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銃火のオシナー  作者: べりや
第二章 タウキナ動乱
14/126

敗走

挿絵(By みてみん)



 平行壕から防御陣地に向かった道程を逆に辿る。

 だが行きと違って誰しも無言だった。

 背中から手銃の音が聞こえるが、数がだんだん減っている。

 射撃から銃剣戦闘に切り替えているだけなら良いのだが。



「連隊長!」



 曲がりくねった塹壕の角から誰かが出てきた。そうだ。視察で会った大隊長だ。



「ご無事なようで」

「あ、ああ」

「伝令が来て敵襲を受けていると聞いて。とりあえず二個中隊ほど引き連れてきました。連隊司令部に屯している第四大隊も行動を開始しているようです。第二大隊のほうも襲撃を受けているらしいのですが、指示を!」

「う、うん」



 だが、思考が働かない。

 何か考えようとしても考えがまとまらない。


 俺はそんなに動揺しているのか?

 ユッタの親友というエルフの中隊長たちを見殺しにした事に動揺しているのか?

 初めて負けた事に動揺しているのか?



「……連隊長閣下。失礼します」



 俺はいきなりスピノラさんに殴られた。そして胸倉を掴まれて小声で俺に言ってくれた。



「上が動揺してどうすんだ。部下が不安に思うだろ。せっかくあのエルフの譲ちゃんたちが稼いでくれた黄金の時間を捨てる気か!?」



 そうだ。


 彼女たちは俺たちを逃がすために留まってくれた。

 今は動揺して悩んでいる時ではない。犠牲を無駄にしないように考える時間だ。

 それに俺は援軍を引き連れて戻ると約束したのだ。ならソレを守る義務がある。



「すいません。大隊長。もう一度状況を報告せよ」

「はいッ。我々は両サイドから敵の襲撃を受けつつあります。連隊長閣下のおられた反対側の防御陣地では同方面の平行壕を作っていた第三大隊の一部が防御陣地構築の援軍として送られていたので守備隊および第三大隊の一部がコレを撃退中との事。また第三大隊を視察していた冷血姫様とヨスズン殿が指揮を取られているそうです」

「わかった。これから防御陣地の救援に向かう。俺に続けッ!!」



 反転して敗走していた道を戻る。


 いくら陣地が無いと言っても新たに二百人の兵が加わったのだ。いくら野戦を支配するのが騎兵であろうと倍の数で攻め立てれば勝機はある。

 質の良い兵がいても最終的に物を言うのは、物量だ。



「防御陣地の塹壕は狭い! 塹壕出て四列横隊で前進せよ」

「ハッ。全隊塹壕から出て四列横隊を成せ!」



 塹壕から這い出した兵士たちが一列に並んでいく。



「整列完了!」

「全中隊、駆け足前進。前へッ! 進めッ!!」



 横隊が小走りに前進を始める。

 走りながら横隊を意地するのは難しいし、すぐに形が崩れだす。

 だが少しでも早く救援に向かわなくてはならない。それが出来なかったら彼女たちは――。

 まだ防御陣地から銃声が響くのを唯一の希望に前進する。


 見えた。


 まだ騎士たちは塹壕の傍を駆けている。

 その周辺で爆発が起こった。誰かが火薬袋で応戦しているようだ。

 射撃をして騎士を牽制するべきか? いや、火薬を込めている時間も惜しい。



「全隊止まれ。総員着剣!! 突撃用意!!」



 歩兵突撃で距離をつめて混戦に持ち込む。



「七時方向!! 友軍の第四大隊です」



 ユッタの指し示した先にはすでに銃剣突撃を始めた第四大隊と思われる部隊が居た。

 数は二個中隊二百人ほどか?

