軍使 【コレット・クレマガリー】【オシナー】
クワヴァラード周辺図
第三連隊の司令部馬車に赴くと、そこは先ほど入った『敵見ユ』の報告のせいか、ふつふつと血の沸くような殺気が満ち始めていた。
もちろん司令部に足を運んだのはアタシが騎兵中隊の大隊長と言う事もあるのだが、目的は違う。
「コレット・クレマガリー少佐です。失礼します!」
「ん? 騎兵はまだ呼んでねーぞ」
隻眼の連隊長は紫煙を吐き出しながらアタシを一別する。
話しかけるなという無言の圧力を感じるが、ここは引き下がれ無い。
「あの、軍使の派遣について具申に参りました」
「軍使だぁ? 面白い奴だな。さすが第一連隊の問題児だって事はある。エルフの嬢ちゃんに聞いた通りだ。まったく、あの作戦会議の時に無理矢理にでも支隊に送っておくべきだった」
出会い頭にさんざん言われて怒りがわき起こるが、我慢だ。我慢。
「急な編入で無理をしてくださってるのは分かりますが、それとこれとは話が別じゃありませんか?」
耳に届く舌打ちをしてスピノラ准将は足下に煙管の中の燃え粕をたたき落とす。
「降伏を呼びかけたとして無駄だ。あいつ等は降伏なんてしない。軍使を送るだけ無駄だ」
そうなのだろう。ヘイムリヤの奴なら亜人に膝を付く事などしないだろう。
だから、だからこそ、アタシは軍使になりたい。
「わざわざ傷を作らなくても――。っておい、ケンタウロスがひざまづいちまって、どうした?」
「お願いします。どうか、最後に騎士団と話し合いをさせてください」
よくよく考えれば人に頭を下げるなんて行為をしたのなんていつぶりだろう。
少なくともまだ兄貴が生きている頃だったはずだ。そう考えると、オシナー少将やローカニルの親父には苦労をかけたものだ。
「……。はぁ。時間稼ぎにはなるか。二騎つけて行け」
「――! ありがとうございます!!」
部下から二名を選んで街道を封鎖するように展開している馬車の一角を開けてもらう。
すでに昨夜のうちから展開を開始しているこの連隊でこれ以上、なんの時間を稼がなければいけないのか分からないが、とにかくスピノラ准将の温情に感謝したい。
「コレット、向こうも来るみたいよ」
幼なじみにして部隊の副官をしてくれているシャルレット曹長に「少佐と呼べ」と言いながら丘の上を睨む。そして驚いた。向こうの軍使にヘイムリヤ・バアルが居る。
互いの声が聞こえる範囲まで近づく。まず口を開いたのはヘイムリヤだった。
「悪いが、ここに殿下はおらんぞ」
「その言葉を信じろと言うのか?」
喉が緊張でひきつる。それでもアタシは口を動かす。バカだから駆け引きなどは行わず、弾丸のようにまっすぐな言葉を選ぶ。
「なら好都合だ。降伏しても向こうは知る事なんて無いだろ? なぁ、頼む。降伏してくれ。
あんたはいけ好かないと思っていた頃もあったが、今は違う。アタシ達を謀反に巻き込まないよう牢から出してくれたし、何より共に戦場を駆けて来た仲間じゃねーか!
アタシはそんなあんたが無駄死にする姿を見たくない! 頼む! 降伏してくれ!!」
するとヘイムリヤはクツクツと喉をならして笑う。
「お前のその直接的な言葉に笑わないように注意していたのにな。やはり無理だ」
「おい、冗談で言ってるんじゃないんだ。頼む。剣をおいてくれ」
「勘違いするな。我らは降伏しに来たのではない。オシナーに伝えろ。ここに殿下は居ないと」
つまり、囮になったと言うのか。
大部隊で行動してアタシ達を混乱させるように。まぁ、こちらも同じようなものだが。
「アタシも言っておく。ここにオシナー少将はいない。守備をするのは第三連隊のスピノラ准将だ」
するとヘイムリヤに驚きの色が浮かんだ。
その驚嘆にスカッとした物を感じたが、その感情を隠して言う。
「互いに本命じゃ無かったようだな。だから争う意味なんて無いだろ。本命を追おうにもこっちはあの馬車を動かさなきゃならないんだ。時間稼ぎなら十分だろ? そこまで命をかけなくちゃいけない事なのかよ」
「そうだ。馬車は動けずともケンタウロス騎兵は動けるだろう。それこそ風のように。
それに我らは殿下が無事に落ち延びたか確かめる術がない。故に我らはこの地で一兵になるまでお前達を足止めしなければならない。例え、無駄死にであろうともな」
なんと言い聞かそう。そんな顔をするヘイムリヤに兄貴の顔が浮かんだ。
どうしてそんな顔をする?
