風景から魔力を
庭先でエデューがメグルに、オレンジの木を示しながら説明を始める。
「ちょっとしたゲームだ。物理衝撃魔法でこの木を揺らして、オレンジを落とす。落としたオレンジは君のものだ」
メグルはオレンジの木を観察する。高さが2メートル。幹の太さが30センチほど。自分の二の腕より少し太いくらいか……。
オレンジはオレンジ色ではなく青い。熟していないのか、青い状態で食べる品種であるのかは不明だ。
そういう品種であってくれとメグルは思った。
「さてと、魔法の使い方についてだ。魔法を行使には3つの要素が必要になる。印、呪文、そして魔力だ」
「まずは印についてだ。魔力を放出するための特定の形のことだ。今回教える魔法は手をこの形にする」
エデューがオレンジに向かって手をかざし、メグルを呼び寄せて手の形を見るように促す。
メグルは手の形を確認する。
エデューの印――手の形――は張り手や掌底に酷似している。掌を正面に向け、各指の第一関節と第二関節を曲げている。
「そして、呪文を唱える。《カイナ・オウ》!」
オレンジが何かにぶつかったかのごとく振り子のように揺れ、やがてオレンジは揺れに耐え切れずに地面に落下した。
「とまぁ、こんな感じだ」
メグルもオレンジに掌を向け、深く息を吐きだす。肺に息が戻ってきたのを確認して、「《カイナ・オウ》!」と声を張り上げる。
……が、オレンジは落ちなかった。そもそも揺れてすらいなかった。
「そういえば、魔力について説明し損ねたな」
エデューが笑いながら言う。
「どうやって、魔力を引き出すつもりだったんだ」
「強く念じれば出せるものかと。落ちろーって感じで」
「残念だが念じるだけは魔力は引き出せない。私たち魔法使いが用いる魔力は土地から引き出すんだ」
「土地……ですか」
「そう、土地だ。土地は魔力を持っている。我々魔法使いは土地から魔力を引き出し、魔法を行使する。
魔力を引き出す方法は、その土地を思い浮かべることだ。
また、同じ土地から連続して魔力を引き出すことはできない」
「試してみます」
目を閉じる。
メグルが思い浮かべているのは、県境の川の上を通る橋の風景だ。川の両側面に土手があり、頂上はサイクリングロードになっている。土手と川の間の茂み、野球グラウンド。土手の外側には田んぼが広がっている。
そして、その場で見ているかのように緻密な映像を自分の内側に描き出す。
「《カイナ・オウ》」
今度は成功した。
やりすぎてしまったとも言えるかもしれない。葉をあらかた吹き飛ばし、幹をへし折り、オレンジの半数を押しつぶした。
「あの木ってへし折っても問題ない木ですよね」
呆然としながらメグルが問いかける。
「気にするな。来年からオレンジを食べたくなったら、市場で買う必要があるようになっただけだ。
それはそうと、予想以上の出来だ。初めてだよな?」
「初めてですよ。わざわざ嘘なんてつきません」
「どうだ、弟子になる気はないか?」
「少し考えさせてください。すこし風を浴びてきます」
メグルはオレンジの中から、中身が果実が汚れていないものを拾った。
「落としたオレンジはおれのものでいいんですよね」
メグルはエデューから背を向けて歩き出した。