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銃火のオシナー  作者: べりや
第二章 タウキナ動乱
13/126

奇襲

 攻囲二日目。



 敵は城内に留まっているばかりで攻勢に出てくる気配が無い。

 夜も夜襲を警戒していたがそんな事も無いし、これは援軍を待っているのだろう。

 タウキナ側はあとどれくらいでセイケウに解囲軍を送ってくるだろうか。

 こちらの戦力は総勢四千五百弱。

 それと同等か、それ以上の戦力を編成してシブイヤからセイケウに向かうとして騎士と歩兵の混成部隊が来るだろうから行軍速度は落ちるだろう。

 それに兵糧や飼葉なんかの補給物資を持った輜重隊もつくだろうから歩みはさらに遅いはず。

 あと五日くらいは時間を稼げるか?

 それだけあれば防御陣地の構築も入念にできるだろう。



「連隊長の指示通り馬避けの壕も掘削していますからね。陣地の強化には賛成ですが、セイケウを包囲できるのはいつになるやら。そこに連隊長の視察ですかい。余計に状況が遅くなるんじゃないんです?」



 塹壕堀は順調に行われていた。平行壕にはすでに大隊司令部が置かれ、砲兵陣地の整備も始まっているらしい。

 だが連隊司令部との連絡壕はまだ未完で平行壕まで視察に行くには敵の長弓を警戒しなければならない。

 平行壕に行くには危険を冒さねばならないが、これも次の作戦を立てるために必要なリスクだ。



「スピノラさん。セイケウへの包囲は諦めようかと思ってるんです」

「諦めるんですか? ケヒス姫様が聞いたら首を刎ねられますよ」

「そうですよ。殿下のことですから首を刎ねるに違いありません」



 スピノラさんもユッタもケヒス姫様への信頼が厚いようだ。もちろん俺もケヒス姫様を信頼している。

 だからどう奏上しようか悩んでいるのだ。



「もう、セイケウを盛大に砲撃して戦闘意欲を喪失させればいいかなーと思っていて」

「確かに鉄の塊が天から降ってくるんですから敵さんさぞ驚くでしょうな。がははは」



 ローカニルの言うとおり敵とって魔法を伴わない砲撃なんて初めてだろう。

 だから初戦の時に歩兵が一気に壊走したのだ。それを絶え間なく撃ちこみ続けられれば降伏を申し出てくるかもしれない。



「もうすぐ前線陣地です。矢が来るかもしれないので気をつけてください」



 野戦猟兵連隊カサドールの幕僚の先頭を行くのはユッタの友達というエルフの中隊長だ。

 彼女を先頭に掘削されたばかりの連絡壕の中に入る。

 まあ彼女も部隊を持つ身だから忙しいだろうが、無理に押して視察の案内を頼んだ。

 視察は兵たちの様子を見たいというのも合ったが、敵の城壁を出来るだけ近くで見たかった。

 魔法があるくらいだから魔術的な防御が施されていると考えるべきだ。

 さすがにそれを壊して城壁を打ち砕く力が大砲にあるかと言われたら疑問が浮かぶ。

 タウキナ騎士団が初の砲撃にさらされたのと同じく連隊は初めて魔法と戦うのだ。出来るだけ用心したい。

 案内をしてる中隊長が立ち止まった。分かれ道になっている。



「到着です。右に行けばセイケウに対して掘られた平行壕です。左は敵の解囲部隊に備えた防御陣地になります。防御陣地前方には馬避け用の壕を新たに掘り始めたところです」



 彼女は手銃を振って場所を指し示してくれた。とりあえず平行壕からだな。

 セイケウの城門に対して平行に掘られた塹壕は急速に拡張作業と砲兵陣地の設置が行われている。



「予想より早く設営が進んでますな。セイケウ砲撃のためにも砲兵の移動を急がせたほうがいいかもしれんなぁ」



 アムニスの時からつれ従ってくれているローカニルは汚れたあごひげをいじりながら呟いてくれた。

 俺たちはそのまま平行壕に設置された大隊司令部に向かう。

 山小屋のような、むしろバラックのようなお粗末な建物だったが、天井が付いているから敵の矢を気にしないで居られるのは助かる。



「連隊長閣下!」

「そのまま。俺達にかまわず作業を続けてくれ」



 大隊司令部の真ん中に置かれたテーブルにはセイケウとその周辺を現した地図が載っている。

 地図には連隊が掘った塹壕や騎士団の位置等が細かに書かれていていた。

 まあ今朝連隊司令部が配ったのだから無かったら無かったで問題なのだが。

 それから俺はセイケウの城壁が見える壁に設置された小窓に近づいた。

 椅子に登り、小窓から外をうかがう。



「静かなものです。逆に不気味ですが」



 大隊長を務める元傭兵が言った。


 不気味。


 手を出せないのか、出さないのか。

 どちらにしろ援軍が来るまで戦力を温存させようとしているのだろう。



「大隊長。この平行壕がある程度できたらセイケウを砲撃できる位置まで壕を前進させてくれ。砲兵陣地の作成を急がせるように。とにかくセイケウを砲撃する事を第一に。猟兵の城攻めは考えなくて良い」

「砲撃だけでよろしいので? 冷血姫殿はセイケウを落とすことに執心のようですが?」

「作戦変更だ。ケヒス姫様に気づかれないように頼む」

「そりゃまた。了解しました。そう言えばスピノラ隊長もお元気そうで」

「アホ。もう隊長じゃねぇ。戦務参謀っていう雑用係だよ」



 スピノラさんが大隊長の頭を殴ってから外に出て行った。

 これ以上長くいても大隊司令部の仕事が増えるだけだろう。



「ありがとう。邪魔をした」



 俺たちもスピノラさんの後を追うように外に出た。



「それにしても何で円を描くような城壁なんだ?」

「そりゃ、四角形に比べて円の方がが小さく作れるからでは?」



 街の周りを描こう城壁を作るには四角形だと確かに材料が円に比べて多く掛かる。

 だが――。



「魔術があるとは言え、投石器なんかもあるんだろ? 均一に長い城壁を作っても投石器の攻撃を受ければ被害が多くなるだろうし、それに円形だと弧の部分に矢を射掛けられない死角ができるから防御を考えるなら星型の城壁のほうが良いんじゃないのか?」



 そう言えばクワヴァラードも円を描く城壁になっていたな。

 軍事技術や築城技術が前世に比べて低いのだろうか?



