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ある教師の話。

乙女ゲー的な何か。

 昼食を食べに、コーヒー入りの紙コップ片手に食堂を訪れた彼の目の前にはここ最近見慣れた光景があった。ある女子生徒一人を複数の見目の良い男子生徒達が囲んでいるのである。

 知らず知らずの内に溜息が漏れる。また今日もやっているのか。あの少年達は、別に苛めようとしてあの少女を囲んでいるわけではない。むしろ、その逆だった。彼らはあの少女に好意を寄せている。あそこに群がる少年全員がだ。異常としか言いようがない。


「……相変わらずだな」


 溜息を吐き、空いているテーブルの席につく。公衆の面前だということを忘れないで欲しいものだ。

 余談だが、とある女子生徒がこの光景を見て「逆ハーだ!」などと興奮しながら叫んでいた。そんな彼女に対し、『ハーレム』の意味を全く理解していないな、と冷めた視線を浴びせてしまったのは、仕事柄仕方のないことだと思って欲しい。

 ところで、その言葉のちゃんとした意味を知っている者も勿論いるだろう。『ハーレム』は学術的にはトルコ語の発音に近い『ハレム』が正しい。『ハレム』とはイスラム社会における女性の居室のことである。原義は『禁じられた場所』。すなわち、男性は女性の夫、子供以外は立ち入りが禁じられていることから生まれた名称である。ちなみに原義から『聖地』という意味も指すことも覚えておくといい。そして、その『逆ハー』という状況は正しくは『ワイレム』という。知っている者は少ないであろう言葉である。

 話が逸れたので戻すが、あの連中には言いたいことが山ほどあった。その中で最も言いたいことはというと、


 勉強しろ、馬鹿共。


である。


 別に僻んでいるわけではない。というか、僻む要素はゼロだ。

 あそこに集う少年達は、問題児は除き、全員が優等生だった。勤勉、努力家、秀才などといった言葉が当てはまる真面目な子供達だったのだ。

 しかし、あの少女が来てから彼らはそれを放棄し出した。自らが築き上げてきたものを価値の無いものとし、手放し始めたのである。おかげで彼らの成績は散々だ。親から教師からも幾度となく忠告されているにもかかわらず、改めようとしない。それどころか、かえって悪化する一方だった。恋は盲目。なんと恐ろしい言葉だろう。恋は人をこんなにも変えてしまうのか。


「自分達の今の状況を分かっているのか、あいつらは」


 青春を謳歌したいのは分かる。しかし、別に大学入学後もできないわけではないのだ。今でなくとも良いのではないだろうか。否、それ以前に受験シーズン真っ只中の今でなくても良いのではないだろうか。

 中心の少女や問題児の不良少年に無口ゆえに敬遠されがちの庶務、腕白坊主な書記務めの双子はまだいい。彼らは未だ二年生、ましてや双子は一年生だ。だが、生徒会会長、副会長、会計、その他委員会の委員長達は三年生、つまり受験生なのである。『今』も大切だが、『未来』を現実的に考えることも忘れないで欲しい。残酷なことに時間とは止まってはくれないのだ。

 それでも彼らは子供だからまだやり直しができないわけではない。若気の至りという言い訳を押し通してしまえば、周りが何と言おうがそれまでなのだ。

 問題なのは大人だ。特に、とうの昔に社会人となって何年か経っているはずの二十代後半以降は言い訳ができない。今回の件、それが教師となれば殊更に。


姫歌(ひめか)!」


 食堂の入り口から男の女子生徒の名を呼ぶ声が響く。やってきたのは、これまた整った顔立ちの二十代後半の男。ズカズカと入ってきてあの少女のもとへ一直線に向かう。焦燥に駆られた男のその姿に、無意識に拳を握りしめていた。大きな声を出すな。周りがお前をどんな目で見ているのか分からないのか。そう怒鳴りつけたい自分を必死で押さえ込んだ。周囲の生徒達もまた彼らのワイレムを冷めた目で見ている。中心の少女が優越感に満ちた目で周りの、とりわけ女子生徒達を見下しているが、醜いことこの上ない。彼らはあの少女の一体どこに惹かれていたというのだろうか。食欲が湧かず、コーヒーを飲む。

