新調
王都バルジラード滞在二日目。
「似合っておるぞ」
昨日採寸したばかりなのに今朝には仕立て屋が新調した軍服を届けてくれた。
きっと冷血姫様の逆鱗に触れられたくなかったのだろう。
王城に呼び出された仕立て屋は正に戦々恐々としていて、ケヒス姫様に声をかけられるたびに大仰に驚いてビクビクとしていたのを思い出した。
俺の都合とはいえ、本当に申し訳ないことをしたと思う。
「ふむ。黒地に赤の飾緒というのは映えるな」
黒地の詰襟服に肋骨のような赤い飾緒の軍服はお洒落と言えばお洒落のような気がする。
まあ昨日は軍服のデザインでケヒス姫様と揉めに揉めて妥協に妥協を行った結果だから自分でも納得はしている。(その間に仕立て屋の顔が見る見る青くなっていた)
このタイプの服は確か前世だと肋骨服というタイプの軍服だったはずだ。
元々は騎馬民族の民族衣装で、第一次世界大戦まで騎兵が好んで着ていたという。
「だが赤が足りないか。飾緒と首元に袖口の刺繍だけでは物足りない」
「それは昨日も話しましたよね」
首元に歩兵科を現す緋色の襟章は目立つがしょうがない。
首元に兵科色をつけるのは連隊の規定だから連隊長の俺が破るわけにはいかない。
だから俺としては首元が赤いだけでよかったのだが、ケヒス姫様のシンボルカラーである赤色が足りないと散々言われた。
そして紆余曲折あって首元と飾緒、そして階級章を兼ねる袖口の模様が赤くなった。
まあ互いの妥協点を擦り合わせた結果だから互いにそこそこ気に入っているのが救いだろう。
「で、なんでその白い布を肩掛けにしているのだ?」
「いや、これ大綬ですよね? タウキナで宰相閣下からもらった」
正確には現王ゲオルグティーレ様が俺にくれた大綬を宰相閣下が俺に渡しただけだけど。
「それは大綬では無いぞ」
「え? なんですと」
「そんな安っぽいただの布切れが勲章であるか。大綬の授与式など余をタウキナに引き止めるための口実だ。大綬事など現王は知らんと思うぞ」
と、言うことは士官らしい装備と言えばケヒス姫様から頂いた軍刀だけになるのか。
いや、初めてもらった大綬というか、勲章が偽物だったと聞いてガッカリしない奴はいないだろう。
「そんなに勲章が欲しいなら余がやろう。ヨスズン」
ヨスズンさんがどこからとも無く小さな小箱を持ってきた。
その蓋を開けると小さな布とメダルがついた勲章が三つ入っていた。
「一つは王国の定める三級戦功章、次いでアムニス従軍章、最後のがタウキナ戦役戦功十字章だ」
おお。こうして見ると確かに方々の戦場に行ったものだと思う。
だがそこに部下の犠牲があってこその勝利であるのは間違いない。
ケヒス姫様は戦場では優秀な者から死んでいくと言っていたが、その通りだ。
俺はこうして生きている。だから生きているから出来る事をしなければならない。
様々な戦場に参加した事を忘れないように俺はこの勲章を胸に頂こう。決して犠牲を無駄にしないためにそれを胸に刻もう。
「ちなみに三級戦功章は基本的に一から三までの三段階だ。あとの二つは余が作った」
「ほとんど自作自演じゃないですか!?」
胸に刻む勲章がほとんどやらせのように付けられるなんて納得がいかない。
いや、戦場の記憶を持つのに歴史のある勲章が必要なわけではないのはわかる。
だが場当たり的に作られた勲章で良いのかと俺の中の心が叫んでいる。
もうちょっと何とかならんかったのか。
「そんなに勲章が欲しければ己の力で手に入れてみろ」
「く、確かに正論ですね」
まあケヒス姫様からもらえるだけありがたいと思おう。
これで外見は様になっただろうかと思ったとき、扉がノックされた。
「アウレーニです。入室してよろしいですか?」
「入れ。ってうぬは何を驚いておる」
ケヒス姫様が素直にアウレーニ様の入室を認めた事に驚いている、なんて言ったら俺は殴られる気がするので黙っておく。
