王都
馬車に揺られて二週間ほどの工程を終えようとしていた。
いくら王族ご用達の馬車とは言え二週間も乗っていると辟易してくる。
帰りも同じ時間揺られなければならないと思うとすでに憂鬱だ。
「しばし休息だ。馬車を止めよ」
丘の頂上に差し掛かったとき、ケヒス姫様が呟いた。
「王都まで後はどれくらいですか?」
「もうじきだ。外に出てみよ」
促されるままに馬車から降りると広大な湖の辺に三重の城壁にかこまれた都が見えた。
「大きい……」
湖には白い帆を張った船たちが動いており、その一部は都の桟橋に係留されているようだ。
「無駄にでかいであろう」
難攻不落のケプカルト王国王都バルジラード。
遠眼鏡を目に当てて観察すると外周を覆う城壁の各所に支塔が建てられ旗がなびいている。
確かにあの城砦都市を落とすのは難しそうだ。
大砲をもってしても城自体の質量に飲まれてしまうだろう。
バルジラードの堅牢さはその巨体にあるのかもしれない。
「あの城砦を落とすのにどれだけの兵がいると思う?」
「……十五万人もいれば攻略できると思います。指揮官は俺ではない誰かがとった場合ですが」
だいたい七、八個師団くらいの戦力があれば完全にバルジラードを押さえられるだろう。
だがそんな大軍を指揮できる自信はない。
今の連隊でさえもてあまし気味なのだからこれ以上増えると逆に統率できなくなる。
かと言って別の誰かを指揮官にしようとしても士官が足りないから早々に戦力を増やすことは出来ない。
「大軍を指揮するのは余の役目だ。だが、なるほど。十五万あれば落とせるか」
「あの、冗談ですよね? 顔が笑っていませんよ?」
あの城砦都市を落とす気だこの人。
「うぬよ。王都についたら人前でしゃべるな」
「え? いきなりなんですか?」
「うぬのような田舎ものが口を開けば恥をかくだけであろう」
それもそうか。
東方辺境領からタウキナに出たことが有るといっても田舎から地方都市に行ったに過ぎない。
バカにされるのが落ちなら無口を装っていたほうが利口だろう。
「わかりました」
「あと、そうだな。姓だな」
「そ、そうですね。俺の生まれはよろしくないので」
東方辺境領でドワーフの親方に育てられて姓の無い俺の身分はいわば奴隷等と同じだ。
特に考えていなかったが、どうしようか。
名前を名乗った瞬間に恥をかく。
「そこで余が一計を案じる」
「あの、そんな前置きされると嫌な予感がするのですが……」
「タウキナ姓を名乗れ。アウレーネもいるからごまかせるだろう」
なるほど。
今は馬車の中で転寝しているお姫様がタウキナを名乗るようになった背景にはタウキナ動乱がある。
その動乱の後は東方辺境領とタウキナの関係改善が図られて(むしろ貿易の関係で東方に依存しているが)タウキナの物や者が東方に入ってきている。
タウキナの姓を名乗ってもケヒス姫様の従者として怪しまれはしないだろう。
それに元々タウキナ家はケヒス姫様の父であるクワバトラ三世よりの貴族と聞く。
案外悪くない作戦かもしれない。
「設定としては謀反を起こしたアウレーネの弟でタウキナ側から余への謝罪として送られてきた奴隷というのは」
「嫌ですよ! 奴隷って俺へのあてつけですか!? まだ傭兵が買えなかったときの事を根に持っているのですか!?」
「姫様。そろそろ出発しましょう。このうちですと日のある内に入城できるはずです」
「うむ。では行こう」
王城に着くまでの間に必死の説得を行っていたので正確にどれだけの時間が過ぎたのかわからなかったが、気がつくと天にそびえる様な城壁が間近に迫っていた。
その周囲にはすでに街と呼べるレベルの集落が形成されていて猥雑な雰囲気をしていた。
石造りの城門をくぐると衛兵が胸に手を当ててひざまずいて騎士の礼を行っている。
誰もが同じような意匠の鎧を着ているし、所作がキビキビしていて錬度の高さをうかがわせる。
そして城門を出ると馬車の外は雑多な売り文句が飛び交う世界になった。
「バルジラードの中心地は王城となっていて王族が住むのだ。その外側に貴族や高級文官、豪商などある程度力のある者が住む。その外は民衆だ。城門の外側は王都を出るもの、入る者宛てに商いをする連中や乞食が集まって貧困街を作っている。スラムでは基本的になんでも売っている。刀剣から西方諸国の秘薬に人間。色々売られていて面白いぞ」
あぁ。この人はきっとお忍びでそんな闇市めいた場所に行っていたからこんなに楽しそうに話しているのだろうな。
いつしかヨスズンさんが王族のお忍び外出る事について愚痴を言っていたが、クワヴァラードに来る以前から外出癖があったのか。
馬車は往来を行く人たちをどかしながら進む。どかされた人々は何事かと馬車の群れを見守っている。
「おい。あの旗を見ろ! 赤字の旗に青地の旗だ。第三王姫殿下とタウキナ家の旗だぞ」
「冷血姫が戻ってきたの? 何人殺したんだろうね」