「そりゃ、魔術的防御を施してんですから円形に決まってまさぁ」



 呆れた口調でスピノラさんが答えてくれた。



「俺は貴族様と違って魔法が使えないからこれは受け売りなんですがね、魔力を円循環させて力を増幅させるそうですぜ」



 円よる循環か。なんだか面白い発想だな。

 前世でも円による循環という思想があったはずだ。確かウロボロスとか言っていた。

 蛇が自分の尻尾を噛んでいる構図で、不死とか、転生とかを表していた気がする。

 まあ転生するまで転生なんて信じていなかったが。



「魔方陣を作るときに円形にやるでしょ? アレも理論は同じようですよ」

「いや、俺も魔法は使えないから魔方陣なんて書かないので分かりませんよ。でも、魔力防御があると言う事は砲撃は効くんですかね?」

「効くんじゃないんですか。魔力的防御はあくまで対魔法用と聞いた事がありますし、効かないのなら投石器なんてうすのろが使い続けられるはずありませんし」



 そりゃそうか。


 確かに分解から組み立てを有する不便な投石器が生き残っているから物理的に城壁を破壊することは出来るのだろう。

 いや。物理的に城壁を破壊して魔術防御を断つ――そう考えたほうが良いのかもしれない。

 それなら投石器と言った攻城兵器という概念が有ることが自然となる。



「お次はどちらへ?」

「解囲部隊に対する防御陣地を見てから連隊司令部に帰ろう」



 太陽が傾きつつあり、西日が暑い。

 明日から嫌っていた夏軍衣に変えよう。暑さには勝てないしな。

 てかローカニルは軍衣自体を脱いで襦袢を腕まくりしているし。

 ドワーフとはいえ自由すぎだろう。だが夏季制服に関する規定を作っていないのも事実で、軍服を着崩している事を咎める軍法などないから彼を一方的に責めることは出来ない。



「そう言えば防御陣地にはどれだけの兵を割くんですか?」

「とりあえず一個中隊くらいだ。敵が来たら予備兵力の第四大隊から戦力を抽出すれば良いしな」



 それに防御陣地に多数の兵を置いてもいても敵がいつ来るかわからないのだ。無駄に遊ばせておく兵も大砲も無い。

 作戦を変更して大量の砲を用いて絶え間なく砲撃を行って敵の戦意を喪失させる事にしたのだから一門でも多くの大砲がいる。

 一都市を落とすのにどれだけの大砲が必要なのかわからない以上、持てるだけの火力を集中すべきだ。

 だが防御戦闘に大砲を割かない訳にも行かない。

 一個中隊分を抽出するので一杯だ。



「こちらです」



 案内役の中隊長に従って防御陣地に到着した。

 塹壕は平行壕と比べてだいぶ狭いし、高さも低い。

 幅は誰かとすれ違うだけ一杯だし、で普通に立っていて肩くらいまでしかない。

 かろうじて砲兵陣地は整えられているが、中隊司令部さえ設置されていないようだ。



「申し訳ありません。形だけは陣地として出来上がったのでとりあえず馬避けの壕を掘らせています」



 防御陣地から五十メートル先でスコップを振るう兵士が見えた。



「中隊総員で穴掘りですよ。とりあえず馬避けですから一メートルくらいの幅の壕を適当な間隔で掘らせてますが、今日中に完成するのは一つくらいです」

「昨日の今日だしな。防御陣地の構築も煮詰めなくちゃいけないな。明日は第四大隊から人員を回そう」

「ありがとうございます」



 馬避けの壕を掘っている兵員たちを眺めていると彼らと西日が重なってきた。

 そろそろ帰ろうか。



「……何か聞こえませんか?」

「何か、ってなに?」



 ユッタの細長い耳が動いた。

 ユッタの言葉に中隊長も耳を小刻みに動かしている。



「……馬、でしょうか?」

「やっぱり! 複数の馬が接近していますッ!」



 複数の馬? だが俺には聞こえない。ローカニルたちに振り返ってみても彼は肩をすくめるばかりだ。

 だがスピノラさんは「方角は?」と聞いていた。



「あっちです」



 ユッタが指した方角はちょうど西だ。暮れ行く太陽のせいでまぶしくて遠くまで見れない。

 だがその時、俺の耳にも馬脚の音が聞こえた。遠方に砂煙が見える。



「馬、のようだな」

「何を暢気な事を言ってんです!? 敵かもしれないんですぜッ」



 スピノラさんの叱責に我ながら間抜けな事をしたと恥じ入る。

 野生の馬の群れかもしれないが、それより敵である公算が高いし、何より今は戦争中なのだ。楽天的に考えを締め出さなければならない。



「戦闘配置! 総員戦闘配置ッ!!」

「戦闘配置急げッ!!」



 遠眼鏡で敵の正体を見極めたいが、太陽に向かって遠眼鏡を向けると目が焼けるというから無理だ。

 スコップを手にしていた兵たちが何事かと驚きながら塹壕に飛び込んできた。



「邪魔だ! 通れない!」