口は災いの元だ。
「おはようございます」
腰を折って挨拶するアウレーネ様に俺は急いで立ち上がって礼をする。
「まあ。素敵なお召し物ですね」
「あ、ありがとうございます」
女性に服装を褒められるというのは、男としてくるものがある。
それだけでケヒス姫様と討論をした甲斐があるという物だ。
「本日の予定は?」
「ハッ。ではこのヨスズンが申し上げます」
アウレーネ様にも従者がついていたと思ったが、ヨスズンさんがスケジュール管理をしているのはどこか不思議に思う。
「本日はお二方とも王との謁見が許されております。昼前に王と謁見し、昼は商会の方々と会食。午後は各大臣とタウキナ動乱の顛末について会談して頂きます。夜は王主催の晩餐会があるので参加し、後に宰相閣下と会談が予定されております」
「最後の予定は取止めだ」
「タウキナの人事においてですので出来れば姫様も参加して頂きたいのですが……」
ケヒス姫様が渋々と了承するまでにだいぶ時間を喰ってしまったが、ヨスズンさんはそれを見越していたのか、了承すると「王との謁見の時間です」と言った。
「なら行くぞ。うぬよ。わかっているだろうが――」
「わかってます。しゃべりませんよ」
立ち上がったケヒス姫様の後に続いて俺も歩き出す。
部屋に置かれていた鏡で身だしなみを確認して部屋を出た。
腰に吊ったサーベルの重さが腰に違和感を与えていたが、そのうち慣れるだろう。
そう思いながら歩いているとすれ違うメイドや執事たちが丁寧に挨拶をして行く。やはり王城のだけあって教育が行き届いているようだ。
だが俺たちを遠巻きに眺めている貴族や騎士達はヒソヒソと内緒話をしている。俺の格好を見ているのか、それとも冷血姫様の事を話しているのか。
そうしているとヨスズンさんがある扉の前で止まった。
ここが謁見の間なのか。
再度身だしなみを確認しようと思ったが、ここで自分の身体をあちらこちら見るのは落ち着きが無いと思われるかもしれない。グッと我慢する。
ヨスズンさんが扉をノックして、開ける。え? 謁見の間に入るのにノックだけ!?
「何をしている。早く控えの間に入れ」
あ、あぁ。直接謁見の間に入れるわけじゃ無いんですね。
クワヴァラードだと直接謁見の間に行ってたが、ここでは違うんですね。田舎者丸出しじゃねーか。
恥ずかしいと思いながら控えの間に入るとそこはクワヴァラードの謁見の間よりも荘厳な装飾の施された部屋だった。
「謁見が許されているのは姫様とタウキナ大公様だけです。私は所要があるので席を外しますが、謁見が終わる頃合には戻ります」
「なんだ。観光でもするのか?」
「人はそれを魂の洗濯と言うのです。私は姫様の元で汚れた魂を洗って来ます」
ケヒス姫様は面白く無さそうに鼻を鳴らした。
「では、俺は?」
「オシナーはここで待機していてくれ。その方が姫様のご意向にあるだろう」
極力人に会わないようにすればボロが出ることも無い、か。確かにその通りだ。
おとなしくしていよう。
「では姫様。後ほど」
「うむ。下がれ」
一礼して退室していくヨスズンさんを送ると直ぐにケヒス姫様とアウレーネ様の名前が呼ばれた。
「では行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
二人が奥の謁見の間に消えると手持ち無沙汰になってしまった。
暇を潰すアイテムも無いし、どうしようか。
(手洗いに行きたい)
控えの間にいるよう言われたが、これは致し方ないだろう。それに黙っていれば問題も起こらないはずだ。
厠の場所は知っていそうな人に聞けば問題あるまい。
その時はそう思っていた。
肋骨服ってカッコいいデザインですよね。
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