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王子教育物語2

 後日、ルクレツィオは王城に上がった。第一王子の専属の教師となるために。

 第一王子に会う前に彼は国王に謁見した。


「面を上げよ」


 下げていた頭を上げ、玉座に座る国王を見る。


「お前があの名門大学で准教授をしていた、ルクレツィオ・カルバーニだな?」

「いかにも、私がルクレツィオ・カルバーニにございます、国王陛下」


 国王はルクレツィオを上から下までくまなく観察する。


「お前はまだ28にして准教授をしているそうだな。今まで奴の教師をしてきたものは皆辞めた。お前よりも経験と知恵に優れた者が皆だ。まだ若く、未熟であろうお前が奴の教師など務まるのか?」


 確かに国王の言う通りだ。まだ若いルクレツィオには足りないものがたくさんある。

 だが、


「陛下、確かに私は第一王子の教師となるためにこちらに赴きました。ですが……」

「何だ」

「私は教師になる前に、彼の理解者になろうと思うのです」

「理解者だと?」

「はい」


 目を丸くするする国王。ルクレツィオは決して目を逸らさない。

 教師は一応は限定はされるが、誰だってなれた。だが、理解者は誰だってなれるものではないのだ。それに、ルクレツィオは知っている。見捨てられた者が一体どんなに辛い思いをさせられるのかを。

 暫くの間、二人は無言で互いを見つめ合っていた。


「……よかろう」


 国王は観念したように笑った。今までに辞めた教師達は、ルクレツィオの言う理解者というもの誰もなろうとはしなかったし、そもそも国王自身も興味は無かったからだ。しかし、今、目の前にいる若造がそれに挑もうとしている。それはなかなか興味深い。


「元々、この話はロドニーにやったものだ。だが、やはりロドニーが指名しただけあって他の者とは違うな」

「ロドニー教授をご存知で?」

「まあな……」


 意外だ。陛下と先生が旧知の中だったとは。いや、あの先生ならおかしくはないのかもしれない。


「陛下、時間です」


 そばに控えていた近衛兵が国王に声をかける。


「おぉ、そうか、分かった。ではな、カルバーニ殿」

「あぁ、陛下。最後に一つだけよろしいでしょうか?」

「何だ?」


 立ち去ろうとした国王には不敬だが、これだけは言わせて頂きたい。


「奴ではなく、アーサーですよね?」

「!」


 国王は一度も第一王子の名を呼ばなかった。だからこそ、釘を刺す。


「貴様っ」

「待て」

「陛下! しかし……」


 ルクレツィオを諌めようとした近衛兵を制すと、国王は自らを嘲るように微笑んだ。


「お前の言う通りだ。奴ではなく、アーサーだな」


 ルクレツィオは深く(こうべ)をたれる。国王は近衛を連れて謁見の間を後にした。


「こちらへ」


 もう一人の近衛兵に連れられて、彼もそこから退室した。


 そうして連れられたのが城からかなり離れた小さな離宮。ここに着くまでに城内を見回していたのだが、ここの離宮は王城に比べるとあまりにも物寂しく感じられる。とても離宮とは思えなかった。


「こちらが入口になります」


 連れてこられて、示された入口もなんだかとても質素なもので。本当にこれが王家の者が住まう離宮なのかと疑いたくなる。護るつもりがあるのか聞きたい。いや、無いのだろう。息子の名を呼ばない時点で国王の第一王子に対する関心が窺い知れる。

 離宮内に入ると、なるほど、完全放置にされているわけではないらしい。質朴だが、きちんと清潔に保たれているし、老朽化しているわけでもない。捨て置いているわけではないようだ。

 関心が無いとはいえ、自国の王が小さな子供を冷遇しているとは、誰だって思いたくはないだろう。優遇されているとも言えないが。


 中を観察していると、案内していた近衛兵がある扉の前に行き、ノックをした。


「失礼します、殿下。新しい教師を連れてきました」


 扉を開けて、部屋に入る。部屋の中も案の定虚飾のないものだった。

 第一王子はあまり大きくはない寝台の端に座っていた。一瞬、彼の目は虚ろだったが、ルクレツィオと目を合わせた途端に、その目に敵意が宿った。

寝台から降りて、ルクレツィオを睨みつける。その目に敵意は湛えられたままだ。

 金色の髪に緑色の瞳。髪は正妃譲り、目は国王譲りといったところか。

 ルクレツィオは口元に微笑を浮かべ、アーサーの真正面にしゃがんで目線を合わせた。

 近衛兵はもちろん、アーサーも驚いた。今までに辞めた教師は誰一人として、こんなふうにアーサーと目を合わせようとはしなかったからだ。


「お初にお目にかかります。私はルクレツィオ・カルバーニと申す者で、貴方様の教師としてここにやって参りました。どうぞ、気軽にルークとお呼び下さいね、アーサー様」


 アーサーは動揺していた。誰もこのような自己紹介をした者はいなかったからだ。皆、上から見下ろすばかり、視線を合わせる事はない。あだ名で呼ばせる事はおろか、まず名前で呼ばせる事すらなかったのだ。


 パァン!!


 驚く事ばかりで大いに動揺しきったアーサーは、つい、目の前にいたルクレツィオに平手打ちを喰らわせてしまった。


「あ……」


 自分のやってしまった事に気がついたアーサーは後ずさる。

 一方のルクレツィオは動かない。というより、動けない。まさか平手打ちをされるとは思わなかったので、呆気に取られていた。


「カ、カルバーニ殿……」


 後ろで見守っていた近衛兵がルクレツィオに声をかける。しかし、彼は動かないままだった。


「……ーー!!」


 重い沈黙に耐え切れなくなったアーサーは部屋を飛び出した。ここでやっとルクレツィオはハッとなった。


「アーサー様!」


 慌ててアーサーを呼ぶ。けれども、その声は彼の耳には届かなかった。

 こうしてはいられない。


「すみませんが、至急アーサー様が城内に入られないようにして頂けますか? 万が一入ってしまった場合は、逆に出さないようにして下さい!」


 そう言うと、ルクレツィオは駆け出した。言われた近衛兵も慌てふためいたルクレツィオを追いかける。


「殿下を追いかけるつもりですか!? 無理ですよ! 近衛兵が何人集まっても捕まらないのに!!」

「なるほど、彼は鬼ごっこの達人でいらっしゃるわけですね」


 と、呑気にも場違いな事を言うルクレツィオ。

 何を呑気な事を! そう声を荒げようとした近衛兵は見てしまった。ルクレツィオの真っ黒な本性が現れたその表情を。

 その近衛兵の青年にとって、一生忘れられないトラウマとなるであろう、その笑みを。


 「あのような、どす黒い笑みを浮かべた人なんぞこれまで見た事がない」と、後にその近衛兵の青年は語った。


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