「塹壕が狭いんだから仕方ないだろッ!」

「連隊長失礼します」



 塹壕の狭さが完全に裏目に出ている。ある程度の広さが無い塹壕に百人もの兵が飛び込んできたのだから完全に渋滞している。



「塹壕の外を回れ」



 完全に遅きに失した命令だ。土煙はなおも接近してくる。



「ち、中隊長! 砲弾が有りません!」

「どういうこと!?」

「わかりませんッ! 輜重兵のミスか、平行壕の連中に弾を回されたのかもしれませんッ!」

「輜重中隊に伝令。すぐに砲弾を持ってこさせて」

「了解しました」



 馬の形が見えてきた。多数の馬上に人影のようなものが見えた。

 ケンタウロスで無い限りアレは騎乗した人間だ。



「騎士団の人では、無いですよね?」



 中隊長の不安げな声にユッタも「我々では判別できません」と首を振った。



「総員、戦闘配置よしッ!」



 中隊副官の声に俺は反射的に「弾込めッ」と命令した。

 最悪の事を考えればその備えをするべきだ。

 だが「誰か火をくれ」という声に不安が募る。

 夕日にうつる物が馬を操る人間であり、その手に何かが握られているのが判別できるようになった。



「青地に白バラの軍旗を掲げています!!」



 中隊長の口から悲鳴に似た報告が飛び出した。ケヒス姫様は赤を好むから騎士団の軍旗が青い訳が無い。つまりアレはタウキナ騎士団の軍旗だ。



「撃ち方用意!! それと伝令だ! 連隊司令部と騎士団に救援を呼びに行けッ」



 この方面に展開しているのは防御陣地を構築していた一個中隊だけだ。

 敵の戦力はわからないが一個中隊程度で騎馬戦力を防げるとは考えにくい。



「敵との距離およそ百五十メートルをきります!!」

「引き付けて撃て! まだ発砲するな」



 火力密度が中隊程度では低いだろう。出来るだけ引き付けて命中率を底上げしなくてはならない。

 大地を揺るがす馬脚が足元から競りあがって内蔵を締め付ける。

 しかし、敵の侵攻速度が速すぎる。シブイヤから来るのなら五日はかかるはずだ。

 もしや昨日撃ち漏らした騎士達か?



「数が多い! 二百騎はいるぞ」



 スピノラさんが舌打ちをするように言った。

 ん? そんなに撃ち漏らしたか?

 東方騎士団がタウキナ側の騎士達包囲するように機動してくれたおかげで逃げ延びたのは百を下回るほどだと思ったのだが――。



「こりゃ新手だ」

「どうして――」



 どうして新手と決められるのだ? スピノラさんはいつものダラリとした雰囲気を捨てて俺にまくし立てるように説明してくれた。



「白バラはタウキナ公家の家紋です。青地の旗はタウキナ宗家を現す――つまりタウキナ騎士団の本隊って事です。アレを率いれるのはタウキナ公しかいない」



 つまりタウキナの王であるアーニル・タウキナがケヒス姫様の首を取りにきたのだ。



「それにしても早すぎる! 援軍が来るのは五日はかかるはずじゃ……!」

「少数精鋭の騎馬部隊が馬を変えながら来たんでしょう。それに指揮官が武術の神童と言われたアーニル・タウキナ様だとしたら何も不思議じゃないですぜ」



 敵を見やればすでに百メートルを切ろうとしている。もう少しひきつけたい。



「構えッ」



 猟兵が塹壕の淵から手銃を構える。その時、矢が振り出した。馬上から打たれているようだ。

 馬上というだけで激しく揺さぶられるし、この距離だから牽制以外の何者でも無いだろうが、『もうお前らを殺せる』という心理的プレッシャーがかけられる。


 そのプレッシャーに負けた兵士が、撃った。


 それに連れられて他の兵員も撃ち出してしまった。



「撃つなッ!! まだ命令は出ていないぞ!」



 ここで錬度不足が出てしまった。訓練が行き届いていればこのタイミングで撃つ事は無かったろうに。口惜しい。

 「申し訳ありませんッ」とエルフの中隊長が青ざめた顔で謝罪したが、今はそれどころではない。

 まばらに発砲したおかげで火力密度がより下がってしまった。

 そして敵が馬避けの壕を飛び越える。

 本来なら不定期に並んだ一メートルほどの堀を用いれば馬の侵入を阻害できると思っていたのだが、完成していたのは一つだけ。

 その一つを飛び越えられてしまえば騎馬戦力に対する備えなど無いと言っていい。



「着剣せよッ!!」



 百対二百。


 今まで数的劣勢の中で勝利を得ていたがそれは綿密な野戦築城あってのこと。

 もはや俺達を守ってくれる陣地は無い。



「援軍はまだか」

「さっき伝令を送ったばかりですがな」



 ローカニルは焦りという言葉を匂わせないように言ってくれたが、こちらとしては何を暢気なと言うしか――。って大砲に使う火薬袋を持ってきて何しているんだ?



