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銃火のオシナー  作者: べりや
第二章 タウキナ動乱
12/126

セイケウ会戦

 時間は瞬く間に過ぎた。



 タウキナへは一週間の時間をケヒス姫様は与えたが戦争計画を練るとなれば時間が足りない。

 そもそもタウキナの公都であるシブイヤからクワヴァラードまで馬車を飛ばして帰ってきたのが最後通牒を出して三日後である。

 早馬としてヨスズンさんが先行して戦支度の支持を出したと言えど残り四日しかない。

 そしてタウキナ国境に進出するまでに二日ほど。大砲や糧秣に弾薬の運搬に野戦陣地の築城を考えるとより時間は少ない。


 それはタウキナ側も同じであろうが、決定的に兵力が違う。

 再建途中の騎士団と徴兵で募集した元一般人の猟兵でどれだけ戦えるか。



「とうとう来ちまいましたね」

「ですからスピノラさんも仕事をしてください。猟兵大隊の集結状況は?」



 元歴戦の傭兵にして己の傭兵隊を野戦猟兵連隊に無理やり併呑された彼は億劫そうに縄煙草をふかしているだけのようだ。



「反乱鎮圧に出向いていた部隊はすでにクワヴァラードに集結しています。編成されている猟兵四個大隊と輜重中隊およそ千五百弱は出師準備させていますが新たに編成した一個大隊は使い物になりません。経験が圧倒的に足りないので予備戦力にもなりませんしね――。って何を驚いてんです?」



 煙草をふかしているだけだと思っていたが、さすが歴戦の傭兵だ。いつ仕事をしたんだ?



「問題は敵の兵力です。現地を見てきたんでしょ? どうです?」

「現地を見たって……ただシブイヤの王城を見ただけですよ」



 こうなると俺のほうが仕事をしていないような気がしてくる。

 それにしても敵戦力の事を考えると頭が痛いと言わざるを得ない。タウキナ側にも自前の騎士団を持っているだろうし、傭兵を雇うことも出来るだろう。

 そうなると半壊して再編途上の東方辺境騎士団と徴兵した一般人で編成された連隊しかない我々はタウキナと戦って勝利を得られるのか?



「タウキナの騎士団の錬度は予測ですがね、たぶん、低いと思いますぜ」

「……その根拠は?」

「信じてませんね? 確かにタウキナ騎士団の兵力は東方辺境騎士団より多いとは思いますが向こうさんは長らく泰平に甘んじていたはずです。

 平時の軍隊ってのは形ばかり進歩して実を伴いません。タウキナは十年前までは東方地域の最前線でしたがそれは昔の話し。

 昨年のクワヴァラード掃討戦にも手を貸してくれましたが、実情としては後方支援でもっぱらの戦闘は俺達傭兵と冷血姫様の騎士団のみ」

「つまり、実戦経験が足りない、と?」

「北海に面するタウキナ海軍は人魚とドンパチしてるらしく、錬度は高いようですがそれ以外の騎士団はどうでしょうね。夜盗狩りなんかはしてるんでしょうが大規模な戦役は未経験でしょう?

 その点こちらは違う。歴戦の東方辺境騎士団とそれに付きしたがっていた傭兵を吸収した猟兵連隊。個人的な見解として言うなら、五分か、少し下くらいですな」



 それで五分か。


 経験の差というのも戦闘における重要な要素では有ると思うが、数的劣勢をそれで覆せるかと言えば疑問がつく。

 数で負けているなら経験の他でも勝てる部分を探さねばならない。

 明確に勝っているのは兵器くらいか?

 だが長弓を使われたらコッチは一方的に打たれるだけだし……。



「副連隊長閣下御来入!」



 天幕をくぐってきたユッタはいつもの赤い軍服では無かった。

 木綿で出来た白に近い灰色の詰襟軍服を着ている。猟兵連隊が採用した夏季用制服だ。ぶっちゃけ目立つ。悪目立ちしていると言って良い。

 俺としては茶色か緑の地味な色を具申していたが、聞き入れられなかった。



「騎士団の方々がお呼びです」

「わかった。スピノラさんも行きましょう」



 俺とスピノラさんはまだ赤い軍服だが新規に入隊してくる連中は赤服ではなく白い夏季軍服を支給されている。

 駐屯地内を見てもほとんどの兵士が白い服を着てせわしなく動き回っていてその動きが非常に目立つ。

 俺に夏服が支給されたら地面にこすり付けて茶色にしてしまおう。


 密かにそう思い、クワヴァラードの王城に向かいながらその城址を観察するとシブイヤのような優美さではなく無骨さを感じることが出来る。

 その会議室となっている一室に入ると鎧を着込んだ騎士たちがテーブルに広げられた地図を睨んで座っていた。

 その上座に座るヨスズンさんが立ち上がった。



「集まったな? 姫様より作戦の企図に関しては我々に一任されている。時間は無いが存分に議論を尽くして本日中に作戦を姫様に上奏する」



 地図を覗くとタウキナ騎士団が守備するであろう地点に青い駒が置かれている。対してクワヴァラードには赤い駒が置かれているのを見ると騎士団主力もクワヴァラードに集結しているのが見て取れる。



「ではこの私、不肖ハーデアン・ユルムリルが」



 立ち上がった騎士は使い古された鈍色の鎧を着た男だ。



「タウキナの戦力はおよそ一万と聞いておりますがそのうち三千は海岸防衛のための戦力であり、実質的な敵の戦力は七千ほどと見積もります。しかし東方辺境騎士団は総数三千。亜人を加えて四千中ごろ」



