ラストラル会戦 【オシナー】【ケヒス・クワバトラ】
「国境が破られた!?」
ケヒス姫様の下から解放されてまもなく、クワヴァラード包囲軍に伝えられた報にアウレーネ様は顔色を変えられた。
「ハッ。二日前にクレム公国騎士団が関所を突破し、シブイヤを攻撃しております!! またそれだけでは無く、ペルム、アマルスも国境線を突破し、シブイヤを包囲しようとしております!」
タウキナを囲う三国が時を同じくして国境を越えてきた。
「殿下には早急にタウキナにご帰還を!」
「……分かりました。現在のタウキナ師団の状況は?」
「国防指針通り第一師団長のカイン・タウキナ中将指揮の下、第一、第二師団ともに戦時体制に移り、予備役兵の召集と再編成を行っております。また、現有の騎兵戦力を用いて散発的な奇襲を繰り返して偵察と遅滞作戦を遂行中であります」
どうやら、有事を見越しての国防方針を固めていたのだろう。対応が早い。
「……オシナー様。スピノラ准将。お聞きの通りタウキナに戻らねばなりません。クワヴァラード攻略へご助力出来ず、申し訳ありません」
「いえ、それより火急の案件です。早急にタウキナにご帰還ください」
これでクワヴァラード包囲の参加兵力はホルーマ第二連隊、そしてフシャス第三連隊、近衛第一連隊の三個連隊か。
その他、東方に散らばっている兵力をかき集めて戦闘団を作っているが、それでも二個大隊程度。到底、攻城が出来る戦力では無いし、それに相手は第一連隊だ。
タウキナ、ベスウス、そして西方と各地を転戦した歴戦の連隊相手に現有の戦力では心許ない。
「しばらくはこのまま包囲を続けるしかないですな」
俺の心を代弁するようにスピノラさんが紫煙を吐き出しながら言った。
だが、ここで悠長に事を待ちかまえている訳にはいかない。
「で、本当に冷血姫様はクワヴァラードを脱出されるので?」
「バアル様がそうおっしゃって居ました。それに、こうして現王様暗殺の黒幕がケヒスと割れたのです。
このままクワヴァラードに籠もっていても逆族である事が知れれば反乱鎮圧のために騎士団が動くでしょう」
このクーデターと時を同じくして戦端を開いたクレム、ペルム、アマルスの三国の動きから見てもこれは東方だけで済む反乱では無いだろう。
「ケヒスはどうしてでも王都に行くのでしょう。そこで王権を打ち立てるはずです。そうでなければ――」
「ですが、お姉さまはどうやって王権を手に入れるつもりなのでしょうか? 現王派の貴族――特にゲオルグティーレ家の猛反発は目に見えています」
確かに現軍務院の実権を握っているのは現王様の甥だし、現王派だからこそ王宮の中枢に居られるのだ。
それなのにクワバトラ家のケヒス姫様が王権を握れるのだろうか?
だが、今はそれを考えても仕方がない。
「まずはタウキナです。特にシブイヤが失陥する事態は避けなければ」
だが、シブイヤが簡単に失陥するとは思えない。
あの近くにはタウキナ連隊の駐屯地もあるし、何よりドワーフ直伝の製鉄技術を学んだ工房が作った火器がある。
「タウキナ失陥も恐ろしいですが、タウキナ南部から侵攻してくるペルムとアマルスも問題ですね……」
それでもアウレーネ様の顔に悲観の色は無かった。
だが、楽観できる戦でも無いのは確かだ。軍事顧問として同行しようかと思ったが「オシナー様は東方を」と言われてしまった。
そりゃ、そうか。
「では私は転進の詳細を決めるので、これにて」
ビシリとした敬礼に応え、そしてアウレーネ様は去っていかれた。
◇ ◇ ◇
タウキナ戦線図
タウキナ公国軍主力は後方にて戦力の再編中。なお、敵クレム公国はシブイヤを包囲する勢いあり。また、ペルム・アマルス公国騎士団は南タウキナを順次、占領しつつ北上。クレム公国騎士団と合流する意図は明確。タウキナ大公殿下はこれを阻止するため、ラストラルの平野に兵を進める事を望まれた。
