銃火のオシナー
「諸君。我らケプカルト諸侯国連合王国は王領での決戦において華々しい勝利を飾り、王都の無血開城も相成った! だが、これを勝利と呼ぶだろうか? 否である!!」
絶え間なく降り注ぐ雨の中、俺は声を大にして叫ぶ。この作戦に参加する兵士達を一人一人見てもフシャス第三連隊の予備兵力だけあって雑多な構成だなと感慨を覚える。
ドワーフ、エルフ、人間――。種々の人々が集い、決戦の時を待っているのだ。
「では何を勝利と呼ぶのか? それは謀反人であるケヒス姫様を討ち取った時である。
敵はまだ依然と強力な騎士団を保有し、ケプカルトを脅かそうとしている。彼の姫に従う騎士団は諸君等と共に各地を転戦した精兵中の精兵であり、我らの始まりの戦であるこのアムニス大橋の戦いから今日に至るまで武勇を示して来た。
その騎士団を打ち破り、ケヒス姫様を討つ事こそケプカルトの、そして東方の勝利と言える!!」
そう、全てに決着をつけられるとしたら、それは騎士団の全滅とケヒス姫様の死と言う結末以外に存在しない。
俺は、今度こそ守り切りたい。俺の小さな手でどこまで守れるかなど高が知れているが、それでもより多くを守りたい。そのために俺はこの手に銃を取る。
どうか、見ていてほしい。
俺の作戦に命を懸けてくれたみんなに、そして前世で俺に付き従ってくれていた部下に。
「諸君! 此の世に止まない雨などは存在しない。今、こうして降り続いている雨もいずれ上がる。
ケヒス姫様は暴風雨の如く東方を、そしてケプカルトを蹂躙した! だが止まない雨は無いのだ! 止まない風など無いのだ!!
今こそ我らの手によって暗雲を裂き、暴風を止めよう! 東方の自由と誇りにかけて共に戦おうではないかッ!!」
喊声が雨空に吸い込まれていく。確かにこの悪天候では火器の性能を引き出す事は難しい。
だが、この願いが、この決意が天に届いたのか、叩きつけるような雨はゆっくりと上がって行った。願いが通じたのか、それとも天の気まぐれなのか、俺には分からない。
◇ ◇ ◇
「諸君。余は王国に負け、東方辺境騎士団の主力を囮にした作戦も今ここに潰えた。だが、これを敗北と言うだろうか? 否である!!」
絶え間なく鎧を打つ雨。その音に負けぬように余は声を張り上げる。この声が全ての騎士達に届くように。この場に付き添ってくれた者だけではなく、囮を率いてくれているバアル達にも届くように。
「我ら東方辺境騎士団は術策に頼らねば勝利を拾えぬ弱卒か? これも否である。父上と共に戦場を転戦し、地獄のようなクワヴァラード掃討戦を生き抜いた歴戦の古強者たる諸君と諸君の王たる余が居る限り我らに敗北などと言うものは存在しえない!!」
余はもう諦めはしない。確かに余は王の器では無い。それでも余を信じ、余を慕ってくれる者達に報いなければならない。
そして余のために命を捨ててくれた者達のためにも、余は戦い続けなければならない。
余を一途に信じてくれたガウェインも。草葉の陰で余の愚かさを嘆いているであろうヨスズンも。そして呆れているであろう父上も見ていてほしい。
余が最後の最後まで燃え続ける姿を。余は余を信じ、余に付き従ってくれる者のために燃え続ける姿を。
もう折れはしない。ただでさえ器では無いのだ。ならば最低限は王として振舞うために二度と折れるような事はしない。もし折れてしまえばこの愚か者に従って死んでくれた者の意義を無為にしてしまうのだから。故に余は諦めない。いや、諦めてはいけない。く、フハハ。なんと莫迦な事を考えているとお嗤いください、父上。
「では我らの勝利とは何か? それこそ我らの悲願である王国を手にする事である。その日まで我の戦は続く。
諸君。見てみたく無いか? そこが例え地果て海尽きるその先であったとしても、我らが地獄の中から熱望した王国を!!
我らが生きるために命を投じてくれた戦友のためにも、その理想郷を余と共に見に行くのだ!」
見慣れた団員達の顔を一人一人と見ていく。あの地獄を潜り抜けた騎士達を一人一人見ていく。余を王と仰いでくれた者達を一人一人見ていく。
余にはもったいない、なんともったいない家臣達なのであろうか。
「諸君! 諸君らは吹き荒れる暴風雨だ! 止む事を知らない嵐だ!
余に付き従う忠勇無双の諸君。余は王として宣言する!!
