アルケビュース
「――で、あるからして会戦の雌雄を決する騎兵戦力は歩兵や砲兵にとって脅威である。特にその騎馬突撃は会戦の雌雄を決すると言って良い。つまり会戦の雌雄を決する騎馬突撃を封殺することこそ戦争の行く末を支配することに等しい」
静まり返った教室――と言っても天幕の中に黒板を置いただけだが――を見渡してから生徒達がついて来ているか確認する。
ドワーフ、エルフ、人間と今まで連隊の作戦に参加していた者達の多くは先のセイケウ会戦を思い出したのか頷くもの、顔をしかめるものと反応が様々だ。
「騎馬突撃を封殺する方法は現在の所は柵の設置や塹壕の掘削。もしくは馬車による簡易築城が上げられる。これらに共通することは敵の機動力を奪うことであり、騎馬突撃自体を無力化する効果が期待できる。敵から機動力を奪えれば砲兵や猟兵の遠距離攻撃により敵戦力を漸減し、騎兵による追撃で壊滅的な損害を与える事が出来る」
所謂三兵戦術だ。
セイケウ会戦では作戦の合理化を考ええた上で無意識的に行われていたが、ケヒス姫様が意図的に三兵戦術を実行しようとした時にタウキナと和平がなったからこの世界での有効度はまだわからない。
だが銃と砲と騎と言った異なる兵科を統合運用するのは効率を考えれば避けるわけにはいかない。
「セイケウ会戦では防御陣地によるタウキナ騎士団の足止めや砲兵の砲撃により戦闘開始より優勢を得る事が出来た。機動力が奪われた騎士は図体のでかい的でしかないから撃破もたやすい」
生徒全員の顔を見るようにしていうると、面白くなさそうに聞いている連中が目に入った。
この間、連隊に志願してきたケンタウロス族の少女だ。
騎士の図体が――なんて少し言い過ぎたかもしれない。
「その上で騎士団による退路の遮断によりさらに敵に打撃を与えることに成功している。これは猟兵、砲兵、騎兵の三兵が共同して戦争遂行に当たったためであり、要はこれからの時代は各兵科がどれだけ協力し合えるか、が戦争遂行の暗明を分けるだろう。そして単身で戦場を支配しようとする騎士たちはいずれ姿を消すと思われる。質問は?」
「ではアタシが」
面白くなさそうに講義を聞いていたケンタウロス――確かコレット・クレマガリーと言っていた。
ケンタウロス族の徴兵反対一揆を起こしたカーリッシュの妹であるとも聞いている。
彼女にとって俺は兄の仇だ。いずれ彼女に寝首をかかれるかもしれない。
だが彼女には復讐する権利があるのではないのか? 実の兄を殺されているのだからと思わないでもないが、俺としてはまだ生きなければならない。
生きて、犠牲になった者達の事を考え続けなければならない。
そして彼らのために東方諸族の解放を達成しなければ顔向けできない。
「コレット少尉。質問を許可する」
「では少将殿はいずれ我らケンタウロス族が戦場から姿を消すと言うのでしょうか!?」
少将か。最初は中佐を自称していたが、いつの間にか偉くなったものだ。
それにしても俺は三兵戦術に関する講義をしていたはずなのだけどなぁ。
騎士――騎馬兵力が姿を消すというのをケンタウロスという騎馬そのものが姿を消すと解釈されたか。
だがいずれ自動車の開発が軍としての騎兵を駆逐するのは間違いないだろう。
まあその自動車が生まれる頃まで俺は生きていないだろうけど。
「特出した一つの兵科――ケンタウロス族を主力とする騎兵だけの部隊はいずれ戦場から駆逐されるだろう」
彼女を含めたケンタウロス族が立ち上がった。
馬上から見下ろされている感があって(実際、馬上から見下されている)非常に威圧的だ。
「だがそれは騎兵に限った事ではない。砲兵だけでも、猟兵だけでもこれからの戦場では勝利を得られない。三つの異なる兵科が綿密な連携を取ってこそ勝利を得られる時代が来るだろう。その共同を支える者こそ優秀な指揮官である。指揮官同士が綿密な連絡を取り合うことで三兵の共同作戦は成り立ち――」
その時、信号ラッパが響いた。午前の課業終了を知らせる符丁が響く。
尻切れトンボだが、致し方ない。
「今日はここまで」
生徒代表の号令で皆が立ち上がって敬礼をする。
それに答礼して「わかれ」の号令をかけてから俺は教室を後にした。