タウキナ特務旅団司令部所属の参謀の手記より引用
タウキナ戦線では膠着状態が続いていた。。
公都シブイヤを包囲しているクレム公国だが、こちらの方は堅牢な城壁やタウキナ謹製の要塞砲の前に攻略は遅々として進まず、援軍となるペルムとアマルスの連合騎士団の到着を待つように包囲を敷くだけになった。
そのペルムとアマルスはタウキナの諸都市を占領しながら北上し、それを迎え撃つタウキナ特務旅団とラストラル平野で相まみえる事になる。
「……数は多くは無いようですね」
丘に登って敵陣を観察すればおよそ三千ほどの戦力が隊伍を整えているのが見える。対するタウキナは戦力の充実していた第三、第六連隊で編成した特務旅団の四千と若干ながら数的優位を保持していた。
「我が旅団の展開はどうなっていますか?」
「現在、縦隊行進中の歩兵大隊を横隊に展開中です。もうすぐ砲兵の展開も終了するでしょう」
旅団副官の言葉にアウレーネ様はうなずく。
本来の国防計画であれば四個連隊とこれを補助する大隊を合わせた約一万人ほどの師団規模の戦力を投入してタウキナに侵入して来た外敵を決戦を行う予定ではあったが、いざ、実戦となったは良いが、思ったように再編が進んで居ないのが現状だった。
特にクレム公国が早々にシブイヤを包囲したため、これの解囲のための戦力を温存すると言う意味でも戦力の出し渋り――二兎を追うような状況になってしまった。
「それに兵站計画が杜撰でしたね。人数分の弾薬はおろか糧食の手配にも手間取るとは……」
その言葉に兵站参謀が顔を赤くして「申し訳ありません」と消え入りそうな声で言った。
だが、大量の糧食を買い取る旨の勅が出されるや商会はこの機を逃すまいと麦などを値上げした。
その上、シブイヤが包囲され、今後の見通しの立たないために麦を売ろうとする者が減ったのだ。
「民の暮らしを思えば先立つ物も必要でしょう。今後はそれらを見通した兵站を考えなければ――」
その時、ドン、ドンと砲声が響いた。友軍の物ではない。
縦隊から横隊に陣型を変えている無防備な戦列に砲弾が突き刺さる。
「く、我が軍の砲兵は?」
「現在、展開中です。なに、野戦重砲の一撃を加えれば敵もタウキナに恐れをなすでしょう」
自信満々の砲兵参謀の言葉通り、タウキナは西方以来、砲兵の育成に力を入れてきた。
特にタウキナ継承戦争の際、ラートニルの町並みを粉砕した東方の野戦重砲の力を目の当たりにし、それの大量導入が行われた。
「もう少し早く展開できないのですか?」
「それはさすがに……。大砲と違い、野戦重砲の重量を素早く展開するには無理がございます」
野戦重砲の欠点はその機動力だった。演習でもその問題は明らかになりつつあったが、それでもその破壊力はその欠点を補ってあまりあると考えられていた。
「敵との距離は?」
「およそ六百メートル!!」
タウキナ旅団はやっと陣型が整いつつあった。それは敵も同じでアマルス騎士団も着実に横隊を作り上げている。
だが、相手――ペルム騎士団はすでに隊列を整え、前進を始めた。
「早い……」
よく訓練が行き届いている。そう思っていた矢先、ペルム騎士団の横隊が立ち止まった。
「……? ペルム騎士団と相対している連隊の距離は?」
「えと、およそ、五百五十メートル」
遠い。それがアウレーネ様の感想だった。
まだ小銃の射程外なのに、どうして立ち止まった? 何か罠でもあるのだろうか?
ペルム騎士団の正面にいる部隊は第三連隊でしたね。警戒のラッパを」
「御意!」
横隊が整い、いざ前進。だが、第三連隊はその寸での所で警戒を知らせる信号ラッパを聞き、立ち止まる。
指揮官に冷たい汗が流れた時、ペルム騎士団が発砲した。
「そんな!」
眼下には血を流して倒れる戦列。まだ距離は五百メートル以上もあるのに!
確かに小銃では射程外だ。だが、それが螺旋式小銃だったら?