 説明を受けてその数に驚いた。


 敵の戦力が案外少ない。


 いや、アムニスでオークとやりあった時は百対五千だったのだ。そりゃ少なく感じるか。



「数的劣勢の前で攻勢は不可能でしょう。東方辺境領に敵を誘引して地の利を生かした戦闘をすべきです」

「しかし……姫様は許されないだろうな。形としては我々がタウキナに宣戦布告したのだから一度は攻めねばなるまい。オシナーはどう思う?」



 確かに数的劣勢はいかんともしがたい。だが受身な戦闘のまま勝てるとも思えない。

 それに敵を誘引して撃退する――防衛戦となった場合、敵が来るであろう場所に守備隊を置かなければならないから戦力が分散してしまう。

 それで各個撃破なんて笑えない。



「打って出るべきです。少数のクワヴァラード守備隊を残して主力は国境を越えてセイケウを攻略し、シブイヤを攻める構えを取ればおのずと敵主力との決戦を誘発するべきです」

「これだけ戦力差があるのに攻勢に出るだと?」



 これだから工商は――。

 ため息交じりの嘲笑に俺は語気を強くした。



「戦力が少ないからこそ戦争の主導権を握らねば勝機は有りません。敵の戦力は確かに多いですが敵はタウキナの治安を維持するために各地に散らばっているはずです。それが集結して東方に来られた場合は数的劣勢を覆せません」

「何を抜かす! 我らは一騎当千の東方辺境騎士団だ。タウキナの連中に遅れを取るはずがなかろう」

「戦争は所詮、数が物を言いましょう。守備に回るのであれば敵の攻撃を受けて尚且つ反撃できる戦力が無ければ戦争遂行は出来ますまい!」



 守勢に回るというのは反攻に向けて時間を稼ぐという事だ。攻勢に出れずにただ守るのであればそれは真綿で首を絞められるのと同じこと。真綿を引きちぎって相手の首を絞める力がなければ意味が無い。



「決戦を誘発させるという理論は分かった」



 ヨスズンさんがテーブルを叩いて俺とハーデアンさんの議論を止めた。



「姫様も攻勢を望まれるだろう。形としては我々は姫様を殺されかけたのだから敵を待つ必要は無い。だがハーデアンの言ももっともだ。守勢に回るとはすなわち地の利を得ることだ。戦力が少ない中、地の利の無い敵地で野戦に勝利できるのか?」



 野戦における勝利とは騎士による騎馬突撃にある。

 歩兵はそれに対して方陣という対抗戦術を持っているが騎士達のスピードと威圧感を持ってすれば万全の構えとは言いがたいし、今の連隊の錬度で騎馬戦力――特に騎馬突撃ランスチャージに対抗出来るかと言われれば否だ。

 スピノラさんの言を信じるなら敵の錬度も低いはずだが、騎馬突撃の仕事は歩兵を蹴散らすことにあるのだ。勝てると思うほうがおかしい。



「つまり、騎士の突撃を封殺してしまえば野戦で勝利を掴むことが出来ますよね」

「簡単に言ってくれるな」



 捨て台詞のようにハーデアンさんが呟いた。

 いや、彼だけではない。

 会議に参加した騎士たちは口々に俺の提案に異を唱えている。

 ヨスズンさんでさえ苦笑いを浮かべている。



「英雄殿はいったいどうやって敵の突撃を止めるつもりです?」

「ハーデアンさん。そんな怖い顔をしないで下さい」



 俺の隣に座っていたユッタは俺の考えが分かったのか立ち上がってテーブルに置かれたセイケウ付近を表した地図に赤い駒を順次置いていく。

 だが彼女は俺の考えが読めたのではない。ただ単に思い出しただけだ。

 野戦で騎馬戦力が最強なのは前世も今世も変わらないだろう。だがそれは野戦において、だ。



   ◇ ◇ ◇



「なるほどな。よく考えられている」

「だが実際に成功するかが問題ですな。机上の空論では?」



 賛否両論を得た俺の作戦はヨスズンさんによって採用された。



「では他に何かこの場で何か申す者はおるか?」



 ヨスズンさんはまるで軍議を終了するみたいに口を開いた。

 いやいやいや。まだまだ話すことはあるでしょう。



「あの戦術的な話しは出ましたが、戦略的な話しは……?」

「戦略? さきほど話あったではないか」

「いや、あれは戦術の話しで、戦略については話してませんよね!?」



 どうやら戦術と戦略の区別という物がないのか。困った。


 ん? 待てよ。


 精強を誇る東方辺境騎士団でもその区別が無いということはタウキナ騎士団もそれが分けられていないんじゃないのか?

