帰還
ケプカルト諸侯国連合王国周辺図
あれから三年の歳月がたった。
その三年は長いような、短いような期間だったが、どちらにしろ濃厚な三年だったと言える。
王立議会では騎士団存続を声高に叫ぶ貴族達と舌戦し、士官学校では貴族の子息、子女と論戦を演じた。
ちなみに体重が落ちた。王都でケヒス姫様の名代として来られたバアル様から「やつれてないか?」と言われた事がある。
そんな美味とは言えない三年間だったが、それでも連隊制の導入や士官学校での講義も一段落した。
だが、士官の数が足りないせいでケプカルト王国中に連隊制を導入出来た訳では無い。
まだ軍組織として騎士団が存続する公国もあるし、士官学校への反発もある。
それでも王領で連隊を編制して三年。それなりに形となったと思う。
だからこの度、王都近衛第一連隊と東方第一野戦猟兵連隊とで合同の大演習と現王陛下、そして宰相閣下と言った王国の首脳を東方に招いた閲兵式典を行う事になったのだ。
その調整役の任を受け、俺は東方に帰郷する予定だったのだが――。
「まぁ、帰り道だったしな……」
「え? 何か?」
慌てて声の主――タウキナ大公アウレーネ・タウキナ様の驚いた顔がそこにあった。
しまった、独り言が漏れたか。
「い、いえ。なんでもありません」
「そうですか? お疲れのようですが、日程の都合上、工房への視察は今日の他なくて……」
どうやらガタガタと揺れる馬車の中でまどろんでいたようだ。
いくら親しい間柄とは言え、大公殿下の前でまどろむとは――。
「心配をおかけして申し訳ありません。せっかく時間を作ってタウキナの工房に足を運べるのです。俺こそ、とんだご無礼を」
「ふふ。視察が終われば我が城にてゆるりとお過ごしください。晩餐の予定もありませんし、旅の疲れをとって英気を養うと良いでしょう、軍務次官殿」
現王様が俺のために用意してくれた席が軍務次官――軍務卿の直属の配下として動けるよう任じてくれた今の肩書。
一応、未だに少将を名乗っているが、それは言わば内輪だけで通じる呼称だから対外的な役職に就くよう命じられたのだ。まぁ、この肩書のおかげで今日まで活動して来られたと言うのはあるが。
「軍務次官だなんて……。それにしても、タウキナは変わりましたね」
財政難と幾多の戦乱に喘いでいたタウキナだったが、この三年で小銃や大砲、火薬の生産拠点としてケプカルトのどの国より華やいでいた。
「東方から技術を盗めたからです」
「盗んだって、そんな――」
「事実ですよ。私はタウキナのためと第三王姫殿下やオシナー様を裏切ったのですから」
それでも、謝罪の言葉はない。
この人は王になられたのだな、とだけ思った。それ以上の事を思うのは政治の領分であり、俺のやる事では無い。
まぁ、ここ三年で俺も政治と言う奴に散々煮え湯を飲まされたが。
「場を悪くしてしまいましたね。申し訳ありません。
ですが、他国に先んじて各種製造のノウハウを得られたおかげでタウキナはここまで発展出来ました」
「ケプカルトの兵器生産の中心地とだけありますね。王都の兵器廠となんら見劣りしません」
車窓を流れる景色は右を向けば銃床を研磨している工房があり、左を向けば砲身を鋳造している工房がある。その町並みには非番なのか、タウキナ公国軍の青い軍服を着た兵士達が肩で風を切っていた。
「まさに軍都、ですね」
「そうですね。タウキナ第一連隊の兵営もこの近郊ですし、中には連隊向けの商いをする商人も出てきました。軍を中心に栄える……。確かに軍の都です」
複雑そうな笑みを浮かべながら街並みに視線を送るアウレーネ様。
公国の民を戦に駆り立てる事が、この街を発展させている。発展の裏に犠牲がる事を憂いているのだろうか。
やはり、この人は優しいのだな。
「オシナー様。つきましたよ」
「え? もうですか? いや、早いですね」
馬車から降りると、靴が綺麗な石畳を踏んだ。これなら歩きやすいな。
そう思っていると「おぅ、待っていたぞ」と声をかけられた。
タウキナの工房を取り仕切っているヘーパイ・ストスさんだ。
「ストス。この方は――」
「まぁ、まぁ。堅いことを言わんでください、殿下」
歯にもの着せぬ言い方にどこか懐かしさを覚え、俺も気軽に「ストスさん。お久しぶりです」と返す。
「元気にやっとったか?」
破顔して俺を出迎えてくれたストスさんと再会をしばし喜んだ後、彼の案内で工房に足を踏み入れた。
「あの時のドワーフの技術指導があったからこそ、今があると思っておる」
そう言って渡された銃身を手に取ると、尾栓ついていた。
その尾栓をはずして銃身内を確認する。
「……少しゆがんません?」
「手厳しいな。じゃが、それが今の限界でな」
まぁ、そりゃドワーフの技術を三年やそこらで身に着けられても立つ瀬がない。
だが、それでもタウキナ産の小銃の質は上がった。それこそタウキナ継承戦争の頃と比べれば重量も軽減されており、より高品質な銃身となっている。良い物を造る――そう切磋琢磨してきた三年だったのだろう。
そう思っているとアウレーネ様がストスさんに何か耳打ちをした。「良いんですかい?」と問い返されていたが、アウレーネ様が頷かれた。なんの話だ?