「第三連隊に前進を命じて!」
「了解!!」
その命令が届く前に今度はアマルス騎士団が螺旋式小銃を発砲。
第六連隊に動揺が広がった。
「第六連隊にも前進を命じて!!」
命令が交錯し、混沌が広がる。
第三連隊は先ほどの警戒から一転した前進のラッパに足並みが崩れ、第六連隊も先ほどまで綺麗だった戦列を乱しながら前進を始めた。
「砲兵は何をしているのです!」
「お待ちください! 今、すぐに支援砲撃をが行われます!」
タウキナの青い外套の列が乱れ、ぐちゃぐちゃになりながら前進していく。
だが、よく見るとペルムもアマルスも全員が全員、螺旋式小銃を装備していないのか発砲しない要員がいる事に気がついた。
「まだこの数でなら押し切れそうですね。騎兵を前進させ、歩兵の援護を」
「しかし、騎兵が前進すると砲撃に巻き込まれる可能性が……」
騎兵参謀の苦々しい言葉が砲兵参謀にも向けられたが「仕方ありますまい」と彼も顔をゆがめた。
「砲兵による支援を優先させて。三斉射の後に騎兵は突撃を」
アウレーネ様は遠眼鏡を従者から受け取り、敵の戦列にそれを向ける。
すると装填の完了した螺旋式小銃が白煙と轟音を吐き出した。
双方の距離はやっと百五十メートルを切る所だろうか。
「砲撃準備よろし!」
背後からの報告に「撃ってくださ」と短く答える。
しばらくして敵の砲声よりも高らかに野戦重砲が吼えた。
だが着弾は遠い。敵戦列の後方を削り取っただけだ。
「歩兵が射程に届きました!」
ついに小銃の射程距離内である百メートルに到達した。だが、命中を喫するならあと四十――最低でも三十メートルは詰めたい。
「砲兵に誤射に注意するよう――」
その言葉は敵の銃声に掻き消えた。敵歩兵の一斉射だ。
「そんな! まだこの距離なのに!?」
副官の悲鳴のような声。
「東方産の小銃……!」
タウキナのそれも品質はもちろん向上している。それこそ近衛連隊にも納められる品だ。
だが、それでも東方のドワーフが鍛える鉄を凌駕できる事はない。
その差がこの悲劇だった。
「まずい!」
崩れた戦列からボタボタと血を流すように兵たちが逃げ出した。
「騎兵を出して援護を!」
「御意!!」
壊走を始めたのは第三連隊のみだったが、その動揺がすぐに第六連隊に感染する。
「……予備戦力を動員し、逃亡を図る兵士を射殺するよう命を我が名で出せ!」
「――!? 副官。私はそのような命令を認める訳には――」
「殿下! ならば私を更迭してください。しかし、今はこの壊走を止めねばなりません。それにはこうするしか無いのです」
副官はアウレーネ様が出せない命令を出した。
その命は彼の独断であり、アウレーネ様の決断では無い。故にその咎をアウレーネ様が受ける必要など無い。
「……。タウキナには忠勇の誉れ高い騎士が多いのですね」
アウレーネ様の脳裏には西方で果てた旧タウキナ第一連隊の連隊旗が荒れ野に翻る様が思い出された。
「いえ。タウキナ大公として命じます。逃亡を図る者を射殺してください」
タウキナ大公として、タウキナを守る者として敵の侵攻を許す訳にはいかない。
このまま敵の侵攻を許せば彼らの補給のために村々は略奪の憂き目にあうだろう。
ならばそれを阻止するためにも、その手を汚そう。
だが、逃亡を図る者たちはその守られるべきタウキナの民だ。民を守るために民を殺す。
この咎は絶対に許されないだろう。
ならば、その許されない物を背負うのは家臣では無く、王でなければならない。
「予備戦力から一個大隊を抽出して逃亡者を射殺するように。残りの予備戦力は戦場に投入して戦線の穴を塞ぐように。急いで」
「御意!」
「騎兵が戦場に着きました!!」
最後の望みは騎兵突撃だ。
見た目の派手さも相まって兵達の士気回復に繋がってくれれば――。
だが、敵も騎兵を前進させ、戦場は混沌の際に達する。
騎士団の銀色の鎧。タウキナ騎兵の青い軍服。
その双方が乱れ、拳銃が唸り、長槍が謳う。
「歩兵にも突撃を」
突撃ラッパが鳴り響き、銃剣を構えた歩兵達が喚声を上げながら前進する。
すでに陣型など無い。ただ指揮刀を振るう士官の号令一下、前進するのみである。
「ここまで混戦になると勝敗が……」
「どちらかが一方になるまで、続くのですね」
栄光も無く、歓喜も無く。
ただ眼前の敵を殺す。それだけの行い。
「……小銃によって力の無い民草にも戦が行えるように軍を作り替える。
これが、お姉さまの望んだ『新しい戦』なの?」
銃声に混じるように消えたその問いに答える者は居なかった。
「敵が後退を始めました」
副官の言葉通り、ペルム騎士団と第三連隊の混戦を背にアマルス騎士団が後退を始めていた。
「第六連隊に追撃を。騎兵の予備戦力も使って敵戦力に打撃を与えてください」
