見ざる聞かざる言わざる
メグルはローブの男の家にたどり着いた。村の北東に位置するレンガ造りの建物だ。
ローブの男はメグルを招き入れた。男はメグルをダイニングまで案内し、椅子に座るように促す。
メグルが椅子に座ると、男が目の前にしゃがみ込んだ。
男がメグルに向かって手をかざし、三種類の言葉を唱えた。
はじめは目、次は口、最後に耳。
見ざる聞かざる言わざる。そんな言葉がメグルの頭をよぎった。
男はメグルの向かい側の椅子に腰かける。
「私の言っていることが理解できるか?」
日本語でメグルに向かって誰かが声をかけてきた。
メグルはあたりを見回した。だが、室内にはメグルとローブの男の二人だけしかいない。
「その様子だと君にかけた翻訳魔法は機能しているようだな。話しかけているのは――」
ローブの男は自分を指さして言葉を続ける。
「私だよ」
メグルは驚きのあまり開いた口がふさがらない。舌が回らず思ったように声が出ないので、うなずくことで応えた。
「私の名はエデュー・ジェザーヴィーヌ。魔法使いだ。君の名は――」
エデューの言葉を遮って、メグルがしゃべりだす。
「誤解です。信じてください。おれは傷つけるつもりなんてないんです。そもそも、ここはどこな――」
言い終わる前に、エデューが止める。
「無実なのは分かった。いったん落ち着け。……よし、では答えてくれ」
「……えーと、何でしたっけ? その……魔法使いさん?」
「エデューだ。君の名前は何か質問している」
「みすません。おれはメグルっていいます」
「珍しい響きだな。どこから来た?」
「千葉県」
「チバケン? 知らないな。もっと大雑把な区分で教えてくれ。もしかしたら分かるかもしれない」
「日本」
「もっと広く」
「え!? これより広い区分となると……。地球になると思います」
「それはスケールが大きすぎる。この惑星そのものじゃないか。少し考えさせてくれ」
エデューが立ち上がり、室内を往復しながら考えを口に出す。
メグルは断片的に単語を聞き取った。
新大陸、予言、地球、偶然の一致。
エデューはふと足を止めた。
「おそらく君にとっての地球と、私が認識している地球は、翻訳魔法の結果偶然『地球』という単語に集約されたのだろう。人々が住む惑星を単語としてな。だが、まったくの別物だろう。君は異なる世界からやってきた訪問者だ」
「異世界転生。いや、異世界転移ってわけですか」
「呑み込みが早いな。君の世界にも異世界からの訪問者が来るという予言があるのか」
「予言ってわけじゃないですけど、似たような話はたくさんあります。最近では『来る』より『行く』パターンが主流ですけどね」