「アムニスでコレを投擲したら効果的だったと聞いたもんで暇そうな砲兵に持ってこさせたんです」



 確かに火薬袋に木片や石などを入れたものを橋に投擲してゴブリンを退けたこともあった。

 何より大砲が無いのだから火力を挙げるには火薬袋を投げるしかない。



「それに石とかの硬いものをつめて火をつけてくれ。殺傷力が上がる」

「着剣完了! 指示を」



 中隊長の言葉に俺は固まってしまった。

 身体の真を揺さぶるような地響き。百キロを超える巨体が高速で近づいてくる。

 もはや俺達を守ってくれる柵も壕も、そして策も無い。

 頭の中が白く霞ががって来る。


 どう、すればいい?


 銃器や火薬に対する知識は持っていた。

 戦術や戦略についての知識も持っていた。

 補給線の重要性も知っていた。

 

 それら全ては迷える人生のバイブルとして買った『米海兵隊が教えるタリバンから命を守る二百のテクニック』に書かれていたからだ。

 それに類似した本も読んでいた。

 だが今まで俺達を守っていてくれた陣地は無い。

 そこに風を切って駆ける騎馬が迫ってくる。

 確か馬の体重は五百キロはあったはずだ。その群れが迫ってくる。


 頭の芯がチリチリと焦げるような焦燥感と背筋を震わす恐怖感がオレの思考を邪魔する。 

 どうする? どうすれば良い?



