射撃
燦々と太陽が煌く射撃場。
額から流れ出た汗が頬を流れる。それを袖で拭うが、そのたびに新しい汗が生まれてくる。
せめてもの救いは湿度が少ない事くらいか。
恨めしげに雲一つ無い空を睨んでから視線をケヒス姫様に戻す。
連隊が採用している黒いズボンに白い布脚絆を巻き、上着ではなく襦袢の袖をまくっている姿から本当に王位継承権を持つ姫様なのか疑問になってくる。
だが的となっている鎧を着た案山子を射抜く眼光には殺気が漲っていて怖い。
引き金に掛かった指が動いた。
遠雷のような響きと濃厚な白煙が銃口から飛び出る。
五十メートル先の鎧が甲高い悲鳴をあげた。遠眼鏡で確認すると籠手が片方なくなっている。
もう少しずれていれば外れていたな。
「……かろうじて命中です。籠手が無くなっています」
「ふむ。腕を一本でも奪えば騎士としては終わりだろう」
王都への出発日だと言うのに「射撃がしたい。かまわぬか」と言われて断れるわけも無く夏空の下で射撃を楽しんでいる。(楽しいのは一人だ)
ケヒス姫様は撃ち終った小銃を控えていたユッタに渡す。
ユッタはそれを無言で受け取って弾を込めなおし始めた。
「必中を喫するにはどれくらいの距離が良いのだ?」
「百メートルくらいでしょうか。ただ小銃は手銃と同じで弾道が安定しませんから個で狙って撃つより全で制圧するほうが効果的です」
「確かに命中はしたがアレでは致命傷にはならんぞ。百メートルで確実に致命傷を与えられるのか?」
「そこは練兵しだいとしか。それでも弓矢の技術を身につけるよりかは早いと思います」
「どうぞ」
装填が終わった小銃をユッタがケヒス姫様に渡した。
大型のフリントを起こして再びケヒス姫様が殺気を放つ。
乾いた銃声が射撃場に響く。
遠眼鏡を覗くとプレートアーマーの中心――鳩尾の辺りに穴があいている。
「命中。鳩尾の辺りです」
「こんなものか」
ケヒス姫様はユッタに「今度は亜人の番だ」と小銃を投げ渡す。
「あの、それ数がまだ足りなくて貴重品なんですよ。もっと大事に扱ってください」
「これくらいで壊れる武器ならいらぬ。手銃で十分だ」
確かに武器の耐久度や信頼性というのは重要だ。だが前世の記憶のせいか物を粗末に扱う人を見るとなんとも言えない気分になってしまう。
それにその小銃も兵からの借り物だから壊されたくないというのもある。
「どちらにしろ射程が短いとしか言えぬな。熟練した長弓の射手なら五百メートル以遠から当ててくるぞ」
「射程の欠点は大砲で補いますので問題は無いと思います」
「軍の統合運用か……」
その時、ユッタが引き金を引いた。
遠眼鏡で確認すると兜が宙を舞っている。
「亜人の分際で――」
「いえ、ユッタは普通に上手いですよ。血筋というか、才能というか……」
エルフの面目躍如だ。
螺旋の刻まれていない小銃でも六十メートル程度なら兜を撃ちぬくし、試作小銃だったら二百メートル射撃でプレートアーマーの鳩尾に命中させていた。
本人は「矢より扱いやすいですからコレくらい誰でもできますよ」と言っていたが、ユッタ以外だと少数のエルフしか出来ていない。
「命中率と射程を延ばすのなら以前、具申した螺旋式の試作小銃を――」
「ダメだ。妹のせいで金が足りん。小銃を買ってやっただけでも感謝しろ」
それもそうか。ケヒス姫様とアウレーネ様の会談の後でユッタに連隊の財政状況を聞いたら先のタウキナ動乱でバカにならない戦費が掛かっているのがわかった。
わかったからと言って俺にどうすることも出来ないのだが……。
手漉きの兵に畑でも作らせて食費を浮かすか?
