王都へ【ユッタ・モニカ】
そこは自分が訪れたどの都市よりも賑わっていた。
「これが王都バルジラード……」
巨大な水源の近くにそびえる三重の城壁に守護されたケプカルト諸侯国連合王国の心臓。
わたしはそこに出張させられていた。
「フン。ハシャぎすぎて余に恥をかかせるな」
それも東方辺境姫殿下のお供として、だ。
わたしは第二五大隊の大隊長としての勤めもあったのだが、殿下からの直々の指名のおかげでこうして王都に足を運んだのである。
「目的を忘れるでは無いぞ。余と貴様は軍務院の小銃選考委員会に助言を求められているのであって――」
「わ、わかっています。殿下。礼を欠くつもりもありませんし、浮かれて殿下の名に泥を塗るような事はしないと誓います」
「ならば良い」と殿下は馬車に足を向ける。その背後を見送るように立っていた筆頭従者のヘイムリヤ・バアル様がやれやれと言った具合に肩をあげる。
「モニカ少佐」
「何でしょうか、バアル様」
「あと暫く頼みましたぞ」
バアル様の意味深な言葉に苦笑を浮かべつつ、わたしも馬車に乗り込む。
オシナーさんからも聞いていたが、王都についたら殿下の機嫌が悪化すると言う事を今、肌で感じた。王都を目前にピリピリしているのが分かる。
そのため戦々恐々とした足取りで馬車は王都をめざし、ついにその荘厳な城門に足を踏み入れた。
「……あれ? あの人、エルフですか?」
「ん? どれだ? あぁ、そのようだな」
車窓にかかったカーテンの隙間から見えた尖った耳の女性に目を奪われた。
よくよく見ると子供のような体躯に髭を生やしたドワーフの姿も見る事ができた。
「奴隷解放が令されたからな。それで、王都で『飼われていた』奴隷達が解き放たれて、闊歩しているのだろう」
「……もう、奴隷では無いのですよね? 東方に帰れば良いのに」
「フン。宿や糧食、関所の通行料――。お前は感じぬやもしれぬが、王都からクワヴァラードまでどれほどの旅費がかかると思っている?
それに解放はされても、奴隷として享受していた衣食住の待遇、全てが失われたのだ。
現王は奴隷を禁じたが、その後の生活まで面倒を見ていないようだな。
故に亜人は帰るどころか、その日の生計を立てるだげで手一杯であろう。
おそらく娼館はエルフであふれているはずだ」
殿下はわたしの顔を見てどこか愉快そうに「フン」と嘲笑された。それほど不満に似た感情が表情に出てしまったのだろうか。
「まぁ、ドワーフに関しては力のある商会が引き抜いて来て、その鍛冶の技術を学ぼうとしているのだろう。
小銃――特に螺旋式小銃の製造が出来るドワーフの技術力を手に入れられれば商会の顔ぶれを一新出来るほどの力を得られるはずだ」
そう言えば、オシナーさんの親方さんにも商会から王都で工房を構えないかと誘われたそうだ。
もっとも、断ったそうだが。
多くのドワーフに商会が高給の取引を持ち掛けているそうだが、頑固で融通の利かないドワーフは自分達の生まれ育った東方――いや、工房を離れるつもりは無いようで、かなり難航しているとか。
それに東方での商いを一手に引き受けていた殿下御用達の商会がここに居たって勢力を拡大して締め出しも行って居るらしい。
当分、東方以外で螺旋式小銃が製造される事は無いだろう。
「まぁ、あの勅のせいで混沌が生まれつつあるようだな」
殿下の視線の先には暗い路地があった。
そこ動く影。
本来なら城壁外の貧困街で見られるような影が揺れ動いている。
「失業者と言う奴だな。亜人に仕事を奪われた連中よ」
奴隷商は勅によって廃業。そこで働いていた人々も路頭に迷っただろう。
ドワーフ謹製の刃物が売られるようになると人間の打つ刃物は廃れ、売れ残りが生まれるようになるはずだ。
それに、わたしはピンと来ないのだが、エルフは顔立ちが良いと言う事で娼館を追われた人もいるかもしれない。
東方諸族が奴隷から解き放たれたから、市井の人々と対等になったから失業者が生まれる。
「引け目を感じるか?」
殿下の冷たい声になんと言葉を返そうか思案するが、答えとして首を横に振るだけに留めた。
確かに、同情したくなるが、それでもわたし達――東方諸族の存在を否定するような奴隷制度は許せないし、それを無くすために多くの将兵が命を懸けて戦って来たのだ。その果てに得た自由を否定する事なんて出来ない。
「く、フハハ。それで良い。
元々、ドワーフの作る鉄が人間の作るそれより優れている事は周知の事実だ。
それなのになのに商品の工夫もせず、販売する努力を怠って安寧を貪ってうた連中など潰れてしまった方が逆にスッキリとする。そう思わぬか?」
「……相変わらずご辛辣ですね」
「弁護する気も起きぬだけだ」
冷血姫と呼ばれるだけはあるな。
苦笑が顔に張り付いて固まりそうになる事、やっと第二の城壁を越えた。ここは貴族街と言うらしい。
わたしからすれば雲上人。オシナーさんはどのような思いでこの城門を潜ったのだろうか。
そう言えば、貴族街にはまだ東方諸族の姿を見る事が出来なかった。東方の諸族は下賤な者として、この地区には入れないのだろうか?