 完全に数の劣勢を覆した。

 騎馬がいくら野戦を支配すると言っても二倍もの物量で押し込んでしまえば問題など無いだろう。



「着剣完了!!」

「突撃目標、敵タウキナ騎士団。突撃に! 進めッ!!」



 鬨の声を上げて駆け出した猟兵にタウキナ騎士団側の動きが一瞬止まった。



「潮時だ。引くぞ!!」



 アーニル様が轡をひるがえした。

 さすがにこの数には勝てないと思ったのだろう。引き際としてはこれ以上に無いタイミングかもしれない。

 武術の神童と言われていたようだが、戦術のほうに関する才能もあるに違いない。恐ろしい相手だ。



「おい、新しい騎士じゃ無いか?」



 隣を走るローカニルが指を指した方向――セイケウの城門から騎士達が走り出てきた。



「新手か!! スピノラさん。騎士団に救援を――」

「了解です連隊長」



 どうする?


 城門から出てきた騎士たちの数はどれほどだ?

 このままじゃまた――。



「突撃やめッ!! 中隊集結せよ。方陣を組め!!」



 第四大隊に連中にも伝令を走らせる。

 だが突撃を始めていた兵たちに命令の伝達がどうしても遅れている。

 吶喊の叫びに命令がかき消されて収拾がつかない。

 アーニル様たちが反転の姿勢を取る。ダメだ。方陣が組み終わらない。



「――ッ! 友軍だ! やめろ」



 アーニル様の叫びの声に目を凝らして見るとアーニル様たちは攻撃を受けているようだ。

 手銃じゃない。矢のようだ。

 猟兵連隊は矢を装備する隊は無い。騎士団くらいしかもって居ないはずだ。

 だが東方辺境騎士団はまだ来ない。


 あれは――。



「城門から出てきた部隊が攻撃をしています!!」

「どうなっているんだ? いや。それより方陣を早く組ませろ!!」


 一体、どうなっているのだ?



   ◇ ◇ ◇



 消化不良気味に終わったアーニル様の襲撃が太陽と共に終わり、俺たちはケヒス姫様のいる本陣に集められた。(暗闇に乗じてアーニル様は追撃の手を振り切ったらしい)



「なるほどな。セイケウ防衛指揮官たるメルツイナ・タウキナ男爵が戦死したから副官の貴様が指揮を継承したと」



 ケヒス姫様の眼前に控える壮麗な女騎士であるリベク・イサク殿は城門から出てきた騎士達を率いる指揮官だった。



「して、此度はどうして主君を裏切った? 手銃に怖気づいたか?」

「手銃? あの火矢のことでしょうか?」



 そう言えば手銃を人間相手に使ったのはあの会戦が始めてになるのか。



「我らタウキナの騎士は恐れを知りません! あの火矢がいかなる魔法でも臆することなく戦う事をここに誓います。ですから我らの侮辱を取り消していただきたい!」

「フン。裏切りの汚名は着ても名誉は守るか?」

「裏切りなどしておりませぬ! タウキナはもとよりクワバトラ様に忠誠を誓ってきました。我らの主君はタウキナ公なれどタウキナ公の忠はクワバトラ様への忠。しからばクワバトラ様のご子息である東方辺境姫殿下に忠を誓うのが道理ではありますかいな!」