余について参れ。そして我らの王国を作ろう。あの瓦礫のクワヴァラードで得た悲しみを糧に戦い続けよう。
あの街で散って逝った者達の想いを燃やし、今こそ焼尽の風となって眼下の敵を討とう。我ら東方辺境騎士団――いや、栄ある近衛騎士団達よ! 蹂躙するのだ。我らの敵を廃し、その先に共に参ろうでは無いか!!」
喊声が雨空に吸い込まれていく。幸いの悪天候だ。これなら奴は己の兵器の性能を十全に生かせられないだろう。
だが、余の願い虚しく叩きつけるような雨はゆっくりと上がって行った。天運尽きたのか、それとも天の気まぐれなのか、余には分からない。
◇ ◇ ◇
「敵に動きあり!! 突撃してきます! 数はおよそ二十!!」
「射撃用意!!」
馬車の銃眼から覗けば騎士達が猛然と突撃をしかけてくるのが良く見えた。
「オシナーさん! 砲撃準備完了です!!」
「砲兵はこれより撃ち方自由!!」
以前のアムニス事変の時と同じ場所に設置された砲兵陣地に向かってラッパが鳴らされる。
そこには二門の大砲が設置され、号令と共に轟音と白煙、そして無数の弾子が吐き出される。
それこそこの地で初陣を飾った時は球形の一発玉だったそれはより殺傷力に優れる弾子へと形を変えたのだ。
その弾幕が騎士の手前に着弾する。しかし騎士達はそれに臆する事無く距離を詰めてきた。
「くそ、昔だったら砲声に馬が驚いて騎兵突撃を止められたのに……!!」
「連隊と共にあるようになって厩舎の近くで砲撃演習等を続けてきましたからね……」
そして第二射が騎士団を襲う。だがこれも巧みなフェイントを入れた突撃だけあって二騎が倒れた以外に戦果を得ることが出来ない。
「そろそろか。構え!!」
銃眼に取り付いた兵士達が己が小銃の撃鉄を押し上げる。
「狙え!!」
突撃してきた騎士との距離はおよそ二百メートル。もう少し引きつけたい。
と、思っていたら騎士達は眼前を横切るように進路を変えた。
「まずい、砲兵陣地を狙っている!! モニカ支隊へ! 撃ち方自由!!」
「了解!! モニカ支隊、各個に撃て!!」
密集した弾幕で突撃してくる騎士を止めるために統制射撃を実施しようとしたのが裏目に出た。
ケヒス姫様は最大の脅威である砲兵を潰すつもりだったのだ。
「砲兵を援護しろ!!」
その砲兵陣地では敵の急な動きに砲兵参謀であるローカニルが「射角修正急げ!!」と叫んだ。
彼らを守るために設置された馬車からも銃声が響き出す。だがそれは圧倒的に火力が不足している。
「方位そのまま!! 一班、撃て!!」
本来であれば点火棒を使用して砲撃する大砲だったが、野戦重砲での拉縄を用いた点火方式が優れていたために順次改修が入った。ここにある二門の大砲もそれであり、射手が命令と共に拉縄を引く。
無数の死の網が投げられ、半数ほどの騎士達が鎧ごと引き裂かれて息絶える。
だが残りはさらに機動を続けながら肉薄してくる。
「方位修正!! 右に旋回!! 右だ!!」
横移動する目標に大砲がゆっくりと追従する。ジリジリと動く砲口。そして騎士を射線に捕らえた瞬間、彼らの姿が消える。
それは彼らを守るために設置された馬車が障害物となり、大砲の射線を遮ったのだ。
そしてその機を逃すほど東方辺境騎士団は優しくはない。
大きな放物線を描きながら黒い陰が砲兵達の頭上に現れる。
「て、擲弾!!」
「伏せろ!!」
空中で炸裂したそれは爆煙と鋭い鉄の断片をまき散らす。
それが終われば死に体のうめき声のみが聞こえる。
「ローカニル!!」
「敵、第二波接近!」
早速も敵は次の手を打ってくる。まさに絶妙なタイミング。
戦上手だとは思っていたが、それに付き従う騎士達の勇猛さもあってこそなのかもしれない。
「モニカ支隊は自由射撃を続けろ!! それ以外は号令を待て!!」
「オシナーさん、わたしも攻撃に加わります。指揮を頼みました!!」
「頼む!」
正面陣地の銃眼に取り付いたモニカ支隊が次々に射撃を開始した。
騎士団の使っているであろう火器は小銃の銃身を切り詰めたそれであり、小銃より若干命中率が下がっている。