制度は変われど、人は変わっていないと言う事の表れなのだろうか?
胸が締め付けられるような気持になりながら馬車はさらに城門を越えると、ゆっくりと停車した。
王の居城に着いたのだ。
王宮の従者の方が扉を開けてくれて、殿下の到着を待っていた宰相閣下等の姿を見せてくれた。オシナーさんは、居ないか……。
「ようこそお出でくださいました。はい」
「フン。バアル、案内の者を呼べ。早く」
「お、畏れながら――」
「早く」
バアル様が困ったように出迎えてくれた宰相閣下に視線を送るが、宰相閣下は相変わらずわざとらしい笑みを張り付けたままそのやり取りを眺めている。
「お、遅れました!」
それは懐かしい声だった。正確には半年ぶり。「オシナーさ――!」とその声の主に返事を返そうとして、途中で止まってしまった。
上品に仕立てられた肋骨服を身にまとっているが、顔からは色濃い疲労がにじんでいた。
「ケヒス姫様、ご無沙汰しております」
「フン。随分と議会に苦戦しているようだな」
それを肯定するように肩を上げて落とすと、「こちらです」と王城に足を向けた。
やはり半年も王都で暮らしていると、色々と慣れるものなのだろう。
殿下の部屋に案内され、そこで荷解きを手伝おうとおもったのだが、殿下は「侍女に任せる」とわたし達を部屋から連れ出した。
「バアル。供をしろ。外交に行く」
「御意に」
やはり王族とだけあって休む暇なく政務に取り掛かられるのかと感心していたが、オシナーさんはそれを苦い顔して「脅迫外交はやめてください」と言った。脅迫?
「痴れ者め。昔とは違う。ただ、東方近郊の領主が王都に来ていると聞くから、挨拶に行くのだ。奴隷解放や小銃の売買……。それらの協定を結ぶための会談だ」
「何度も言いますが、武力をチラつかせないで下さいよ」
「フン。分かっておる。無茶な外交をする時では無いからな。
タウキナ産の火器のおかげで高価高品質な東方産の火器が売れんから、周辺国と協定を結ばなければ東方が干上がる。より無茶は出来ん」
「それなら良いんですが……」
東方産の火器はその価格に見合う高品質なのだが、安価なタウキナ産の火器の方が売れる。
連隊の戦闘教義でもある火器の密集と歩、砲、騎兵の三兵種の統合運用を成すためには高価な兵器――螺旋式小銃よりも安価で大量配備できるタウキナ産小銃が好まれるのは道理だ。(東方連隊でも多くのタウキナ産小銃を使っている)
その上、螺旋式小銃を製造出来る工房の少なさからその価格は止めどなく上がっていて、大公国や王領、などの余裕のある国としか取引されていない。それを安価に売る代わりにタウキナ産より東方産小銃を買うように交渉するのだろう。
「殿下の無茶は、なんとかする。貴様達は、少しゆるりと過ごすと良い」
バアル様はどこか、「上手くやれ」と言うような空気を出しながら言ってくれた。
あ、ありがとうございます。
「では、行くぞ」
お二人が背中を見せると、「こちらへ」と侍女の方が声をかけてくれた。
そして自分に宛がわれた部屋で荷を解くと、やっと一息ついた。
「改めて久しぶり」
「こちらこそです。あの、お疲れのようですし、わたしに構わずお休みください」
いいよ、とオシナーさんは笑ってくれるが、それが余計に心配を掻き起こした。明日からわたしもそういう世界に飛び込むのかと思うと胃が痛んだが、それよりもオシナーさんの体調に胸が痛んだ。