「ほ、方陣を――」



 かろうじてまだ動いている知識で歩兵が騎兵に対抗できる陣形を思い出した。

 そう、方形を組んでしまえば極めて高い防御力を発揮できる。幸い着剣した手銃を槍として振るえるのだからまだ勝機はある。



「間に合わないッ!!」



 だが乾ききった喉の奥から搾り出した声はスピノラさんにかき消された。



「来るぞッ!! 砲兵参謀そいつを投げろッ」

「言われんでもわかってるがなッ!!」



 ローカニルは大人の頭ほど火薬袋に導火線を取り付けてそれに火をつけた。



「くらえッ!!」



 その小さい体躯から投げ出されたそれは正に砲弾のように飛んでいった。さすがドワーフ。

 いや、だが所詮はドワーフ。落下位置が近い。三十メートルくらいか!? 近いッ。近すぎる。



「伏せろッ!!」



 火薬袋は騎士達の手前で爆発した。

 袋の中につめられた石などが火薬の力で轟音と共に高速で打ち出される。


 塹壕の中に頭を隠そうとしていた所でソレが起こったものだから殴りつけられるような衝撃波が俺の頭を襲った。

 幸い首は取れなかったが後頭部を塹壕にしたたか打ってしまった。アムニスの時の傷が開きそう。

 いや、暢気に考え事をしている時分ではない。

 敵が来ているのだ。

 立ち上がろうとして、俺は倒れてしまった。まっすぐ立て居られない。

 視界が霞むし、一切の音が聞こえなくなってしまった。

 隣を見ればユッタが何かしゃべっているようだが、一切の音が聞こえない。いや、キーンという耳鳴りなら聞こえる。



「だ……ぶ……? ……オシ……んッ!?」



 だんだんと音が近づいているような不思議な感覚の中、立ち上がると馬脚を乱したタウキナ騎士団と耳を押さえたりしている兵士がいた。

 塹壕の端から射撃が行われているのであろう。散発的な発砲音が遠くから聞こえる。これじゃ有効な弾幕は張れないぞ。



「ォシナさん……! オシナーさん!!」

「ん? なんだ?」



 なんだか時間が間延びしたような感覚に襲われながらユッタに顔を向けた。

 なんだか耳の奥が突っ張るような感じがする。

 唾を飲んでみると世界の時間が急速に動き出した。


 騎士達の喊声バトルクライをかき消すように撃たれる銃声が身近に聞こえる。



「オシナーさん! 大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ。それより状況は?」

「いいから伏せろッ!!」



 スピノラさんに腕を掴まれて俺は塹壕の中にしりもちを突いてしまった。



「連隊長! 騎士団は足を止めていますが、コッチも先ほどの爆発で戦闘不能者が出ています!! 指示をッ!」



 目線だけ塹壕の外に出して外の様子を確認する。火薬袋が着弾したと思われる地点では土がえぐれ、背の低い草が燃えている。

 その周囲では馬や人間と思しき残骸が散乱しているのが見えた。



「突っ込めッ!!」



 澄んだその声には聞き覚えがあった。アーニル様だ。

 鈍色に輝く鎧に青い十字が書かれたレリーフが刻まれている。その手には短弓のようなものが握られている。

 彼女に十騎ほどの騎士たちが付いて突撃してきた。



「銃剣で迎え撃て!!」



