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銃火のオシナー  作者: べりや
第七章 クワヴァラード掃討戦
103/126

西方から 【ケヒス・クワバトラ】

「駆け足用意!」



 ラッパの号令と共に横隊を組んだ騎士達が速度を上げ、盛大な土煙がそのすぐ後をついていく。

 その様子を小高い丘から見下ろしていると、父上もこのような景色を見ていたのだろか、と柄にもなく感傷的な気分になった。



「殿下?」

「ん? すまない、考え事をしていた。して、なんだ、ガウェイン」



 元近衛騎士団副団長にして、現西方辺境騎士団副団長のガウェインは「そろそろ我々も」と言った。



「もう少し待て」

「ですが……。相手は良くて民兵。このような策を弄さなくても――」



 その時、落雷を思わせる轟音が響く。

 国境近くの亜人の村で一揆が起こったという知らせで出向いてきたが、ただの鎮圧に収まらないだろうと予想していた。

 先のガザ攻略を端に報告されるようになった西方蛮族の火の呪法は馬脚を乱させる厄介な存在だし、何より奴らの信奉する異教の教義が復活を謳っているせいで奴らは死を恐れない。いくら西方辺境領内の村とは言え、奴らの信仰心はそう揺るがない。

 だから細心の注意を払ってから蹂躙しなければならないのだ。



「フン。奴ら、呪いを使ったな? あれは連続して使えないようだからな。よし、我らの出番だ!先見隊を援護するぞ! 余に続け!」



 呪法は威力こそそこまで無いものの、馬は轟音にいなないで馬脚が乱れる先見隊を早々に助けねばならない。

 そうしてラッパ手の号令と共に馬達が駆ける。大地を踏み、風を切りながら駆ける様は良い。



吶喊(とっかん)せよ!!」

「おうッ!!」



 その後は素早かった。近衛の名を冠していた騎士団とだけあって側面をついた攻撃で敵は壊滅。残るは奴らの村に留まっている連中だけだ。

 そのような掃討戦に余、自ら出ていく必要は無いから近くの丘に本陣を置いて休息する事にした。


 濛々とした砂塵。丘まで昇って来る焼けた生き物の臭い。さすがに辟易していると、村から一騎出て来た。

 仕事が早くて助かる。



「ケヒス殿下! 掃討が終わりました」

「……ご苦労、ガウェイン」



 父上の代から近衛騎士団――西方辺境騎士団の副団長をしてくれているガウェインの端的な報告に頷くと、ガウェインは「あれから一年ですか」と呟いた。

 そうか。道理で父上の事を想っていたのか。



「あ、いえ、なんでもありません」

「良い。父上が崩御されて一年経つ事実は変わらん」



 これ以上、この話題を出していたくなかったために視線を村にむける。家々には火が放たれ、轟々とした業火が空を染め初めていた。

 美しい。

 火煙を上げる家々の荒涼たる景色こそ余の心を癒してくれる。


 実に――。実に美しい。



「ヨスズンは?」

「捕虜の処刑中です」



 余の命令を忠実に守る奴隷。父上の奴隷。

 あの名無しとは違う。まったく違う奴隷。

 出会った頃は辟易――むしろどう付き合えば良いか分からず苦手だったが、今では奴の沈黙は心地良いほどだ。



「そう言えば先ほど、使者が来たようですが、どちらから?」

「王宮だ。西方が片付き次第、東方に行けと」

「……行かれるのですか?」



 他に行く場所があるような口調に苦笑が浮かんだ。



「なんだ。ガウェイン。不服か? よもや余に東方では無く、王都を攻めよとでも言うか?」



 挑発的に言ったつもりだった。

 だがガウェインはサッと膝をついて(こうべ)を垂れる正式な礼をすると、余の心から欲する答えをしてくれた。



「殿下が望まれるのであれば我ら西方辺境騎士団――いえ、栄ある近衛騎士団は殿下のため、前王陛下のため、最後の一兵まで戦う所存にございます。

 我らの悲願は殿下の復権。ケプカルトにクワバトラ家の王権を打ち立て、それを守護する事にあります」



 その言葉に心臓がときめいた。

 とても甘美な誘いだ。

 この手であの現王(ぶた)共に凶刃を振るえるなら、なんと良いことか――。



「なりません」

「……ヨスズンか。興が削がれたぞ」



 ギロリと奴隷に視線を向けると血で汚れた鎧をまとった男が相変わらず冷めた顔で余を見ていた。



「ヨスズン。余の命はどうした? ちゃんと皆殺しにしたのか? 余は捕虜を欲していない」