 だったらそこに勝機を見出せるかもしれない。



「先ほどまで話した作戦は起こるであろう初戦の会戦をどう戦うかの話しでしたが、もっと抜本的にこの戦争をどう遂行するか、の話されていません」

「それはケヒス姫様が判断することだ」



 議論の余地の無いヨスズンさんの言葉に閉口してしまった。

 いやいやいや。作戦を一任してくるんだからそこまで考えなくては戦争遂行なんて無理だろう。



「ですが、補給線などはどうするのです? 猟兵は常に弾薬を必要とします。それに騎士団と連隊をあわせた四千余の糧食や軍馬の飼葉などの補給の目処も立てなくては……」



 補給線の断絶こそ軍隊の死を意味するのだ。それを議論せずに軍議と言える会議は出来ない。



「それらは商会長の仕事だ」

「え?」



 ヨスズンさんは「そうか。我々の戦をオシナーは知らぬのか」と言った。



「我々が何故、一騎当千の騎士団であるか。それは我々がケヒス姫様に統率されているからだ」



 総指揮官が戦争の大概を決め、それを現場の指揮官たる騎士たちが細部の作戦を練り、騎士団お抱えの商会が補給物資を運搬する。



「このような戦をするのは世界広しと言えど我らが姫様くらいであろう!」



 すでにケヒス姫様は気づいていたのだ。

 いかに戦争を計画し、いかに戦争を戦い、いかに戦争に勝利するかを。



「すごい……」



 総力戦を行う意義をケヒス姫様は気づいている。



「補給に関しては商会長に話しを通せばよい。まああの商会長も物好きだがな」



 あのユッタたちを俺に売ってくれたふくよかな商会長の顔を思い出す。

 そう言えばケヒス姫様の騎士団を優遇する商会はうちだけだと言っていた気がする。


 なるほど。


 戦争まで協力する商会はあの商会くらいなのか。



「納得したか?」

「えぇ。わかりました。ですが――」

「まだあるのか?」

「やはり戦力差が気になります。タウキナ騎士団の戦力が仮に七千としても傭兵なども雇うでしょう。その数的劣勢を覆すには先ほどの作戦では不十分です」



 戦争に万全を喫するならやはり戦力という目にわかる指標は大きい。

 アムニスでの戦いは相手がゴブリンだったからと言うこともあったし、何より引けない戦いだった。


 だが今回の遠征はどうだ?


 先の戦いのように戦えるのか。タウキナを攻める事で東方諸族を守れるとでも言うのだろうか。



「傭兵も集めてはいるが、猟兵のこともあって集まりが悪い。これ以上の戦力を集めるのは難しいだろうし、何より共同で戦う訓練も出来ないから集めても無駄になる可能性が高い」



 共同で戦線を作るなら歩調を合わせなければならないが、開戦までもう日取りがたら無すぎるから今、傭兵を集めても後方警備くらいにしか使えないということか。



「確かに自分の傭兵団を奪われるかもしれないのなら、そりゃ躊躇うでしょうね」



 スピノラさんが忌々しげにため息をついた。


 確かにケヒス姫様に協力したばかりに自分の兵たちを奪われてはたまらない。

 だがそうでもしなければ猟兵を連隊として編成することは出来なかった。

 実戦を知った指揮官の下で元一般人が戦う。

 国民皆兵としては理想的な構図だ。


 しかし指揮官の数――下士官も士官も今の猟兵連隊には不足している。

 下士官の育成は時間が解決するとして問題は士官の育成だ。

 だが一日や二日で解決する問題ではない。

 今回の戦では戦力差とあいまって不安な要素になる。

 やはり、もう少し戦力が欲しい所だが――。



「無い物は致し方ない。それでも最善の勝利を掴まなければならない。皆、心して掛かれ」



   ◇ ◇ ◇



タウキナ大公国及び東方辺境領全図

挿絵(By みてみん)



 夜が明けようとしている。



「『築城』が完了しました」



 ユッタの報告に周囲を見渡せば馬車によって円を描いた陣地が出来上がっている。

 大丈夫そうだな。

 まあ大丈夫も何もタウキナ騎士団と戦ってからでないと判断できないのだが。



「昨日の偵察の報告だと騎士だけでも二千、傭兵を含めた歩兵が三千は集結しているそうです」

「敵が攻勢に出てこなくて良かったとしか言えないな」



 セイケウに集結した敵の戦力は五千。対してこちらは四千五百ほど。

 思っていた以上に希望が持てる数値になっているがタウキナ側にはまだ予備戦力があり、こちらはそれが無いという現実がある。

 セイケウに屯するタウキナ騎士団が攻めてきたらその迎撃で手一杯だったろう。

 だがケヒス姫様はタウキナの攻勢を頑なに否定していた。


『アウレーネなら攻めて来まい』


 と自信満々に言っていた。

 今のところその自信は間違っていないようだが、此方は敵が『攻めてこない』限り役に立たない。



「スピノラさんから合図が上がりました。第二、第三大隊も戦闘準備完了のようです」

「辺境姫殿下御来入!」



 一台の馬車が億劫そうに動いて『開門』する。そこには黒い軍馬に跨ったケヒス姫様とその従者を務めているヨスズンさんが居た。



「亜人の浅知恵と思っていたがこうなると逆に壮観だな」

「あの、褒めているのですか?」



 エルフやドワーフはケヒス姫様の姿を一瞥するとそれを無視するように己の仕事を行いだした。

 亜人政策を変えてくれている最中とは言え彼らはクワヴァラードでの戦闘や今までの奴隷政策を忘れた訳ではない。

 逆にケヒス姫様も『亜人』を許さないのだろう。

 互いに憎しみあう者達が同じ『城』に入って『篭城』するのだから世の中何が起こるか分からない。



「馬車を元の位置へ。手の空いている兵員は弾薬や馬車同士の連結を確認せよ」

「フン。中々、騎士のように指示を出せるようになったのだな」



 これは、賞賛だろうか。それとも皮肉か。

 工商が騎士のように指示を出しているのだから後者の可能性が高い気がする。

 だが不敵に笑うその顔から皮肉を読み取れるかと言えば否だ。

 表情をコントロールできているのなら舌を巻くしかない。



「敵は出てきますかね」

「亜人は自分の心配でもしておれ」

「あの、殿下の差別意識については慣れましたが有事の時くらいは――」

「敵は出るに決まっておろう。昨日の内に軽騎兵が接触して来たのだ。夜明けと共に来てもおかしくあるまい」



 華麗なスルーを朝から見せてもらって眼福だ。眼福すぎて頭が痛い。コレで勝てるのか?