近くの天幕からローカニルが出てくるのが見えた。その際に「算術も出来ずによく砲兵士官に志願できたなこのバカ共が!! 午後までにテキストを読んでおけ!!」と捨て台詞を吐く。
あっちは砲兵科の士官たち向けの専門講義が行われていたはずだが、どんだけエキサイトしてんだ。
「お、連隊長閣下。そっちも昼休みですかい」
「あの、どうしたんだ?」
「いやなに。砲兵は大砲撃つだけだと思っていたバカ共が多くて」
砲兵の本文は確かに砲撃だが、指揮官に求められるのは火薬の調合と躁砲の指示、そして弾道計算と言った深い教養だ。
そもそも敵との距離を計算し、火薬の量を計算し、弾道の計算を行わなければならない。
それも射程の関係から目視できる敵を攻撃するのだから迅速な計算が砲兵士官には求められる。
大砲を撃つのは兵であり、それを監督し、指揮するのが下士官や士官の仕事だ。
士官としては大砲を撃つよりそれらの様々な算術を頭の中に叩き込まなければならない。
ローカニルはドワーフだが、細々とした物事が好きなようで黙々と計算をしてくれるおかげで砲兵を安心して預けておける。
「どうもタウキナ動乱以降に入隊した士官は甘いですな」
「まあ戦争を知らないから」
タウキナ動乱。
ケプカルト諸侯国連合王国の東端に起こった政略の絡み合った戦争に勝利したおかげか志願兵の数が増えていた。
おかげで新設の連隊を置くことが決定され、その指揮に元傭兵のアンブロジオ・スピノラさんが奔走している。
「連隊の編成をそろそろ旅団にするか」
二個連隊で旅団を編成する頃合だろうか。
だが指揮官の不足は否めない。
いくら士官学校の真似事をしているとはいえまだ十分に教育できていない。
てか、そもそも前世で読んだ『米海兵隊が教えるタリバンから命を守る二百のテクニック』とかの知識しかないから適切な教育が出来ているかもわからない。
ここは数をこなして結果を作ってそれを基に改善していくほか無さそうだ。
「お、猟兵はやってますな」
天幕の間を抜けると射撃場が見えてきた。
大体の兵士たちは午前の課業が終了したからか自分の手銃の手入れをしている。
しかしまだ射撃場に残って射撃をしている兵士がいた。
ユッタ・モニカ少佐だ。
射撃場に設置された百メートルくらい先の的を睨んでいる。
その隣には煤で汚れた作業着を着ているドワーフがいた。
俺の育ての親である親方だ。
「おや? 副官殿の持っているのは手銃じゃないですな」
「小銃という新式銃だ。銃身が長くなって命中精度も上がっている」
ユッタが握っている小銃こそ正に『鉄砲』という形をしている
前世で言うとこのマスケットとほぼ同形だろう。(デザインは俺が考えたからマスケットのままだが)
ユッタは小銃のストックを肩に押し付け、右手がストックと一体になったグリップを握っている。
小刻みに揺れる銃口。静かな呼吸。
ピンと伸ばされていた人差し指がトリガーにかけられる。
カチリ。
小銃の右側についた大型の撃鉄が火皿に叩きつけられて火花が飛び散った。
轟音。そして白煙。
兵士がユッタの撃った的を取りに行く。
「新式の小銃はどんな感じだ?」
「あ、オシナーさん」
露天の射撃場に入ると鼻の奥を硝煙の匂いがくすぐってくれた。
「命中です! 十発撃って全弾命中です!」
兵士からの歓声を受けてユッタは恥ずかしそうに笑った。
「やっぱり火薬の量ですよ。今の私なら人の頭の上に乗ったリンゴにも当てられそうです」
なんとも頼もしいが、絶対に遠慮したいシチュエーションだ。
しかし、射撃の腕前はエルフの面目躍如と言ったところか。
的を取りに行った兵士からの報告で的の中心に描かれた直径二十センチの円に十発の弾痕があったと言う。
すげーな。ここからだと黒点にしか見えないのにそこに弾丸を命中させるなんて。
さすがエルフ。まあ奴らは飛び道具の扱いは天才的だからな。
「それに小銃自体の精度が良いです。タウキナ産の小銃ではこうも狙えません」
「そりゃ、ドワーフ謹製の代物だからな。人間と同じじゃやっていけるか」
小銃を作るに当たってタウキナの鍛冶屋にも同じものを試作してもらったが、やはり鉄と土に愛されているドワーフには及ばないか。
