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銃火のオシナー  作者: べりや
第七章 クワヴァラード掃討戦
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ユッタ・モニカ

 馬車の窓から見える景色がいつの間にか変わっていた。

 先ほどまで北レギオの町を通り抜け、収穫間際の麦畑を眺めていたと思ったら、気が付くと森の中をゆられていた。

 気が散りすぎだと思ったが、それだけ村に帰る事を考えたくなかったのかな、と苦笑が浮かんだ。

 だが、無情にももう目的地の近くだ。



「そろそろ止めて下さい」



 御者台に居たエルフ――ヴァルター・ダール一等兵と言ったか――は怪訝そうに馬車を止めた。



「少佐殿。ここで、よろしいのですか?」

「えぇ。これからは馬車が通れない所だから」

「分かりました。では、三日後にお迎えにあがります」



 馬車の荷台から毛布を巻き付けた背嚢と愛銃を取り出してヴァルター一等兵に敬礼をして分かれた。

 さすがに螺旋式小銃はいらなかったかな。

 だが、肩にかかる重みが勇気を分けてくれるような気がして、やっぱり持ってきて良かったと思い直す。


 欲を言えばオシナーさんが居てくれたら、どれほど良かったものか。

 何度ついたか分からないため息をついてから背嚢を担ぎなおして道無き道に足を踏み入れる。

 一年も森を歩かないと所々景色が変わっていて少しだけ迷った。

 だがわずかに見覚えのある木。ほんのわずかに残った足跡。

 それらの小さな手がかりを元に歩を進めると、見つけた。

 森の隙間に身を寄せあうような住居達。



「帰ってきちゃった……」



 ふと、背中に気配を感じて振り返るとそこには母が居た。

 互いに言葉無く見つめあい、ただ、呆然としている。


 ただいま――。


 そう、言いたかったのだが、喉が張り付いて言葉にならなかった。

 ただただ口を開けようとして空気が漏れるだけ。

 痩せたな。髪も白いものが増えた。

 母の変わらぬ顔にもわずかに老いのようなものが見え、涙があふれた。

 気が付くと母も泣いていて、そして何も言わずに抱きしめてくれた。

 太陽の暖かさと草木の匂いが混じり、安堵するように力が抜けた。



「こ、こら。もう、ユッタを支えられないよ」

「母上……。母上!」



 あの日、村に奴隷商が来たあの日、生きている内は会えないだろうと思った。

 だから今を夢のようだなと思ってしまう。



「とにかく、村に帰りましょう」

「……はぃ」



 無理矢理袖で顔を服。その動きで母がまじまじとわたしの顔を見て、そして視線が止まった。

 きっと欠けた耳を見ている。

 なんと言って良いのか、言葉に詰まっていると「風と木の神様。我が子を見守りくださり、ありがとうございました」と小さく呟かれた。

 そして村に足を踏み入れると見知った顔ぶれが次々と集まってきた。



「帰ってきたか!」

「派手にやったらしいな」

「戦の話を聞かせてくれ! 末代まで語り継がせよう」



 様々な声が投げかけられ、どう応えたら良いやらと思っていると、その輪のはずれに一組の母子が居た。

 アムニスで命を落としたヘーメルさんの奥さんだ。

 母と再会した時とは違う、痛いような胸の鼓動に言葉が消えた。

 なんと言えば良い。なんと謝罪すれば良い。なにをどうすれば許してくれるだろうか。

 分からない。

 そう思っていると、人盛りが割れた。その先に父が居た。



「父上、ただいま戻りました」



 父はただわたしを見ていた。父も、母と同じく疲れたような表情をしている。

 族長としての勤めと相成って、わたしは苦労を掛けすぎたと思った。



「荷を解き、ゆっくり休め。それからだ」

「はい」



 父の横を通った時、父は小さく「よく帰ってきてくれた」と言ってくれた。

 それが、心の底にじんわりと広がり、また涙があふれそうだった。






「その筒はなんだ? 噂の小銃なのか?」

「冷血姫の軍隊って、何をしているんだ?」

「ねぇ、この間、娘が召集されたのだけど、元気にしているか、分かるかい?」



 休めません。

 父は休めと言ってくれたのだが、無理ですと言いたかった。

 エルフは閉鎖的とオシナーさんの親方さん――親父さんは言っていたが、こうして村に帰ってきて分かった。むしろ体感した。

 確かにわたしも外から来る珍しい物に一喜一憂していたが、まさかここまで食いつかれるとは。

 とくに肩耳を失ったベスウスとのタウキナ継承戦争や西方戦役への喰い付きは同じエルフなのに引いた。



「森を通っての奇襲! やはりエルフは森の中で戦ってこそ真価を発揮するからな」

「黒エルフは実在したのか。てっきり昔話とばかり思っていた」

「その黒エルフと仲良くなったて? 山に連れ込まれて喰われるって聞いたが、あれはやっぱり伝説か」



 一応、族長の娘としてこれまでもチヤホヤされた事はあったが、ここまではさすがに無かった。

 そして日が暮れはじめて輪が減り始めた事で、わたしはその輪の外に佇む人影を見た。

 ヘーメルさんの奥さん。子供の姿は無い。

 私はまだ残っている人たちに断って奥さんの元にいくと、少し顔を強ばらせているのが分かった。



「あの……」

「手紙、ありがとうございます」



 近づいた事で分かったが、奥さんの手にはしわくちゃになった手紙が握られていた。

 何度も読んで、何度も折り畳んで擦り切れた手紙。

 わたしが書いたヘーメル少尉の戦死を知らせる手紙。



「別に、貴女を恨んでいる事はありません。ですが、ですが、思ってしまうのです。

 どうしてあの人なの!? どうしてあの人は死んで、貴女はこうして帰ってこれたの!?

 何がそうさせたの!? どうして、生きて帰ってきたの!?」



 先ほどまでわたしの話を聞いていた人達がその怒声を聞きつけて奥さんとわたしの間に割ってきた。

 それでも奥さんは「どうして!?」と言う。

 一応、覚悟はしていたが、それでも胸が張り裂けそうだった。

 その後、宴会が催されたが、始終わたしは上の空で、まともな受け答えが出来なかった。

 そこで覚えているのはヘーメルさんの奥さんやサラ・ラケル中尉の家族――あの奴隷馬車に連れられて二度とこの村に帰る事の無い人たちの家族が現れなかった事だけは覚えている。