このままアマルスが後退していけばペルム騎士団を包囲出来るだろう。戦場の天秤はゆっくりとタウキナに傾きだした。
「ん? あれは?」
第六連隊の軍靴に追い立てられるように後退するアマルス騎士団の中に何か、紙のような物を広げている者達が居た。大きな樽をそこ設置する者が居た。そしてその手には身の丈ほどの杖を持つ者が居た。
「まずい! 殿下! あれは――」
「魔法使い――!?」
気づくのが遅すぎた。
ベスウスからもたらされた最新式の法兵が杖を高らかにかかげ、真名を口にする。
すると樽から薄く黄色がかった液体が浮かびあがり、火がついた。火は瞬く間に業火となり、それが兵士達に向かって突撃する。
業火は二個中隊を飲み込み、叫喚が生まれた。
「なッ!?」
火炎に包まれる兵士。追撃をしかけようとした人馬の悲鳴。反転攻勢に出るアマルス。
タウキナに傾きかけていた天秤は完全に回天し、ズリズリとタウキナは敗勢を濃くしていく。
その日、タウキナは南タウキナでの防衛線を放棄。シブイヤ攻略中のクレム騎士団とペルム・アマルス連合騎士団の合流を許してしまった。
◇ ◇ ◇
「船旅ご苦労」
王宮の中庭。そこに置かれた折りたたみ椅子と机に乗った盤上遊戯の駒をどう動かすか思案しながら商人風の男に問う。
いや、商人風と言ったが、この男は商人だ。元は奴隷商として奴隷馬車を御していたのだが、今は余の間諜として動いてくれている。
「いえ、いつも陸路ばかりでしたので新鮮でした。ただ、人魚の襲撃があるんじゃないかと恐れていましたが――。いえ、話がそれました、ねっと」
パチリと動かされた駒を追いつつ、言葉を待つ。それ次第で全てが狂いかねない。
「陛下はまだ見つかっておりません」
「死体の一部も、か?」
この叛乱に穴があるとすれば、それは現王が生きて居る事だ。
だが、解けの始まったレギオー山脈から注ぐ冷水の中に叩き落としてやったのだ。生きてはおらぬだろう。
それでも――。
そう、『それでも』と万が一の事態を考えてしまうのは人の業だろう。智慧を持ってしまったが故に人は考える。どうすれば物事が良くなるか、と。
神の如く事物を天秤にかけ、路頭を彷徨うように明日を嘆く。
「その一部も、です。近衛第一連隊の捜索で馬車の一部や馬は見つけたようですが、それ以上は……」
「……左様か」
商人側の王の駒が憎憎しい。だが、もう計画は止まらない。枝から離れた葉が枝に戻れないのと同じく行く所まで行かねばならない。
「そうそう。クワヴァラードの包囲軍を指揮していたオシナー少将――あのエルフの奴隷馬車で吐いていた兄ちゃんがタウキナに出向いたそうです」
タウキナ敗戦の報はすでに王都まで届いていたが、それは初耳だった。
それにしてもそろそろ余が謀反の首謀者である事も知れ始めるだろうな。陸路に関しては多くの公国が余に賛同しているから心配は要らぬだろうが、海路までは制しきれない。王領の主要な港には傭兵を雇って東方から出て来る船を追い帰しえしているが、いつまでこの情報封鎖が続くか。
本来なら現王や宰相の死体が見つかってから動きたかったが、いつまでも黄金の時を無駄にしている訳にはいかない。
「あの兄ちゃんが東方を変えました。こっちはそうなると分かって居ればもっと別の職についたんですがね――」
「フン。愚痴など聞きとうない。どちらにしろ余の勝利だ。勝ち馬に乗れるのだからそれも水に流せ」
馬の駒で敵の王を盤外に弾き飛ばす。そう、余の勝利は揺るがない。
クワヴァラードで失った部下の無念。バルジラードの城で失った父上の命。王宮で失ったクワバトラ家の王権。
その全てに報いるためにも余は王宮の連中に、亜人共に鉄槌を下さねばならない。そのために勝たねばならない。
タウキナ連隊の敗北により諸侯は現王派から距離を取り出し、旗色を伺っている事だろう。
今こそ、迷える民を指導しなければならない。それが王の役目だ。
「差し出がましいようですが、殿下は王位継承権があるとは言え、王ではありません。王都の貴族様達は現王派でしょう。その現王派の貴族様が殿下についていくとは――」
「フン。貴族など最初から宛てにしておらぬ。それにもう城下に種は蒔いた。後はそれが発芽するばかりだ」
そう、頭の固い貴族に頼ろうとは思っていない。
だが、貴族の力は脅威でもある。脅威には力で対抗せねばならない。
力無き者に力を与えれば良いのだ。
何時になく地図が残念で申し訳ありません。
また、今週末くらいから私用のため、しばらく失踪するやもしれません。重ねてお詫び申し上げます。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