すると苦虫を潰したようにストスさんが「やはりドワーフには勝てない」と切り出した。
「確かにある程度、銃身の湾曲や銃身内の成形不良を無くすよう努力をして来た。それでも、銃身内に溝を掘る事は依然と難しいし、東方のような精度を持って作る事は不可能じゃ」
……あれ? つまり螺旋式小銃をパクろうとしてるのか?
螺旋式小銃自体は東方の俺の故郷でしか生産されていないし、確かケヒス姫様が今でも螺旋式小銃の製造を独占ているから、これってもしかして違法コピーじゃ……?
いや、でもこの世界に商標とか無いし、別にコピーくらい――。ってそういう問題では無い。
東方以外で製造されていない螺旋式小銃をタウキナが作っている事自体、東方への挑戦と見て取れなくない。
それに――。
「それは軍事機密では? 軍務次官の俺にそのような事を申されてはあらぬ疑いを掛けられても仕方ありませんよ」
連隊制の導入で生まれた概念が軍事機密。
軍として秘匿しておくべき事柄を定めた新しい概念と言える。
アウレーネ様は困ったような顔をしつつも「自国で生産出来る事に越したことはありませんので」と言われた。
「現在の所、螺旋式小銃の生産は東方によって独占されていて、その価格も天井が見えません。
もっとも、東方と友好国を除いてと言う言葉が付きますが、その導入に二の足を踏む国は多いと思います。風の噂では王立議会の反対で螺旋式小銃の導入が否決されたとか。
ですが、タウキナでも螺旋式小銃が生産できればその価格を下落させる事が出来ましょう。
そうなればケプカルトはより盤石になるのでは? 私はそのための協力が欲しいのですが……」
言葉が為政者のそれだ。
それに、暗に東方の技術をタウキナに伝えてほしいって……。
あからさますぎる。
いや、わざとそうしているのか?
宰相閣下は螺旋式小銃に関しては特に何も言っていなかったが、いずれなんらかの形で東方に技術供与を迫られるかもしれない。もっと言うなら圧力がかけられ、三年前のようにその力を削ぐための種々の工作が行われるかもしれない。
そう言う日が来ると警告してくれたのか? 確かに、俺なら唯一ケヒス姫様に意見を具申する事が出来る。
「……東方の技術に関してはなんとも。ケヒス姫様とご相談を」
「ふふ。困らせてしまったようですね」
為政者の仮面がはずれると、そこには花の咲くような笑顔が現れた。
やはり警告だったか。
まぁ、どちらにしろ、技術を開示しても螺旋式小銃の製造はドワーフくらいしか作れないだろうが。
「ところでオシナー様。これをどうぞ」
そう言われると、先ほどまで馬車を御者が小さな木箱を持ってきた。
「これは?」
「試作の回転式拳銃です」
促されるままに木箱を開けると、そこには黒光りする拳銃があった。
今までの拳銃と比べると銃身は極太。その太い銃身には銃口が三つ付いており、きつくなめし革がまかれていた。確か、ペッパーボックス式と言うんだっけか?