「タウキナと戦争したって話しだからな。タウキナ家当主様を一刀で切り伏せたって聞くぞ」
外から聞こえる喧騒はあること無い事が渦巻いている。
だが火の無いところに煙は立たないという。
ケヒス姫様の噂話は東方でも王都でも変わりないようだ。
「ん。王都につきましたの?」
「やっと目覚めたか妹」
王都の人々は凄い。まず人数が凄い。何万人いるのだろうか。
前世で都会の大学に行っていて良かった。引きこもりとかしていたらこんな喧騒に心折れていただろう。
いや、実際に今世の俺にはプレッシャーのようなものを感じているのだが、頭の片隅では人数多いなぁくらいにしか思っていない自分がいる。
頭と身体のギャップに吐き気がこみ上げてくるが、ここで昼食を戻すわけには行かない。
悶々としているうちに再び城門を超えた。
今度は打って変わって人通りもだいぶ減って落ち着きがある。
道行く人々は誰もが調度の良い服で着飾っていて品が良い。
だが俺が着用している夏用軍服はコスト削減と防暑を目的に木綿で出来た服はどこか安っぽさを感じてしまう。
いや、軍の制服だから恥じることは無いだろうが、周囲と比べて浮いてしまうだろう。
「だからお前の服は地味だと前々から言っていたのだ」
「…………」
いや、東方の田舎者が王都の社交界に出るとか考えないだろ。
このままでは口をつぐんだところで奇異の目で見られる。
「王都の仕立て屋を呼んでやる」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ、王都では決してしゃべるな。良いな?」
しゃべったら生まれてきた事を後悔させてやる、とでも言いたげな視線で俺は頷くしかなかった。
そして馬車が停止した。
「では手はずどおりにやれ」
まず俺が馬車から降りる。鎧を着込んだ騎士達が三列ほどの横隊を作ってケヒス姫様たちを待っていた。
小走りで出たのとは反対側の扉を開ける。
ケヒス姫様が下車すると騎士達が一斉に膝をついて籠手で胸板を叩いた。ガシャリと金属同士のぶつかる音が城内に木霊した。
次いでアウレーネ様が下車するとどこからとも無く宰相閣下が現れた。
「東方辺境姫様、タウキナ大公国摂政殿。よくぞお越しくださいました。兄君たちも――」
「おい。そこの騎士の隊長はだれだ? 早馬でヨスズンが来ているはずだ。呼んでまいれ」
がん無視にもほどがある。
確かに宰相閣下とはタウキナ動乱の折に浅からぬ因縁がある。
ケヒス姫様もアウレーネ様も、そしてタウキナ大公家のアーニル様にも。
それでもこの無視は人としてどうなのだ。
だが宰相閣下は相変わらず薄く貼り付けただけの笑顔を崩すことは無かった。
「姫様。遅れて申し訳ありません」
ケヒス姫様の到着を伝えるために先行していたヨスズンさんが宰相閣下の後から現れた。
「お部屋にご案内いたします」
城の中に入ると声を上げそうになった。
大理石の床には所々に金粉がまぶされ、壁には歴史絵巻のような絵が描かれている。
所々に灯った蜀台の明かりがそれらを幻想的に映しだされていた。
その蜀台の光に反射するようにステンドグラスのはめられた窓が優しげに輝いている。
ステンドグラスにはどこかの戦場の様子が書かれて騎士の勇ましい声が聞こえてきそうだ。
「キョロキョロするな」
「す、すいません」
「王都ではしゃべるなと言ってあったろう。この愚か者」
この段階からその命令は発動してるの!?
「返事はどうした!? 聞こえぬのか!?」
どうしろと言うのだ。
「お姉さま。そんな大声出さないで下さい」
苦笑いを浮かべたアウレーネ様にケヒス姫様は「フン」と言うだけで歩き出した。
ヨスズンさんに案内された部屋は王の居城とあって豪華絢爛だった。
「すごい」
口に出してしまったが、この部屋にはケヒス姫様たち四人しか居ないのだから問題ないだろう。
「壁が薄いのでもしかすると盗聴されている可能性があります。お気をつけ下さい」
え? それじゃ俺の呟きも聞かれた可能性があるの?
それこそ俺は一日中、口を開けない。
「ヨスズン。とりあえず仕立て屋を呼べ」
「しかし、もうすぐ日が暮れます。店じまいしているのでは?」
「余が連れて来いと言ったのだからつれて来い。生死は問わない」
「それは問うてください!」
しゃべるなと言われていたが、言わざるを得ない。
ケヒス姫様は「冗談だ。冗談。く、フフフ」と言うが、それこそ冗談じゃなかろうか。
国外に出ると胃が痛くなるのは俺が田舎者のせいか、それとも使える姫君のせいか。もうわからない。
ジルバラード攻略の数字はウィーン包囲や南京攻略を参考にしています。
冷血姫様がジルバラードを攻めるのはいつになるやら。
そしてここから地獄の内政パート。
モチベーションを上げながら書かなくては。
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