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風景から魔力を  作者: hato-ryuji
山地編
34/52

秘密の景色

 出発の早朝。まだ日の出前の時刻だった。


 メグルは布団の中で、誰かが枕元に立っている気配を感じた。


 目を開けると、そこにはコッチネラがいた。

 彼女は口元に指を立てて、「静かに」と合図を送ってくる。


 二人は音を立てずに部屋を出て、薄暗い廊下に立った。


「こんな時間に……何ですか?」


 メグルが小声で訊ねる。


「出発する前に、見せたいものがある」


 コッチネラが答える。


「何て言うか、その……選別かな。きっと、役に立つ時が来ると思う」


 メグルはうなずき、コッチネラの後を歩いた。


 たどり着いたのは、「立ち入り禁止」と書かれた扉だった。


「何年ぶりかな。この扉を開けるのは」


 コッチネラがつぶやきながら扉を開く。


 通りすがりに、メグルは別の注意書きに気づいた。


『この先、道を知らぬ者 通るべからず。さもなくば、屍となろう』


「……ここ、本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫。あたしは道を知ってるからね」


 コッチネラが、タオルサイズの布をメグルに手渡す。


「これで目隠しして。部外者に道順を覚えられると、面倒だから」


 メグルは言われるままに目隠しを着ける。

 その手を、コッチネラが左手でしっかりと掴み、静かに歩き始めた。


***


 およそ二十分後。


 「もういいよ」とコッチネラに促され、メグルが目隠しを外す。


 視界に現れたのは、盃のような岩山と、その頂から顔を出す朝日だった。


「……この位置からだと、太陽と山がちょうど重なるんですね。皿の上に太陽が乗っかってるみたいです」


「でしょ?」


 コッチネラが満足げに答える。


「でも、なんでこんな絶景スポットが立ち入り禁止なんですか?」


「この風景はね、ブラッド・ロータスの魔法使いたちにとっての“切り札”なんだよ」


「切り札?」


「ここは、《トーモス・シン・アニマ》って固有魔法に対応する風景。

 つまり、この風景を知っている人しか、その魔法を使えないってわけ」


「なるほど……」


 コッチネラが両手で、ボールを包み込むような《印》を作る。


「《トーモス・シン・アニマ》」


 目の前に、炎の虎が姿を現す。サイズは柴犬ほど。


「これが、ゴーレムを倒したあの魔法……でも、ずいぶん小さいですね」


「最低限の魔力しか込めてないから。……さ、アンタもやってみな」


 メグルも同じ《印》を作り、呪文を唱える。


「《トーモス・シン・アニマ》!」


 出てきたのは、鶏冠のある炎の鳥。


「……なんの鳥だろ、これ。鶏? いや、キジか。色がオレンジだったからわかりづらかった」


「せいぜい、大事にしなよ」


「……あ、そういえば。けっこう日が昇りましたね」


「やばっ、戻らないと! 帰りは目隠しなしでいいって!」


 二人は来た道を急いで戻っていった。


***


 立ち入り禁止の扉前に戻り、メグルとコッチネラは息を整える。


「秘密の道順だけど、さすがに一回通っただけじゃ覚えられないよな?」


 コッチネラが訊ねる。


 メグルは目を閉じ、脳内にルートを思い描く。


「……たぶん、覚えちゃってます。なぜか道順とか風景の記憶力だけは高いんですよ」


「このバカ。道順はすぐに忘れろ」


「そんなこと言われても困りますよ」


「だったらせめて、“忘れたふり”をしな。

 《固有魔法》の場所への行き方を知ってるってこと自体が危険なんだよ」


「わかりました。……二人だけの秘密ですね」


***


 出発の日の朝。


 居間にいるはずのコッチネラの姿が見えない。


「どこ行ったんでしょうね。今日でお別れなのに」


 二人はしばらく待っていたが、現れる気配がない。

 しかたなく玄関に向かうと、すでにそこには荷物を背負った人影が立っていた。


「遅いぞー」


 コッチネラが手を振る。


「あれ、やっぱり一緒に来るんですか?」


「違うよ、この寂しがり屋め」


 ニヤリと笑いながら、コッチネラは言う。


「とりあえず、ここを離れることにした。

 麓の村までは同じ道を通るから、一緒に行こう」


 三人は、ブラッド・ロータスの拠点を後にした。


「じゃあね、みんな。しばらく留守にする」


 コッチネラがそうつぶやいた。


***


 村へと向かう道中、コッチネラがぽつりと語り始めた。


「知りたいことがいっぱいあるし、行きたい場所だって、まだまだある。

 あの建物はね、どうにも私一人には広すぎるんだ」


 そして、話はどんどん広がっていった。


 子供時代の話。

 旅の支度の話。

 昔の仲間たちの話――


 その声は、次第に朝の光に溶けていった。

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