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「……気づけよ」

作者: 草薙ユイリ

 眠い目をこすりながら、僕――水崎陽人は小学校の下駄箱に手を突っ込む。上履きを取り出したところで、声を掛けられた。

 

「……ねぇ、陽人」

 僕は横を向き、声の主であるクラスメイトの女子――長野リアの方を見る。

 相変わらずの黒いジャージに、短く切った黒い髪。ダルそうな態度のリアは、一応僕の友達だ。

 

「どうしたの?リア」

「いや、これあげようかなと思って」

 すると、リアは青い手提げ袋から――――お菓子の袋を取り出した。袋に『バター味ポテチ』と書かれている。

 まったりした味で美味しい奴だ……え?

 

「……え、リア?学校にお菓子持ってきちゃいけないんじゃ」

「別にいいでしょ、隠してれば。後ろ向いて、陽人」

 命令通りリアに背を向けると、リアは強引にランドセルの中に袋を入れて来た。

 いや、あの……これ、バレたら僕が怒られるんだけど。


「リア、あの学校から帰ってからにしない?」

「今渡したいの。あ、後ひとつ言っておかなきゃいけないことがあって」

「言っておかなきゃいけないこと?」

 僕がリアの方を向きなおし、そう言うと、リアはなぜか目をそらして言う。

「……賞味期限ギリギリだから、そこだけ気を付けてね」


「え、あぁ、うん」

 僕は首を縦に振ることしかできなかった。リアは先に、教室へと向かってしまった。

「……どういうことなんだろ」

 後に残される僕。現在時刻は7時30分で、玄関には僕らの他に誰もいない。だからこの受け渡しはバレなかった。

 バレなかったけど……どういうつもりなんだ?僕はランドセルを一旦地面に置き、ポテチを取り出す。


「……うーん」

 確か今日は7月13日だから……賞味期限が明日で切れる。でも自分で食べればいいのに。

 変なことしてるなぁ、と僕は思った。


◇◇◇


 2時間目の休み時間。5年3組の教室の黒板前では、やる気無さそうなリアがこっちを見ていた。


 僕は机から動けなくなる。どういうことだ?僕の顔になにかついてるのか?


