第13話 偽装の刃
切り落とされた角が、乾いた音を立てて床に転がった。ヘレナは呆然と目を見開き、額に手を当てる。そこにはもう、異形の証である角はなかった。
「オクトゥス……?」
困惑の声を上げるヘレナに、オクトゥスは剣を鞘に納めながら膝をついた。床に落ちた角を拾い上げ、手のひらの上で見つめる。
「よし、今俺は魔族と戦い、致命傷を負わせることができた。逃げられたが、これでこの村は大丈夫だ。」
急に始まったオクトゥスの寸劇にヘレナは唖然とし続けたままだ。
「この角を、魔族討伐の証拠として騎士団に差し出す。激戦の末に得た成果として」
オクトゥスの声は静かだったが、そこには確固たる決意が込められていた。ヘレナは混乱したように首を振る。
「でも、それじゃあ私は……私はどうすればいいの?」
震える声で問いかけるヘレナに、オクトゥスは真っ直ぐな眼差しを向けた。彼の青い瞳には眼の前の少女しか映っていない。
「だから、一緒に逃げよう。俺は君がどんな姿になっても、絶対にそばにいてあげるから」
その言葉は、かつて花畑で交わした約束の響きを持っていた。しかし今度は、幼い頃の夢ではなく、現実の重みを伴って伝わる。
小屋の中に、再び静寂が訪れた。しかしそれは、絶望の沈黙ではなかった。
その言葉が、ヘレナの胸に染み込んでいった。
温かいものが心に流れ込む。オクトゥスの真摯な眼差し、変わらぬ優しさ。
額の角は失われたものの、彼女の中に宿る魔族の血は消えたわけではない。それでも、彼は自分を愛してくれると言った。
オクトゥスは懐から何かを取り出した。騎士団の証明章——金属製の小さな紋章が、月光を受けて輝いている。
「すぐに戻ってくるから、この小屋で潜んでいてくれ」
そう言いながら、オクトゥスは証明章を石に叩きつけた。乾いた金属音が響き、紋章は真っ二つに割れる。彼はその片方をヘレナの手に握らせた。
冷たい金属の感触が、ヘレナの掌に残る。それは、彼との繋がりを示す確かな証拠だった。
オクトゥスはヘレナの瞳を見つめ、再び口にする。
「すぐ……いや、どんなに遅くなっても、必ず戻る。だから、待っていてくれ。」
オクトゥスの声に込められた誓いが、ヘレナの胸を震わせる。彼は立ち上がり、切り落とした角を大切そうに懐にしまった。
小屋の扉が軋む音を立てて開く。外の夜風が流れ込み、ヘレナの髪を揺らした。オクトゥスの後ろ姿が闇に溶けていく中で、ヘレナは証明章の欠片を胸に抱きしめた。
「オクトゥス……。」
彼が消えた後も、その温もりだけが、確かに残っていた。