 覚悟はしていた。

 罵られるとは分かっていた。


 それでも、自分は自分なりに一生懸命に戦った、戦死した皆のためにも戦い続けてきたと思っていた。

 だから許してもらえる――。

 そう、思っていたのかもしれない。

 宴会が終わり、気がつくと床に入っていた。

 懐かしい夜具の香り。帰って来ちゃったと思ったが、生きて帰ってきた事に罪悪感が生まれた。


 だが、罪悪感に押しつぶされそうでも体に馴染んだ習慣のおかげでラッパが無くても目覚めてしまう。

 それでもエルフとしては寝過ごした感がある。

 手早く身だしなみを整え――久しぶりに自分の服を着た――畑に向かう。

 すでに母の背中がそこにあったが、母は「わざわざお休みなのでしょう、休んでいなさい」と言って畑仕事を手伝わせてくれなかった。

 父と共に狩り――とも思ったが、この時間帯だと遅すぎるだろう。

 どうしたものか。いっきに暇になってしまった。



「母上、森に行ってきます」

「別に良いのに」

「働いていないと、落ち着かなくて」



 一端、家に戻って弾薬を詰め込んだポーチを服の帯に付け、そして小銃を肩に担ぐ。

 ふと、部屋の隅に自作の弓が恨めしげにわたしを見ていたが、置いていく事にした。西方での事を思い出すと、当てられる気がしない。

 まぁ、どうせ獲物はこう朝が来ては穫れないだろうが、山菜であれば逃げはしないだろう。

 そう思いながら家を出て森に分け居る。


 澄んだ空気が胸に入り、懐かしさに鼻の奥がツーンと痛んだ。

 ふと、このような朝の森でヘーメルさんがよく美しい声で歌っていた事を思い出した。

 気がつくと、小さな声で歌っていた。あの曇天の戦場を思いながら歌っていた。

 歌声はいずれ掠れ、また泣いた。

 肩に掛けた小銃の重さに思わずひざを突く。

 お守りとして持ってきたそれがどうしようもなく重かった。

 わたしはこの螺旋式小銃に全てを掛けてきた。

 ラートニルで、カナンで、ナザレで、この小銃を頼りに戦ってきた。全ての犠牲に報いろうと必死に戦ってきた。

 傷付き、それでも磨きあげられたこの小銃に全ての想いをつぎ込んできた。

 それでも、まだ足りないのだろうか。



「貴女……」



 その声に振り返ると、ヘーメルさんの奥さんが篭を片手にわたしを見ていた。

 わたしは崩れ落ちたまま、ただただ頭を下げた。そして心の中の思いがただ暴風のごとくわたしの中で渦巻く。

 息苦しい胸から出た言葉はただ、後悔と罪悪感だった。



「申し訳ありません! 生きて帰って来て、申し訳ありません。

 あの時、無理矢理にでもヘーメルさんを止めるべきでした。代わりにわたしが突撃すれば良かったんです。

 サラもそうです。わたしが、わたしが代わりに――」

「頭を、頭をあげてください」



 優しく、静かな言葉だった。



「……歌は、あの人の方が上手かったわ」



 聞かれていたのか。そう思うも、涙で腫れた顔では何も取り繕う事が出来なかった。



「歌は上手いのに、弓は下手くそで、本当にエルフなのかと思ったし、それが原因で結婚も反対されて……。

 それでも、あの優しい人柄に惹かれて、沿い遂げて、子供も出来たと言うのにあの人は逝ってしまいました」



 知っているでしょう――。

 そう問われなくても知っている。小さな村だから、よく知っている。



「でも、あの人らしいです。誰かのためにその身を投げ捨てるなんて、本当、に……」

「………………」

「あの人が助けた命、大事にしてください」



 ゆっくりとした動作で奥さんの手がわたしの欠けた耳を撫でてくれた。

 その手は温かくて、柔らかくて、本来であればヘーメルさんが触れるはずの手で――。



「わたしは、わたしは――」

「今は、今はただ、生きてください。あの人の分も、貴女は生きて――」