「……うーん」

 とりあえず、本人に直接聞きに行くか。僕は視線の圧力を感じながら席を立ち、黒板前まで行く。

 僕が近寄ると、リアはちょっと驚いたようだった。


「なぁリア、今日どうしたの?なんか様子変だよ?」

「え、えっ……そう?私は別にそんな風に動いてないけどな」

「そう……ならいいんだけど」


 やっぱり不審だ。ここはちゃんと聞かないと……と思った矢先、教室のドアから先生が入って来た。

 おっと、3時間目の算数が始まってしまう。僕は適当にリアに会釈して、自分の席に戻った。

 リアの席と僕の席はそれほど離れていない――――っていうか、隣同士だ。しばらくすると、リアも席に座る。


 チャイムが鳴った。

「はい、では礼」

 先生が指示すると、クラスメイトが一斉に起立する。

「お願いしまーす!」

 と、たくさんの声。リアも面倒くさそうに礼をして、ポンっと席に座った。


「はい、じゃー教科書の89ページを開いて下さい。今日は台形の面積の復習をしまーす」

 隣に座るリアを見ると……相変わらず目をこすって眠そうにしていた。

 まったく、リアは本当よく寝るなぁ。この間なんか、調理実習ですら寝てたし。僕が家庭科得意だからなんとかなったけど。


「おい、おいリア。授業始まって1分も経ってないよ。ちゃんと授業受けな」

「んぇ……大丈夫、心の目で授業受けるから」

「またわけわかんないこと言ってる……」


 ったく、後で勉強教えてあげることになるのは僕なのに……ちょっとした理不尽に憤りつつも、僕は授業を普通の目で受ける。

 先生が黒板に、下手な台形の形を書いていた。


◇◇◇


 給食も終わり昼休み。僕はいつも通り、やることもなく校舎の中をうろうろしていた。

 さてどうするか。ここでポテチを食べちゃおうか……いやバレるバレる。やめとこう。


「……あれ、リア?」


 理科室とか音楽室とかが並ぶ、西校舎4階の廊下。そこの奥にはリアがいた。

 黒いジャージを着たリアは、スカートやブラウスを着た3人の女子と会話していた。

 しばらくすると、彼女ら4人は僕に気づいた。

「あ、陽人くーん!」

 機敏な動きで、リア以外の3人が僕を囲む。


「……ど、どうしたの?皆」

「いや、今気になる男子の話してたのーっ!」

 そ、そうなんだ……

「……でさでさ、私は3組の大樹君が気になってるんだな~」

「へ、へぇ……」


 しっかしどうしようか。こう言っちゃあれだが、僕はよく女子に囲まれる。

 バレンタインの時には色々お菓子とかもらったし。

「……ねぇー、陽人くんには好きな女子とかいるの?」

「え?え、いやぁ」

「えー!そんなわけないよー!」


 女子特有のトーンの高い声。僕は何も言えず突っ立ってる。しばらく話し続ける女子たち。

 わちゃわちゃ話し出す女子たちは――――1つの結論を出した。


「ねぇ、もしかして陽人君とリアって……そういう関係だったりする?」

 え?としか言いようがない。いや、ど、どうして急にそんな話に!?


