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銃火のオシナー  作者: べりや
第三章 パックス
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箱庭にて

 クワヴァラードの中央に位置する東方辺境領総督府という城の一角を占める庭園。


 ケヒス姫様に会うために謁見の間に向かうと従者の方に庭園に向かえと言われて来たが、シブイヤの広々とした庭園を見たせいかここを箱庭と形容したくなる。

 申し訳程度の垣根の先にある東屋に冷血姫ことケヒス姫様とタウキナ大公のアウレーネ様、そしてケヒス姫様の懐刀のヨスズンさんの姿を確認した。

 それ以外の人は居ないようだ。

 三人とも深刻な顔をしている。タイミングが悪そうだから出直そうかと思案しているとケヒス姫様が俺に気がついた。


 勘の良いお方だ。


 しかし、そうでないと暗殺と陰謀渦巻く王宮で生活できないのかもしれない。

 やはり政治はダメだな。出来るだけ干渉したくない。



「お待たせしました」



 軍帽をぬいで挨拶するとアウレーネ様が優しい笑顔で出迎えてくれた。

 青を元に銀糸の細やかな刺繍が施されたドレス。頭の上に輝くティアラ。

 だがその全てを色あせさせてしまうドレスの胸元。胸自体が見えるということは無いが、ふくよかで形の整った輪郭から視線が外せそうにない。


 今日一日頑張れそうだ。



「なんだ。金でもせびりに来たか」

「そんな露骨な言い方やめてください」



 事実だから否定は出来ないが、言い方という物がある。



「ならぬ」

「まだ何も言ってませんよ!」

「金は出せぬ。現状で何とかしろ。そもそも、その、なんだ?」

小銃アルケビュースですか?」

「それだ。タウキナから大量に買い入れると決めてやったろう」



 タウキナは良質な鉄の産地だ。産地直送の鉄をタウキナの冶金屋と鍛冶師が小銃を作ってくれるおかげで調達コストは下がったが、そのため質が犠牲になっている。

 鉄を輸送してドワーフが打つとなると輸送費用だけでもバカにならない。



「それにこのバカの世話がある。なんだこの負債は。ありえないだろう」

「返す言葉もありません」



 アウレーネ様はテーブルに置かれたティーカップに口をつけてから話しだした。



「財政再建が急務なのはわかるのですが、王国から正式にタウキナ大公着任の勅旨がおりないので私の身分は正確にはタウキナ大公国の摂政です。

 王のいないタウキナでは後の権力を得るために先の動乱でお姉さまに寝返った貴族とタウキナ家に忠誠を誓う貴族との派閥争いが起きていて今はその折り合いをつけているのです。

 騒ぎを収めるには私がタウキナ大公としてタウキナに新しい王権を建てなければならないのですが、その勅旨がおりなくて」

「フン。議会というものはいずれ腐るものだ。一人の強大な指導者がおればそれで良い。それでも議事を行わせるのなら自分に不都合な派閥を皆殺しにすれば問題解決だ」

「お姉さまは相変わらずのようで……」



 その邪魔者は消すという発想を直さないとケヒス姫様はいずれクーデターを起こされると思う。

 だが他者に厳しいだけではなく、成果を出したものには惜しみなく褒賞を渡しているからこの冷血姫様に心酔している人間も多いと聞く。さすが王家の血を引いているだけある。



「その上で周辺国が……」



 タウキナ大公国の周辺国で行われているタウキナ産の商品への不買運動のせいでタウキナの経済は低迷を余儀なくされている。

 その上でタウキナ動乱という戦争があったせいで低迷から混迷になっているのかもしれない。



「今のところは東方辺境領との貿易に依存する形で騙し騙ししていますが、いつ破綻するか」



 東方辺境領――いや正確には猟兵たちが使う手銃や小銃の弾丸という鉄から火薬の主成分である硝石などを大量に求めているから莫大な金がタウキナに流れ込んでいる。

 しかしタウキナ経済が東方辺境領に依存しているということは何かしらの問題で東方との貿易がストップすればタウキナの終焉を意味する。

「その、周辺国か。交渉はどうなっておる」

「国がまとまっていないので手を付けられないという面もあります。もう少し時間をかければ――」

「手ぬるい。国境に兵を並べてから外交を行え。万事上手く行く」

「私はそんな覇道なんて進みません。あくまで私は王道を行きます」



 力では無く徳を持って政を執り行う。

 アウレーネ様がタウキナ動乱で得た王としての有り方。


 ケヒス姫様とは水と油だ。


 だがそんな水と油も険悪な空気を持っていない。

 最初はアウレーネ様の事を豚と呼んでいたのを思うと、何かが吹っ切れたのかもしれない。



「それで、ついに王都から私宛の召喚状が届きました」

「来たか」



 王都への召喚状。


 名前だけ見ればなんとも無いが、ようは『お前問題起こしているようだからちょっと来い』という事だろう。

 アウレーネ様はタウキナ大公国の財政難と先のタウキナ動乱の事で王都から呼び出しを受けたと考えるべきだ。


 それにただ呼び出されただけではあるまい。

 タウキナ動乱を仕組んだ宰相が話しだけ聞いて帰すとは考えにくい。

 現状に対する罪を問われるのかもしれない。



「それで、お姉さまも来ていただけますか?」



 ケヒス姫様はテーブルにおかれたティーカップの中身をアウレーネ様に浴びせた。



「姫様!」



 ヨスズンさんの声にアウレーネ様が片手を上げて「大丈夫です」と制止させた。



「余は貴様の保護者ではないぞ。たわけ」

「私の王都召喚とは別です。お兄様から茶会のお誘いがあって」

「どの兄上だ」

「エイウェルお兄様です」



 「エイウェルか……」とケヒス姫様が呟いた。



「姫様。ここは王都への召喚を受けるべきでは?」



 ヨスズンさんはメイドを呼んでアウレーネ様にタオルを持ってくるように指示を出しながら言った。



「どうもアムニスの件と言い、タウキナの件と言い。姫様の事を直に攻撃するようになっています。一度、王都で様子を探ったほうが良いかもしれません」

「毒蛇の巣に飛び込めと申すか」

「ドラゴンが守る宝が欲しければドラゴンの巣に入らねばなりません」



 「ふむ……」ケヒス姫様はしばらく思案した後、俺に視線をよこした。



「仕方ない。久方ぶりに父上の墓参りをしに王都に行くか。オシナーもついてまいれ」

「俺がですか? なんの役にも立ちませんよ」



 俺は政治がわからない。

 そんな俺がドラゴンも震え上がるという権謀術数が蠢く王宮に行くなんて墓穴を掘っているとしか言えない。



「タウキナの事もそうだったがうぬは軍を率いるには世間を知っていない。故に王都を見せてやる」



 ありがたい誘いだが、俺にも軍務という物がある。

 連隊長という役割にあるのだから部隊の指揮統制から士官育成のための座学を行わなくては――。



「まさか拒否権が己にあると勘違いしておらぬか?」

「わ、わかりました。出立はいつですか」

「一週間後、というのはどうだヨスズン?」

「良きお考えかと。では早速手配いたします。アウレーネ様の分も含めて準備いたします」

「ではヨスズン殿。よろしくお願いいたします」



 政治の世界には足を突っ込みたくは無かったのだが、ここは腹をくくるしかない、か。

 これが新しい火種にならなければいいんだけどな。



短めですが投稿しました。


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