「だが、火縄を扱わないというのは良いな。これなら馬上でも扱いやすいだろう」
確かに手銃は火縄も持たなければならなかったので馬上での運用が難しかった。
「より馬上で扱いやすいように銃身を切り詰めたタイプも作りました。まあ銃身を短くしたので射程も落ちましたが……」
待機していた従兵に合図すると二種類の小銃を持ってきてくれた。
一つは先ほどケヒス姫様が撃っていた小銃の銃身を単純に切り詰めただけの物だ。
「この短いのは極限までに小銃を小さくしたものです。銃身と銃床を切り詰めて小型化したのでより馬上で扱いやすいです。ただ、ストックがないので安定して射撃が出来ませんし、より銃身が短いので遠距離を狙う事は出来なくなりました」
余計な銃身と銃床を削り落としたそれは片手で撃てるタイプの小銃――いや拳銃だ。
ここまで小さくなったから手綱を放すことなく拳銃を撃てる。
「ほぅ」
ケヒス姫様は興味深そうに俺の手から拳銃を奪った。
そして無言で手を出される。
「ケヒス姫様?」
「早合をよこせ」
ユッタが腰のポーチから油紙で出来た早合をケヒス姫様に渡す。
「装填の仕方は同じか?」
「小銃を出来るだけ小さくしただけなので同じです」
見よう見まねという風にケヒス姫様が拳銃に弾を装填して行く。
新しい玩具を与えられた子供のように目を輝かせて装填する様はどこか和むものがある。
ケヒス姫様が装填の終わったそれを片手で構える。狙いを定めるように片目をつぶり、撃った。
鎧から着弾の音がしなかったから今度は遠眼鏡で確認する必要が無かった。
「なるほどな。まるで暴れ馬のような武器だ。だが面白い。騎士団でも採用してみるか」
「ありがとうございます。ただ――」
「なんだ? 何か問題でもあるのか?」
「馬が驚くのでは?」
タウキナ動乱の初戦であるセイケウ会戦では大砲の砲声と銃声でタウキナ側の馬脚が乱れていた。
馬は臆病な動物だから耳元で拳銃を撃つと暴れだすだろう。
「なら何故うぬはこんな物を作らせた? 馬上での運用を考えていたのではないのか?」
「連隊の騎兵部隊はケンタウロスですから」
ケンタウロスの機動力に火器を携帯させて打撃力を上げるために拳銃などが開発されたのだから馬に騎乗する騎士のことは考えられていない。
「この駐屯地の近くに厩舎を建てて馬を慣れさせるか……」
「それくらいしか対策は無さそうですね。後は指揮官や砲兵と言った後方にいる人員が拳銃を携行して敵の伏兵に備えるとかですか」
ケヒス姫様はなるほど、と拳銃を装備した部隊の事に思いを馳せ始めた。
俺も拳銃は一丁もっているが当たり前ながら連射が出来ないし、命中精度も悪いから最後の最期でしか使わないだろう。
「連隊長閣下!」
思案していると兵が駆け寄ってきた。その後に細長いケースのような箱を持ったヨスズンさんが続いている。
「ヨスズン殿をお連れしました」
「ご苦労様。任務に戻ってくれ」
兵の敬礼に答礼して分かれる。
ヨスズンさんがここに来たと言うことは出発の準備が整ったという意味だろうか。
「姫様。例のものを見つけました。宝物庫に埋もれていました」
「状態は?」
「大丈夫なようです。儀仗用ですから切れ味の確認はしてませんが」
かまわぬ、とケヒス姫様が言うとヨスズンさんがそのケースを開いた。
中身が気になって覗き込むと一振りのサーベルが入っていた。金属製の護拳で覆われた柄は片手用のためか小さく見える。
夏の太陽を受けてくすんだ輝きを放つサーベルはその年季を感じさせた。
ケヒス姫様はそれを無造作に取り上げて抜刀する。
「す、凄い」
「フン。さすが元工商だな。これの良さがわかるか」
いくら親方の工房で手銃以外の武器を作ったことが無いとは言えドワーフに育てられたのだ。
刃物の良し悪しくらいはわかる。
「お借りしても……」
ケヒス姫様は得意げに柄を俺に差し出した。それを握る。
案外軽いな。片刃の刀身も細い割りとしっかりしているようだ。反りは深くは無いが、こんなものかもしれない。
刀身と柄の境目を指に載せるとちょうどバランスが取れた。
「どうだ?」
「素晴らしいです」
細身の剣というのは冶金技術の高さを表す。
一定の硬度を出すために冶金技術が低いと大きく太く作らねばならないが、逆に冶金技術が高いと小さく細く丈夫な物を作ることが出来る。
これを作った人は相等に腕が良いのだろう。
「気に入ったか?」
「はい。こういうのは早々見つからないですよ」
「ならやろう。余には不要だからな」
「良いんですか!? いや、そもそも何をたくらんでいるんですか!?」
ケヒス姫様が素直に物をくれるとは信じられない。
絶対に対価を求めるはずだ。
対価には報酬を、がケヒス姫様の信条のようだからきっと俺に難題をつきつけてくる。
どうしたものか。上手く断れないかな。
「たくらんではおらん。王都に行くのだからそれ相応の装飾をやっただけだ。王宮に帯刀して入らねば文官と勘違いされるからな」
なるほどです。
一種の身分証明って事か。
「それにソレは父上の形見だ。大事にしろ。いや、別に壊れたら壊れたで良いか」
「そんな大事な物なんですか? 装飾のためとは言えそういう物を頂くのは……」
「かまわぬと言うておろう。それは父上が十年前に行った東方遠征の時にドワーフの捕虜から奪った物だ。その時は護拳の無い剣で、奴らは刀と呼んでいた。使いにくいから柄を取り替えたが、やはり使いにくいから宝物庫に放置していたものだからな」
ドワーフ。道理で良い代物な訳だ。
「そのドワーフは己の剣で父上に首を刎ねられてだな――」
「それ以上はいけません」
ケンタウロスに火器を装備させて竜騎兵にしたり、森林部族で飛び道具の扱いが上手いエルフを猟兵として運用したりするのはロマンがあると思います。
あと今回オシナーが冷血姫からもらった軍刀は明治19年制式の軍刀をイメージしております。
日本刀と西洋のサーベルを足して二で割ったような違和感が拭えないデザインが良いですよね。
坂の上の雲でも阿部寛さんが秋山好古役として持っていました。メチャクチャ格好いい。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