 倒れている兵士から手銃を拝借してソレを構え――熱ッ。

 射撃後の過熱した銃身を握ってしまったか。

 クソ。だがそれを気にしている余裕はない。 

 銃身と銃剣の位置が反対だから熱い銃身を握ってしまうなんて構造上の欠点じゃ無いか。

 それに射撃後に銃剣を使うからいちいち手銃を逆さまにしなければならないなんて。

 しかし悔いている時間も惜しい。



「我れはタウキナ公が娘、アーニル・タウキナである! いざ尋常に勝負ッ!!」



 騎士達の先頭を走るアーニル様が名乗りを上げた。

 その目は俺を捉えている。


 来るッ。


 アーニル様は馬具に結われた鞘から細身の長剣を抜き放った。

 だがソレは振るわれること無く騎馬が塹壕を飛び越える。

 そうか。塹壕に入っている分、剣戟が届かなかったのか。槍だったら危なかった。



「伏せてッ!!」



 ユッタの悲鳴に連れられて腰を落とすと頭上を何かが掠めた。そしてすぐに別の馬が通り過ぎた。

 その姿に視線を移せばランスを持った騎士が見えた。あの身の丈ほどの槍が刺さったらひとたまりも無い。



「集まれッ!」



 アーニル様の命令の下、突撃に参加した騎士達が集結を始めた。



「どうして!?」

騎馬突撃ランス・チャージのために距離をとったんです」



 スピノラさんの説明に納得しつつ、またあの突撃が来るのかと思うと恐怖で胃が口から出そうだ。

 どうする?



「弾込め!!」



 距離をとられたのなら遠距離武器を行使するしかない。そもそも猟兵は甲冑なんて物をつけないのだ。

 身につけているただの服に防御なんて期待できるはずがない。なら敵が攻撃する暇がないように攻撃するしかない。

 攻撃こそ最大の防御。


 撃つしかない。



「吶喊ッ!!」



 再び騎馬突撃が始まった。



「撃てッ!!」



 装填が終わっているかなど関係ない。もう撃たなければ敵の攻撃に間に合わない。

 昨日の濃密な弾幕が嘘のように薄くまばらな弾幕がアーニル様率いる騎士団に殺到するが、敵の馬脚を乱すだけの力は持っていなかった。



「来るぞッ!! 備えろ」



 騎士たち走り出した。風のように走るその姿に腹の底から恐怖が這い上がってくる。

 俺は、死ぬのかもしれない。

 目をつぶりそうになるのを必死に耐えるが、何か表情を浮かべていないと目をつぶりそうになる。



「く、フフフ」



 またケヒス姫様のように笑ってしまった。

 引きつった表情筋がピクピクと痙攣するように動いたおかげで無様に瞳を閉じることはしなかったが、周囲のみんなが俺の顔を見て引いている。

 突撃してくるアーニル様はここ一番のスマイルを貼り付けた俺の顔を見て少し驚いているようだった。


 アーニル様は攻撃することなく塹壕を飛び越えて行く。それに後続する騎士たちがランスを繰り出してきた。

 馬の速度と腕をバネのように振るった速度が合わさってもはやその切先を目で往古とは出来ない。

 反射的に手銃を振るうと運よくその一撃をそらすことが出来た。

 もう一撃来るかと思ったが、騎士はそのまま駆けて行く。



「く、次弾装填急げ!」



 あとどれだけの兵士が戦えるのだろう? あといつまで俺たちは戦うのだろうか?