「確かにねー!あの2人よく話してるし。机隣同士だし」

「それねー、いや、でも立ち聞きはよくないよね?!」

「そーだそーだ!陽人君を取るなんて卑怯だぞー」


 騒ぎ立てる女子たち。僕はついリアの方を見てしまう。すると――――

 リアの顔から、明るさが消えていた。


「……そんなわけなくない?ねぇ、皆」


 小声。しかし、確かにみんなに聞こえる低い声。周囲の女子は目を見開いた。


「え、ちょ、リア?」

「私と陽人はただの隣同士なだけだし。本当に、それだけ」


 不機嫌オーラを纏い、リアは女子たちから離れていく。僕の前を通り越し、廊下を歩いた。

 僕の前を通り過ぎる時、リアはわざとらしく僕から目をそらした。

 そして、しばらくの間――――沈黙が流れる。硬直している女子3名。


「……な、なんかごめんね~。陽人君」

 そんな感じで雑に話を終わらせ、女子たちもどこかへと去って行った。


◇◇◇


「ったく……なんなんだよ……」

 そんな風に独り言を呟いて、僕は自分の家の玄関を上がる。今日はお母さんがママ友とお茶に行ってるから、いない。

「……んっ」

 1mmも悪くないじゃん、僕。なんだか理不尽だし……というか、理由を作ったのはあの女子たちだし。

 僕はリビングに行き、ランドセルを雑に床に置く。すると……ランドセルの隙間から、ポテチが見えた。


「あ」

 そういえば、今日の朝にポテチ貰ったっけ。賞味期限が明日までの。

「……んんっ」

 なんとなく食べる気が起きなかった。僕はキッチンにある、お菓子をストックする棚にそのポテチを持っていく。

 引き戸の棚をガラガラと開けると……そこに、僕が持ってるものと同じ『バター味ポテチ』があった。


「……うわぁ」


 昨日までは家になかったから、多分今日の昼に母さんが買ってきたんだろう。

 賞味期限を見てみると、こっちのポテチの方は、ぴったり後5か月も持つ。

 期限が明日までのこのポテチをストックする必要はいよいよなくなった。

 というか、なんで期限ギリギリのものを――――


 瞬間、家中に響くチャイムの音。

「……はい、はーい!」

 僕はインターホンの画面を確認する。すると、そこには――――

「……え?」


 黒いジャージの女子――――長野リアがいた。


 おいおい、嘘だろ!?震える指で、僕は応答ボタンを押す。

「は、はーい。リア、どうしたの?」

「……ちょっと出て来て。お願い」


 そう言われたなら、仕方がない。僕は無言で切断ボタンを押し、玄関に行ってドアを開けた。

 ドアの前に立つリア。最初に口を開いたのは、リアだった。

「あの、今日はごめん。陽人。ちょっと言い方キツかった」

 相変わらず目をそらしながら、ちょっと申し訳なさそうに言った。


「あ……別にいいよ。うん」

「……分かった。それだけ言いかったから、じゃあね」

 そう言って、リアは玄関から離れ、家の前の道路に立つ。リアの背中が見えた瞬間だった。

 僕はリアに、僕は思い切って口を開いた。


「あの、リア!」


 リアは一瞬立ち止まる。僕はそのまま、大声で言った。

「ポテチありがとう!」

 気まずいままなのもあれだし、これだけは言っておこう。そう思って出た言葉だった。

 リアはどう返すのか……そう思っていたら、だ。


「……気づけよ」


 確かに、そう聞こえた。気づけよ――――と。いや、気づけ?どういうことだ?

 リアはまた歩き出す。リアの背中が遠ざかる。いや、これどうするんだよ?!気づけって……どうして。

 なんかケンカしちまうし、一体どういう事だってばよ。わけがわから……いや、待って!


「リア!」


 考えるより先に、直感で声を出していた。遠ざかるリアの背中に、僕は必死で伝える。


「今朝くれたポテチのレシート、まだ持ってる?」

 そう尋ねると、リアは再び硬直する。

 そして、リアは――――無言でジャージのズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 その中から、白いレシートを取り出した。僕は家から出て道路に立ち、レシートをよく見る。

「……気づくのが遅い。陽人」


 レシートに刻まれた品名は『バター味ポテチ』で……レシートに刻まれた品名は、今年の『2月14日』だった。


「……今年のあの日、あんたに渡し損ねたの。他の皆はあんたに手作りチョコとか持って来てるのに……」

 僕に背を向けたまま、リアはどこか寂しそうに語りだす。

「私は当日の朝に買った、出来合いのスナック菓子ってのが嫌で。渡せたとしても、今日の昼みたいに、絶対バカにされるし」


 そして、リアは振り向いた。その顔は、どこか暗かった。


「陽人は家庭科とか得意で、頭もいい。賞味期限とかから逆算して、気づいてくれるかなと思って」

「……難易度高すぎるでしょ、いくらなんでも」

「……そう、かな」


 まだちょっと暗い顔のリア。うつむいた顔で、どこか諦めた感じの笑いもしている。


 えーっと、こういう場合はどうすれば……

「……んっ」

 まぁ、もうやけだ!


「あの、お返しっていつすればいい?」

 決意を固め、僕はそう聞いた。

「……お返し?」


「ホワイトデー。それも5か月分ずらさなきゃだめ……かな?リア」

 そう聞くと……リアは、急に噴き出してしまった。


「え、ちょ、何がおかしいのリア!」

 さっきの暗い顔はどこへやら、リアは口を開け、ケラケラ笑っている。

「いや、だって……なんかツボって……気が早いなぁって」

 そんなこと言われても……そう考えていたら、リアは口を開く。

「じゃあ今。今お返ししてよ。陽人」

「え、いや今!?って言っても、何を……」

 

 そんな中浮かぶのは、今日お母さんが買って、ストックの棚に置いた『バター味ポテチ』の映像。

「じゃあ、今からどっか行って、一緒にお菓子交換しよう。同じ種類だけど」

「……同じ種類交換して意味あるの?」

「ま、まぁそれは、さておき」

 またしても笑い出すリア。もう、恥ずかしいな……ったくもう。


 ひとしきり笑った後、リアは急に僕の手を握った……え、握られた!?

「じゃ、一緒に行こ。もしまたバカにされたら、ちゃんとかばってよね?陽人」

 リアの体温が伝わってくる。そんなことをされて、僕はドキドキしてしまった。

「いや、かばうって」

 リアは僕から手を離す。そして、柔らかく微笑んで言った。

「あんたはクラスの人気者なんだからっ」


 人気者って……あー、もう。

「……はいはい、わかりましたよ。リア」

 僕がそう言うと、リアはさっきまでの嫌な顔はどこへやら、爽やかな笑顔を見せた。


「はぁ……お菓子取ってくるから待ってて、リア」

「はいはーい!」

 僕はそう言って、リアに背を向けた。さて、どこで2袋のポテチを食べようか……なんて考えながら。

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