プランB
建物全体が揺れるような爆音が――二階から轟いた。
「フィンさん――!」
メグルが階段を駆け上がった。二階からは、断続的な戦闘音が響いてくる。
到着した部屋の入り口。そこではフィンが、一人の男と対峙していた。
「口封じが必要だな」
男が冷たく呟く。
「やれるもんなら、やってみろよ」
フィンが応じる。男が放った雷撃が走り、フィンがそれを打ち消す。
「助太刀します!」
メグルは咄嗟に飛び出そうとした――が。
「ダメだ、メグル! プランBだ、走れ!」
フィンの声が鋭く空気を裂いた。
プランB――
危険が発生したとき、片方が囮になり、もう片方が本隊に伝令へ走る作戦。
「っ……わかりました!」
メグルは振り返り、階段を駆け下りた。
***
フィンは目の前の男――正体不明の魔術師を睨みつけた。
(誰なのかは知らない。でも……僕のやるべきことは一つ)
時間を稼ぐ。
それだけが、今できる最大の仕事だった。
「《テラス・マートー》!」
防御魔法。光の膜がフィンの全身を包み込む。
***
その頃――。
メグルは、肩で息をしながら魔術師協会の門をくぐった。
壁に手をつきながら歩くメグルを、エデューが見つける。
「どうした!? その様子……まさか任務中か!?」
エデューが駆け寄ると、メグルは途切れ途切れに報告する。
「謎の男……フィンが危ない……依頼主が……老婆が化けてて……とにかく、早く助けに――」
「分かった! すぐ行くぞ!」
エデューがメグルを肩で支え、そのまま協会の魔術師たちとともに現場へ向かった。
***
一方のフィンは、依然として戦場にいた。
男――グリクス・イシュメールは焦っていた。
まずい……メグルが仲間を連れて戻ってくる。
時間がない。グリクスは攻撃を加速させる。
雷撃、火球、鋭い呪文が飛ぶ。
一発、二発、三発――
だが、フィンは全てを受け止める。
一部は打ち消しで、残りは光の膜が弾いた。
「《テラス・マートー》!」
攻撃の合間すら、フィンは防御の再展開に使っていた。
反撃の隙など一切見せない。
それは、まるで“戦うことを放棄した戦術”――時間稼ぎのためだけの防戦だった。
グリクスが焦れる。
「かくなる上は……《ホフル――》」
***
そして――メグルたちが現場に戻ってきた時。
戦いはすでに、終わっていた。
部屋の中央には、フィンが着ていた衣服が残されていた。
その周囲には、大量の砂が散らばっている。
魔術師たちが周囲を取り囲み、静かに見守っていた。
「フィンは……どこに?」
メグルが小さく尋ねる。
「……身体だったものは、そこにある」
エデューが砂を見つめ、空を見上げた。
「魂は、きっとあっちだろう」
「一緒に戦っていれば……」
悔しげに拳を握るメグルに、エデューが静かに告げた。
「たぶん、それでもダメだった。
フィンは守りに特化していた。時間稼ぎには、あいつが最適だった」
協会の魔術師たちが、現場の調査を開始する。
遺品、魔具、呪痕の痕跡――全ての記録を取り、回収していく。
「ここから先は、彼らの仕事だ。……協会に戻ろう」
エデューがメグルに声をかける。
「……はい」
メグルは部屋の中を、もう一度だけ見渡した。
「ありがとう、フィンさん。……忘れません」