 あたりを見渡せば騎士達が猟兵を蹂躙し終えた光景が目に入ってきた。

 防御陣地の中央付近に居た第二小隊の損害が多いか!? あの投擲攻撃から敵の損害が出ているようには見えなかったから一方的にやられている。



「伝令! 伝令です!!」



 先ほど伝令に送った兵士がすべるように塹壕に飛び込んできた。

 全力で走り通しだったのだろう。顔色が悪くなっている。



「騎士団ハーデアン・ユルムリル殿より伝令! その命令は受託で、出来ず。東方辺境姫様よりの指示を待つ。以上!!」

「……は?」



 命令を、受託出来ず?


 え、もしかして、もしかして、助けに、来ないのか?

 めまいを覚えて塹壕の壁に寄りかかってしまった。この状況で――それも圧倒的不利の中で――援軍は来ないのか?



「……ケヒス姫様は?」

「それが騎士団本営には居ませんでした。おそらく連隊司令部かと」



 連隊司令部にも伝令を走らせている。伝令が行けば騎士団を動かしてくれるだろうが、間に合わない。

 次の騎馬突撃は投擲攻撃から立ち直った騎士も参加するだろう。

 こっちは相手に損害を与えられないのに向こうは戦力が増えていく。


 このままでは――。



「連隊長閣下! 撤退しましょう!」

「スピノラ大尉! この防御陣地が落ちれば連隊司令部や騎士団本営までがら空きです!」

「それじゃ副官殿! このままむざむざと死ぬ気ですかい!」



 そう、このままだと全滅は必至だ。



「撤退だ。防御陣地を放棄して平行壕の連隊主力と合流する!」

「わ、わかりました。ですが敵の攻撃が始まれば――」



 ユッタの言うとおり敵は騎馬。足で逃げ切れるわけが無い。

 火薬袋を使って足止めをするか? いや、最初の攻撃で騎士達にも損害が出たとはいえ一部に過ぎない。

 全部を止める事はできない。


 ならどうする?



「連隊長閣下。我が中隊の第一小隊と共に殿しんがりを勤めます。連隊長閣下は第三小隊を率いて撤退してください」

「そんな、そんな事できるか! 中隊は全隊とも撤退だ。復唱しろ」

「それでは敵から逃げる事はできませんッ!」



 また、誰かを犠牲にするのか?

 彼女たちを置いて俺達は逃げるのか?

 どうすれば良い。どうすれば皆助かるんだ?



「わかった」

「スピノラさん!?」

「エルフの譲ちゃんの言葉に甘えましょう。騎士団の援軍が来れば状況は変わりますがこのままじゃ――」

「わかっている! わかっているから、考えているんだ。もう少しで、良い考えが――」

「……残念ですが、時間切れですぜ」



 スピノラさんの言葉にローカニルが力強く俺の腕を掴んだ。



「ちょ! 放せ! 命令だ。放せッ」

「そ、そうですわざわざ貴女が残らなくても――」

「ユッタ。村に帰ったら伝えて。私はエルフの戦士として勇敢に戦ったって」



 ユッタの嗚咽を聞きながら俺も遅れながら悟った。


 万策尽きた。


 この場に留まっても打てる手など無い。



「連隊長閣下。どうか御武運を」

「……援軍をつれてすぐに戻る。ソレまで死なないでくれ。頼む」

「――わかりました。それに、騎士団の援軍が駆けつけてくれるかもしれませんし、それでも連隊長閣下が援軍を率いてくれるのでしたらその時まで戦い続けましょう。それでは、私からはユッタを頼みます。幼馴染で、親友の彼女を頼みます」

「行きましょう。第三小隊我に続け! 急げッ!!」



 スピノラさんを先頭に俺たちは防御陣地を後にした。

 誰も振り返らないし、誰も何も言わない。

 背中から彼女の声が聞こえた。



「第一小隊構えッ!!」


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