どうしてそんなに死を受け入れられる!?
「どうしてあんたが死ななくちゃならないんだ!?
別に死ぬことも無いだろ!? なぁ、また騎射を楽しもうじゃないか。遠乗りだって――」
「コレット。お前は軍使だろう。我らの最後の敵がそんな見苦しい連中であってほしくはないのだ」
唇が震える。言葉を紡ごうとしても、この回転の悪い頭は答えを出してしまっていた。
もう、引き返せる段階では無いのだと。
「我らは次の希望をつなげるための捨て石になる事を選んだ。いや、この戦を終息させるために死地に赴こうとしているのか……。
まぁ、どちらでも良いだろう。
なに、お前達は王国に仇なした賊軍を討つ。我らは希望をつなげるために剣を抜く。それだけだ」
「……あんた、バカだよ。大バカだよ!」
「そう、だな。もう少し賢ければと思わなくもない」
あぁ、もう止められないのか。スピノラ准将が言った通り、もう止められないのか。
「分かった。もう何も言わない。それでは戦場で会おう」
「そうだな。あぁ、コレット……」
しばしヘイムリヤの言葉を待つが、彼は口をもごもごとさせて中々切り出さない。
それでも辛抱強く待っていると小さく「楽しかったぞ」と言ってくれた。
その言葉に敬礼をし、アタシ達は背を向ける。
そして陣地に戻るや、ラッパの音色が響く。そしてこちらも信号ラッパが響き、砲声が入り乱れる。
その音に紛れてアタシの慟哭は掻き消えた。
アムニス大橋周辺図
アムニス大橋。
そこはかつて東方諸族の命運をかけて戦った地。
俺たちはその地に再び陣を構えていた。
「来るでしょうか……」
司令部馬車で静かに地図を眺めているとユッタが不安をこぼした。
「来なかったら賭に負けたって所だな。そうなればスピノラさんの一人勝ちさ」
とは言っても俺の中には確信があった。
そもそもケヒス媛様に残された選択肢はそう多くはない。
クワヴァラードで滅びを待つか、それとも一分の勝機にかけて討って出るか。
もちろんあの人なら後者を選ぶだろう。
その上で逃走を選べばさらに二つのルートになる。
それは海を渡っての国外逃亡か、それともケプカルトの王権の外――東方のさらに東方、人類未踏の地か。
補給線の関係で東方辺境領東部はまだどのような地形になっているのかさえ分からない未踏の地となっている。要はそこに逃げ込むか。
海にでる場合、東方辺境領の南北にそれがあるが、そこはクワヴァラード包囲に意図的な穴を作った事でコントロールした。
故にその街道の先にスピノラさん率いる第三連隊主力を配した。
そしてここ――アムニス大橋はクワヴァラードにもっとも近い人類未踏の地に向かう橋だ。
この先には小規模な監視所があるのみでやろうと思えば簡単に突破出来る。
だから俺はこの地に陣地を敷く事にしたのだ。
「伝令! 敵が見えました!! タウンベルク丘陵に複数の騎士が見えます!」
「数は?」
「およそ五十!!」
さて、こちらの戦力はと言えばモニカ支隊と第三連隊の予備兵力の一部を併せて百五十ほど。一個中隊に毛が生えたような戦力しか居ない。
なぜ少ないのか。
それはクワヴァラード攻略に関わるホルーマ第二連隊から戦力を引き抜く訳には行かないし、街道に少数部隊を置いても突破されるだろうと言う事が予想されたからだ。
まぁ、こちらに敵の本隊が向かってくればひとたまりもなかったろうが、ケヒス姫様なら大胆に大部隊を囮として街道を進ませ、少数の本隊で包囲の輪を突破するだろうと言う予想だった。
「来ちゃいましたね……。さすがと言うか、なんと言うか」
「そう呆れないでくれよ」
司令部から出て丘を見上げればそこに人影のような者が見えた。
「来たな」
「それにしても、天気が心配ですね……。あ、雨……」
ユッタの言葉通り、どんよりとしていた雲から大粒のそれが急に降り出す。
この勢いなら一時間とかからずあがるかもしれない。
「各自に火薬を濡らさないよう念を押せ」
今回は塹壕を掘るような時間は残されていなかった事もあり、橋を封鎖するように馬車を並べただけの陣形だ。その馬車も矢よけのために天井がついているにはついているのだが、それは矢を防ぐための最低限の備えでしかなく、雨が降ればもちろん雨漏りもする。
「戦闘準備、急いで! それとローカニルさんにも注意を呼びかけてください」
ユッタの声に慌ただしく赤い軍衣が右往左往する。
その間に遠眼鏡で敵情を確認していると、二騎が丘を降りてくる所だった。