それに対してモニカ支隊の使用する螺旋式小銃は銃身に刻まれた溝によって得られる回転によって飛躍的に射程距離を延ばしている。
その上で射撃を得意とするエルフを選抜して組織されたモニカ支隊が攻撃しているのだ。遠距離から襲う精密無比な弾丸に騎士達が次々に倒れる。だが、それでもまだ敵は戦意を失わない。
距離、およそ百メートル。
「撃て!!」
耳を貫く銃声。視界を覆う白煙。香しい硝煙の匂い。
「装填!」
狭い馬車の中での装填は難しい。そのため馬車からあぶれた人員と先ほど射撃をした人員が入れ替わる。
「構え!」
白煙が邪魔で視界が悪い。そのせいかモニカ支隊も射撃を中断している。
それでも前方から響く馬脚が彼らの意志を伝えてくれていた。
「狙え!!」
風が吹く。それと同時に擲弾のつまった袋を振り回す騎士の姿が見えた。
「撃て!!」
間髪入れずに号令。銃声と共に敵の第二波がバタバタと倒れ、彼らが手にしていた擲弾がそこで炸裂する。
鋭い鉄片が馬車に突き刺さり、運の悪い兵から悲鳴があがる。
「負傷者を下がらせろ。敵の第三波は?」
「第三波、来ます!!」
発砲煙に紛れて接近する敵。「装填!」と部隊を下げさせる。
あのまま着剣して白兵戦と言う手もあるが、下手に接近を許して擲弾を放り込まれるのは避けたい。
つまりこれは攻城戦なのだ。こちらの城壁たる簡易築城が破れれば負け。逆にこれを死守出来れば勝利出来る。
だが、そんな簡単には行かせてくれないだろうな。
「構え!! 撃て!!」
号令を一つ飛ばす。悠長に狙っている暇など無い。敵の接近を許しつつある。
「擲弾用意!!」
陣地の内側では力自慢のドワーフ達が手にした鞄のような擲弾の導火線に火をつけていく。
「投擲!」
肩紐に似たそれをぶん回し、簡易築城を飛び越して騎士達の眼前にそれが落ちる。
「た、待避――!!」
慌てた騎士の声と爆音が響く。
土煙と白煙が消えると残ったのは人馬の悲鳴だけだった。
敵の第三派、撃退。
最初に砲兵を失う失態を犯すも敵の波状攻撃を押さえきったと言える。
「敵、動きはありません」
こちらの猛反撃の損害を受けてか丘の上の敵は攻撃の手を緩めた。
それから敵は戦術を変えてきた。
「敵、第四派!」
「構え!」
横一列に並んだ騎兵突撃。
その統制された突撃がこちらの射程に入ると同時に彼らはこちらに騎兵銃を向けてきた。
そして発砲。こちらもお返しとばかりに打ち返す。そして兵士を入れ替えようとすると騎士達は一気に反転、こちらの射程から飛び出していく。
「一体、何がしたいんでしょうか……? 牽制、ですかね?」
「ユッタの言うとおり牽制のようだが……」
眼前でこちらに銃撃していく様は威圧感こそあったが、射程の劣る騎兵銃で、それも馬上からの射撃とあっては命中率など無いに等しい。
だがこれを放置するような事はできない。接近してくるのであれば敵は隙あらば擲弾を放り込んでやろうと企むはずである。
「一辺倒の突撃じゃ、この簡易築城を破れはしないだろう。だがあんな射撃じゃ俺たちに有効打を与えられない事くらいケヒス姫様ならわかりきっているはず……」
「何かを待っている?」
ユッタの言葉に振り向く。確かにその可能性は高い。
普通、今の状態なら時間が経過するごとにケヒス姫様は不利になっていくはずだ。
何故なら各戦線で余裕が生まれればこちらには増援が送られてくる手筈になっている。つまり挟撃の体勢させ取れる事に成る。
ケヒス姫様がそれに気づかないはずもない。
だが、一点だけ時間を稼ぐ必要がある。おそらく連中はそれを待っているのだろう。
とは言え、それはこちらから阻止できるものでもない。騎兵が居れば打って出る事も出来るが、生憎騎兵はスピノラさんに全て預けてある。
だからこちらが取れるのは万全の体勢で敵を迎え撃つ事のみ。
それにしても長丁場の体となってきたせいか、各陣地で「弾をくれ」と言う声が聞こえだした。
「おい、こっちにも弾薬を分けてくれ!」
「これ小銃弾じゃないか! こっちは螺旋式小銃なんだぞ!」
弾薬の補充も行っているが、小銃と螺旋式小銃の二種類の火器を使用しているせいか混乱も生まれているようだ。