 要はタウキナ大公国の公家を余所者であるアウレーネ様に取られた事が面白くなく、なおかつアーニル様に忠を誓うわけでもない。

 アーニル様の言っていた『一枚岩』ではないという奴か。



「轡変えか。父上の血も時には役に立つものだ」

「今後は姫殿下の陣に加えていただきたく――」

「よかろう。今後の方針については明日話そう。今宵もふけてきた」

「さすればセイケウにお越しください。出来る限りおくつろぎ出来る様に手配いたします」

「いや、寝首をかかれても面白くない。余たちはこのまま野営を続けよう。下がれ」



 「御意に」イサク殿が頭を下げて本陣の天幕を後にする。

 ソレを待っていたようにケヒス姫様はテーブルを叩いた。



「今回の失態はどういう事だッ!?」



 誰に向けられたわけではない怒声。だがそれはこの場にいる全員に浴びせられている。



「オシナー。報告せよ」

「は、ハイ! 夕方未明にアーニル様率いるタウキナ騎士団の襲撃を連隊は受けました。

 襲撃は戦線の端をぬうように行われましたが前日から行われていた防御陣地を構築するために展開していた猟兵が迎撃。

 これを撃退しましたが、左翼側の防御陣地では陣地の構築と援軍の遅れにより陣地を守備していた中隊長サラ・ラケル中尉以下、多数の犠牲者を出し、同中隊は、全滅しました」



 中隊長であり、ユッタの親友と言っていたサラ・ラケル中尉は俺達が塹壕に到着した時に重症をおっていた。

 今は連隊司令部にいるが、容態は芳しくないと聞く。

 それに彼女の中隊は第三小隊を除いて戦死、もしくは戦傷で三分の二の兵力を喪失している。

 もはや戦闘が行える状態ではない。全滅、だ。

 俺たちの到着がもう少し早ければ――。

 騎士団の応援があれば、こんな結果にならなかったろうに。こんな結末にならなかったろうに。



「ハーデアン。連隊から敵襲の伝令があったそうだな。何故、動かなかった?」

「ハッ。お答えいたします。戦の情勢を見極めようとしておりました」

「……続けよ」



 冷たく放たれた言葉に質問を向けられていない俺の背中に冷や汗が流れた。

 この場にいる全員がそうであろう。



「伝令によるとタウキナ騎士団の一部――それも精兵が来たと聞きました。まだまだタウキナとの戦が始まったばかりですから騎士団の損害を抑えるためにも亜人を囮にして敵の出方を伺っていた次第でございます」



 …………。

 ………………。



 なんと言った? 囮?



「敵は少数と報告が有りましたが、アーニル・タウキナが率いる精兵。大公家の人間が率いるのですからタウキナ騎士団の本隊が控えていると思い、状況を見極めた上で攻撃部隊を出陣させようと部隊の編成中でした。亜人共の部隊が全滅しても痛くもかゆくもありますまい」

「なるほどな。では聞こう。我々は亜人共が全滅してもなお余りある戦力があると思っているのか?」

「それは――。しかし、騎士団に損害をこうむる事こそ戦力の低下であり――」

「余は戦力があるのかと聞いておるのだハーデアン!!」



 ケヒス姫様の拳が机を強打した。籠手で覆われた拳の衝突で机が悲鳴をあげる。

 顔面蒼白になっているハーデアンは玉のような汗をかきながら「申し訳ありません」と謝罪の言葉を投げるが、それはケヒス姫様に言う言葉では無いだろ。



「俺たちは、囮にされたのか?」



 騎士団の助けがあれば救えた命だってあっただろうに。

 ラケル中尉は、守備についていた中隊の命が救えたかもしれないのに。



「何が囮だ!! ふざけるなッ!!」

「連隊長閣下。落ち着いてくだせぇ」



 スピノラさんに制止させられるが、胸の奥から湧き上がる怒りに俺はハーデアンに罵詈雑言を吐いた。

 ふざけるなッ。何が囮だ。見殺しにしたくせに何が――。



「控えよ」



 凛とした声に俺は――いや、本営にいる全員の動きが止まった。

 ケヒス姫様は億劫そうに「ハーデアン。今回の損害は騎士団を動かさなかったお前にある。おって沙汰を伝える」と呟いた。



「ですが、亜人が何人死のうが良いでは有りませんか!」

「貴様!!」

「控えろオシナー。工商のくせに大層な口を叩くな。いつから工商は貴族より偉くなったのだ?」



 それに――。



「ハーデアンの言う通り亜人が何人死のうが余は構わないと思っておる」



 俺は力なく椅子に崩れ落ちた。

 そりゃ、そうか。ケヒス姫様の『亜人』に対する憎しみがある。

 精強を謳われた騎士団を奪われたのだから許すはずが無い。

 だがそれでも、その言葉は聴きたくなかった。



「余は亜人が嫌いだ。故に亜人が死のうと知ったことではないが、余は亜人以上に敗北を嫌っておる。

 敵は撃退できたがこの戦の内容は何だ!! 良いように蹂躙された挙句、アーニルを取り逃がすだと!? 使い物にならない亜人の兵に動かない騎士団。

 余の不幸は貴様らのような無能な家臣を持ったことだ。

 有能な家臣はクワヴァラードで皆、死んだからな。戦争は優秀な奴から死んでいく。そして生き残った能無しが余を敗北に導こうとしている!!

