未完熟オレンジ
メグルは橙色の夕日焼けの道を、青い果実を片手に歩く。
そういえば、橙色とオレンジ色って何が違うんだ。
彼はそんなことを思いながら、青いオレンジの皮をむいていく。
現れた果肉は薄い黄緑色だ。その中の一房を口に運ぶ。
「うっ」
あまりの酸っぱさに路肩にオレンジを吐き出した。
「やっぱり、まだ食べ時じゃないや」
「悪魔め、エデューさんのところから逃げ出して来たな」
メグルの後ろから声が響く。
振り向くと、そこには昼間メグルにタックルをかけ、村の広場でへロスと呼ばれていた青年が立っていた。
メグルはしどろもどろに弁明を始めた。
「違うんだ……。誤解……、誤解です! 逃げてなんかいません。むしろ、弟子入りする方向で考えてるくら――」
「嘘つけ!」
メグルの言葉をさえぎり、へロスが言い放つ。
「エデューさんに正攻法で敵わないと知って、周りを騙す作戦に切り替えたんだろ。怪しげな魔術で俺たちの言葉を使いやがって」
「今、言葉が通じているのはそのエデューさんのおかげなんだけど……」
「お前の言葉になんざ聞くもんか!」
へロスの力強い声が響き渡る。
一連の会話から、メグルは対応を考えていた。
これはおれからは絶対説得できないやつだ。
エデューさんの口からみんなに説明してもらう必要がある。
そして彼がいるのが、この英雄君の向こうなんだよな。
今のところは素手みたいだけど……、いや、取っ組み合いをしたら負けるのは俺の方だろう。
ふと気が付くと、へロスに後ろから援軍が駆けつけてくるのが見えた。
二人の若い男で、一人はわら縄を、もう一人は鎌を携えている。
「みんな、こっちだ! あいつを捕まえるぞ! あいつの声には耳を貸すな、俺たちを騙すつもりだぞ」
へロス君が援軍達に伝える。
メグルは男達とは逆の方角に走りだした。その方角はエデューの家への方角とも逆だった。
***
ルナエは鎌を片手に、エデューの家を目指していた。
「俺たちはあの悪魔を追いかける。お前はエデューさんを呼びに行ってくれ」
へロスからの指示を思い返す。
ルナエはエデューの家にたどり着いた。
「なんだこれは?」
へし折れた木と散らかったオレンジを見て、ルナエがつぶやく。
戦いの跡だろうか。
「んー」
庭先にいたエデューがオレンジを片手に口をすぼめながら、ルナエに手を振る。
口に入っていたオレンジを飲み込み、
「どうした、ルナエ。何か用か?」
「助けてください。仲間があいつを追っていて」
「あいつって昼間にわら縄でぐるぐる巻きにされていた『あいつ』か」
「その『あいつ』です。これはあいつがやったんでか?」
へし折れたオレンジの木を示しながらエデューに問いかける。
「ああ、あいつの仕業だ」
ルナエの顔が青ざめる。
あいつを本気で怒らせるとまずいんじゃないか。
「よし分かった。私も助けに行こう」
ルナエの表情を見て、エデューがルナエの肩に手を置く。
「お前さんも一口どうだ」
そう言って、青いオレンジを差し出す。
ルナエはオレンジを一房ほおばり、口をすぼめる。
「酸っぱい」
「うん、やっぱりまだ熟してないよな」
エデューがつぶやく。
二人はメグルと彼を追いかけるへロス達のもとへ走った。