「これって、薬室と一体化した銃身をクルリと回せば良いんですか?」
「そうです。試作として三連発と六連発の物を造ったのですが、六連発の方は暴発事故が多発していて……」
着火の構造としてはそれまでの拳銃――要は小銃のそれと同じく、薬室に火薬と弾丸を入れ、火打石のついた撃鉄を火蓋に叩きつける。その薬室を増やし、銃身ごと薬室を回転させる事で再装填の手間を省いたのがこの回転式拳銃。
だが、撃鉄が起こす火花が漏れてしまい、別の薬室に火が着いて暴発してしまう事があるのか。
「なるほど。それで銃身の数を減らして銃身毎の距離を空けたのですね。ちなみにこの銃身に巻かれているなめし革は?」
「銃身を回転させる時、熱した銃身で火傷をした者が居ると聞いて巻かせました。
あの、よろしければ研究用としてもらって頂けないでしょうか?」
「良いのですか?」
正直、興味深々だった。今の所、小銃に改良点があるとすればその射程の延長や連射性の向上が挙げられる。
射程に関しては銃身内に螺旋状の溝を刻む事で解決させる事が出来るが、この連射性は如何ともしがたかった。これはその状況を打開させる事が出来るかもしれない。
「ちなみに、この一丁だけですか?」
図々しい質問だが、ある程度の数が無いと問題が起こった時にそれがその個体のせいかなのか、それとも抜本的な構造のせいなのか判断出来ない。それに量産した時の品質がどうなるかを調べるためにも数は必要だ。
「すでにモニカ様の部隊で試験中です。さすがに練兵中の王都近衛連隊にこの試作品を送っても中々、試験できないだろうと思いまして」
「確かに、そうですね。部隊の練成や士官教育で、正直言うと手一杯です」
ユッタの所で試験をしているのなら、きっとモニカ支隊の所だろう。
あそこなら兵の錬度もあるし、何より今は時局に余裕が生まれているから適任のはずだ。
俺も、もう少し余裕が出来たらこの回転式拳銃の研究に取り掛かろう。
「アンタも、苦労が絶えないようじゃの」
煤で汚れた頬を拭いながらストスさんは目を細めた。まぁ、三年経つが、日々が議会で嫌味な貴族と舌戦し、士官学校で生意気な候補生相手に舌戦する毎日を送っていたから
「濃厚な毎日ですよ。大演習のおかげで東方に帰れるなんて、運が良いです」
「父上――現王陛下もいらっしゃるのですよね。タウキナには来られないと聞きますが……」
「はい。陸路は老体に堪えるとの事で、海御座船で東方南端の港町――イーアトウスに来られるそうです」
東方全図
日程については東方辺境姫であるケヒス姫様以外には防諜のためぼかして伝えられていたのだが、もう教えても構わないだろう。
現王陛下御一行は近衛連隊と共に海を渡り、イーアトウスからレギオを通ってクワヴァラードへ行幸される。
そこで東方、タウキナ、近衛の三個連隊の閲兵式典。そして東方、近衛の二個連隊よる合同の大演習が取り測られる事になっている。
余談だが、その日程の調整に兵站という軍事面と記念日に合わせようとする政治面から軍務卿と宰相閣下とがいつになく舌を使った戦いをされていたな……。これだから政治は嫌なんだ。
だが、そのおかげで何度と改訂を余儀なくされた兵站計画を練るために輜重参謀のスキルが向上したのは皮肉以外の何物でもない。やはり実践は技量を底上げしてくれる。
「陛下も、そう若くはありませんからね。さて、ストス。案内ご苦労。オシナー様もお疲れでしょうし、今日はこれで」
「そうですね。本日はありがとうざいました」
「なに、礼には及ばんさ。そうさな。東方に帰るのならローカニル殿達に、礼を言っていたと伝えて下せぇ」
「必ず伝えます。ストスさんもお体に気を付けて」
互いに名残惜しみつつの別れとなってしまったが、いつかタウキナと合同演習が行われる際には酒を持って工房を訪れよう。
きっと喜んでくれるだろうな。
「それでは行きましょう」
それから俺はタウキナで一泊を過ごしてから故郷である東方に向かった。
ガタガタと揺れる馬車にただ一人で乗っていると、ふとこの三年が飛ぶように過ぎていく。
士官教育を始めた半年間はボイコットとかあって胃を痛めていたな……。
そう言えばあいつら、ちゃんと俺の出した課題をやっているか……。
士官の出来で言えば東方の方は上だろうし、それで刺激を受けてくれれば言う事無いか。
「オシナー殿。前方から馬が来るようです」
「ん? 馬?」
御者の言葉に車窓を開け放って街道の先に視線を凝らす。まだ春を知らない風が頬を切るが、それを我慢しつつ注視していると、土煙が見えた。単騎じゃなさそうだな。