「騎士団の方々は?」

「後方の林で待機している」



 ケヒス姫様は従者の支えも無く軽々と馬上から飛び降りた。「連れて行け」と言うなりケヒス姫様は馬車で作られた城壁に上がっていく。

 ヨスズンさんが小さく「御意に」と黒い馬の手綱を取り簡易陣地を出て行った。ケヒス姫様は残るのか。



「『閉門』!!」



 号令一下。ケヒス姫様たちのためにどけた馬車を元の位置に戻して車輪を隣の馬車と縄で固定させる。

 俺はケヒス姫様に続いて馬車の上に上がって敵陣を眺めた。

 まだ太陽は出ていないがすでに視界は良好。セイケウの城壁がよく見える。

 遠眼鏡を使ってそれを観察すると城壁の上を兵士たちが右往左往していた。


 そりゃ慌てるか。



「一夜城、とでも名付けるか?」



 満足そうに呟く深紅のマントを羽織った姫様が人の悪そうな笑顔をしている。

 だが装甲を施された馬車と馬車を連結して円を描く様は正に城だ。

 一夜にしてその城が三つも出来上がっているのだからタウキナ騎士団も慌てるだろう。



「城門が開いたぞ!!」



 見張りの声に城壁上から門に視線を移す。重厚な扉が開きだしていた。

 その隙間から色とりどりの旗を掲げた騎士たちが飛び出してきた。

 砂煙を上げながら綺麗な隊列を組んで此方に向かってくる。




 セイケウ会戦布陣図

挿絵(By みてみん)




「戦闘用意!」



 俺の号令を受けて各隊長たちが命令を復唱していく。



「失礼します!」



 俺とケヒス姫様を押しのけてエルフの青年が銃眼の前に立ちはだかる。



「砲撃用意」



 馬車と馬車の隙間に設置された大砲に砲兵たちが取り付く。

 まずは砲身内の清掃。そして火薬がたんまり入った袋、砲弾の順に装填して火口に火薬をまけば砲撃準備の完了だ。

 もう一度エルフの青年の肩越しにセイケウの城門を確認する。騎士は出払ったようで後続の歩兵たちが続いている。


 総戦力は騎馬が三千。歩兵が二千ほどか。


 陽光が上りだして彼らの着ている鎧がキラキラと輝く。

 タウキナ製の質の良い鉄を使っているのだろう。



「一騎来ます!」



 見ていると一人の騎士が近づいてきた。その騎士は互いの軍の中心で止まった。



「我が名はメルツイナ・タウキナ男爵である。我らタウキナ騎士団の総勢は一万を超える大軍である! 気軍の降伏を勧める」



 どうやら軍使のようだ。ケヒス姫様を伺うと冷めた目でそれを見ている。



「おい亜人。手銃を貸せ」

「は? ちょ」

「火薬と弾もだ。ほほ。中々軽いものだな」



 スルリとエルフの青年が手にしていた手銃をなんの躊躇いも無く奪い取る。



「うぬよ。さっさと弾を込めよ」

「え、あ、はい」



 言われるがままに手銃に弾を込めていると風にのって降伏勧告が未だに続いている。

 無駄に争う必要は無い。主君であるアウレーネ様は戦闘を望んでいない。降伏すれば寛大な処置が取られる。

 だが全ての言葉は無意味だ。ケヒス姫様にその言葉は絶対に届かないからな。



「出来ました。火縄をつけるだけでもう撃てるので銃口を此方には絶対に向けないで下さい」

「なるほどな。ではさっさと伏せろ」

「伏せ?」

「四つんばいになれと言っているのだ。早くせい」



 意味がわからない。だが逆らう勇気は無い。一体何を。


 を! 俺の背中にケヒス姫様が足をかけた。右足、そして左足が俺の背中に乗る。



「お、重い……」



 失礼だと思う。不敬罪だと思う。


 だが重いのだ。



「この鎧は重くていかんな」

「それだけじゃ無いですよ――」

「それだけだ。鎧が重いのだ。良いな?」



 命が惜しいからうなづくしかない。


 それにしてもケヒス姫様は俺と言う台座を得たことで『城壁』から頭一つ分高い視点を得ているのだろう。



「返答はコレだッ!」



 頭上で発砲音。そして悲鳴が上がった。

 使者に向かって撃ったぞこの人。それに名前さえ名乗っていない。



「タウキナの騎士共に告げよ! 一万の兵が集まっても所詮は弱兵。泰平に甘んじていたタウキナの騎士など恐ろしくもないわッ! さっさと帰ってアウレーネに首を斬る準備を整えておけと伝えよ! 余の望みはアウレーネの首ぞ。その首を杯にして戦勝祝いをしてやろう。あッはッはッ」