「まぁ、こんなの可愛いトラブルか」
弾薬についてはしこたま持ってきたから弾切れはありえないだろう。
ふと、空を見上げると黒雲に若干明るさが戻ってきた。もうすぐ晴れるかもしれない。
「敵襲!!」
緩んでいた兵士達が一気に気持ちを切り替えて銃眼に飛びつく。
敵が射程に入り、撃つ。それと同時にこちらも打ち返す。
即座に銃列を入れ替えて射撃体制を整える。また逃げるのか、それとも突撃してくるのか。
油断なく眼前に現れるであろう敵の位置を睨みつつ緊張の生唾を飲み下す。
だが敵は現れず、後退していく騎士の背中が見えるばかりだ。ホッとしたのもつかの間。すぐに「ひ、左から来るぞ!!」と悲鳴のような叫びが上がる。
「な!?」
反転していく騎士達を見て安堵していたが、騎士の一人が白煙に紛れてさらに接近、川辺を力強く踏みしめて跳躍。そして彼は斜めに切り込むように進入してきた馬はそのまま橋の上に着地した。
「着剣!!」
即座に命令を下すも騎士はこなれたように剣を引き抜き、周囲で混乱する兵士を斬りつけた。
「オシナー殿! お命頂戴!!」
俺はその騎士と面識があった。確か、名前はコニラー・ガイソス。連隊の問題児ことコレットと仲の良い騎士であり、何度か連隊の白兵戦訓練につきあってくれた若い騎士だ。
その若者が巧みに馬を操り、突進してくる。
「オシナーさん!」
瞬く間に彼の間合いに入った俺。その眼前に立ちふさがるユッタ。
「下がってくれ!!」
俺はユッタを押し退けつつ、彼女が振り上げた螺旋式小銃を握りとる。
そしてコニラーの斬撃が振るわれ、清涼な金属音を響かせる。
腕がしびれる。思わず屈してしまいそうな衝撃。だが痛む腕を無理矢理動かして腰に吊ったホルスターから回転式拳銃を抜き放つ。
「うおおお!」
撃鉄を起こす。それに対してコニラーは再び剣を振りかぶろうとするも、ユッタの螺旋式小銃に深々と突き刺さった剣ではそれが叶わない。
「覚悟!!」
撃鉄が落ちる。そして一発の弾丸が彼の胸を貫いた。
それに続くようにユッタも己の回転式拳銃を発砲、そして周囲の兵も銃剣を取り付けた小銃でコニラーを突き刺す。
思わず息が上がっていた。まさかここまで決死的な突撃をするとは思っていなかった。
呆然とした思いが思考を止めようとするが、すぐに思考を切り替える。
東方辺境騎士団がこの来を逃すはずがない。
銃眼を除けば敵の突撃が始まっていた。
「着剣!!」
もう接近を防ぐのは難しい。それほどの距離。擲弾を放り投げても良いが、今の混乱のままでは間に合わないかもしれない。
もっとも確実な方法――白兵戦しか無い。
その時、橋の後方を守っていた部隊から「敵の迂回部隊! 数は十機!」との報告が聞こえる。
「やっぱり来たか!」
アムニス事変のあの日、ケヒス姫様は迂回してゴブリン達を攻撃していた。
今日と言う日も強い雨が降っていたが、あの日ほどでは無い。馬なら橋を使わずに渡河できる箇所だってあるだろう。
その迂回部隊を率いる姫君は小さく舌打ちをした。
「しっかりと築城していたか」
「殿下は我らの後ろに!」
壁となるように前に進み出る騎士達。その騎士達に向け発砲が始まる。だが前衛での混乱もありその弾幕は薄いと言わざるを得ない。
それでもまず一人の騎士が倒れた。
ケヒス姫様は馬上からその騎士の腕を掴んで無理やり体勢を取り直させようとする。
「殿下、手を……」
「放せるか馬鹿者。貴様も余の王国に――」
「私に構わずお進みください。どうか、どうか前へ――!」
ケヒス姫様の口元がわずかに震える。そして、冷血姫は手を放した。
アッとういう間に騎士は後方に流れ、馬上から崩れ落ちる。
「……すまん」
小さな声が風と共に消える。
そして彼らは手にした小さな瓶を馬車に向かって放り投げる。
「な、なんだ水、か?」
擲弾を警戒していた少尉が安堵のような声を漏らす。そしてその液体に触れた少尉は顔色を変える。
それは水ではありえないつるつるとした質感があった。
「あ、油だ! 総員下車! 下車!!」
