第1話 花畑での誓い
村の外れに広がる花畑は、季節ごとに違った顔を見せる小さな楽園だった。春には菜の花が黄金の絨毯を敷き詰め、夏には向日葵が太陽に向かって顔を上げ、秋にはコスモスが風に揺れて踊る。そして今、初夏の陽射しの下で、白い野花たちが少女の髪と溶け合うように咲き誇っている。
その少女、ヘレナは七歳になったばかりだった。透き通るような銀髪は肩まで伸びており、大きな、水晶のように透き通った瞳は花々を見つめて穏やかに微笑んでいた。祖母が仕立ててくれた淡いクリーム色のワンピースは、彼女の細い体に少し大きく、風が吹くたびにふわりと舞い上がった。
(今日もオクトゥスは来てくれるかしら……)
ヘレナの心は期待と不安で揺れていた。村の子供たちが彼女を避けがちだったからだ。そのためいつも一人でいることが多い。けれど、オクトゥスだけは違った。
「ヘレナ! 見つけた!」
花畑の向こうから、元気な声が響いてきた。短いブラウンヘアを風になびかせて、深い青色の瞳を輝かせた少年が駆けてくる。オクトゥスもヘレナと同い年だったが、彼は村の人気者だった。
「オクトゥス!来てくれたのね。」
ヘレナの顔がぱっと明るくなる。
オクトゥスは息を切らせながらも、にっこりと笑った。
「約束したからな。今日は新しい遊びを教えてやるよ。」
「ふふ。オクトゥスったら、色々知ってるのね。すごいわ。」
二人は花畑の中を駆け回った。オクトゥスが摘んだ花でヘレナの髪を飾り、ヘレナが編んだ花の冠をオクトゥスの頭に載せた。笑い声が風に乗って空へと昇っていく。その瞬間だった——村の方から、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「あ、いた! 変な髪の子だ!」
「変な目のヘレナ~!」
村の子供たち五人ほどが、花畑の入り口に立っていた。指を差してヘレナを見つめている。ヘレナの表情が一気に曇った。
「おい、やめろよ!」
オクトゥスが立ち上がって子供たちの前に出た。
「オクトゥス、君まで変な子と遊んでるの?」年上の少年が鼻で笑った。
「その銀髪、気味悪いよな。魔女みたいだ。」
「魔女、魔女!」他の子供たちが囃し立てた。
ヘレナの水晶の瞳に涙が浮かんだ。
(やっぱり……私は、おかしいのかしら……)
その時、オクトゥスが一歩前に出た。小さな拳を握りしめ、青い瞳に怒りの炎を宿している。
「ヘレナの髪は綺麗だ!髪だけじゃない。お前らみたいな意地悪な奴らより、心だってずっと綺麗だ!」
「何だって?」年上の少年が眉をひそめた。
「生意気な口を……」
言いかけた時、オクトゥスが勢いよく少年に向かって行った。体格では劣るオクトゥスだったが、正義感に燃える小さな戦士のように立ち向かう。もみ合いになり、オクトゥスの頬に軽い傷ができたが、彼は決して引かなかった。
「やめて!」
ヘレナが叫んだ。
「もう、やめて……」
その声に、いじめっ子たちもようやく我に返った。オクトゥスの迫力に気圧されたのか、あるいは少女の涙に気まずくなったのか、彼らはばつの悪そうな顔をして去って行った。
花畑に静寂が戻った。オクトゥスはヘレナのそばに座り込み、傷ついた頬を袖で拭った。
「大丈夫? 怪我してない?」
「これくらい平気だよ。」
ヘレナはかすれるような声で尋ねる。するとオクトゥスは強い口調で言い、力こぶを見せる仕草をした。
「あいつら、またヘレナのこといじめてきたら今度こそこてんぱんにしてやる。ごめんな、ヘレナ。俺がもっと強ければ」
「ううん。ありがとう、オクトゥス」
オクトゥスは涙が乾かないヘレナの頬を指でそっと拭うと、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。
「ヘレナ、俺、決めたよ」
「何を?」
「俺、騎士になる。もっと強くなって、お前をいじめる奴らを全員やっつけられるくらい強くなる。そしたら、もう誰もヘレナのことを馬鹿にしたりできないだろ」
オクトゥスの言葉は、子供らしい単純な決意表明だったかもしれない。
だが、その声に込められた真剣さと、彼の深く青い瞳に宿る揺るぎない光に、ヘレナは心を奪われた。彼は膝の上の拳を固く握りしめ、まるで王に忠誠を誓うかのように、厳かに続ける。
「将来、俺は必ず君を守る騎士になる。これは、誓いだ」
ヘレナの水晶のような瞳から、堪えていた一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。それは悲しみの涙ではなく、温かくて、どうしようもなく嬉しい涙だった。彼女は小さく頷き、その言葉を、彼の誓いを、心の最も深い場所にそっと仕舞い込んだ。