 気持ちよく笑うケヒス姫様に背筋が寒くなる。

 ひとしきり笑ったケヒス姫様は俺の背中から降りて満足そうに手銃を持ち主に返した。



「中々良い武器だ。あの阿呆を見ろ。傑作ではないか」

「な、何やってるんですか!? 相手は軍使ですよ」

「勘違いするな。当ててはいない。それにしてもこれで後には引け無くなったぞ。余所者とは言え主君を侮辱されたのだ。奴らこそ死に物狂いで来るぞ? 覚悟せよ」



 確かにこのまま引き上げたらタウキナ側に攻められる口実になる。すなわち東方辺境領にタウキナ騎士団がやってくるのだ。

 東方諸族はタウキナと戦わなくてはならなくなる。もう戦うしかない状況に追い込まれた。



「矢が来るぞ!!」



 その声に壁に立てかけられていた板を天蓋に押し上げて矢避けを作る。

 馬車に乗っていない兵員たちは馬車の下や死角となる壁に取り付いて敵の弓を避ける。



「装填!」



 兵たちは矢の雨が降り注ぐ中。、手銃に弾を装填していく。



「敵との距離は!?」

「およそ二千メートル!」



 ユッタの報告に俺は銃眼から敵との距離を見やる。それくらいか?

 敵を見ている傍から鬨の声が上がった。敵の突撃だ。振り向くとケヒス姫様がうなづいてくれた。



「砲撃準備良し!」

「目標、敵騎士団。撃ち方始めッ!!」



 耳を貫くような砲声が響く。

 俺達のいる第一大隊の砲撃に呼応するように第二、第三大隊の砲兵が砲撃を開始した。



「少しやかましいな」



 砲兵の攻撃に満足そうにケヒス姫様が頷いた。銃眼の先に広がる台地が土煙を上げる。

 砲弾は騎士たちの頭上を飛び越えて着弾した。



「だんちゃーく。修正射用意」



 砲身の清掃と再装填を砲兵が行う中、敵陣が瞬く間に崩れだした。

 先ほどの砲声で馬が暴れているのだ。

 距離は千メートル位か。まだまだ手銃の射程外だな。



「歩兵が突っ込んで来たぞ」

「射撃用意!」



 猟兵達が銃眼から手銃を突き出す。「よく引きつけろ」と念のための命令を出して距離を測る。歩兵はまだ距離がある。騎兵のほうは混乱から立ち直れて居ないが、少数が駆け寄ってきた。

 砲兵の第二射が飛来する。今度は手前に着弾した。機動力のある騎士はゴブリンと違って中々命中させることが出来ない。

 だが雷を連想させる砲声に馬が興奮して動きが鈍っている。

 しかし少数の騎士達はすぐに馬を御して駆け寄って来た。



「撃てッ!」



 統制された一斉射撃が砲撃をかいくぐった騎士達を出迎える。

 白煙の外では土煙や血煙がたなびいた。



「第二射用意ッ!」



 荷台に乗っている兵士たちは自分の手銃を馬車の壁に張り付くように待機していた兵に渡し、すでに装填されている相方の手銃を受け取る。



「撃て」



 白煙を上げて再び銃声が響く。

 だが数は少ないにしろ騎士たちが駆け寄ってきた。それに第一射で立ち往生していた騎士たちも遅れながらにも突っ込んでくる。もちろんその後方からは歩兵が続いている。



「砲兵は歩兵を狙え! 騎士は猟兵が相手をしろ」



 砲声の中、声を張り上げて叫ぶ。

 ユッタはその命令を聞くとそれをラッパ手に伝えた。

 砲声を裂くように澄んだ音色が響く。

 あらかじめ定められた符丁が俺の命令を伝えてくれる。

 無線機などがあればより多くの命令や情報のやり取りが出来るのだが、生憎俺はその仕組みを理解していない。

 せめて遠隔地と情報を相互にやり取りする術がもっと欲しい。



「着剣!!」



 騎士との距離が近づいてきた。だが近づいてきた数はそうでもない。

 砲声と銃声の合唱で馬が暴れてそれをなだめるために足を止めざるを得ないからか、もしくは一斉射撃の弾幕に命を刈り取られたか。

 ここまで敵が混乱するとは思っていなかったが、好機を逃すことは無い。



「やあああッ!!」



 気勢を張り上げた騎士が馬上で槍を奮うがこちらは装甲を施した馬車に守られている。

 銃眼の隙間から銃剣で突きを放ったり、射撃を続行する。



「クソ! 壁が邪魔で切り込めない!! 正々堂々と戦えないのか!?」

「騎士相手に正面きって戦えるか!?」



 それでも騎士の槍が銃眼から猟兵を切り裂いた。



「しっかりしろ!」



 倒れた仲間の肩章を掴んで馬車の下に引きずって下ろし、馬車の下で待機していた猟兵が倒れた仲間の穴を埋めるように銃剣が付いた手銃を奮う。



「何をしている。どけッ!」



 ケヒス姫様は床に落ちていた手銃を拾い上げて騎士に向かって突きを放った。

 ケヒス姫様の操る手銃は相手の槍を絡め取るようにいなし、時には弾く。



「今だ!」



 瞬間的にケヒス姫様が屈みこみ、その隙から別の兵士が手銃を放つ。



「城壁に張り付いた敵に槍を振るい弓を放つ。ク、フフフ。まるで攻城戦だな」



 そうだ。俺達がしているのは野戦ではない。

 もし、これが野戦だったら騎士の数で勝るタウキナが勝利をしただろう。


 野戦における騎士の強さは絶対だ。


 だがそれは裏を返せば野戦以外の戦いでは騎士は最強の座を奪われるという事ではないのか。


 例えば攻城戦となったときに騎馬戦力は活躍するのだろうか。

 それも敵を包囲をしいた長期的な戦いではなく出血覚悟の強攻の場合は?