「士官学校の方、上手く行ってないんですか? やっぱり貴族の方々はそんなに態度が悪いの――」
「ま、待った!」
むんずと口を押えられ、言葉が塞がれた。急に現れたオシナーさんの体温に痛かった胸が驚きを上げた。
だがオシナーさんはわたしの様子などお構いなしのように室内に視線を彷徨わせる。そして欠けた方の耳に口を近づけると「盗み聞きされている」と囁いた。
それに(色んな意味で)驚いてオシナーさんの顔を見やると、彼は苦笑を浮かべただけだった。
この半年で王都に慣れたなどと悠長な事を想っていたが、これがドラゴンも逃げ出す権謀術数蠢く王宮なのか。
「まだ夕食には時間がある。少し散歩しよう」
「は、はい」
オシナーさんの誘いにのって廊下に出ると、今まで気が付かなかったが、足が吸い込まれるような赤い絨毯が敷かれていた。
城自体は東宝辺境の総督府だったり、タウキナ公の居城に行った事はあったが、ここはまさに別格だな。
「実は来客用の部屋には客を監視するための人が居るみたいなんだ。俺の呟いた独り言とか、宰相閣下に漏れていたし」
「恐ろしい所ですね……」
「ドラゴンが逃げる理由がわかるよ。まぁ、それよりも士官学校の方が問題なんだけどな」
遠い目をして呟かれた言葉にわたしは首を捻った。
「士官学校と言う事は階級を割り振っているんですよね。少将殿」
「そうなんだけど、俺の生まれがな……。平民にあれこれ言われるのが気に入らないらしいよ。少佐」
なるほど。ますます明日が嫌になる。
そう言いながら王城を散策していると、やはりと言うか、わたしの耳に不躾な視線を投げかけて来る輩が多い。
それほど気になるのだろうか。いや、なるか。
東方諸族の解放――奴隷禁止の勅が出てから一年。その一年でわたしがケプカルトの王宮を平気な顔して歩いているのだから、気になって仕方ないのだろう。
「お、あれはヘルスト様か」
「ヘルスト……。確かノルトランドの――」
ドラゴンを駆るノルトランドの公女だったか。その人が王城の中庭に居るのを見つけた。
そこは黒と白のタイルが敷かれ、その周りに大勢の貴族と思わしき人たちが屯している。
「図上演習、でしょうか?」
「あぁ。そうだよ」
「――。ん? お! オシナー、少将! 敬礼! 敬礼!」
ヘルスト様が周囲の人たちに声をかけて率先して敬礼をしてくれたが、やはり相手が公爵家だと思うと、こちらの方が逆に緊張してしまう。
って、集まっている人たちの半分も敬礼してないし、こちらを一瞥しただけの人が居る。これって軍としてどうなの……?
チラリとオシナーさんを見るが、彼は苦笑いしながら答礼している。わたしもそれに従ったが、解せない。
「ご苦労。そのまま続けて」
「……あの、よろしいでしょうか」
「待って。ユッタの言いたい事は分かるから、待ってくれ」
その言葉でわたしも察した。これが士官学校の問題点か。
この調子だと、色々と手を尽くしているようだが、どうも成果は上がっていないようだ。
「ケプカルト建国から続いてきた貴族制度を一日やそこらで改変できるとは思ってなかったけど、正直、毎日が戦争だよ」
多くを語ろうとしないが、それでもオシナーさんの疲労の一端が垣間見えた。
出来ればその苦労を分かち合いたいのだが、エルフのわたしが出て行っても火に油を注ぐだけになるだろうから、それが悔しかった。
「まぁ、これが俺の責任だからな」
「……。あの、差し出がましいようですが、東方に帰られては?