「とても良い武器です。手銃と違って火縄がいらないので扱いは楽ですし、狙いを定めるための装置がついたので狙いやすいです。これなら百五十メートル先でも狙い撃てます。素晴らしい腕をお持ちですね」
「エルフに気に入られても嬉しくねーよ。そもそも俺らドワーフはお前たちエルフのことが大嫌いなんだ」
ちらりとローカニルを見ると、彼は苦笑いしていた。
連隊として数々の戦闘に従事するうちに種族を超えた仲間意識のような物がある事を俺たちは知っている。
ドワーフやエルフ、そして人間が協力しあって戦うのが野戦猟兵連隊だ。
だからケヒス姫様や俺が考える三兵戦術を極限まで効率的に使えるという、予感があった。
だが職人気質の強い親方はドワーフの中のドワーフらしい存在だから中々それを理解してくれないようだ。
昼間は鉄を打ち、夜は酒を飲んでがははと笑う。そして何かとエルフを邪険にする。
そんなドワーフだ。
「ま、礼にはおよばないぜ。譲ちゃん」
「おい。エルフに褒められても嬉しくないんじゃないのか?」
「ドワーフとしてエルフは嫌いだが職人と顧客の関係として腕を褒められたんだ。照れちまうぜ」
そう言えば親方は二枚舌の持ち主だ。
本音と建前をわきまえるのは良いが、見ていて腹立たしい。
むしろただのツンデレなのかもしれない。
「しっかし新式小銃はとんでもなく遠くまで狙い撃てるんですな」
「あ、いや。ユッタの使っているのは確かに小銃だけど、少し違うんだ」
確かにユッタの手にしているのは小銃だが、その銃身と弾丸に違いがある。
「あんた。ローカニルさんだっけ? この小銃の銃身に螺旋状に溝を掘ってあるんだ。この溝が弾丸に回転力を与えて射程と命中精度を上げているって寸法よ」
「弾丸が回ると射程とかが向上するんですかい」
親方はみたいだぜ、と俺の方を見た。
「け、ケヒス姫様から魔法の事をタウキナから帰る時に教えてもらったんだ。なんでも螺旋運動させることで魔力が上がるとか上がらないとか。だからそれを小銃に応用できるんじゃないかなーと思って」
ケヒス姫様に魔法の事を聞いたのは本当だが、これは言い訳だ。
魔法の理論なんて知ったこっちゃ無いからな。
しかし、前世の記憶が――という説明をしないのは助かる。しても信じないだろう。
こういう細かい理論について親方は「ふーん。そうなのか」と取り合わないので良いが、これがケヒス姫様あたりになれば変わってくる。
良い言い訳を考えなくちゃいけない。
「そ、それにその試作小銃の弾丸も特別製なんだ」
するとユッタが腰の弾薬盒から早合を取り出した。それを口で噛み切って火薬を小銃に入れてから弾丸を取り出した。
椎の実のような形のそれは底部がへこんでいる。
「火薬の爆発と共にこのへこんだ部分が膨らんで銃身と密着するんだ。するとガス漏れせずに螺旋の溝に食い込むんで弾丸が発射される……ですよね」
「ふーん。ガス漏れねぇ……」
ローカニルあごひげをさすりながら「これを大砲にも応用できませんかね」と聞いてきた。
「うーん。砲弾を円形から椎の実型にすると着弾後の被害が減ってしまうだろうからな。城壁とか動かない目標には良いかもしれないけど、対人戦闘を考えると円形のほうが良いかもしれない」
砲弾が円形なら着弾後もゴロゴロ転がって周辺の歩兵に被害を与えられるが、椎の実のようにすると転がらないだろう。
大砲の射程延長には砲その物の改良がいるだろうな。長砲身化とか。
しかし安易な長砲身化をすると重量が増して戦場で軽快な動きが取れなくなる。
これからの三兵戦術を考えると出来るだけ大砲にも機動力を与えなければならないからその妨げとなる長砲身化は見送るべきだろう。
「あの、続けて良いですか?」
小銃に火薬を入れたユッタが困った顔で聞いてきた。
「あぁ。続けて」
ユッタは手にした弾丸と早合の油紙を一緒に銃口から押し込む。
それから銃身下部に設置されているカルカを抜いて銃口に差し込んで弾丸と火薬を突き固める。そして火皿に火薬を載せる。ここまでは手銃と同じだ。
それから当たり金を火皿にかぶせるように倒して撃鉄を起こせば射撃準備完了だ。
ユッタは地面に立てひざで座り込み、ハンドガードを握った左腕の肘を膝の上に載せて銃を安定させた。
これで立って撃つより安定した射撃が出来る。
「すー。ハァ」
静かに息を吸い、少し吐いて止める。
カチリ。