 それに騎士の強みは人馬一体の騎馬突撃にある。

 城壁を前に騎馬突撃とは、有効な策なのだろうか。



「敵の足が止まったぞ!! 撃て!!」



 機動力の削がれた――騎馬突撃ランスチャージを封殺された騎士は大きな的でしかない。



「歩兵が壊走を始めました!」



 ユッタの指し示した先では銃撃と砲撃を受けた歩兵達が後退を開始している。



「頃合だ。騎士団に合図を出せ」



 ケヒス姫様の命令の元、再びラッパが響く。

 そして林に潜んでいた一騎当千の騎士達が駆け出した。

 騎士の隊列からラッパが響く。その音階を下に騎士達は縦列から横隊に体系を変化させる。



「全隊撃ち方止め!」



 砲兵の砲撃で敵の馬を混乱させたのは良いが、それが味方に起こってはひとたまりも無い。



「開門! 突撃用意!!」



 騎士達が孤立しないようにという意味も突撃にはあるが、それより前線を押し上げる必要がある。

 前線を押し上げられれば敵にプレッシャーを与えられるし、司令部――正確には砲兵陣地から前線が離れれば敵の逆襲にあっても対応できる時間が少しでも延びる。

 この世界での大砲は戦況を左右し得る戦術兵器だ。ミスミス失うわけにはいかない。



「開門しましたッ!」



 ユッタも銃剣をつけた手銃を持って号令を待っている。他の大隊も準備が出来たであろうか。

 その躊躇った瞬間にケヒス姫様が俺の前に立ちはだかり、声を張り上げた。



「戦えッ! その先にこそ自由があるッ。武勇を示し、東方の自由を勝ち取るのは貴様らだ!

 遠慮は要らぬ。存分に敵を討て!」



 勝利こそ東方解放の一歩である。



「全軍突撃せよッ」



 ケヒス姫様は腰に吊っていた剣を抜き放ち、天に掲げた。



「こ、攻撃目標前方タウキナ騎士団! 突撃にッ! 進めッ!!」



 鬨の声と共に猟兵が前進を始めた。第一大隊に続いて残りの第二、第三大隊が突撃を始めた。

 東方辺境騎士団はすでにタウキナ騎士団の退路を遮断するように機動して敵を包囲しようとしている。

 タウキナ騎士団は砲撃の影響で馬を落ち着けられないものは下馬して戦闘を行おうとし、まだ乗馬しているものも馬を落ち着けて反撃に転じようとしていた。


 まだ戦意喪失しないのか。



「降伏しろッ! すでに退路は存在しないぞ!」

「亜人に膝を折ることなど末代までの恥! 我が剣の錆となれ」



 馬上からの剣戟を手銃でいなし、その隙に猟兵が銃剣を騎士に突き刺した。

 絶叫と悲鳴が戦場に響く。立ち止まってあたりを見渡すとすでに戦闘は終盤。血みどろの掃討戦になっている。


 馬上の騎士は猟兵に囲まれて引きずり落とされて銃剣でめったざしにされ、馬から降りた騎士も四方から猟兵に命を狩られる。

 だがその抵抗も散発的なものとなり、武器を捨てる騎士も現れだした。



 敵の組織的な攻撃は終わったようだ。



   ◇ ◇ ◇



「まっすぐ掘らせたほうが良くないですか?」



 連隊司令部として使っている一夜城の銃眼から外を眺めるユッタが遠眼鏡をしまいながら言った。



「塹壕の効果はわかりますが時間が無いはずです。ジグザグに掘っていては時間がもったいないと思うのですが」



 会戦に勝利をしたからと言ってもセイケウを陥落させたわけではない。

 これから攻守逆転。こちらが城を攻める番だ。



「まっすぐ掘ると城壁の上から弓兵に狙い撃ちされるからジグザグに掘るんだ。時間は掛かるが損害が出るよりましだろう」



 攻城において塹壕を掘るならそれは城壁に向かってまっすぐ掘ってはならない。

 ジグザグに掘れば敵の攻撃を効果的に防げる。



「オシナーの言うとおりだ。魔法の炎を出されてもジグザグに壕が掘られていれば被害を限定的に抑えることが出来る。工商のわりに考えているではないか」



 前世では手榴弾なんかの破片を撒き散らして兵士を殺傷する兵器から被害を減らすためにジグザグな塹壕が考案されたのだが、この世では魔法攻撃を防ぐための工夫となっているようだ。

 だが炎で焼かれてしまうと酸素が奪われて塹壕の中にいても酸欠で死んでしまうような。

 いや、魔法の炎は酸素を使って燃えているのだろうか。魔法というくらいだから魔力かなんかを元に燃えているかもしれないが、わからない。

 だが俺は魔法が使えないのだから考えてもせん無きこと。


 それより攻城の指揮を執らねばならない。



「うぬよ。今後の連隊の方針は?」

「司令部から城壁までの距離はおよそ二千五百メートル。朝の会戦により我々は城壁まで千五百メートルほどの地点まで前進できました。その前線を拠点とした平行壕と司令部から平行壕までの連絡壕を掘削中です。

 それが終了次第に砲兵を前進させ、歩兵を支援できる砲兵陣地を作ります。その後、敵の城門まで千メートルほどの距離で新しい平行壕と砲兵陣地を作ってセイケウに砲撃を行います。