 そう言うと、ヨスズンは燃え盛る一軒を指した。

 あれは、確か奴らの教会か。



「捕虜は皆、あそこに」



 正確な捕虜の数は知らないが、指された教会に収まるほどの数では無いはずだが……。

 チラリとヨスズンの顔を伺うと、いつもの無表情が見返してきた。

 ようやる。



「く、フハハ。よくやった。先ほどの発言、許してやる」

「ありがたき幸せ」



 そのやりとりにガウェインは眉を寄せて抗議の声を上げようとした。



「ガウェイン。ヨスズンは父上の形見の一つでもある。邪険にするな」

「……。わかりました。それに、ヨスズンの力も本物。今となっては騎士団の中では誰よりも頼りにしています。

 そのヨスズン殿の言を蔑ろにしようとは思っておりませぬ。

 ですが殿下。我ら近衛の名は失うともケプカルトの王に仕える騎士にございます。

 殿下が望まれるのなら、我ら二万の精兵は身命として殿下にために王位を奪還する所存にございます。それをどうかお忘れなく」

「うぬらの揺るぎが無い忠誠に疑問を持った事はない。だが、まだ時では無い。そうだな、ヨスズン」

「その通りにございます」



 この西方に来る前に、すでに謀反を起こす計画を立てた。

 だが、それは失敗に終わった。

 ヨスズンが止めてくれたのだ。

 二万の兵力では王国全土の騎士を相手にできません。時を待つのです、と。

 ヨスズンはわたくしに様々な事を説いてくれた。

 貴族の後ろ盾、王都を占領するための兵力。それらを円滑に行うための資金の確保。


 全てが足りていなかった。


 悔しかった。仇が目前に居るというのに、それを殺す武器が無かったのだ。

 なら、今はまだ仇の下で動こう。そして時を待つのだ。

 あの玉座はわたくしの、父上のものだ。それを汚したモノ共に忠罰を与えられる、その時を。



「帰るぞ。ノルトランドの阿呆共が待ちくたびれているだろう」



 手早く幕社が片づけられ、西方都ガザへの帰還準備が進められる。

 ふと、風が変わった事に気がついた。

 肉の焼ける香ばしい匂いと炭の爆ぜる音。



「く。フハハ」

「……姫様?」



 相変わらず、無表情な男から漏れた声に振り返った。

 こいつも疑問に思う事があるのか。



「なんだヨスズン」

「いえ、何を笑われていたのかと思いまして」

「フン。貴様がそのような愚問を出すとは珍しいな」



 ヨスズンの問いに答える気などさらさら無かった。

 どうせ、この感情の高ぶりを共感できる者など居ないだろうから。



「それよりも準備はどうか。終わったのか?」

「今しばらくお待ちを」



 一礼して出立の準備に取りかかったヨスズンの背中をしばらく眺めていたが、また謀反を起こした村に視線を転じた。

 最近はこのような討伐が多い。

 特に西方地域は父上の治世により王国への帰属意識が高まっていたのだが、最近は王国からの入植者と現地民との摩擦が多く起きている。

 施政が悪いから無用な対立が起こり、それが謀反となるのでは無いか? と余は思っているのだが、ヨスズンは興味無さそうに「そうなのかもしれません」と言うだけだった。

 宰相(ゴミ)現王(ブタ)の施政が悪だから一揆が起こり、その火消しに余の騎士団が使われる。

 まったく以て不愉快だ。

 余が王位につけていれば……。


 いや、やめよう。

 それを考えても詮無きこと。いずれ奴らから王権を取り戻し、真のケプカルト王として即位した暁にはこのような一揆の起こらぬ国を作ろう。



「殿下! 準備が整いました!」

「うむ。では行くぞ」



 行き先は西方都ガザ。

 エルファイエルから獲得したケプカルト最西の都。

 あのガザを見下ろす丘で父上と共に蛮族の都が落ちる様を見ていた時、父上に言った言葉が蘇る。



『わたくしも、あの騎士団を率いてみとうございます』



 父上。余は父上の騎士団を率いております。

 ですが、請い願わくは父上と共に轡を並べとうございました。

 思わず泥のように濁った心に痛みが走った。泥を流そうとする悲しみが溢れそうだった。

 だが、それに蓋をする。

 感情を破裂させるのは今ではない。いずれ、父上の無念を晴らしたときに――。



「皆の者! よくやった! 特別に褒美を取らす。今宵は存分に鋭気を養うと良い」



 何かを言わなければ鉄の蓋が揺るぎそうだった。

 騎士達の歓声を背後に、ガザに入城した。



   ◇ ◇ ◇



「それで、一揆を起こした村に火を放ったと?

