定がサイコロというのも運任せだしな。

 まあ実際の戦争も運の要素はあるものだが、作戦立案の段階では期待値も含めて計算された作戦を立てねばならない。

 そう『米海兵隊が教えるタリバンから命を守る二百のテクニック』に書いてあった。


 それでも不測の事態というのは起こるものだ。


 勝手に囮にされて騎士団から援軍が来ないとか。



「そこ静かに」



 審判の怒声に慌てて口を閉ざす。

 確かに作戦をボロボロ言っていればそりゃ怒られるか。






 図上演習は黒軍がいかに早く突出した騎士隊で白軍の本陣を落とすか、それとも黒軍の攻撃を防いで返す刀で白軍が勝利を掴むかの戦いになった。


 要は泥試合だ。


 黒軍は攻めきれず、白軍は攻撃に出れず。

 大体俺の予想通りになって個人的に鼻が高くなった。



「状況終了。百八十六ターンを持って両軍は損害大となり継戦不能と判断。よってこの戦は引き分け」



 審判の掛け声に拍手が起こった。


 泥試合と言っても見方を変えれば接戦とも言えるだろう。俺もこの長期戦を固唾を呑んで見守っていたから惜しみない拍手を送る。



「一次休憩。御くつろぎください」



 審判の言葉と共にメイド達が出てきて手にした盆からガラスのコップに入ったワインを配っていく。



「どうぞ」

「あ、いや。任務中ですので」

「ここに来て演習を観戦しているのが任務なのか?」



 そう言ったのは白軍の長――ヘルスト・ノルトランドその人だ。

 慌てて頭を下げるが、「良い」と制された。



「見事な戦術眼をお持ちのようだ。一緒に飲もう」



 ヘルスト様はメイドが持った盆から二つのグラスを手にして片方を俺に渡した。



「ありがとうございます」

「それでは演習を観戦してくれた軍師殿に」

「勇戦しておられた白軍長に」



 互いにグラスを掲げてグラスの中身を半分ほど飲み下す。

 優しい果実の風味をたたえた深紅のワインは喉越しがよく、一息で飲んでしまいたい誘惑に駆られるがケヒス姫様に教えられたマナーを思い出してグッと我慢する。



「我がノルトランド産のワインだ。味はどうかな?」

「こんな酒は飲んだことが有りません。とても美味しいです」



 前世でもこれほど美味いワインなんて飲んだことが無い。

 だがよくよく考えれば貴族ご用達の高級なワインが市場に出回るほうが稀というか、酒は好きだったが、そこまで高い酒を飲んだ記憶はない。

 転生して貴重な体験が出来た。



「それは嬉しい。自分はこの味を守ることが出来るのなら対価を求めずに剣を取ろうぞ」



 クスクスと屈託無く笑われるその姿に内心の警戒がほどけてゆく。

 同じ大公の娘というアーニル様とは印象がだいぶ違うな。



「名乗るのが遅れました。オシナル・タウキナと言います」

「自分はヘルスト。ノルトランド大公が娘にして第一王子エイウェル・ゲオルグティーレ様の従者をしている。よろしくオシナル」



 気さくに握手を求めてくれた彼に俺はそれに応じた。

 中々、歯切れの良い人のようだ。



「自分に話を聞きたいそうだけど?」

「魔法の火矢について教えていただきたいのですが……」



 本当に魔法の火矢と言うのならどうしようもないが、それが手銃や小銃のような火薬の力を使った銃なら対策を考えなければならない。

 まあ使われているが東方と反対の西方だから西方の異国と連隊が撃ち合うことは無いだろうが、問題はその銃を手にしたケプカルト諸侯国連合王国が自国でそれの生産を始めた時だ。

 すでにこの世界において先進的な戦術を取り入れ始めている連隊だが、その優位性が揺らぐかもしれない。

ヘルスト様は「その噂か」と手にしたグラスの中身を飲み込んで何か思案しているようだ。



「その火矢というのは本当に魔法を使うのですか?」

「……何を言っておるのだ?」

「いや。もしかして一般の兵士が魔法では無く、新兵器で戦っているんじゃないかと思って」

「軍師殿。君は魔法が使えない一般の兵士が、と言ったがではどうやって攻撃しているのだ? 魔法ではなく、別の方法があると思っているのか?」



 ここまで踏み込んだ質問をされるということは正しい噂だったという事か?

 だが下手に切り込むと俺に西方戦線から回された間諜スパイと思われるかもしれない。

 慎重に答えたいが、噂の真意を知りたい。



「魔法では無いと言うことなら科学の力でも使っているのでは? 何か、秘薬でも使って矢のような物を飛ばしているとか」



 ヘルスト様が俺の腕を力強く捕まれる。思わず手にしていたワイングラスを放してしまった。も、もったいない……。



「付いてきてくれ」



 有無を言わせない口調でヘルスト様が歩き出した。女とは思えない力で引っ張られて足をもつれさせながら中庭を過ぎて大理石の廊下を進む。

 ヘルスト様は辺りをうかがいながら進み、ついに人気の無い通路に出た。

 そしてヘルスト様が壁に手をついた。気がつくと背には壁。正面には姫騎士が。


 あれ? どうしてこうなった?


 コレって前世だとお金を獲られるか、貞操を奪われるような展開じゃないの?

 俺は金を持っていないし、持っているものと言えば貞操くらいで――。


 あ、もしかしてもしかする展開なの!?



「正直に答えてくれ。絶対にはぐらかすない」

「ひゃい!?」



 舌を噛んだ。


 いや、俺にも人並みの性欲はあるが、こんな急展開についていけるほどもてあましていないぞ。

 ヘルスト様はゆっくりと顔を近づけてきた。


 ヤバイヤバイヤバババ。


 甘い香りがする。すげー良い匂いだ。それだけで頭がショートしそうになる。


 逆に押し倒したい。


 思考がパンクする寸前でヘルスト様の顔が脇に逸れた。そして耳元でささやいた。



「あなた『も』転生者なのか?」



新キャラ登場です。


良いスパイスとなってくれれば良いのですがね。


そして図上演習ですが、なんとなくこんな感じですかねぇ。

というべりやオリジナルの物ですから実際の物とは違う点があります。

注意してください。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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