 まあこれの繰り返しで敵の城門まで肉薄できたら騎士団と共に猟兵が吶喊してセイケウに入城する作戦を考えております」

「そう、だな。その作戦を採用しよう。どれくらい掛かる?」

「ここまで大規模な陣地製作を行った事がないのでなんとも。おそらく第一の平行壕の完成と司令部との連絡壕完成が明後日くらいを目処にしています。セイケウを砲撃するのは早くて一週間ほどでしょうか」



 自分で言っておきながら凄まじい時間を浪費していると思う。

 それでもセイケウ全てを覆うようには塹壕を掘れないのだ。セイケウが広いのか連隊の戦力が足りないのか。

 まあ後者が原因だろうな。半包囲になってしまうが、物理的に出来ないのだから仕方ない。



「包囲は無理か」

「兵力が足りません。予備兵力としている第四大隊を含めた四個大隊――猟兵連隊総出で塹壕堀をしているのでこれ以上早くは掘れません。せめて騎士団の兵力を使わせていただければ……」



 総兵力である千五百人――野戦猟兵連隊の主力総出で掘り進めているが所詮は人のすることだ。どうしても時間はかかる。

 クワヴァラードには新編の大隊が一個あるが、なにぶん新編すぎて使い物にならないからこの場に投入することは不可能だ。

 だからこの場にある猟兵以外の戦力と言えばケヒス姫様率いる東方辺境騎士団しかない。


 しかし、如何せん指揮系統が違う。


 俺は猟兵連隊の司令官である前に工商だ。

 工商が貴族の上にたつ道理なんて存在するわけが無い。

 だから俺は騎士団を指揮することは出来ないし、そもそも騎士団は王と貴族の忠誠で成り立つ軍隊だ。

 指揮権を有するのはケヒス姫様以外にありえない。



「ならぬ」

「どうしてですか? 時間は有限なんですよ」

「理由は二つ。一つは騎士とはすなわち支配する人間――貴族である。故に亜人共と土堀などさせる道理が無いし、騎士の仕事ではない」



 さすが支配階級は違う。


 戦争となってもそのスタンスを変えないというのは返って好感さえわきそうだ。クソッタレ。



「第二に余は待っておるのだ」

「何を、ですか?」

「アーニルだ。アウレーネは出ては来ないだろうがアーニルは来る。余の首を求めてこの地に来るはずだ」

「やはり、ですか」

「驚かぬのか?」



 ヨスズンさんはアウレーネ様の事を疑っていたようだが、アウレーネ様は刺客なんか贈ることは無いだろうという予感のようなものがある。



「アウレーネ様は、なんと言いますか、偽善的です。善の方向さえ向いていれば良いと思われる方ですから刺客を送り込んだりはしないでしょうし、間諜スパイの真似事も出来そうにありません。だったら刺客を送り込んでいたのはアーニル様かな、と思いまして。ならここに来るのはアーニル様が道理かと」

「え? どういう事ですか?」



 そうか。ユッタはパーティーの時は遠慮して欠席していたから蚊帳の外になっていたのだった。

 まああの夜の話を他人に話そうとは思わない。俺にしか身の上話をしてくれたと言うことは俺以外に知られたくないという事だ。

 なら話すことは無いだろう。



「何を言っておるのだ? アウレーネの首――主君の首を狙っているやからがいるのだからアーニルが来るのは当たり前であろう?」



 うッ。それもそうか。確かにあの可憐その物のようなアウレーネ様が甲冑を着て戦場に出る姿を想像できない。

 的外れな推論だったか。



「だが、うぬの考えも一理有る。アウレーネは優しすぎるのだ。アーニルが宰相と通じている事を知っているかも怪しいな。知っていればアーニルを止めただろうに」



 アレは優しすぎる。戦など望むような奴ではないからな――。



「しかし殿下。王宮ではドラゴンも逃げ出す政争が起こっていると聞きますよ。王位を狙ってアウレーネ様が殿下の首を狙うこともあるのでは?」

「普通はそうであろうな」



 つまりアウレーネ様は普通ではないのか。



「アレは違うのだ。だから来るとすればアーニルが来る。タウキナ本家が率いる騎士団だ。そこらの雑兵では歯が立たぬであろう。だから騎士団の戦力を穴掘りに使うことは出来ない」