 ボタボタと涙に濡れながら、そう言われた。





 どれくらいそうしていたのだろうか。

 泣き腫れた瞼は重くて、息も苦しかった。

 それでも、安堵が広がっていた。



「貴女は、また森を出るつもりなの? 確かに、貴女を恨む人もこの村にはいるでしょうけど、それでも、貴女が望むのなら――」

「いえ、わたしは戻らなくちゃいけません」

「それは、あの人のため? それともラケルさんの――戦死していった人のため?」



 犠牲に報いたいと思ってここまで来た。

 自分が生きているのは、それに報いるためだと思ってきた。



「それも、あります」

「貴女じゃなければならないの? もう、十分じゃないの?」



 それは、分からなかった。

 わたしは十分やったのでは無いかと思う。

 幾多の戦場を駆け、多くの屍を越えて今、こうしている。

 それでも――。



「それでも、わたしは行かないといけません。

 ヘーメルさんが作ってくれた今を無駄にしないためにも――いえ、ヘーメルさんが今を作ってくれました。

 サラもそうです。皆が居てくれたからこそ、今、こうしていられます。

 それを他の人たちにも伝えたいのです。人間にも、ドワーフにも伝えて、教えて、その一分でも記憶に留めた事が戦場で生きるように、導きたいのです」



 奥さんはただ、黙ってわたしを見ていた。

 そして小さく頷いてくれた。



「強いのですね」

「皆のおかげです」

「……。貴女に風と木の神様の祝福があらんことを」



 その言葉は木々に吸い込まれ、ただ消えていった。

 いつの間にか、わたしの心も静かに凪いでいた。それが心地よくて、ただそれを感じて居たかった。



「『それも』と、言うことは、他にも外に行く理由があるのですか?」



 何を言っているのだろう、と思った。

 それでも、その理由に思い至と、顔から火が出そうだった。



「い、いいいや、そ、そそそれは言葉の(あや)と言うか、なんと言うか――」

「……男?」



 未亡人である奥さんになんと言えば良いのか分からなくて思考がプッツンと音を立てて切れた。

 自分の主人はわたし達のために戦死したと言うのに、わたしは男の尻を追いかけていたと思われると居てもたっても居られなかった。



「……もしかして他種族?」



 感が良すぎる。

 死にたい。



「あ、あの、その――」

「がんばって」



 え?



「貴女の苦しみを知って、苦しんでいるのは私だけじゃないと知りました。

 それに、あの人の事は私が墓まで持っていきます。それが、妻としての勤めですから。

 ですから、貴女は自分のために生きても、良いんじゃありませんか?」



 その言葉が胸の奥に滑り込んできた。

 それが嬉しかった。暖かかった。

 そして、村に帰ってきて良かったと思った。



「もう、想いは告げたの?」

「い、いえ、まだです」



 心から沸き上がる羞恥心に顔を背けながら、小銃を杖代わりに立ち上がる。

 もう、狩りどころじゃないな、と思っていると近くからドサリと何かが落ちる音がした。

 その方向には目を見開いたままわたしを見ている父が居て、その足元に転がった野ウサギの光の無い目がわたしを見ていた。



「……本当か?」

「………………」

「ユッタ。お前、外の世界で男を作ったのか?」

「………………………………」

「ユッタ!!」



 もう、二度と村に帰れないかもしれない……。


最近、めっきり戦争していない銃火のです。

それでも私は気にしないので、皆様も気にしないでください。(お前は何を言ってるんだ)



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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