手ぶくろをかえしに
元ネタは『みんなのうた』と、ある児童文学からです。
「あ、雪だ」
子ダヌキのポンは、外を見てつぶやきました。
「今日こそ、かえしに行かなくっちゃ」
ポンはきょろきょろとまわりを見回します。すーすーと寝息が聞こえてきます。大丈夫。みんな、よく眠っているようです。
「よーし、そっと、そーっと…」
ポンはこっそりと外に出ました。風が背中をなでていきます。
「葉っぱをむしって…ポンポコポンの、ポン!」
ポンは小さな男の子に化けました。手には赤い手ぶくろを持っています。
「あの駅で待っていよう。あの子が来るまで」
雪は、ちらちらと舞っています。
「あの日も、雪が降ってたなぁ」
ポンはひとりの女の子のことを想いました。この手ぶくろの持ち主の、女の子のことを。
人間の子供に化けて、駅まで遊びに行ったポンにとても親切にしてくれた女の子です。
あたまに赤い髪飾りをつけた、小学生くらいの可愛い子でした。ポンの丸っこい小さな手がさむそうだと言って、自分の手ぶくろを貸してくれたのです。
「また、会ったときに返してくれたらいいよ」
あれから一年過ぎました。あの子にはあれから会えていないままです。
「だから、今日は駅まで行くんだ」
駅で出会ったんだから、駅で会えるはず。ポンはそう思ったのです。
(父さん達に黙って出てきたのは、わるかったかな…)
ポンはちらっと思いましたが、すぐに頭をふるふる振りました。
だって父さん達に見つかったら、きっと反対されるに決まっているからです。
『駅っていうところは、人里の中でもとりわけいろんな人間が集まる場所なんだ。タヌキだとバレたらひどい目に遭うかもしれないぞ』
一年前、駅から帰ってきたときに父さんに言われた言葉が頭によみがえります。ポンは、ぶるっと震えました。
(でも、でもぼくはタヌキだもん。タヌキなら一度約束したことは破っちゃダメって、父さんも母さんも)
「いつも、言ってるもんね」
ポンは走ります。駅に向かって。
走って、走って、やっと着いたときには、ちょうどお昼になっていました。
ゴトン、ゴトンと音を立て、電車がやってきます。
(もしかしたら、あの中に乗ってるのかもしれないぞ)
ポンは、電車から降りてくる人たちをじっと見つめました。女の子はたくさんいるけれど、あの子の姿は見えませんでした。
「この電車のなかにはいなかったみたいだ」
めげずに、次の電車を待ちました。だけど、女の子は見えませんでした。
その次も、その次も…。
ポンはじーっと待ちました。あの子が降りてくるのを。
時折、不思議そうにこちらを見る人もいました。
心配そうに、声をかけてくれる人も。
「坊や、どうしたんだい?」
「迷子なのかな?お母さんはどこ?」
そのたびに、ポンは答えました。
「ぼく、手ぶくろをかえしにきたの。赤い髪飾りをつけた女の子、見ませんでしたか?」
みんな、知らないと言いました。それを聞いて、ポンはしょんぼりしてしまいます。
「もう、会えないのかなぁ…」
がっくりと肩を落とし、ホームのベンチに座りました。
そんな、ポンの姿を可哀想に思ったのか、
「坊や、もう少し待ってみな。もう少ししたら電車が来るから、坊やの友だちはそれに乗ってるのかもしれないよ。もうすぐ学校が終わる時間だからね」
ポンは、こっくりとうなずき、ベンチに座りなおしました。
ゴトン、ゴトン…と、電車がやってきました。ポンは食い入るように見つめます。ドアが開きました。
学生の集団がゾロゾロと降りてきます。その中のひとりが、ポンと目が合いました。
帽子をかぶった、男の子です。
「あれえ、君は…」
近づいて来ます。ポンは戸惑いました。
会ったこともない子だけど、顔付きがどことなく、あの女の子にそっくりです。
(あの子のお兄さんかな?)
男の子は笑って、ポンの手を取りました。
「ここまで来るの、疲れたろ。おくってやるから一緒にかえろう」
男の子は、ポンの手を引き歩き出します。ポンは引っ張られるようにしてついて行きました。男の子は山道をものともせずに進んでいきます。
まるで、歩きなれてでもいるように。
「あの…ぼく、手ぶくろをかえしにきたんです。去年の冬に、女の子から手ぶくろを借りたままだったんです」
「ふーん。手ぶくろをねぇ…」
男の子は手を伸ばして山茶花の花をつみ、振り返ると、
「その女の子って…」
くるり、と男の子はトンボを切りました。
「こんな子じゃ、なかった?」
ポンは、きょろっと目をむきました。目の前に立っているのは、あたまに赤い髪飾りをつけた、あの女の子。
探していた、あの子だったのです。
「わざわざ、ありがとう。あたし、にんげんに化けて学校に行っているの。男の子のほうが化けやすいから、この姿は久し振りよ」
言葉使いまで、すっかり変わっています。女の子はにっこり笑うと、今度はナンテンの枝を持ち、もう一度、くるりとトンボを切りました。
女の子は、一匹の子ぎつねになりました。
「わあ、きみはキツネだったの」
「きみは、タヌキでしょ。はじめて会ったときに、すぐわかったわ」
一人と、一匹はクスクス笑いあいました。
「ぼく、ポンって名前。ねぇ、ぼくももっと上手に化けられるようになるかなあ?」
「きっとなれるわ。ポンは約束を守る、立派なタヌキだもの。あたしはサキ。キツネのおサキよ」
子ダヌキのポンと、子ぎつねのサキはお互いに握手を交わしました。
そして互いに、会えて良かったと思いました。