 だが騎士団と猟兵連隊の二つの組織が別々の命令系統によって運営されているのは好ましくない。

 しかしだからと言って一方的にどちらかの組織の下に付くと言うのもダメだ。

 連隊を騎士団の下部組織にしてはいけないし、逆も然り。

 どちらも対等に――互いが互いを補完できるような関係でこそ共同戦線が張れる筈なのだが……。

 だが騎士団も連隊も燻る火種を抱えている。いくら人間やドワーフ、エルフが協力し合えるといっても憎しみを消すことは出来ない。

 時間が解決するかもしれないが、時間をかけていては戦争に間に合わないのでは意味がないのだ。

 どうしたら良いのだろうか。



「まあ時間が無いとは言え半包囲しか出来ていない城攻めとなれば時間をかけねばなるまい。半年は覚悟せねばなるまいよ」

「え? そんなに時間をかけるんですか!?」

「当たり前だ。兵力が足らんのは騎士団も同じだ。おまけに攻城兵器も大砲しか無いしな」



 急増でよければ破城槌を作れるが、強攻できるほど兵力がない。

 それに半包囲――包囲できていないのだから敵は兵力や物資の補給が出来てしまうから兵糧攻めにも出来ない。

 下手をするとこちらの物資が干上がってしまう恐れさえある。



「その点は問題ない。補給は全て商会に任せておる。一から十まで補給に兵を割かないから戦闘に集中できるのだ。我騎士団は長期戦でこそ真骨頂を発揮できる」



 確かに磐石な補給線があれば長期戦を行っても問題ないし、長期戦となったときのアドバンテージとなるだろう。

 互いに補給の面で不都合なことは無い。やはり長期戦を覚悟せねばならないか。

 こうなるとタウキナ騎士団の本隊がセイケウ攻略より早く来るはずだ。

 攻囲するように掘らせている塹壕をこちらの防御にも使えるように形を変更させなければならないだろう。



「ユッタ。幕僚を招集してれ。それと各大隊長も。すぐに連隊司令部に来るようにと」

「了解しました。騎士団の方は?」

「うーん。ケヒス姫様。塹壕堀と今後の陣地防衛に関して作戦会議をしたいのですが騎士団の代表者の方も参加して欲しいのですが……」

「だから穴掘りなど騎士の仕事ではないと言ったであろう。このうつけッ」



 そうは言ったがこの一夜城を含めた野戦築城の防衛方針の話し合いなのだ。

 防衛方針とは詰まるところ城壁の変わりに塹壕を掘っているのだから防衛方針と塹壕堀は直結した話し合いになる。



「まあ余も暇をもてあましておる。余が行こう」

「かしこまりました」



 ならうつけと言わないで欲しい。てか無駄に意地を張らないで欲しいのですが……。



「それでは幕僚と各大隊長を呼集します」



 敬礼をして去っていったユッタの背中にケヒス姫様が小声で呟いた。



「よく命令通りに兵が動くのだな」

「そういうものじゃ無いのですか?」



 コッチの感覚としては上官から命令されれば部下はそれを遂行するが当たり前である。

 と、いうか軍隊組織ってそういうものじゃないのか。



「騎士でもないのに命令が上意下達される軍団など傭兵隊でも珍しい。余が知っているだけだとスピノラという男が率いた傭兵隊くらいだ」

「え? そうなのですか?」

「そもそも民草にとっては命あっての物種という考えがあろう? 故に戦場で民草が命をかけて戦うことはあるまい。まあ亜人は違うのかもしれないがな」



 そういうことか。


 確かに工商として生きていけるなら戦場なんかに立つ必要は無いからな。



「うぬよ。何をした?」



 何をしたと問われても……。



「部隊教育とかですか?」

「部隊教育?」

「連隊に入ることが東方解放に繋がるとか、そういう話しです。それだけ『亜人こっち』は必死なんですよ」



 皮肉のようになってしまったが、人間に奪われた土地を取り返す事は東方諸族の悲願だ。

 そのため兵役についてくれる者達がいる。(もちろん反対する人たちもいたが)



「フン。いずれ東方なぞ亜人にくれてやる。余が欲しいのは東方の王位ではなくケプカルトの王位だ。だがよく一匹一匹がよく訓練されておる」

「それは、ありがとうございます」



 褒められたのか?


 だが錬度から言えば東方辺境騎士団の足元にも及ばないはずだが。



「歩兵は各個では力は無いが郡となることで軍となる。歩兵の力は密集してこそ発揮される。要は集団行動が取れる歩兵は手強い」



 なるほど。


 確かに連隊に入ってきた連中にまず行う訓練は射撃でも戦闘術でもない。

 行軍と儀礼的な基本教練だ。

 自分勝手に戦われては各個撃破されるだけだし、そもそも手銃の命中精度が悪すぎて集団で運用しなければ効果を挙げられないという面もある。

 そしてその兵たちを率いる士官が必要になる。

 ただ集団を集めただけなら烏合の衆。だからそれを指揮する士官によって軍隊として機能し始めるのだ。


 しかし、その士官の数が足りない。いや、士官はいるのだが集団を率いて戦闘を行えるほどの士官が居ない。

 おかげでクワヴァラードに一個大隊置いてきたのだ。

 アムニスの戦いで生き残った中隊員や歴戦の傭兵たちを士官に置いてはいるが、数が足りない。

 それに彼らが満足した士官かと問われればまだ疑問だ。

 中隊員ならアムニスでの俺を見ていたからか、要領がわかっているようだが傭兵のほうに問題があった。

 新兵器に新しい軍制のおかげで連隊にとって今までの戦術は全て旧式となりつつある。


 それを率いて戦えというのも無茶振りだ。

 救いとしてはその傭兵を率いていたスピノラさんが小部隊ごとに指揮官を置いて戦うように指導していたおかげで用兵思想が似ている事か。

 おかげで無理なく連隊に傭兵を士官として組み込むことはできた。(スピノラさんに散々恨まれたが)



「この部隊は職業軍人ではない人間でも出来るか?」

「理論上は。ただ、大義がないのに兵を集めても士気が下がるだけですし、指揮官の養成には時間が掛かります」

「ふむ……」



 まさか人間も徴兵する気のなのか。東方辺境領にいる人間も徴兵する気なのだろうか。

 でも東方に暮らす人間もそう多くは――もしかしてタウキナの人々を徴兵する気なのか!?

 数的劣勢があるのにこの人はまさかタウキナを侵略しようとしているのだろうか。


 いや、有りあえる。


 ケヒス姫様のことだからやりかねない。



「オシナーさん! 集まりましたよ」

「お、おう。今行く」



 すでに戦後を考えている冷血姫様に鳥肌が立った。


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