「軍使か」
「行きますか?」
ケヒス姫様の軍使……。罠と言う可能性も十分にあるだろう。
ふと腰に吊られた軍刀と回転式拳銃をさわる。
「行こうか。せっかくだし」
「そんなのんきな……」
「軍使は俺と、それと誰か護衛に一人」
「いえ、わたしが行きます」
「だめだ。ユッタはここに残って部隊の指揮を頼む」
「…………分かりました」
もし、俺が撃たれた場合はそれを合図に砲撃を開始するよう伝えてから俺たちは橋の前に進み出た。
すると東方辺境騎士団の軍使が――ケヒス姫様が橋の前に来て止まる。ケヒス姫様が小さく「読み違えたか」とため息に似た声をもらす。
「お待ちしておりました」
「フン。そのようだな。……待たしてすまなかった」
この一言に俺は取り乱しそうになった。驚嘆の声をあげなかった自制心を誉めたい。
それにしても王領での会戦で会った時はギラリと輝くような印象を受けたが、今は違う。なんと言うか、角が取れた様な、さっぱりとした雰囲気がある。
それでも口を開くといつもの冷血姫が現れた。
「うぬよ。降伏し、橋から撤退させよ。ならば命までは奪わない」
「それは無理です。俺は、東方で暮らすみんなを、このケプカルトを守るためにここに居ます。
そして、あなたを殺すために」
「く、フハハ。それで良い。止められるものならわたくしを止めてみるが良い」
まるで敗軍の将とは思えない言動だな。だが、それがケヒス姫様らしい。
「少し聞きたい。恨んでおるな?」
「もちろん」
濡れ衣を着せられて処刑される寸前だったのだ。恨まないはずがない。
「なぜ、恨み言では無く、守ると言うのだ? 恨みを晴らすために余を討ち取りたいのでは無いか? それなのに何故『守る』と言うのだ?」
「そうですね……。俺は、守るために軍に入り、軍を作り、今、こうしています。だったら、最後までそうありたい」
「軍と言うものは破壊の道具以外の何者でも無かろう」
「確かに軍は破壊を生みます。ですが、それでも守れるものがあるでしょう?
俺は火器を、連隊を作りました。そうして俺は東方諸族の解放を得たのです。
ケヒス姫様。あなたに仕えた事で東方諸族を奴隷から解放し、その未来を守る事が出来たんですよ」
この橋で俺は最初の一歩を踏み出した。
そのせいでタウキナと野戦を行い、ベスウスと高地を巡って争い、そして西方まで行って転戦した。
そうしてやっと東方は自由を得られたのだ。
「その全てがわたくしの策謀であったとしても?」
「えぇ。それでも俺は東方が解放された事で救われたような思いがしました。
東方を守る事が出来たのだと思いました。
ですから、東方のために俺は戦います。
東方諸族のためにと死んでいった者達のためにも、この東方を守るためにも、俺は戦います」
「守るための軍、か。そのようなものがあるとはな。知るのがちと、遅かったと言わざるを得ないか」
場上のケヒス姫様は自嘲するように頬をつり上げる。
「わたくしの騎士団は破壊しか生ま無かった。故に軍とは破壊しか生まぬのだと思っていた。だが、それは騎士団を指揮するわたくしに破壊しか無かったからだったのだな。早くその事に気がついていれば、また違う未来もあったろうに」
ふと、西方でケヒス姫様が復習をやめると言ってくれたあの日を思い出した。
あの決意が本当であったなら、俺はまだケヒス姫様の脇に控えていたのかもしれない。
色とりどりの軍旗の翻る本陣で、俺の作戦をケヒス姫様が指揮する姿が、ありありと浮かぶ。それは絶対にありえない未来。
もう、俺達は引き返せない。
「オシナー。世話になったな」
「こちらこそ」
きびすを返すケヒス姫様だったが、何か思い直したように再び向き直る。
「これでは命運が風前の灯火故に媚びを売っているよう想われるのは本意では無い。
わたくし――いや、余らしくない」
スッとケヒス姫様が腰の剣を抜く。反射敵に護衛の兵が前にでてくるが、それを手で制する。
「かかってこい。ケプカルト諸侯国連合王国第三王姫ケヒス・クワバトラーーいや、東方に戦禍を撒いた冷血姫が相手をしてやる」
「……。く、フハハ。相手になりましょう。東方諸族の未来を守るために、俺は貴女を絶対に止めてみせる!!」
剣を突きつけて宣言する冷血姫。俺はその言葉を正面から受けた。
必ず止めて見せよう。必ず――。
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