 こうなるのであればいっそ全員粛清して新しい家臣を選べば良かったわッ!!

  このうつけ共がッ!! もう顔も見とうない!! 下がれ」



 激高するケヒス姫様の言葉にヨスズンさんも含めて本陣を出た。後ろから椅子が地面に叩きつけられる音がした。

 振り向くと今度はテーブルがひっくり返る音が響く。



「あぁなると誰も止める事が出来ないのだ。そっとしておいて差し上げろ」



 ヨスズンさんのため息に俺は小さく頷いた。誰も好き好んでドラゴンの巣に入ろうとはしない。という事か。

 俺とスピノラさんは本陣を後に連隊司令部に向かった。無言だった。



「連隊長閣下御来入!」



 馬車達で作られた一夜城の中。その一角に立てられたテントを覗くとうめき声が聞こえて来た。

 先の戦闘で傷ついた兵を一箇所に集めて野戦病院のような物を作ったは良いが、ここには医者は居ない。

 そもそも医療的知識を持ち合わせている人物など連隊はおろか騎士団にも居なかった。

 せいぜい、薬草を採り、包帯を巻くくらいしかすることがない。


 テントの奥に行くとユッタがラケル中尉の手を握っていた。その傍らに居るドワーフが俺に気がついて首を、横に振って彼女の容態を教えてくれた。

 彼は俺の近くに来ると小声で「血が出すぎて明日まで持ちません」と俺に告げる。


 彼女の周囲には血で汚れて取り替えたであろう包帯が山のように積み重なっている。

 ラケル中尉の顔はエルフにしても白く――青白くなっている。その時、彼女と目が合った。



「れん、隊長……」



 彼女のささやくような声に俺は彼女の枕元に移動して座った。



「命令、どおり、生きております」

「あぁ。よくやった。おかげで、おかげで陣地は守られた」

「そう、ですか。では、私の、兵たちは――?」



 彼女の部下たちもこのテントに収容されている。だが、医者が居ないこの野戦病院でどれだけの命が助かると言うのだ?

 ただ包帯を巻いて数少ない薬草を塗るだけで命が助かると言うのか?



「そう、ですか。私が、至らないばかりに、死んでしまったのですね」

「いや。そんな事は無い。精一杯、やってくれた」

「ですが、兵達を死なせてしまいました……」



 過程より結果。


 いつか俺はアウレーネ様の考えにそういう風に考えていた。

 だが彼女のしてくれた事を俺は否定できるか?

 否定してしまって良いのか?

 俺には、否定することが出来ない。



「お願い、があります」

「なんだ? 何でも言ってくれ」



 指揮を誤った俺への罵詈雑言でも良い。何でも良い。



「私のような、無能な指揮官が兵を死なせないように、優秀な、指揮官を育成、して、ください」

「――。中尉。貴女ほど優秀な指揮官は居ない」



 命を張って俺達を守ろうとしてくれた人が、無能なわけが無い。


 戦争は優秀な者から死んでいく。


 ケヒス姫様の言うことは正しい。

 無能は指揮官が生き残って有能な部下から死ぬ。


 俺はアムニスのときから成長できたのか?



「ユッタ。そこに居るの? もう、何も、見えない……」



 サラ・ラケル中尉は静かに眠りに付いた。




唐突な鬱展開で申し訳有りません。


悲しいけどこれ戦争なのよね。



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