 我らが殿下に助力を求めたのは一揆を鎮め、首謀者をガザまで護送して頂くためではありませんでしたか?」

「手ぬるい。そのような事だから民がつけあがるのだ。

 根本的解決を図らねばエルファイエルにつけ込まれて王国を揺るがす大事となろうぞ」



 この一揆鎮圧を以来してきた西方総督をかねるノルトランド公の態度は相変わらず気に食わない。



「和を持った統治をなさねばそれこそ西方辺境領は王国から離れ、エルファイエルに付くでしょう。

 殿下のしている事は見せしめではなく虐殺です!」



 それを手ぬるいと言っているのだ。

 父上がこの男に言った言葉を思い出す。



「フン。大公を名乗れても所詮は田舎上がりの龍使いか」

「な、何を……!」

「もう良い。それで、王都より来た使者についてだが、詳細はノルトランド公に聞くようにとあったが、どうなのだ?」



 ノルトランド公は何かを言いたそうにしていたが、すぐにため息をついた。

 互いに歩み寄れない議論はすべきではない。時間の無駄だ。



「宰相閣下から東方――とくにクワヴァラードを跋扈する亜人を掃討して欲しいという、あれですか?」

「フン。出所は宰相か。どうせそのような所からだと思ったわ」

「……。おい、例の書状を」



 ノルトランド公が招いた従者が持ってきた書状を開けると、東方にバッコする亜人を平定するよう旨が書かれていた。

 先ほどの簡易的な書状は不測の事態に会って余の手元に届かない可能性を考慮して多くの符号と簡素な内容しか書かれていなかったが、この書状にはその詳細が書かれていた。



「……東方か」

「こちらの手元に来た書状によれば、前王陛下が征服された東方もその後の西方政策のためにおざなりになり、東方都クワヴァラードも今では亜人の闊歩する魔都になっているとか」



 それを余に征伐させる気か。

 確かに父上の征服された都を余が再征服すると言うのは美談になるだろうな。

 あの宰相(ゴミ)の考えそうな演出だ。



「西方はどうすれば良い? 引継は?」

「何もしないで頂きたい。今後は我らノルトランド騎士団が任を引き継ぎます」



 怒りの籠もった声に、疑問が浮かぶ。

 何をそのように怒っているのだ?