「念のため端に避けてくれ」
「わかりました」
ギシリと揺れながら馬車が道端に止まると複数の蹄の音が聞こえて来た。近衛連隊の演習で対騎兵戦闘してきた感で言えば、結構な速さのようだ。
「アレは……。ケンタウロス?」
タウキナで手配してくれた御者はその存在に慣れているのか、落ち着いた口調で砂塵の向こうに視線を飛ばしている。
王都周辺であればケンタウロスが出たとなれば大騒ぎなんだがな……。
そう思いながら遠眼鏡を目に当てると先頭を行くケンタウロスに見覚えがあった。嫌な予感が――。
「突撃!!」
ケンタウロスが叫んだ。するとのんびりとしていた御者が顔を青くする。
「まさかケンタウロスの野盗!?」
「違う。連隊の騎兵だ」
騎兵達は二列縦隊で突撃を始めたと思うと、すぐに綺麗な横隊を形作る。この動きを当たり前のように見て来た身としては王都の近衛騎士団の錬度が連隊の騎兵より劣っていると思ってしまったものだ。
「突撃止め! 整列!!」
「コレット少佐出迎えご苦労」
突撃体系のまま横隊で整列するよう命令を出すコレット・クレマガリー少佐の手並みを拝見しながら言うと、コレットはニヤリと不敵に笑い返して来た。
「お久しぶりであります。オシナー少将。ほら、号令」
「気を付け! オシナー少将にぃ、頭ぁ中ッ!!」の号令でコレット率いるケンタウロス二個班が一糸乱れぬ動きで俺を見る。それに答礼しつつ「今回はよく自重出来たな」と言うと古参らしい曹長が苦笑を浮かべた。
「そりゃ、少佐になってしまうと、あぁ言う事は出来ませんよ」
「それを少尉の時もやって欲しかったんだけどな」
タウキナ継承戦争の始まる前の出来事に想いを馳せていると、新兵らしいケンタウロスは首は首を捻るばかりだった。
「なんにせよ、出迎えご苦労。任務に戻ってくれ」
「出迎えと言う名の演習中なんです。クワヴァラードまで護衛しましょう」
コイツめ……。まぁ、あの突撃を見せられた身としては部隊の練成も上手く行っているようだし、良いか。
「出してくれ」
「よし、第一班は馬車の前衛を、第二班は後衛だ。第一班からザール伍長とシャル曹長は斥候をするように」
手早く命令を飛ばすコレットに彼女も少佐として中々上手くやっているようだと悟った。
そして馬車に併走する形のコレットに王都での土産話やコレットの考案した騎兵による機動砲兵による戦術にと様々な事を喋った。
「そういや、その銃なんだけど――」
コレットの腰(?)に巻かれたベルトのホルスターに入った拳銃があった。その太い銃身を、俺はタウキナで見ている。
「あれ? 回転式拳銃ってモニカ支隊で試験中じゃ……?」
「あぁ、あのクルクル回る奴ですか? アレ、アタシも欲しいです。モニカ中佐に撃たせてもらいましたが、良いもんでしたね。今度の昇進試験ですぐに中佐になる予定なので祝い品として買ってくれませんか?」
「お前、随分、自信あるな。人事に言って絶対落としてやる。てか、やっぱりユッタの所しか回転式拳銃ないんだろ? それは?」
「新型の騎兵銃ですよ。まだ東方だけの物らしいです」
コレットが見せてくれたそれは太い銃身にラッパのような銃口のついた拳銃……? 拳銃だった。
てか、銃身が回転式拳銃より長いから、どちらかと言うと小銃か?
「ですから、騎兵銃ですって。ラッパのように口が広いから走りながらでも装填しやすいんですよ。アタシのは銃床が邪魔だったのでコッソリ切り落としましたが」
おい、それは軍の備品だ。私物じゃ無いんだぞ。
「まぁまぁ。ただ銃身が切り詰めすぎてて命中はお察しなんで、アタシはあんまり好きじゃありません」
そんな話をしていると、大きく開かれた城門が眼前に現れた。
「おや? もう着いたみたいですね。三年ぶりのクワヴァラードはどうです?」
「……懐かしい」
その一言だった。
繁々と久々のクワヴァラードの城門を見ていると、その門の脇に赤い軍服をまとったエルフを見つけた。
誰かを待っているのか、そのエルフは休めの姿勢で居たが、俺の乗る馬車が視界に入ると綺麗な気を付けをしてくれた。
俺は御者に一言、言うと馬車を飛び降りて彼女の元に行く。
すると彼女はスッと敬礼をして出迎えてくれた。
「出迎えご苦労」
ユッタ・モニカ中佐に答礼を返すと彼女は口元を和らげて柔らかく言ってくれた。
「お帰りなさい。オシナーさん」
俺は帰って来た。全てを始めたこの街に。
これから終章です。
地図の方は修正するかもしれません。
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