 実は、女子高生と社会人が交際するのは問題ではない。事実、そういったカップルは存在する。

 問題はその社会人の職業が『教師』であるということだ。『教師』とは生徒の保護者から子供を管理を任された、いわば『第二の保護者』なのである。生徒に対し、分け隔て無く、公平に接せねばならない。そして『子供』と『大人』の境界線を守らなければならないというのが彼の持論だ。小学校、中学校に限らず、義務教育ではない高校においてもそれは同じだと彼は思っている。心底愛し合っているのならまだいい。親に公認してもらった後、いくらでも世間に知られないよう、校外で愛し合うなりすればいい。だが、教育の場である校内で、背徳感を理由に行為に及ぶのはやめてもらいたい。それは他の生徒や教師達にとって迷惑行為でしかなく、教師に関しては保護者である親達に対する裏切り行為であり、世間からの同業者達への信頼を失墜させる行為なのだ。

 実際に行為に及んでいるのかは自分の目で見たわけではないが、あの女子生徒に関する噂が幾つもあった。噂の相手は無論あそこの男子生徒達だったが、最悪な事に同業者たるあの男のものもあった。真面目に過ごしていれば、そのような噂は流れないものだ。妬みもあるかもしれないが、おそらく事実なのだろう。時折目にしてしまうのだ。意味ありげに視線を交わす彼らを。

 何度忠告しても聞く耳を持たない彼らにどうすればいいのか分からない。このままだとあの元優等生達には暗い未来しか待ち受けていないだろう。彼らは良家の坊っちゃんだったのだが、それぞれの親族、かつての許嫁や婚約者達ははとうに彼らを見限っている。あの男に関しては恋人を捨ててしまっている。しかし、あんな醜悪な小娘に簡単に毒されてしまうくらいなら、ある意味捨てられて正解だったのかもしれない。何度か対面したことがあるのだが、よく出来たお嬢さんだった。美人だったし、他にいい男を見つけるだろう。そう願うばかりだ。

 あれこれ考えている内にコーヒーは冷めてしまっていた。それを飲み干して立ち上がる。

 ちらりと、あの連中に目を向ける。再び溜息を吐く。昨日までなんとか話を聞いてもらおうと近づいたがろくな事が無かった。もう忠告はしないつもりだ。堕ちる所まで堕ちればいい。

 かつての友はあそこで笑っている。大学時代に共に手を取り合った事が遥か遠いの事のように思えた。

 苦痛を押し隠すように瞳を閉じ、踵を返して食堂を出る。ふと、出入口を出た先にあった、目の前の窓から見えた景色は曇天の空。まるで、己の心情を表しているかのようだった。

 まず最初に言っておきますが、このお話は乙女ゲームを(もと)にした世界観です。


 ちょっとした裏設定。


 この視点の方は実は後に配信される被攻略キャラクターでした。彼は普段野暮ったい服を着て、瓶底眼鏡を掛けていて、とてもダサいのですが、それなりに身なりを整えれば、あら不思議! 素敵なイケメンが現れます。つまり、本当はイケメンなのです。そして本人もそれを自覚しています。過去に色々とトラブルが起き、それがトラウマで隠しているのです。

 他にも追加で配信されるキャラクターがいたのですが、彼らの公表前にご臨終なされたヒロインさんはそれを知らないので彼らを知りません。


 話が脱線しますが、最近は乙女ゲームを題材にした小説を書く方が多いようですが、実際にプレイしていないという方が多いようですね。言っておきますが、私はやったことがあります。えぇ、こんなこと言う奴いねーよ、みたいな男がたくさんいてとても面白かったですよ(笑)

 あと、実際に逆ハーできるゲームってそんなに無いですよね。多数の中の一人を選び、ルートを固定するゲームの方が多いというか。まぁ、男性キャラがヒロイン一人に真摯に向き合ってんだから、ヒロインだって男性キャラ一人に真剣に向き合って当たり前ですけどね。


 ところで、しばしば『ざまぁ』される『転生ヒロイン』ってちょっと可哀想ですよね。ヒロインに生まれたせいで自分で未来を限ってしまうんだもの。人間って数え切れないほどたくさんの可能性(みらい)を持っているのにね。



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