だが、その命令はいささか遅すぎた。
ケヒス姫様が腕を突き出して魔力を込める。
「我が意のままに燃えよ『イグニート』!」
ケヒス姫様の唱えた呪文と共に微かな火花が散る。すと水は――いや、油は瞬時に燃え上がり、馬車を覆う。
炎上する陣地では兵員はもとより、その馬車に蓄積されていた擲弾に引火。爆発を起こす。
「さすがケヒス姫様。やってくれるな……」
「関心している場合ですか!?」
そう言われても登場早々に一台の馬車と兵員を瞬殺する様には感嘆してしまう。
だが、それを許しはしない。
「白兵戦用意!! これが正念場だ!」
ある意味、包囲される形になっている。だが、この狭い橋の上では騎士の機動力は生かせられないだろう。機動力の無い騎兵はただの的だ。
「着剣!」
すでに後衛の簡易築城は破れたと言って良い。
燃えている馬車は一台だが、類焼をおそれてその両隣の馬車の兵達はすでに下車していて防衛機能は喪失している。その死角となった馬車と馬車の隙間から騎士達が突撃してくる。
「横隊を形成しろ! 密集して槍嚢を作るんだ!」
だが、そんな号令むなしく、すでに白兵戦が始まっている。
「ユッタ、俺は後衛の指揮を執りに行く。前衛を頼んだ」
「ですが――」
「それと、これを」
腰に吊られた軍刀を鞘事ユッタに渡す。
彼女はコニラーの攻撃で螺旋式小銃を失っている。回転式小銃だけでは心許ないだろう。
「危ないです! 後衛の指揮を執るならわたしが――」
「いや、俺が行かなくてはならないんだ」
俺はケヒス姫様と決着をつけなければならない。俺があの人を止めなくてはならない。
それを察してくれたのか、ユッタは俺の差し出した軍刀を受け取った。
「お預かりします」
「頼んだ」
こんな急を要する戦況でも、ユッタは俺に敬礼をしてくれた。エルフ式の礼。
それに俺は答える。ドワーフに育てられた俺がエルフの礼をするのか、と今まで感じた事もない感慨が浮かんだ。
だが、それを消し去り、彼女に背を向ける。
すでに後衛は乱戦の体となり、馬上から剣を振るう騎士、兵達に囲まれて馬から引きずり落とされる騎士と様々な光景が広がっていた。
その中でも一人、深紅のマントを羽織った姫騎士が見事な剣裁きで周囲の兵を倒している姿が見えた。
透き通るような金髪、強い意志を秘めた赤い瞳。
その銀色の鎧は汚れ、整った顔立ちにも返り血が付着している。
その姫君が、俺を見た。
「オシナー!!」
「ケヒス!!」
ケヒス姫様が剣に付着した血を払う。俺は回転式拳銃の銃身を回してリロードする。
そしてケヒス姫様が剣を振りかぶり、俺は撃鉄を起こし、引鉄に力を入れる。
俺の放った弾丸はケヒス姫様では無く、その愛馬を貫いた。馬の頭蓋骨に進入した弾丸のせいで馬はバランスを崩す。それでも彼女の迫る勢いは止まる事無く、彼女の斬撃が俺の軍帽を捉えた。
宙を舞う軍帽。崩れゆく馬。
振り向きざまに再度、銃身を回す。
ケヒス姫様は倒れゆく愛馬から飛び降り、彼女は拳銃を引き抜く。
互いの撃鉄が同時に引き起こされる。
周囲の喧噪が過ぎ去り、俺たち二人は静寂の中、銃口を突きつけて静止する。
様々な思い出が去来していく。
ケヒス姫様と出会った市。コロシアムでの決闘。ユッタと出会った裏路地。タウキナの白亜の城。ヘルスト様と共に酒を飲んだ夜。高地を巡る戦で聞いたユッタの決意。西方の河原での独白。そして東方の解放。
その時、雲の隙間から陽光が指した。オレンジに染まったその光を受けて虹が空に浮かび上がる。
茜色に輝く雲と七色の光のアーチがまぶしくて、美しくて涙が出そうになる。
あぁ、なんて世界は綺麗なんだ。
それは刹那の感動だったが、俺も、おそらくケヒス姫様にとってもその時間は久遠のようだった。
「く、フハハ」
人知れず、笑みが漏れた。そして二つの銃火が煌く――。
この最後のシーンは去年から練っていたものでした。
オシナー君がどうなったのか、ケヒス姫様は生きているのか?
気になる点は多くあると思いますが、エピローグは24日に投稿します。
それではご意見、ご感想をお待ちしています。