大型の撃鉄が火皿に打ち付けられる。
轟音。白煙。
手銃に比べて小銃は大型となり機構も複雑になったから装填から発射までの時間は延びたが、射程と命中率は向上しているから目をつぶりたい。
「へー。凄いですな」
「今のところ試作だからユッタの持っているのを含めて二丁しかないんだけどね」
「小銃より射程と命中率がいいならその試作品を採用すればよかったんでは?」
「いやーそれが……」
「お金がかかるんです」
苦笑いしたユッタが俺の言葉を引き継いでくれた。
「小銃は手銃より銃身が長くなったのでその分、鉄を使います。それに発射機構が複雑化してより値段が高いんです。その上この試作小銃は銃身に螺旋状の溝を掘らないといけないのでさらに値段が高くなってしまって」
「商売は商売だ。慈善事業じゃねーんだ」
親方は工房のかかえた過去の借金のおかげで懲りたのか、商売にはシビヤになっている。
だが手銃や大砲の製作でケヒス姫様から莫大な金を払われているはずだ。(おかげで借金は完済できた)
もう少し安くして欲しい。
「予算という敵がいるから大量配備は見送らないとな」
タウキナの鍛冶屋も同じものが作れれば値段を抑えられるかもしれないが、冶金技術の壁が立ちはだかっている。
そもそも銃身という密閉された筒を作るには栓が居る。タウキナの鍛冶師達はその栓を作るところでつまずいている。
だからタウキナ製の銃身はドワーフ製に比べて命中率が落ちてしまう。(今まで通り集団で運用すれば問題無いが)
試作小銃を量産するなら東方辺境領に住むドワーフに頼むしかないが、その予算が無い。
手銃や大砲、その弾をタウキナ動乱で消費した分、補充もしなければならないから余計に予算が足りない。
「しっかし、タウキナの鍛冶師も底がしれるな。せっかく良い鉄が取れるのにもったいねぇな」
親方は射撃場の一角に並べられていた小銃達を顎で示した。
タウキナで作られた小銃や親方が作った小銃が並べられている。
性能評価試験と言ったところだが、結果は火を見るより明らかだろう。
「数そろえるなら人間の工房に発注すんのが一番だな。質なら俺たちドワーフだ」
「親方が『特別手数料』なんてとらなきゃもっと安く調達できるんだけどな」
「アホ抜かせ。あの冷血姫に武器を売るんだぞ。テメェは冷血姫の犬になったから忘れているかもしれないが、俺はクワヴァラードの掃討戦を知っている。アレを知っているのに安々と武器を売れるか。売るだけ感謝しろってんだ」
一年前に起こったクワヴァラード掃討戦という市街戦はケヒス姫様率いる騎士団と東方に住まう諸族を決定的に分裂させた。
それほど熾烈を極めた戦闘によって騎士団は二万居た戦力が二千に減じた。
東方に住む人々を『人間に似た下位種』として『亜人』と蔑むようになり、東方から大勢の『仲間』が奴隷として出荷された。
そして互いに癒えぬ傷をおってしまった。
だが今まで蔑まされていた東方諸族を集めた猟兵たちの活躍もあってか奴隷制度自体の撤廃に成功したが、まだ差別は根深い。
それを廃絶するためにも冷血姫様の下で俺たちは戦い続けなければならない。
例え憎い仇であろうとも、その下で戦わなければならない。
しかしそのためには武器が必要なわけだ。
「ケヒス姫様に奏上するしかないか」
胃の辺りがキリキリと痛み出してきた。
「それより時間は良いんですか? 今日はタウキナからアウレーネ様がこられるのでは?」
「ユッタ。もうそんな時間か。じゃ奏上もあるから俺はケヒス姫様の元に行く。連隊の指揮を頼む」
「了解しました。指揮いただきます」
ユッタの敬礼に答礼して俺は俺の仕事に向かった。
アルケビュースとはポルトガル語で銃を意味します。
それで第三章のパックスはラテン語のPax(Peaceの語源)は『戦争と戦争の間』『武力による平和』という意味です。
パックス・アメリカーナとか言うあれです。
はい。私は厨二病なのでこういうルビが大好きです。
またユッタの言っていた人の頭に乗せたリンゴを――の下りは射撃場で火縄銃を撃っていたおっちゃんが言っていました。
へ、へーそーなのかー。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