相手がいくら貴族の子息であろうと候補生に過ぎないではありませんか。散々、手を尽くしてこれでは彼らは士官としての任を負えないと思います。
東方で教鞭を執られる方がよほど軍制改革になると思うのですが――」
そう言うと、オシナーさんは困ったような顔をして、ただ笑っていた。
損な役回り。
そう、思ったが、エルフ達を奴隷馬車から連れ出し、アムニスで共に硝煙と血にまみれて来た事を思えば、今に始まった事ではないのかもしれない。
言い過ぎたかな。
久しぶりに会った事で舞い上がっていたのかもしれない。
「おい、貴様は、亜人か!?」
声の主は先ほどまで図上演習を行って居た貴族の息子然した人だった。東方と同じく赤い軍服を着ているし、その袖の階級は少尉のものだった。
「貴方は?」
「……。亜人がどの口を叩いている。いくら陛下の命があっても亜人は亜人だ。そのような汚らわしい容姿した物が王宮に居るだけで腹が立つ。お前のような顔だけの亜人は貧民街で娼婦をしているのが良く似合う」
「お、おい、辞めなよ」
そこにヘルスト様が仲介に入るが、わたしとて、エルフなのだ。オシナーさんはエルフとしては――と、言ってくれるが、それでも誇りはあるし、それを汚される事を良しとはしたく無かった。
「少尉。少佐への礼が成っていません。敬礼を」
「なんて言い草だ。オシナー少将。この事は父上にも話させて頂く。処分の方を覚悟しておくように」
「あー。その話なら、お父上は軍務院務めだったな? ユッタ・モニカ少佐は軍務院の要請で小銃選考委員会に助言役として東方から来たんだ。この意味、分かるよな?」
王領でも螺旋式小銃の採用計画はある。だが、従来のタウキナ産小銃を主力小銃としている王領近衛連隊ではその調達費が比べものにならないような額になってしまう。
軍務院としては長射程の小銃をどうしても手に入れたいのだが、財務卿の反対で議会が紛糾しているので、それを制するために螺旋式小銃の有効性を実体験として知るわたしを王都に呼んだのだ。
それなのに軍務院務めの息子の言でわたしが議会に出れなければ大きな損失が生まれてしまう。少尉は顔を赤くしながらも、精一杯の自制心を見せてくれた。さすが貴族の息子。
「東方の雑兵に礼をする義理などありません! 我が父であるクレム公の武勇の前には――」
クレム? 確かタウキナとベスウスに挟まれた公国だったはず。あそこの領主は西方戦役のカナン解放戦で命令無視をしていたと聞いたが、その息子か。
「そのようなご立派な血を引く方が軍律も守れないとは嘆かわしいですね。
そのような体で部隊を率いる士官に成れるとでも? 部下となる下士官、兵のためにも、士官として適性があるのか、そこの図上演習で見極めてさしあげましょうか?」
「おい、ユッタ!」
「このままではエルフの血が廃ります! どうか許可を」
「少将! こちらもこの小生意気な亜人に格の違いと言うのを見せてやりたいと考えます。それに、少将はよく自主的に戦術研究を行うよう言っていましたよね」
「もう好きにしろ」と投げやりな答えを受け、私は貴族の息子共を叩きのめす事にした。
…………。あれ? あれほど威勢が良かったのに、思った以上に弱い。
西方で叛乱未遂を起こしてからオシナーさんによって徹底的に教え込まれて来た身としてはすごく物足りない。
チラリと審判役をしてくれているオシナーさんに視線を向けると、彼はフッと視線をそらした。
自身の教育の成果と、実らなかった成果に喜んだり、悲しんだりしているのだろう。
「……ユッタが猟兵一個師団を率いたら、きっとお前らの国の持つ騎士団全部を相手取って勝っちまうぞ。お前ら、明日から補習な」
冗談ともつかぬ言葉に候補生達は魂が抜けたように脱力し、盤上を見つめているだけだった。
その様子にやり過ぎたかと思っていると、「よくやった」と声を掛けられた。
「俺が東方に居なくても、これなら大丈夫かな。早く昇進して連隊長に就任してくれよ」
「わたしとしては、大隊で精一杯ですけどね」
肩を竦めて答えるが、オシナーさんはなんだか、晴々したような顔をしていた。
結局、わたしは掟に従って故郷に帰る事が出来なくなったが、それでもわたしはこの人の笑顔の傍に居たいと思った。
それにエルフは長命なのだ。そう焦る事もあるまい。
オシナーさんの副官として傍に居る事に甘えよう。それで、いつか――。
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