「フン。せいぜい西方蛮族は火の呪法に気をつけのだな」



 派手な音、派手な白煙。見たこともない魔法。それに慌てふためくノルトランド騎士団を想像すると、少し胸の内が軽くなった。

 それにしても、出来れば西方に居る間に呪法の正体を掴んで我が物にしたかったのだが、仕方がないか。

 掃討した村にそれらしい物が無いか探させたが、それも無し。おまけに奴らは口を割らない。

 その上で一揆を起こす謀反人なのだ。処刑して当たり前だろうに。



「では世話になった」

「えぇ。今までのご助力に心から感謝を」



 深々と頭を下げる姿に名無しの姿が被った。

 さっさと出て行ってくれという気配を垂れ流しにするノルトランド公に嫌気が差した。このような者がいるから未だに西方で諍いが絶えないのだ。

 腹立たしい。この腹立たしさを晴らすには、市井に出て晴らすしかないな。

 宛がわれている部屋に戻るとさっそく鎧から民草のような服に着替えて(こっそり)街に繰り出した。すると、すぐに見知った顔を見つけた。

 ガウェインとヨスズンだ。

 まず気が付いたのはヨスズンだった(感の良い奴だ)。それからガウェインがヨスズンから何かを言われて余を見た。



「でん――。い、いえ。ケヒス様。また(・・)供も付けずに出歩かれては――」

「フン。小言は入らぬ。それよりどこに行こうとしていたのだ?」



 チラリとガウェインがヨスズンを見る。バツが悪そうにしている騎士団副団長の様子からして、さては娼館に行こうとしていたのだろうか。



「姫様は、まだご夕食の方はすまされていませんか?」

「そうだが。別に余の事は気にしないで良い。余は一人でも適当に店に入る予定だ」

「では、ご迷惑でなければそれにご一緒してよろしいでしょうか?」

「許そう」



 目に付いた店に入り、そこの一角のテーブル席に陣取る。

 ガウェインからは「これが一国の姫君の姿なのか」と不敬罪にあたるような言葉が漏れたが、その事は自分が一番理解しているために反論が出来なかった。



「姫様の放浪癖もほどほどになさってください」

「そうだな。考えておこう」



 エールを三つ頼み、店主がテーブルを離れた隙を使ってガウェインに先ほどノルトランド公からもたらされた宰相の手紙を渡した。



「これは……!」

「声が大きい。ヨスズンにも渡せ」



 苦渋の滲むガウェインがヨスズンに書状を渡すと、ヨスズンも素早くそれに目を通していく。



「はい、エールお待ちどう」

「おぉ、かたじけない!」

「お二人はノルトランドの鎧じゃないな。あの西方辺境騎士団って奴ですかい?」

「そうだが」



 すると店主は恐々としたような、畏敬の混じった顔をして「ごゆっくり」とだけ言う。

 そして余に視線を向けると「せめて相手を選んだ方が良い」とだけ言うや、足早に去って入ってしまった。



「……なんだ、あの店主は。どうして相手を選べと?」

「申し上げにくい事ですが、我らの行いが、どうも悪行として伝わっているようです。

 それで、その……。殿下を――と間違えて……」



 わざとらしく伏せられた言葉が混じっていたが、理解した。



「確かにうぬらと床を共にしようとは思わぬな」

「殿下!」

「よろしいですか? この書状なのですが――」



 悪ふざけの空気に水を指したヨスズンはそれを意にする事無く書状を返してきた。



「我ら西方辺境騎士団を東方辺境騎士団に再編。

 これを以て東方地域の再平定をなすようにとありますが、我ら以外に出兵する国は?」

「……。無いようだ」



 この再平定に参加する兵力は東方辺境騎士団のみ。

 隣国はその東方辺境騎士団の動向を鑑みて現王が増援の必要ありと認めた時だけ派兵すると書かれていた。



「このような作戦、前代未聞にございます。

 そもそも、戦域が広大すぎます。

 それを我らだけで行うなど……。王宮は何を考えているのやら」

「余の騎士団を奪いたいのだろう」



 宰相の考えそうな事だ。

 それほど余を亡きものにしたいのか。



「それで、お受けするのですか?」

「拒もうと思う。所詮は宰相の戯れ言だ。わざわざそのような策に乗るつもりはない」

「……拒めれば、良いのですが」



 ヨスズンの意味深な言葉に視線を向けるが、相変わらずの無表情からはなにも読みとれなかった。

 気を紛らわすためにエールを喉に流し込む。

 水と対して違わないような薄いエールだったが、何故か苦く感じた。



   ◇ ◇ ◇



「それではお歴々。議論も熟し、後は決を採るばかりであると考えます。はい。

 おぉ、拍手の御賛同、誠にありがとうございます。それでは多数決と参りましょう。法案に賛成の方はご起立をお願いします。はい」



 円卓を囲んだ大臣達が一斉に立ち上がる。

 その様子を見た宰相は薄い笑顔を張り付けたままうん、うん、と演劇のように頷くばかりでその内心を読み取る事は出来なかった。



「それでは満場一致で東方における亜人問題の最終解決案を可決致します。はい」



 割れんばかりの歓声。空気を振るわす拍手。

 興奮に満ちた議会。

 この場にいる有力者は血を流す事も、身銭を切る事もない平和の側から戦を決めた。



「現王様。我らケプカルト諸侯国連合王国王立議会はケプカルトの安泰を守るためにも東方に残存する亜人討伐を願うものです。

 特に東方守備の要であるクワヴァラードを掃討し、東方亜人を駆逐を完遂し、真の安泰を手にするためにどうか、東方への出兵のお許しください。はい」

「……。議会が望むものは民の望むもの。民の代弁者たる我が忠臣達が議論に議論を重ねて導き出し、朕に上奏するほどそれを熱望するのであれば、勅令を発しよう。

 宰相よ。我が忠臣達よ。ケプカルトに暮らす民のためにも、そして兄上の悲願たるケプカルトの安泰のためにも東方の、クワヴァラード掃討を命ずる。

 必要な戦力を動員し、早急に出兵せよ。朕はここに東方における亜人問題の最終解決に署名し、勅を出す。

 東方に勝利を! ケプカルト諸侯国連合王国に勝利を!」

「勝利を! ケプカルトに勝利を! 我らが現王陛下に勝利を!!」



 議会の喝采を経て宰相の願いは王の勅へと姿を変え、後は血の煙るクワヴァラード掃討を待つばかり。

感想返信は今夜行います。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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